第255話 怨念のイコン
エンリが発する警告にフェルハト王子が耳を貸さない中、エンリたちはワグネルの不死の秘密を掴んだ。彼はマミーだったのだ。
ついに兵たちを連れて乗り込んできた暗殺者ワグネルは、フェルハト王子と住人たちに牙を剥いた。
そしてエンリと仲間たちの反撃が始まる。
「かかれ!」
そのワグネルの号令で、彼の兵たちが剣を抜いて斬りかかる。それを風の魔剣との一体化で得た素早さスキルで切り伏せるエンリ。
未だに処刑台に括りつけられたままのフェルハト王子に、処刑執行人が斧を振り上げた。
その執行人をエンリは風の巨人剣で薙ぎ払う。そして処刑台に飛び乗って風の魔剣の切っ先でフェルハトの手足の縄を切る。
フェルハトは立ち上がって右手を上げて叫んだ。
「来い、ニコラウスピッケル!」
一本のツルハシが宙を舞ってフェルハトの手元へ。
フェルハトはそのツルハシを翳して、シリンを囲んでいたワグネル兵たちに飛び掛かる。
住民に銃を突き付けていたワグネルの兵に、猫たちが一斉に襲いかかった。
猫たちに紛れていたタマが人の姿に戻って叫ぶ。
「みんな。こいつらやっつけたら、ご馳走が待ってるわよ」
ワグネルは慌て声で命令を発する。
「奴らを殺せ」
つるはしを翳し、傷ついたシリンを庇って戦うフェルハト王子。
逃げ惑う住民たちに銃を向けたワグネルの兵をエンリの風の巨人剣が薙ぎ払う。
兵たちがエンリに向けて一斉射撃。
エンリは水の巨人剣に切り替えてこれと一体化し、雨のように飛んで来る銃弾で受けた傷を水の魔剣の力で瞬時に回復させながら、敵兵たちを切り払う。
その時、ワグネルの部下の魔導士が魔力の変調を感知して警告を発した。
「ワグネルさん、館の屋上で転移魔法が・・・」
用意されていた転移座標を使い、転移魔法で戻って来たエンリの仲間たち。
館の上からドラゴンが飛び立つ。
広場の上に来たドラゴンからエンリの仲間が乱戦の中に飛び降りた。
住民たちに斬りかかろうとする兵をジロキチが、カルロが、妖刀を抜いた若狭が切り伏せる。
隊列を組んで鉄砲を構える兵たちを、ファフの尻尾が薙ぎ払う。
敵魔導士の攻撃魔法にタマが妨害をかけ、リラが防御魔法で住民たちを兵たちの銃弾から守る。
リラに斬りかかる兵たちにエンリが風の魔剣を振るう。
ピッケルを振るってシリンを必死に守るフェルハトに襲いかかる兵たちを、彼の四人の婚約者たちが殴り倒した。
マゼランはワグネルと、剣を振るって死闘を続けた。
応戦しながらワグネルが放つ攻撃魔法に、アーサーが防御魔法と妨害魔法で対応する。
マゼランは剣を振るってワグネルの腕を切り落とした。
だが、斬られた腕は宙に浮き、吸い寄せられるように切断面と繋がって元に戻る。
ワグネルは首を切り落とされたが、それも元に戻る。
マゼランは闘いながら必死に思考を巡らせた。
(奴を復活させた宝具はどこだ)
戦いながらマゼランは問うた。
「何故彼等から奪おうとする」
「私も奪われた」とワグネル。
「何を奪われたと言うのか」
そう問うマゼランに、ワグネルは「全てだ」
「彼等と何の関係がある」
そう問うマゼランに、ワグネルは「ここに住んでいる」
マゼランは「どういう事だ」と・・・。
そんな二人の言葉の応酬を聞いて、アーサーは思い出した。
岩山の修道院で焼かれた聖像。それを焼却せよとの命令を拒んだ修道士たちが虐殺された。
宝具は焼却され残った聖像か。だとしたらどこに・・・。
マゼランの剣がワグネルの胸をかすり、破れた上着の下にワグネルが装着していた胸壁が露わになる。
アーサーの脳内で呟いた。
(小さな聖画像ならあの中に入る筈だ)
アーサーは叫んだ。
「エンリ王子、ニケさん。宝具は胸壁の中だ」
ニケはワグネルの胸壁を吊るす肩紐を撃ち抜き、エンリの風の巨人剣がワグネルの胸壁を横から突いた。
胸壁は外れ、その内側から小さな四角い板状のものが零れ出た。
「聖画像だ。あれが奴を動かす魔力の元」
そう叫んだアーサーの言葉を聞き、ニケは空中に舞う聖画像に向けて短銃を連射。聖画像を二発の銃弾が貫いた。
その二発の銃声とともに、ワグネルの胸で二つの銃創が血を噴き、彼は悲痛な叫びを上げて、地面に落ちた聖画像の上に蹲った。
そんな彼にマゼランは言った。
「それがマミーとなったお前を生かし続けた宝具だな。ここまでだワグネル」
ワグネルの周囲を取り囲むマゼラン、そしてエンリとその仲間たち。
ワグネルの生き残った兵たちは、剣を突き付けられた自らの指揮官を見て戦闘停止。住民たちに捕縛された。
ワグネルはエンリ等を睨むと、ウィンドボンバーの呪句を唱えた。
高圧の風の塊が炸裂して土煙を巻き上げ、視界が回復した時、ワグネルと聖画像は消えていた。
「奴はどこだ」
そう言って周囲を見回すエンリ王子。
カルロが「それよりさっきのあれ、イコンですよね。東方教会が拝んでる奴」
「この岩山の上に修道院跡がある。800年前の聖像破壊令に抗って破壊された場所だ。きっと、その時に焼却され残った最後の一枚だろうな」とエンリ王子。
「彼は言ってました。自分は全てを奪われたと」
そのマゼランの言葉を聞いて、エンリは言った。
「きっとその時に虐殺された修道士たちの怨念だろう。ワグネルはそこに逃げたに違いない。ファフ、俺たちを乗せて岩山の上に飛んでくれ」
岩山の上では、左手で傷を押え、聖画像を持って修道院跡に辿り着くワグネル。
説教壇を動かして床の隠し扉を開け、階段を降りて地下室の棺の前へ。
棺の蓋を開けると、朽ちた遺体。
棺の前に、二つの銃痕のある聖画像と、小さな手帳のような古い冊子を置く。
そしてワグネルは冊子を開き、マミー復活の呪句を唱えた。
「汝、父なる神の戒めを守りし善良なる魂。約束の時来りて創造主たる神の名において最後の審判を下さん。汝の名は聖ニコラウス。罪無き汝に下す判決は無罪。これよりその肉体に還り、永遠の命保ちて楽園に住みたるを許可す。復活あれ」
遺骸は光を放ち、老人の姿となって目を開け、体を起こす。
「聖者様、どうか救いを」と言って老人に縋るワグネル。
「随分と辛い目に遭ったのですね」
そう言って老人は手を伸ばし、涙を浮かべ、笑顔を見せてワグネルを抱きしめた。
ワグネルは言った。
「聖者様、敵が来ます。どうか私に、敵を倒す力を」
老人は「悲しかったのですね」
「どうか奇跡を」とワグネル。
老人は「痛かったのですね」
ワグネルは焦りと困惑の表情を浮かべながら「あの・・・聖者様?」
老人は「あなたの罪を許します」
「そうじゃなくて」と、絶望の表情を浮かべるワグネル。
老人は「安らかに眠りなさい」
「そんな・・・」




