第258話 花壇の泡沫
トルコの地方領主フェルハトを助けてロシアの暗殺者ワグネルの策謀を阻止したエンリ王子たち。
帰りにリラがお土産として貰ったチューリップの球根。
それを持ってエンリは、ある事を思い出し、リラとアーサーを伴ってポルタ大学に向かった。
エンリはポルタ大学自然学部植物学科に行き、教授たちを集めた。
彼は机の上に幾つものチューリップの球根と鉢植えを出し、それを入手した経緯を話した。
「チューリップですか?」
そう怪訝顔で言う教授たちにエンリは言った。
「これを館の庭の花壇に植えるための花卉農産物として売り出すのさ」
するとリラも「そういえば前にニケさん、国王が国をまとめて強くなるために、王の権力を誇示する宮殿を作って庭を飾る花壇を作るから、それに合う花の品種でお金儲けができるって言ってましたよね」
アーサーも「なるほど。これはトルコの高原が原産で、寒いユーロの気候にも、きっと合う」
真っ直ぐな茎の上に真っ赤で大きな花が単独で咲くチューリップを見て、教授たちは口々に言った。
「確かに見栄えがしますね」
「球根で増えるんですか?」
「農家で栽培して各国の宮殿向けに売り出せば、かなりの産業になると思いますよ」
ポルタで庭園花壇用の花卉として売り出されたチューリップは、宮殿に贅を凝らす趣向を競っていた各国の有力者たちの間で大きな評判となり、その輸出は莫大な利益を上げた。
大きな儲け話が自分を無視して進んだ・・・とばかりに、ニケは気持ちが収まらない。
エンリの執務室で、猛然とまくし立てるニケ。
「どうして私に話してくれなかったのよ。あの作戦には私も参加したのよ。私の手柄でもあるんだからね」
エンリは笑いながら「花より団子で興味は無いんじゃ無かったっけ?」
アーサーも「宝石を銅貨二十枚で売るのに手いっぱいだったよね?」
「儲け話は別よ。上前はねてお金ガッポガッポできるチャンスだったのに。私のお金ーーーーー」と、口惜しさMAX顔のニケ。
「もういいわ。今に見てなさい」
そう啖呵を切ると、ニケは足音を荒立てて執務室を出た。
そのまま、彼女はポルタから姿を消した。
そして・・・・・・・・・。
間もなく、ポルタのチューリップ農家に急な注文が殺到した。オランダからの注文である。
航海局の役人から話を聞いたエンリは、あきれ顔で言った。
「それで、増殖する種にする球根も売ってしまうとか、何を考えてるんだ?」
役人は「何しろ法外な値段でして、球根一個の値段が牛一頭分と同じだと」
「何じゃそりゃー」
エンリは仲間たちとともに、ボルタ大学の自然学部へ。
そして植物学科の教授の研究室に乗り込む。
「ニケさん、オランダに居るよね?」
「何で解ったんですか?」と、すっ呆けた事を言う教授に、エンリは言った。
「いくらチューリップが人気だからって、球根一個が牛一頭と同じ値段とか、おかしいだろ。あの人、何やったの?」
教授は「彼女、ライデン大学のクルシウス教授の所に居ますよ」
エンリは通話の魔道具で連絡をとった。
「そろそろ来る頃だと思ってたわ」
そう自慢声で語るニケに、エンリは「詐欺の出来ない魔法、まだ有効なんだが」
「失礼ね。これは詐欺じゃないわよ」と心外そうなニケの声。
「いや、詐欺だろ。球根と牛一頭交換とか有り得ないだろ」
そうエンリが言うと、ニケは「投機よ。今、オランダでは凄い勢いで球根が値上がりしているのよ。安いうちに買って、値上がりした時に売ればお金ガッポガッポ」
エンリは「にしたって・・・ってか、何でオランダ?」
ニケは語った。
「この国って凄いのよ。新しい商売の仕方を次々に発明するの。先物取引って言ってね、チューリップ農家と契約して、これから生産する球根を引き取る権利を買うのよ。農家は先に代金が入るし、収穫するまでの間に値上がりするから、その値段で売れば利ザヤ激増でお金ガッポガッポ」
「それって、農家にとっては損なんじゃないのか?」とエンリ。
ニケは「値上がりを予想する人は、その分高く買うから、農家は高く買ってくれる人に売ればいいのよ」
「高値を期待して高く買ったものの、期待したほど値上がりしなかったら大損するぞ」とエンリ。
「そんな損をする間抜けは自己責任ね。それに、値上がりで確実に儲かるとみんな知ってるから、大勢の投資家が参加して需要が爆上がりよ。ポルタの農家は牛一頭の値段で売ったけど、今は球根一つが家一軒よ。安売りしたポルタ農家は地団太踏んでるでしょうね」
そうドヤ声で言うニケに、エンリは「売ったお金でスローライフとか言ってるが」
「それだからポルタは駄目なのよ」とニケ。
聞いていて頭が痛くなったエンリ王子。
「組んでる教授が居るんだよね?」
そうエンリに問われて、ニケの協力者が通話に出る。
「クルシウスです」
「正気ですか?」と、いきなりキツいエンリ王子に、クルシウス教授は笑った。
「懸念はご尤も。この花はオランダの風土に合いましてね。農家に指導して作付けを進めたのですが、実はチューリップには面白い特性がありまして、新品種が頻繁に現れるのですよ。今は赤と白の縦縞模様の花が咲くのが売れていますが、珍しい品種が人気を呼んで、それを買って増殖すれば高く売れて大きな利益が上がります」
エンリは「普通の赤いチューリップも法外な値段ですけどね」
「チューリップは売れるという評判に釣られたのでしょうね」
そんなクルシウスの言葉に、エンリは「そんなのすぐに破綻しますよ。泡で一杯になったビールジョッキの泡が弾けるようにね」
クルシウスは「まあ、馬鹿な投機をした奴は痛い目を見るのでしょうが、私はそういう金儲けに興味は無い。それより、この新品種が生まれるメカニズムに興味があります。チューリップというのは実に興味深い」
溜息をついて通話を切るエンリに、植物学科の教授は「どうでした?」
「毎度ながらって所さ。ところで、チューリップに新品種が度々出たりするの?」とエンリ王子。
教授は「確かに多いですね。赤と白の縦縞模様とか」
「他にも?」
教授は「水玉模様とか青の横縞とか」と・・・。
「それは興味深い」
そう言って、いきなり喰い付くカルロに、エンリは「言っとくが、女の子の下着の話じゃないから」
「ファフはね、熊さん柄とか」
そう悪乗りするファフに、エンリは「だから違うって」
ジロキチが「やっぱり清純派は白だよ」
タルタが「いや、黒のセクシー系だろ」
アーサーが溜息をついて「こういう時にニケさんが居たらハリセンで強制終了って事になるんだが」
「あの人、どーなっちゃうのかな?」と心配そうなリラ。
そんな中でエンリは、脳内で(新品種かぁ)と呟く。
そしてエンリは教授に言った。
「なあ、作物の多収穫種とか、寒さや乾燥に強い品種とかを、どうやったら作れるのかな?」
教授は「それよりポルタのチューリップ農家、どうしますかね? 次の作付け用の球根まで売っちゃいましたけど」
エンリは溜息をつき、そして言った。
「別の作物に切り替えさせろ。そのうち相場が激下がりして買い手が居なくなる」
まもなくニケが山のようにチューリップの球根を抱えて帰国した。
そしてエンリの執務室に乗り込んで訴える。
「借金してまで買った球根が暴落して大損害だわよ。城の庭園の改築とかするのよね?」
「そんな予定は無い」とエンリは、にべも無く言い放つ。
「地方領主の館は?」とニケは縋るような目で・・・。
エンリは「領主の権限縮小で、今から庭なんて作る奴は居ないよ」
「大商人は?」とニケは涙目で・・・。
エンリは「オランダで大損した奴の話は既に広まってるから、チューリップは当分は馬鹿の代名詞だ」
ニケはエンリの上着の裾を掴んで訴えた。
「どうにかしてよ。私たち仲間よね?」
「損をする間抜けは自己責任って言ってたよね?」
そう突き放すエンリに、ニケは「そんなぁ。私のお金ーーーー」




