第260話 南国の騎士
ここは南インド、ヤナガル王国王都に隣接したポルタ植民市。
ここに元ダリッドたちの居住区がある。
かつてエンリ王子たちが北のムガールからの侵攻に抗うヤナガルに加勢した際、カースト制の元でダリッドたちが受けていた厳しい差別から逃れるよう、移住した人達だ。
その時、秘宝の欠片の在処を教えた功績で、従者の証の剣を与えられたチャンダの家もある。
チャンダはそこに住むポルタ人たちから航海術を教わり、賢者ガンディラからヒンドゥーの秘術を学び、剣の腕を磨いた。
そして15才になった彼が、エンリ王子に仕えるべく、ユーロへの旅に出る日が来た。
「母さん、行って来るよ」
そう言って母親に別れを告げるチャンダ。
「気を付けてね」
そう心配そうに言う母親に、チャンダは「俺はもう子供じゃないんだ」
「そうよね」
かつてエンリ王子から貰った剣を見て、ダリッド村の一人が言う。
「その剣って、王族の従者たる証なんだよね? って事はクシャトリヤという事になるの?」
「そういうのは要らないから。俺たちはヒンドゥーの階級からは自由なんだ」とチャンダは答える。
隣の家のおじさんがチャンダの肩に手を置いて「頑張れよ」
母親が「ハンカチ持った? チリ紙持った?」
「小学生の遠足じゃないんだから」と言って頭を掻くチャンダ。
「本当に我々の船に乗らなくていいのかい?」と、香辛料取引のポルタ商人たちが言うと、チャンダは笑って答えた。
「自力で主の元に行く事も出来ずに、海賊王の従者になれる訳は無いからね」
チャンダは先ず、アラビア商人の船に便乗してアラビアへ向かった。
そしてエジプトから地中海へ。
イタリアに向かう途中、スパニア海賊の私掠船と遭遇。
乗り込んで来る海賊たちに、チャンダは剣を抜いて立ち向かう。
海賊たちを次々に切り伏せるチャンダ。
その一方で、若い海賊が剣を振るい、抵抗する船員を次々に切り伏せていた。
「俺が相手だ」互いにそう言って、剣を構えて向き合う二人。
激しく切り結ぶ海賊とチャンダ。
「なかなかやるな」
そう言いながら呼吸を整えるチャンダに、海賊は名乗った。
「俺はスパニア海賊のマゼラン」
「俺はポルタ王太子エンリの従者、チャンダだ」と彼も名乗る。
「エンリ殿下の従者だと?」と驚きの表情を見せる海賊マゼラン。
再びマゼランに斬りつけるチャンダは、マゼランの仲間の魔導士による金縛りの術を受けた。
身動きのとれないチャンダは覚悟を決め、目の前のマゼランと名乗る海賊に言った。
「残念だが仕方ない。海賊王の従者として海に出たからには、いつでも死ぬ覚悟は出来ている」
マゼランはチャンダが持っていた剣を調べた。
「この剣は確かにポルタ王族の従者の証。お前、インド人だな?」
「エンリ殿下がヤナガルに来た時に貰ったものだ」とチャンダは答えた。
マゼランは言った。
「俺の主はスパニア皇太子フェリペ殿下。エンリ殿下の御子息だ」
「何だと?」
驚きの声を上げるチャンダに、マゼランは彼がかけられた術を解き、握手の手を差し出して言った。
「ようこそユーロの海へ」
マゼランはスパニア宮殿にチャンダを連れ帰った。
フェリペに会って、インドでのエンリの冒険の話をするチャンダ。
嬉しそうに聞き入るフェリペは、話を聞き終わると、チャンダに言った。
「そんな事があったんだ。やっぱり父上はかっこいいな。君、チャンダって言ったね。僕の従者にならないか?」
チャンダは「ですが、俺はエンリ殿下の従者ですから」
「僕は父上の息子だ。つまり、僕の従者になるという事は、父上の従者になるという事だ」とフェリペ皇子。
「解りました、フェリペ殿下。俺は殿下の従者として、終生、この心臓を殿下に捧げる事を誓います」
フェリペは剣を抜いて、チャンダに叙任の儀を行った。
叙任を終えると、チャンダは五歳の主に言った。
「それではフェリペ様、何なりとご命令を」
フェリペは「それじゃ、街に行こうか」
「街で何をするんですか?」
そうチャンダが言うと、フェリペの隣に一人の男が現れた。
驚くチャンダに、フェリペは「こいつも僕の従者で、ロキって言うんだ」
ロキはドヤ顔で「つまりお前の先輩だな。しかも俺は神様だぞ。凄いだろ」
「それで、これから街で何を?・・・・」
そう問うチャンダにフェリペは楽しそうに「悪戯さ」
ロキとフェリペに連れ回され、悪戯に付き合わされるチャンダ。
宮殿に帰ると、宿舎を与えられて、マゼランから従者としての仕事をあれこれ教わる。
そしてチャンダの従者としての日々が始まった。
フェリペが家庭教師から授業を受けている間、チャンダは剣術や魔法の腕を磨く。
時々、宮殿を抜け出して街に出るフェリペのお供をする。
そんなある日、チャンダはフェリペに言った。
「あの、俺がフェリペ様の従者になった事を、エンリ様に報告したいのですが」
「じゃ、ポルタの父上の所に行くか」
いきなりそうフェリペに言われて、チャンダは目を丸くして「これからですか?」
「レッスンをさぼりたいだけですよね?」
そう困り顔で言うマゼランに、フェリペは言った
「チャンダは父上の従者になりたくて、はるばるインドから来たんだ。そんな家来の気持ちを汲むのは主人の務めだ」
反論出来ないマゼラン。
馬車を仕立ててポルタに向かうフェリペとマゼラン、そしてチャンダ。
ポルタの都に着き、チャンダはエンリ王子と再会した。
エンリは、マゼランの隣に控えるチャンダを見て「お前、インド人だよな?」
エンリの傍に居るファフが、エンリの上着の裾を掴んで、言った。
「主様、この人、秘宝の欠片を見つけたチャンダ君だよ。大きくなったね、チャンダ君」
チャンダは「ファフちゃん、ちよっと縮んでない?」
「ドラゴンは長命だから、年を取らないの」とファフ。
「三十を過ぎたオバサンが"女性は25才以降は年をとらない"って言うのとは違うんだよね?」とチャンダ。
残念な空気が漂う。
そしてフェリペは「父上、チャンダは僕の従者になったんだよ」
「そうか。その剣は俺が与えたんだったよな。頑張れよ」とエンリ王子。
エンリにそう言われて、チャンダは嬉しそうに「はい、エンリ様」
「それでスパニアにはどうやって来たんだ」
そうエンリが訊ねると、マゼランが「地中海で海賊の修行中に、アラビア人の船に乗っていた彼と出会ったんです」
チャンダが「船を襲った海賊の中にエンリ様の御子息の従者が居たなんて、インド人もびっくりです」
エンリは言った。
「それで、イザベラにはちゃんとことわって、ここに来たんだよな?」
「あ・・・」
そんなフェリペたちを見て、エンリは溜息をついて「今頃大騒ぎしてると思うぞ」
スパニアに居るイザベラに連絡するエンリ王子。
フェリペの所在を知って、イザベラは溜息をつくと「すぐに戻らせて貰えるかしら」
「まあ、そう急がずとも」
そう呑気な事を言うエンリに、イザベラは「家庭教師のレッスンがあるのよ」
「たまには休んでもいいだろ」とエンリ。
「陰謀学のマキャベリ学部長を臨時家庭教師に招く予定があるのよ。彼にはいろいろ聞きたい事もあるし」とイザベラ。
「聞くって何を?」とエンリ。
イザベラは言った。
「彼が何をしているかよ。いろいろと思い当たる節があるわよね?」
通話を終えると、エンリは「これからフェリペを連れてスパニアに行くぞ・・・って、フェリペは?」
「ファフを連れて街に遊びに行きましたよ」と、その場に居たアーサーが・・・。
エンリは慌てて「すぐ呼び戻せ」
「それより宰相が来てますけど」と、その場に居たリラが・・・。
宰相はエンリに言った。
「殿下がフェリペ様に託された私への手紙を読ませて頂きました」
「俺、あいつに手紙なんて預けたっけ?」と首を傾げるエンリ。
「これですが」
そう言って宰相が差し出した手紙に曰く・・・。
「宰相へ。今まで書類の決裁の仕事を貯め込んで済まなかった。小説家のキホーテから聞いたのだが、原稿の締め切りを守るために、缶詰という制度があるという。集中して仕事の出来る環境を整えて宿泊施設に籠るという。そのやり方で、王太子として溜っていた仕事を終わらせるため、アイアンメイデンという宿屋を手配した。ついては監督として一緒に来て欲しい」
詠み終わってエンリ唖然。
「な・・・何だよこれ」
宰相は嬉し泣きしながらエンリの手を執った。
「ようやく王太子としての自覚が目覚めたのですね。長年宰相として仕えてきて、こんな嬉しい事はありません。早速宿屋に行きましょう」
「いや、ちょっと待て」と慌てるエンリ。
宰相に連行されて宿屋で缶詰になるエンリ王子。
エンリは頭を抱えて脳内で呟いた。
(フェリペの奴、俺を悪戯の餌食にする気かよ)
鞭を持ったボンテージスーツ姿で宰相は言った。
「今夜は寝かせませんから」
「勘弁してくれー」
「父上、大丈夫かな?」と言いながら、街の屋台で買ったおやつを食べるフェリペ。
困り顔のマゼランとチャンダを他所に、笑いの止まらないロキは言った。
「仕事を先送りにする本人が悪い。それに、俺なんか何千年も仮面の中に缶詰になっていたんだからな」
ファフは「けど、お城にはしばらく戻れないと思うの」
その夜、四人はタルタのアパートに泊まった。
タマとレジーナも居て、これまでの冒険について得々と語るタルタ。
目を輝かせて聞き入るフェリペ。
次の夜はジロキチのアパートに泊まった。
若狭とムラマサも居て、これまでの冒険について得々と語るジロキチ。
目を輝かせて聞き入るフェリペ。
次の夜はカルロのアパートに泊まった。
カルロは四人を風俗店に連れて行く。
モテまくるマゼランとチャンダ。"可愛い"連呼でフェリペを取り合う女の子たち。
店を出るとニケがハリセンを持って、待ち構えていた。
そして怖い顔でカルロに「子供に何を教えてるのよ」
ようやく書類の処理を終えて缶詰から解放されたエンリ王子が迎えに来た。
エンリは仲間たちとともに、フェリペと彼の二人の従者を連れてスパニアの都へ。
宮殿に着くと、待っていたイザベラが、溜息をついてフェリペに言った。
「またロキの仕業ね。まあいいわ。とにかく陰謀学のレッスンだけでも受けさせますからね」
「陰謀なんてヒーローがやる事じゃないよ」
そう言って口を尖らせるフェリペにイザベラは言った。
「あなたのお父様はどうやって、あれだけの活躍が出来たと思う?」
「父上が凄いヒーローだからだよね」とフェリペ。
イザベラは言った。
「凄い人なんてどこにでも居るわ。ここは誰かが無双するための転生異世界じゃないのよ。そんな中で母は彼の隣で見てきたの。彼を凄い人にしたのは、知略よ」
フェリペは溜息をついて「解ったよ」
そしてフェリペはマキャベリ学部長の陰謀学の授業を受けた。
授業を終えると、フェリペはエンリの仲間たちに尋ねた。
「母様はああ言ってたけど、みんなはどう思う? ヒーローになるには何が大事なんだろう」
リラは「愛の力だと思います」
ニケは「お金よ」
ジロキチは「努力と根性ですよ」
アーサーは「魔力だと思います」
「異世界転生で神様から貰うでござるな」とムラマサ。
「違うだろ」と全員口を揃える。
「魔剣は?」
そうフェリペが言うと、アーサーが「それは、使い方の問題じゃないのかな」
若狭が「それって仲間も同じですよね。いろんな仲間が居て、それぞれ得意分野があって補い合って」
「そうだよ。やっぱりチームワークだよね」とタルタが言い、全員が頷く。
「つまり友情パワーだよね」とファフ。
タマが「それは違うでしょ」
するとロキが言った。
「つまりお前等は、自分達の手柄だと言いたいんだよな」
図星を指されたような表情になり、場が残念な空気に包まれる。
そしてタルタが「お前なぁ、邪神だか何だか知らないが、少しは空気読め」
そんな彼等のやり取りを聞いて、フェリペは思った。
(僕が海賊団を率いるって事は、こんな仲間を集めるって事なのか)




