第252話 幸福の王子
フェリペ皇子の従者マゼランが属するレオ海賊団が、ロシアの暗殺者ワグネルにより壊滅した。
エンリ王子たちはマゼランの案内で、ワグネルが狙う拠点確保を阻止しようと、オッタマの地方領主フェルハト王子の元を訪れた。
そしてエンリは、フェルハトの気合の入った王子様キャラに唖然とする。
「私がポルタのエンリ王子です」
館から出てきたフェルハト王子に、とりあえずエンリは名乗った。
するとフェルハトは「あなたが? 王子にしては随分と見すぼらしい服装のようですが」
エンリ、更に唖然としつつ「いや、普通の格好だと思いますけど」
「指輪とか冠とかは?」
そう指摘するフェルハトに、エンリは「動き回るのに邪魔でしょ」
「勲章をつけていないのですね」
そう指摘するフェルハトに、エンリは「そういうのを見せびらかす趣味は無い・・・ってか大人げないと思うんだが」
残念な空気が漂う中、アーサーはエンリの耳元で
「まあ、この人はまだ若そうですし」
エンリは小声でアーサーに「こういうのって教育係的な人が注意するよね?」
一人の教育係らしき老人が出て来て口を挟む。
「あの、フェルハト様」
「何かな?」
「王子様キャラ会話が留守のようですが」と教育係の老人。
「そうだった。それでー、エンリ殿はー、王子の身分としてー、成人してからー、まだ日が浅いーのーでーすーか?ー」
そんなフェルハトに、エンリはうんざり顔で「そういうの、疲れませんか?」
すると、背後であれこれ言う人たちの声が・・・。
「やっぱり王子様は素敵な王子様です」
「私たちの幸せのシンボル」
「王子様大好き」
いつの間にか周囲に街の人たちが集まって、わいわいやりながら楽しそうにフェルハト王子を褒めている。
教育係も能天気な声で「さすがは王子。異国の王族に王子としての心得を説くあなたは、世界の王子様文化の起源国の指導者として世界をリードする真の先進国のリーダーです」
そんな彼等を見て、タルタはあきれ顔で「王子様文化って何だよ」
ジロキチもあきれ顔で「やたらいろんな国の文化の元祖名乗りたがるどこぞの半島国じゃないんだから」
そんなエンリの仲間たちの疑問を他所に、唐突に授賞式を始めるフェルハト王子の教育係。
「フェルハト王子。あなたの王子様の心得を広める功績を讃え、ここに王子様文化布教功労章を授与します」
街の人たちも勝手に盛り上がって・・・。
「六個目の勲章」
「王子様万歳」
「素敵です。王子様」
エンリは溜息をついて呟いた。
「何なんだ、ここの奴らは」
エンリは頭痛顔を無理やり飲み込むと、フェルハトに本題の話を始めた。
「ところで、ここにロシア人が来ましたよね?」
「ワグネルという方が来ましたよ。友好的な方でしたが」とフェルハト王子。
だが、街の人たちはひそひそ声で「けど、何だか怖い感じの人だったような」
そんな彼等にフェルハトは「辛い目に遭ったので、表情が強ばるのは当然です。迫害された人たちの移住を受け入れて欲しいとの事でした」
能天気な事を言うフェルハトに、エンリは指摘した。
「いや、彼等は特殊工作部隊で、暗殺とかやる奴ですよ。無警戒で受け入れるのはどうかと思います」
「外から来た人を警戒するのは人の性です。直接対話して友達になれば、必ず通じ合えます」とフェルハト王子。
「どう通じ合えたと?」
そう疑問声で尋ねるエンリにフェルハトは「握手の手を差し出してくれました」
「いや、普通の挨拶ですが。敵意を持つ奴だって、それくらいしますよ」とエンリは溜息。
更にフェルハトは「差し出した右手に武器を持っていなかった」
「握手ってのはそういう形式のためのもので、武器は大抵懐に隠すものです」とエンリは更に溜息。
「私の健康を気遣ってくれました」とフェルハト。
「普通、元気にしてるか・・・くらいは言いますよ」とエンリ。
「天気が良い事を共に喜んでくれました」とフェルハト。
エンリは脳内で呟く。
(駄目だこりゃ)
頭を抱えるエンリに代わってアーサーが言った。
「後ろ暗い意図を持つ人って、猫を被っているものですよ」
「それ、猫に対する差別じゃないの?」とタマが口を尖らせる。
ジロキチが「いや、友好的なフリをする事を言うんだから、猫はいい奴だって前提の言葉じゃないのか?」
「そうなの?」と期待顔を見せるタマ。
タルタが「実物を見ると到底いい奴じゃ無いんだが」
「やっぱり差別じゃないの」とタマが口を尖らせる。
そんな彼等を見て、フェルハトはエンリに言った。
「エンリ王子は私たちを心配してくれているのですよね。あなたはいい人だ。これから歓迎の宴を開きます。ぜひ楽しんで下さい」
ご馳走が並び、街の人たちも集まる。各自がおかずと酒を持ち寄り、館の料理人も腕を振るう。
そんな中でフェルハト王子は、席を用意しているメイドに「ところで今日の椅子係は誰かな?」
「シリン三号です」と答えるメイド。
そんな会話を耳にして、エンリたち、顔を見合わせる。
「何ですか? 椅子係って」
そうエンリが問うと「私が座る椅子になってくれる係ですが何か」と答えるフェルハト。
唖然顔で顔を見合わせ、あれこれ言い合うエンリの仲間たち。
タルタが「人間椅子って訳かよ」
「それって、いろいろアカン奴だよね?」とジロキチ
カルロが「ってか三号って何だよ。もしかしてオーダーメイドとかいう自律機械人形?」
「いえ、普通の人間の女性ですよ」とフェルハト王子。
その時・・・。
「シリン三号、お召により参上しました」
そう言いながら、いかついマッチョ女登場。
「ある意味普通じゃないと思うんだけど」と若狭。
「けど、別の意味では予想通りでござる」とムラマサ。
「では王子様、どうぞお座り下さい」
そう言ってその場に座ったシリン三号の、膝の上に座るフェルハト王子。王子の頭を撫でるシリン三号。気持ち良さそうな王子。
「そういう椅子ね」と些か安心したような声で言うエンリに、フェルハトは言った。
「もしかして四つん這いとか想像しました? 消防署の女所長が飼ってる変態集団じゃないんだから」
「けど、いいなぁ」とファフが羨ましそうに指を咥える。
アーサーが「いつも王子にやってもらってる事だろーが」
「主様、ファフにも人間椅子やって」
そう言ってじゃれつくファフに、エンリは頭痛顔で「その言い方は止めてくれ」
「ところでこの人って」
膝の上の王子とイチャラブしているマッチョ女について、エンリはフェルハトに尋ねた。
「婚約者ですが何か」
そう答えるフェルハトにエンリは「変わった趣味ですね」
「他所で人間椅子の話をすると、よく言われます」とフェルハト。
「じゃなくて、女性のタイプの好みが・・・」とエンリ。
フェルハトは言った。
「彼女はいい子ですよ。手料理が美味しいんです。昨日のカップラーメンは最高だった」
「・・・」
更にフェルハトは「それに、ダンスが上手なんです。得意なのが"どすこい音頭"。ご覧になります?」
エンリは慌てて「見なくていいです。想像つきますんで」
「ダンスバトルでは無敵です。踊ると衝撃波を放って敵を倒す」とフェルハト。
「ダンスバトルってそんなのだっけ?」と疑問顔のカルロ。
「いや、漫画やアニメの中だけだから」とアーサー。
「歌も最高です。毎月リサイタルをやるんです」とフェルハト。
シリン三号も「トルコのジャイアンと呼ばれています」
とてつもなく残念な空気が漂う。
「けど三号って・・・」
ふとエンリの口から出た疑問に答えて、フェルハトは「婚約者は四人居ますんで」
「つまりハーレム」とカルロが目を丸くする。
「いや、アラビアの教えでは四人までと同時に結婚できますから」とマゼランが解説。
エンリはほっとした表情で「けど安心しました。他の三人はまともな女性なんですよね?」
その時・・・。
「王子様、二号、四号、五号、参りました」
そう言って出てきた三人のマッチョ女の登場にエンリ王子たち唖然。
「来たか。とにかく座りなさい」と、フェルハトは三人を席に座らせる。
そして「紹介します。シリン二号・四号・五号です」
「やっぱりこの人、変わってる」とマゼランも溜息。
「けど、って事はシリン一号さんも居るんですか?」
そうエンリが訊ねると、シリン三号が「あの子は小間使いですよ」
「けど、何で一号が小間使い?」と疑問顔の若狭。
そして、更に一人の女の子が来た。かなりの美少女だ。
「彼女がシリン一号です」
そう言ってフェルハトが紹介したシリン一号を見て、エンリたちは口を揃えて呟いた。
「まともな子も居たんだ」
その夜。館の客間に泊まったエンリたち。
窓の外から見える星空に誘われて、エンリとリラは庭に出た。
「綺麗な星空ですね」
そう言って空を眺めるリラに、エンリは「今は空気が乾燥しているからね」
「ロマンチックですね。伝説のフェルハトさんとシリンさんも、こんなふうに夜空を見たのでしょうか」とリラ。
「そうだな」
そう言いながらエンリはその情景を思い描く。
草原に寝転んで空を見上げる、昼間見たフェルハト王子と、その枕元に座る・・・あのシリン三号の姿が浮かび、彼は慌ててその想像を打ち消す。
その時、館の二階の窓が開き、一羽の燕が袋のようなものを咥えて飛び去った。
エンリは思った。
(何だろう。あれはフェルハト王子の部屋の窓の筈だが)




