第254話 廃墟の聖者
暗殺者ワグネルの拠点作りを阻止すべくトルコを訪れたエンリ王子だが、ワグネルを無警戒で迎え入れるフェルハト王子に頭を抱える。
マゼランに闇討ちで倒されながら、平然と生きている不死身なワグネルの秘密の手掛かりを求めて、エンリは近くの街の図書館を目指した。
ファフのドラゴンの背に乗って飛ぶエンリ・リラ・アーサー。
図書館があるという街を囲む城壁が見える。
城門の近くに降り立ち、徒歩で街に入る。
しばらく歩くと、ある家の前で人だかりが出来ていた。
何事かと人だかりを覗き込むエンリ。あれこれ噂している住人たち。
「夕べはカシムさんの所に施しがあったんだってね」
「あの人も母親の病気で大変だったからねぇ」
「これで薬が買えるって、カシムさん、喜んでいたよ」
「聖者様が復活でもしたのかねぇ」
「有難い事で・・・」
そんな彼等にエンリは尋ねた。
「何があったのですか?」
住人の一人が「貧しい人への施しですよ。朝起きると窓辺に宝石が置いてあって」
「宝石ってブルーストーン?」とエンリ。
「それがはめ込まれた指輪だそうですよ」
そう答える住人の言葉を聞いて、エンリはフェルハト王子の指輪が消えていた事を思い出す。
そしてエンリは脳内で呟いた。
(そういう事か・・・)
図書館に着くエンリたち。
「ファフ、遊んで来るね」
そう言って通路に駆けていくファフに、エンリは「昼までには戻れよ」
エンリ・リラ・アーサーの三人で図書館の書架を漁って調べ物をする。
そして・・・。
「なるほどな」
そう言って、エンリは過去の記録が書かれた本を閉じると、三人、顔を見合わせる。
「岩山の上にあるのは千年前の修道院でしたか」とアーサー。
「その頃修道院に居たという聖者が、貧しい人々に施しを与えたと。あの伝説の用水も修道院が開墾で掘ったものだったんですね」とリラ。
「フェルハトって人が掘った訳じゃ無かったのか」
そうアーサーが言うと、エンリが「伝説ってのはそういうものさ」
リラが「けど、800年前にアラビア人がこの地に攻め込む前に破壊されたって・・・」
「唯一神信仰が本来認めていなかった聖像を廃止焼却せよとの命令に抵抗したって事だな。それで多くの修道士が殺され、聖像も多くが破壊された」とエンリ。
リラが「今回の事って、それと関係があるんでしょうか?」
エンリが「ワグネルが岩山に行って、何をしたか・・・だよね?」
「何らかの宝具でも探しに行ったとか?」とアーサー。
三人、暫し無言で思考を巡らす。
そしてエンリが切り出す。
「ところであのワグネルをどう思う?」
リラが「不死身とか言ってたけど」
「人魚の肉を食べたとか?」とアーサー。
エンリが「ジパングで言ってたアレは迷信だったし、そもそも不老不死と不死身は違うと思うぞ」
アーサーが「もしかしたら既に死んでるとか」
「ヒデブとか叫んで爆発?」とリラ。
「じゃなくて、アンデッドって事だよ」とエンリが突っ込む。
アーサーが言った。
「彼に鑑定の魔法をかけてみたんですけど、強力な鑑定妨害がかかってました」
「看破の魔法とかは?」
そうエンリが言うと、アーサーは「それも駄目でした」
「つまり、見られたくない秘密があるって事だよね」とエンリ。
リラが「実は女性だったとか?」
「リチャード先王じゃないんだから」とアーサーが突っ込む。
「アンデッドの正体を隠したいなら辻褄が合うよね」とエンリが指摘。
三人、暫し無言で思考を巡らす。
そしてエンリは「けど、アンデットって言ってもいろいろだぞ」
「ゴーストじゃないですよね。物を触れるんだから」とリラ。
「スケルトンはあまり知能は高くないですよ」とアーサー。
エンリが「南方大陸に居たズンビーは?」
「腐敗臭がしないので違うと思います」とアーサー。
エンリが「マミーはどうだ」
「それなら・・・」とリラが相槌。
アーサーが言った。
「あれはかなり厄介ですよ。魔法だって使えるし身体能力も高い。元々あれは最後の審判で無罪判決を受けた魂が肉体に戻って復活するという信仰が生み出したモンスターですから、冥府神クラスの魔力の宿った宝具を使った儀式で、死体に魔法をかけて作るんです。それを常に身に着ける事で生存を維持する」
「その宝具って何だ?」とエンリが言い、そして三人、暫し無言で思考を巡らす。
街で昼食を食べて、ファフのドラゴンで戻る途中、岩山の上に立ち寄った。
崩れかけた石造りの修道院の建物がある。
「何か感じるか?」
そうエンリに訊ねられて、アーサーとリラは「特に何も」
礼拝堂跡に入る。
エンリが「宝箱とかあるかな?」
「いや、ダンジョンじゃないんだから」とアーサーが突っ込む。
するとリラが説教壇の床を指して言った。
「エンリ様、この説教壇、最近動かした跡があります」
説教壇を動かすと、床を覆う隠し扉があった。開けると地下に続く階段がある。
階段を降りると、地下室に棺があった。
エンリはそれに手をかけ、そして言った。
「千年前の聖者の遺骸だな。聖遺物として拝んでいたんだろうな」
アーサーは「魔力らしいものは特に感じませんけど」
館に戻り、仲間たちに話すエンリ王子。
「ワグネルは恐らくマミーだ。きっと復活の鍵となる宝具を身に付けている」
マゼランは身を乗り出して「それを破壊すれば、奴を倒せるんですね?」
「奴は避難民と称する戦闘員を送り込んで来る」
そう言ってエンリは表情を硬くした。
エンリは、宿舎を建設中のフェルハト王子に最後の警告を発した。
「彼等は武器を運び込みます。その武器で、あなたを殺すでしょう」
だが、フェルハトは能天気な声で言った。
「彼等は友です。私は友を信じます」
ニケはあきれ顔で「エンリ王子。この人と話しても無駄だよ」
そして、ついにワグネルが、多くの男たちを連れて戻って来た。
フェルハトは彼等を建てられたばかりの宿舎に案内する。
「ようこそ。我が友よ。ここが今日から、あなた達の宿舎です」
ワグネルはフェルハトと握手を交わし、「よくぞ受け入れて下さいました。感謝します」
そして彼は、連れて来た男たちに号令した。
「さあ、運び込め」
刀や弾薬を収めた木箱が運び込まれる。
それを見ながらフェルハトは「あの木箱の中は彼等の食料や家財道具ですよ」
大砲が運び込まれる。
それを見ながらフェルハトは「花火の打ち上げに使うのでしょう」
鉄砲を積んだ荷車が運び込まれる。
それを見ながらフェルハトは「ライターですよ。引き金を引くと筒先で火がつくんです」
そんなフェルハトに、エンリはあきれ顔で「あなた、現実逃避って言葉を知っていますか?」
フェルハトは言った。
「心配して頂いた事を感謝します。ですがこれは我々の問題です。どうか手を出さないで下さい」
歓迎の式典が開かれ、街の人たちが集まる。
「歓迎します、ワグネルさん。そして避難民の皆さん」
そう言って、改めて握手の手を差し出すフェルハト王子の手を握りながら、ワグネルは言った。
「ありがとう、友よ。ですが、ここには我々の友情を邪魔する人達が居ますね。そこのエンリ王子」
「彼は外国の代表として来た外交官です」とフェルハト王子。
「まあいいでしょう。ですがエンリ王子、あなたの部下たちは?」
そうワグネルに問われて、エンリは「ここを出ました」
ワグネルは「マゼランというスパニア人が居ましたね?」
「彼もここを出ました」とエンリ王子。
ワグネルは部下の魔導士に看破の魔法で探らせた。
「どうやら居ないみたいですね」
魔導士がそう報告すると、ワグネルは言った。
「まあいいでしょう。フェルハト王子、我々はあなたから多くのものを頂いた。居場所と宿舎、そして食料。ですが、もう一つ頂きたいものがあります」
「それは何ですか?」
そう能天気顔で尋ねるフェルハトに、ワグネルは「ここの統治権ですよ」
ワグネルの部下たちが一斉に鉄砲を構え、街の人たちに銃口を向けた。
「そんな。やはり彼等は・・・」
一転して、そう恐怖の声を上げる住民たちに、フェルハトは言った。
「皆さん、争ってはいけない。ワグネルさん、私はどうなっても構わない。ですから、どうかここの人たちを傷つけないで下さい」
ギロチンが運び込まれ、フェルハト王子は手足を括りつけられた。
そしてワグネルは宣言する。
「今、この地をフェルハト王子は放棄し、その統治権はこのワグネルの物となった。これより旧領主フェルハトの処刑を執り行う」
「そんな」
「王子様」
そう口々に悲嘆の声を上げる住民たちにフェルハトは「皆さん、悲しまないで下さい。私はーーーー、愛するみんなにー、看取られてー、しーあーわーせーだーーーー」
エンリは溜息をつき、魔剣に手をかけた、その時・・・・・・・・・・・。
「王子様!」
その叫び声とともに、一匹の燕が館の上から急降下し、高速でギロチン台の前をかすめた。
そしてその衝撃派でギロチン台を真っ二つに・・・。
燕は地面に激突して少女の姿となり、痛めた右手を左手で庇いながら地面にうずくまる。
未だ手足をギロチン台に括りつけられたままのフェルハトは、それを見て「シリン、何で!」
「王子の命令なんてもう聞かない。私は私の意思で好きな人を守るんだ」
倒れながらそう叫ぶシリンの周りに、ワグネルの部下たちが駆け寄って銃を突き付けた。
フェルハトは、生まれて初めて見せたような怒りの表情で叫んだ。
「シリンから離れろ!」
そして、エンリも叫んだ。
「フェルハト王子。あなたがここの領主権を失った以上、あなたの要請は意味を成さない。新領主ワグネル、ポルタ国王太子として簒奪者たるあなたに宣戦を布告する!」




