第271話 女王と女帝
エリザベス王女と恋に落ちたフェリペ皇子。二人に恋の駆け引きを吹き込むマーリン。
エリザベスに翻弄される幼いフェリペを助けようと、彼を世話する三人の女官は、彼の従者とともに、フェリペの海賊団を組織してエリザベスの姉にして最大の政敵メアリ王女を当て馬に使おうとの挙に出た。
メアリ王女が配流されたセントヘレナ島。
衛兵たち全員が気絶されられた中を、メアリ王女はフェリペの船に乗って島を脱出した。
メアリは宛がわれた自分の船室に落ち着くと、通話の魔道具を取り出した。
そしてロンドンの王宮に居る彼女の妹に・・・。
「御機嫌よう、エリザベス王太子」
「あら姉様、ご機嫌よう。流刑地の臭い飯にはもう慣れたかしら?」
そんなエリザベスの勝ち誇り口調に、メアリは負けじと「それよりもっと良い物を手に入れたわよ」
「何よ」
「五歳の可愛らしい皇子様。フェリペ皇太子よ。あなた、彼の事好きなのよね?」
そのメアリの一言でエリザベスの顔色が変わった。
そして一転した脅し口調で「あの子に指一本でも触れたら・・・」
そんな怒りに震えるエリザベスの声に、勝ち誇るメアリ。
「どうなるのかしら? 私今、海の上に居るのよ。彼に救出されて。彼はか弱い姫君を残酷にも流刑地に閉じ込めた悪者から救い出したヒーローで、私は救い出されたヒロイン。私をあそこに閉じ込めた悪者は、あなたよ」
エリザベスは怒りに任せて、まくしたてる。
「あの子は私のものよ。どうせ、悪い家来に引き裂かれた悲劇の姉妹とか言って、あの子を騙したのよね?」
「嘘も百回言えば真実になるって知ってる?」
そうヌケヌケと言うメアリに、エリザベスは「それ、典型的な悪役の台詞でヒロインの対極よね? あなたはどう足掻いても反乱の首謀者として処罰された悪役だって事は事実で、民はみんな知ってるわ」
メアリは言った。
「そうね。けど今のヒロインの一番の流行りって何だか知ってる? 悪役令嬢よ。そしてその頂点に立つ悪役王女がこの私。つまり今、最もパワーのあるヒロインなの。あなたは私から王太子の座を奪って、もうすぐ即位なのよね? 好きな子を私に奪われて泣くくらい、自業自得よね? それにこれから国王としての多忙な日々が待っている。とても恋愛なんかに構っていられないわよね? 彼は私が引き取ってあげるわ。感謝なさい。ほーっほっほっほっほ」
エリザベスは怒りで真っ赤になり。通話の魔道具を床に叩きつけた。
そして法務局に流刑地の様子を確認させる。
まもなく、何者かの襲撃により衛兵隊が壊滅、そしてメアリが姿を消したという報告が入った。
エリザベス王女は怒りに搔き乱された脳内を、必死に整理する。
そして自分に言い聞かせるように呟いた。
「落ち着くのよエリザベス。フェリペ君が好きなのはこの私。何よりあの女は王位を狙う反逆者で、それを連れ去るという事は明白な敵対行為で国際問題。我がイギリスは被害者よ。五歳のフェリペ君にこんな真似が出来る筈が無いわ。これは母親のイザベラ女帝の責任。私はそれを追及する立場にある。あのスパニアをやり込めるチャンスなのよ。その上でなら、彼といくらでも有利な婚姻関係を結べるわ。被害者の立場をアピールせよ。これは女子会戦略の鉄則よ」
エリザベスは深呼吸して気持ちを落ち着けると、通話の魔道具でイザベラに連絡をとった。
「御機嫌よう、イザベラ陛下」
「あら、御機嫌よう、エリザベス殿下。というより、もう陛下とお呼びした方がよろしいかしら?」
そんなイザベラの外交辞令に答えるエリザベス。
そして本題に入った。
「即位はこれからですので、その時はよろしくお願いしますわね。ところで、我がイギリス王家に叛逆してセントヘレナ島に送られた私の姉の事なんですが・・・」
「私が夫とともに反乱勢力に潜入して鎮圧のお手伝いをさせて頂いた、あの王女様ね?」
そう恩着せがましく言うイザベラに、エリザベスは「あの節はどうも。それで、そのメアリ王女が流刑地から連れ去られたという連絡が来たのだけれど」
事の重大さを察して、イザベラの顔色が変わった。
「連れ去られたという事は、連れ去った何者かが居たのですわよね?」
「誰が連れ去ったのかは、実は解っていますの。あなたの御子息、フェリペ殿下よ」
そのエリザベスの言葉でイザベラ唖然。
「な・・・何ですと―! ちょっと事実を確認しますので」
イザベラは通話を切ると、ポルタに居るエンリ王子に連絡した。
音声が繋がると、何やらわいわいやっている声が聞こえる。
「エンリ王子ですね?」
通話に出てイザベラの声を聞いたエンリ王子は、相変わらずの能天気な口調で「イザベラか。今手が使えないんだが」
魔道具の向うから聞こえる、何やらリラの"あーん"と言う声を訝しんだイザベラは「何をしているのですか?」
エンリは状況を説明する。
「タルタの奴が俺の誕生日を祝ってやるとか言い出して、もうとっくに過ぎてるんだが、海外に出ていてやれなかったから、何か月か遅れのイベントで・・・とか」
「それで手錠で両手を拘束されてケーキをあーん・・・ですか?」とあきれ声のイザベラ。
「よく解ったな」
そんな間の抜けたエリンの言葉を聞いて、ほっとしてイザベラは脳内で呟いた。
(誕生日というのは嘘ではなかったのね。エリザベス王女、とんだデマを・・・)
そしてイザベラは確認した。
「それで、そこにフェリペが居ますよね?」
「居ないが。こっちに来るのか?」とエンリ王子。
再びイザベラの顔色が変わり、再度確認。
「行ってないのですか?」
エンリは「いや、来るという話は無かっただろ」
イザベラ唖然。
そして彼女は脳内で(デマじゃなかった)と呟く。
イザベラは深刻な声でエンリに言った。
「サプライズで王子の誕生日を祝うためにそちらに行くと」
「あいつが来るのか。すぐ準備を」
事情を知らずに、そう嬉しそうに言うエンリに、イザベラは溜息。
そして「じゃなくて、それはスパニアを離れる口実です。そちらに行かずに・・・あの子、とんでもない事を」
エンリの顔色が変わる。
そして「何があった?」
「部下を連れてメアリ王女の居る流刑地を襲撃して王女を連れ出したと」
そのイザベラの言葉でエンリ唖然。
「な・・・何ですと―!」
イザベラは言った。
「とにかく至急、こちらにおいで下さい。下手をするとイギリスと戦争になります」
イザベラは再びエリザベスに連絡。
「確かにうちの子は父親の所に行くと言って家を出て、現在所在不明です」
「それで、どのように落とし前をつけて頂けるのですか?」
そんな、目一杯ドスを利かせたエリザベスに、イザベラは言った。
「先ず、あの子が何故そんな事を仕出かしたのかが問題ですわよね? あの子が殿下に好意を持っていた事は存じておりましたわ」
「それは・・・」
そしてイザベラは「毎晩、通話魔道具でおしゃべりデートを・・・」
「ですが、それと姉とは無関係ですわ」
そんなエリザベスの焦り声をスルーして、イザベラは言った。
「それが、最近うまくいっていなかったと聞いています。それに付け込んで、メアリ王女が何らかの方法であの子に連絡をとって、たぶらかしたのではなくて?」
「それは・・・」
「政治犯とはいえ、彼女はイギリスの王族で二十歳過ぎの大人ですわよね? それに対して、フェリペはまだ五歳。この年頃の子供に手を出すというのは淫行に当たるのではないのですか?」とイザベラは追及を続ける。
エリザベスは反論した。
「それは単なる推測です。姉が私への対抗心で、私の交際相手に手を出すなど」
「私は対抗心とは言ってませんけど」と突っ込むイザベラ。
「あ・・・」
「あなたは何故、メアリ王女を連れ去ったのがフェリペだと?」と突っ込むイザベラ。
「それは・・・」
「もしかして彼女から連絡が?」
そうイザベラに図星を突かれ、エリザベスは慌て声で「とととととととにかく、一刻も早く二人の身柄を確保するのが最優先かと」
「そうですわね」
そう頷くイザベラに、エリザベスは「姉を捕えたら是非、こちらに引き渡して頂きたい」
イザベラは言った。
「心得ておきますわ。こちらとしても大事な跡取り息子の家出ですもの。全力で捜索しますわ」
二人は同時に通話を切り、そして呟いた。
「あの女狐め!」




