第267話 三人の女官
エリザベス王女の即位が決まり、賓客としてロンドンを訪れたエンリ一家とヘンリー王父娘との面会の中、いきなり恋が芽生えてしまったエリザベス王女とフェリペ皇子。
双方の親の心配を他所に、エンリたちの宿舎で実質スパニアの外交施設になっているヨゼフ皇子邸では、エンリの仲間たちがフェリペ皇子を囲んで盛り上がっていた。
「フェリペ皇子が初恋だって?」と、口を揃える仲間たち。
リラが「お赤飯炊いてお祝いですね」
「大人の階段の第一歩だ」と気勢を上げるタルタ。
「明るい家族計画」
そう言って悪乗りするカルロにジロキチが「五歳児に何をやらせる気だよ」
若狭は「皇子様、お付き合いには十二の段階を踏むんですよ」
「つまり距離感だろ?」とアーサー。
「ABCDだよね。最初は手を繋ぐ所から」とジロキチ。
ムラマサが「じゃなくて最接近距離を5mから4mに縮めるでござる」
「それじゃ会話が大変だろ」
そうあきれ顔で言うジロキチにムラマサは「そのために使うのが糸電話でござろう」
そんな会話を前に、肝心のフェリペは頭に"?"マークを幾つも浮かべて・・・。
「あの、リラ姉様。彼等はいったい何を言ってるの?」
そう不思議そうに言うフェリペに、リラは困り顔で「気にしなくていいんですよ」
タルタが「結婚式が楽しみだなぁ」
若狭が「雛祭りみたいになりますよね」
ジロキチ「可愛いだろーなぁ」
ムラマサが「三人官女と五人囃は誰がやるでござる?」
「いや、そんな結婚式無いから。ってか相手は既に十五歳だぞ」
そうあきれ顔で言うアーサーをタルタはスルーして「子供たちが花嫁衣裳を用意して祝ってくれて、新婚旅行は二人でトロッコを押して」
「だから相手は子供じゃないから」とあきれ声のタマ。
アーサーが「結婚祝いはどうする?」
ニケが「祝ってくれる部下たちにお金が贈られるのよね?」
「そりゃ逆だろ」とジロキチ。
微笑ましそうにそんな仲間たちを見ているエンリの隣に、リラが来て「みんな嬉しそうですね」
エンリは言った。
「そうだよな。目出度い事なんだよな。早すぎるなんて言ったらバチが当たるよ。世の親たちは不純異性交遊がどーの男女交際は不良のやる事だのと自分の子に圧力かけてるうち、本人はどんどん理想を吊り上げて、そのうち最高の相手が勝手に雲の上から降りて来るんだとか妄想して、何もせずに30過ぎて、焦って婚活とか・・・」
「エリザベス王女は既にステータスは最強ですけど」
そうアーサーに言われ、エンリは「そんなのと、よく恋愛関係とかに・・・」
リラは「やっぱり若さですよ。交際相手としての価値は年とともに下がりますから」
「だからって・・・」と首を傾げるエンリに、リラは言った。
「可愛いは正義ですよ」
「リラ、あなた年いくつ?」
そうニケに問われたリラは「50は過ぎてますよ。マーメイドはエルフほどじゃないけど長命ですから、私はまだ女の子です」
ニケは「可愛いは正義って年は過ぎてるわよね? それに、肝心のエリザベス王女も、そういう時期は過ぎているわよ」
「女の魅力は大人の色香です」とリラ。
「さっき言った事と矛盾してるぞ」とエンリ。
リラは「それに、大人といっても相手は一応未成年ですし」
フェリペ、今度はエンリの所に来て「あの、父上、みんなの言ってる事がさっぱり解らないんですけど」
エンリはそんなフェリペの頭をポン、と撫でる。
そして「そうだよな。何歳だろうが、みんな誰かを好きになるんだよな」
その夜、エンリは寝室でイザベラに言った。
「とりあえず婚約話を進めていいんじゃないのかな」
するとイザベラは真顔で「それはいいんだけど、重大な問題があるわよ」
「お前、この間は理解あるような事を言ってただろーがよ」
そうエンリが怪訝顔で言うと、イザベラは言った。
「要はどう進めるか・・・という話よ。下手をすればイギリスとスパニアが合併するという事にもなり兼ねないのよ」
「とりあえずポルタは無関係だな」
そんなお気楽な事を言うエンリに、イザベラは「まだポルタの世継ぎは生まれていないわよね。三国合併となれば、小国のポルタは支配される側よ」
「普通は女王より王だろ」とエンリ。
イザベラは「ポリコレ棒が火を噴きますわよ。それにエリザベス王女は大人気だから、イギリスの民が黙っていないわ。それに向こうは十歳年上よ。確実に主導権を取りに来るわよ。主導権を取られたらスパニアもポルタも植民地よ」
そんな夫婦の会話に、ドアの外で聞き耳を立てる女の子が居た。
翌日・・・・・。
「だそうですよ」
フェリペの着替えを手伝いながら、そう言って昨夜のエンリ夫婦の会話の様子を話しているのは、フェリペの愚痴の相手をしている・・・つもりの三人の女官見習い。
三人ともメイド服に身を固めた十代前半の女の子。
イギリス訪問団のメンバーとしてついて来た、フェリペの世話係だ。
「父上も母上も、僕の恋を応援してくれないなんて」と、上着を着ながら悲しそうに言うフェリペ。
「そんな大人の都合で・・・」と、一人の女の子が・・・。
「お可哀想なフェリペ様」と、もう一人の女の子が・・・。
「けど私たちが居ます」
そう言ってポーズをとる三人。
「ライナ」
「リンナ」
「ルナ」
三人、声を揃えて「私たちフェリペ様親衛隊女官三人衆!」
そんな事をやっていると、怖そうなメイド服のオバサンが部屋の入口から顔を出して、女の子たちを叱りつけた。
「あなた達、居候の身なんだから遊んでないでさっさと厨房の手伝いに行きなさい」
彼女達の上役の女官長だ。
そして女官長は「それとフェリペ様、外遊中でもしっかりお勉強はして頂きますからね」
家庭教師に別室に連れていかれるフェリペ皇子。
厨房で調理を手伝う三人の女官見習い。
ヨゼフ邸のメイド長の指示の元、三人で芋の皮を剥きながら、あれこれ小声で雑談。
「私たち、こんな事してていいのかしら」
そうリンナが言うと、ライナは「そうよね。フェリペ様のために、出来る事ってある筈よね」
するとリンナは「じゃなくて、ライナはロゼッタ様が将来フェリペ妃の座をゲットするためにトンズラ伯爵家から送り込まれた連絡役よね」
「リンナだってリリア様が将来フェリペ妃の座をゲットするためにボヤッキ侯爵家から送り込まれた連絡役でしょーが」とルナが口を挟む。
ライナは言った。
「そういうルナはローズ様が将来フェリペ妃の座をゲットするためにワッフル公爵家から送り込まれた連絡役なのよね。それがお嬢様方の恋敵になる外国の王女との仲を取り持とうだなんて」
ルナは少し感情的になって「けど恋愛は自由ですわよね」
「そうよ。結婚は両性の合意にのみ基づくのよ」とリンナはボルテージを上げて・・・。
ライナは「フェリペ様がお可哀想」
リンナは「あんな小さな子が初恋を邪魔されるなんて、天が許しても恋愛創作物の鉄則が許しません」
ルナは「可愛いは正義ですわよね」
「ここはやっぱり、皇子様のお傍に仕える身として・・・」
そう三人声を揃えると、各自の脳内で呟く。
(あの子の初めては、この私が教えて差し上げなくては)
厨房を監督していたメイド長、三人の女の子に「あなた達、口ではなく手を動かしなさい」
その夜、フェリペが寝ている所にライナが・・・。
「どうしたんだい?」
そう怪訝声で言うフェリペに、ライナは「あの・・・皇子がお寂しいようでしたら・・・その・・・」
「別に寂しくないけど」と、にべも無いフェリペ。
「けど・・・」
そう言って、もじもじするライナに、フェリペは「もしかして自分の布団が冷たいのかい?」
「そそそそうなんです。それで」
慌て声でそう言うライナに、フェリペは「入っていいよ」
「あの、こういうのって・・・」
そう言って戸惑うライナに、フェリペは「昔、リラ姉様が小間使いとして仕えていた時、同じように布団が冷たくて父上に温めて貰ったって言ってた」
(あの人魚姫、そんな事を)とライナは脳内で呟きながら・・・。
少し経つと、リンナが部屋に入ってきて・・・。
「あの・・・皇子がお寂しいようでしたら・・・って、ライナ、何やってるのよ」
フェリペのベッドの中に居るライナを見て唖然とするリンナ。
入って来たリンナを見て唖然とするライナは「あんたこそ何やってるのよ」
フェリペは「もしかして、リンナも布団が冷たいの?」
「そそそそうなんです。それで」
ルナが部屋に入ってきて・・・。
「あの・・・皇子がお寂しいようでしたら・・・って、あんた達何やってるの?」
フェリペのベッドの中に居るライナとリンナを見て唖然とするルナ。
「ルナこそ何やってるのよ」
三人で言い争いを始める。
唖然とした表情でそれを見るフェリペ。
「あなた達、何やってるんですか!」
そんな怒号が飛んだ方を見ると、部屋の入口に鬼の表情の女官長。
彼女は三人並べてお説教を始める。
「こんな夜遅くに寝所に忍び込んで、幼い殿下に何をするつものだったの? 何てはしなたい」
そんな彼女にフェリペは尋ねた。
「ねえ女官長、彼女達、僕に何かするつもりだったの?」
「そ・・・・・それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




