第253話 不死身の暗殺者
ロシアの暗殺者ワグネルの拠点作りを阻止しようと、マゼランの案内でトルコのフェルハト王子の元を訪れたエンリ王子。
能天気なフェルハト王子の日常と、彼を甘やかす周囲の人々に唖然としつつ、エンリは、その夜フェルハトの部屋の窓を飛び立った燕に、彼等の日常の裏にある何かを感じていた。
翌日、エンリたちはフェルハト王子や婚約者たちとともに朝食を食べた。
見ると、フェルハトの左手の指輪が消えている。
それに気付いたリラが「どうしたんでしょうね?」とエンリの耳元で・・・。
エンリは深く考えず「あれだけあれば無くしもするだろ」
食事が終わり、エンリはリラと街を歩く。
宝石細工の職人の店に足を止めて、店先に並ぶ売り物を眺めるリラ。
青い宝石を使った指輪やブローチが売られている。
「綺麗ですね」
そう、物欲しそうに言うリラに、エンリは「欲しいければ買ってやるぞ。値段は随分と手頃だし。どれが欲しい?・・・ってデザインはみんな同じか」
店に居る徒弟らしい店員に声をかけ、一つ買ってリラにあげた。
それを指に嵌めたたリラは、すぐに気付いてエンリに言った。
「これ、フェルハト王子が身に付けているのと同じですね」
気になったエンリは、仕事場を見たいと徒弟に申し出る。
店の奥を覗くと、作業場で主人が職工仕事をしている。
「王子様の所に来られた客人の方ですが、仕事場を見せて欲しいそうで」
そう徒弟に声をかけられた主人は、「どうぞ」とエンリに・・・。
主人は指輪細工を作っていた。エンリは主人に挨拶して、仕事について尋ねる。
主人はそれに答えて「今作っているのは王子様の指輪の補充でして。時々無くすのですよ」
「この宝石って?・・・」
そうエンリが訊ねると「この土地原産のブルーストーンという宝石で、伝説のフェルハトが恋人の死を聞いて泣いた涙が石になったという物なんですが、たくさん採れるんで、あまり値の張るものじゃないです」
館に戻ると、来客が王子の歓迎を受けていた。
いかにも危険なオーラを漂わせた険しい顔の痩せマッチョ。
人の良さような顔のフェルハト王子と握手を交わす彼を見て、マゼランが怒りに身を震わせていた。
「あれがワグネルか?」
そうエンリが声をかけると、マゼランは言った。
「間違いない。奴は俺たちが殺した筈です。なのに奴は平然と立ち上がって、レオ団長や他のみんなを殺したんです」
そんなエンリ達を他所に、フェルハト王子はワグネルに言った。
「これからあなたを歓迎する宴を開きます。是非、楽しんで下さい」
ワグネルがメイドに案内されて宴の広場へ。
「エンリ殿下たちも是非」
そう声をかけるフェルハトに、エンリは言った。
「彼は危険な人物ですよ」
「胸襟を開いて接すれば、友達になれない人なんて居ません」
そんな能天気な事を言うフェルハトに、エンリは「あなた、お花畑という言葉を御存じですか?」
「あの美しいチューリップの咲く天国ですよね」
そんな、更に能天気なフェルハトに、エンリは「あの赤は、恋を妨げられたフェルハトが、命を奪われる時に流した血の色ではなかったのですか?」
するとフェルハト王子は言った。
「いえ、彼を騙してその命を奪った者の罪を許す色です」
エンリは少しだけ表情を曇らせて「彼はこれからも多くの人を殺しますよ」
宴が開かれた。
相変わらず四人のマッチョな婚約者に甘やかされるフェルハト王子。
"王子様大好き"を連呼する街の人たち。
フェルハト王子はワグネルに笑顔で話しかけ、美少女シリンがワグネルに酒を注ぐ。
ワグネルは冷たい表情のまま、街の外れに聳える岩山を指してフェルハトに尋ねた。
「ところで、あの岩山の上には何があるのですか?」
「あそこは立ち入り禁止になっていて、異教の祭壇の跡があるとか」とフェルハトは答える。
「そうですか」
その夜ワグネルは、宛がわれた客室を抜け出し、館の外に出た。
そして、立ち入り禁止の柵を飛び越えて岩山へ。険しい岩を難無く登るワグネル。
岩山の上には崩れかけた修道院跡。
その礼拝堂跡の説教壇を動かし、床の隠し扉を開くワグネル。
彼は地下に続く階段を降り、地下室に据えられた棺の前で跪く。
そして彼は呟いた。
「聖者様、やっと帰って来ました」
ワグネルはそこを去って岩山を降り、月明りの中を館に向かう。
その時、ふいに彼の背後から声をかける者が居た。
「ワグネル、今度こそ最後だ!」
ウォーターカッターがワグネルの胴体を真っ二つにする。
倒れた彼を見下ろす人影。それはマゼランだった。
翌朝、マゼランはエンリの部屋を訪れた。
「エンリ王子、お別れを言いに来ました。これから何があっても、私に対する弁護は不要です」
エンリ王子唖然。
そして、俯くマゼランの両肩に手を置いて「弁護って・・・。お前、何をやった?」
マゼランが答えようとした時、美少女シリンがエンリを呼びに来た。
「エンリ様、それとマゼラン様もいらしたのですね。朝食の用意が出来ました。フェルハト王子も他の皆さんも、それからワグネルさんもお待ちです」
「何だって?」と驚愕の表情を浮かべるマゼラン。
食堂で、何事も無かったように朝食を食べるワグネル。
能天気に笑顔を振りまく王子様会話のフェルハトの右手の指輪が消えていた。
マゼランは青ざめた表情で俯きながら食事を続ける。
その日の午前中に、ワグネルは館を去った。
彼を見送ると、フェルハトはその場に居たエンリたちに言った。
「彼は迫害された避難民たちを連れ、ここに戻ってきます。我々は彼等のための宿舎を建てなくてはなりません」
エンリは真剣な表情でフェルハトに警告する。
「その人達は避難民ではなく暗殺部隊です。きっとここは奪われます。あなたも、ここの人たちも殺される」
フェルハトは「そうはなりません。対話によって解り合える」
「殺しに来た人たちとも、ですか?」
そう溜息をついて言うエンリに、フェルハトは「殺しに来る人達にこそ、友好を以て接せよ。賢者ガブリエルの教えです。そうやって友達になるのが唯一の方法です」
エンリは言った。
「それは友達ではなく奴隷になるという事ですよ」
フェルハトが館に戻ると、エンリはマゼランに尋ねた。
「夕べ、何があった?」
「・・・」
「ワグネルを殺ったのか?」
そうエンリに追求されたマゼランは、苦悩の表情を浮かべて言った。
「・・・・・殺せなかった。やはり彼は不死身です」
とりあえず状況を説明するマゼラン。
話を聞いたエンリは、思考を巡らせる。
そして「館に戻って来る所を闇討ちかよ。で、奴はどこから戻って来たんだ?」
「あの岩山だと思います」とマゼランは答えた。
エンリは館に戻って、フェルハト王子に尋ねた。
「このへんの大きな街で図書館のある所って、どこでしょうか」
「それなら・・・」
エンリはリラとアーサーを連れ、ファフのドラゴンに乗って、図書館のある街へ向かった。




