第250話 悪戯の特許状
両親と一緒にパリを訪問したエンリの子、フェリペ皇子。
彼はルイ王子の結婚式の後、怪盗ルパンの保護を受けていたボンド男爵の遺児ジェームズと知り合う。
そして彼の養い親であるルパンの元に、ロキの仮面の本物がある事を知る。
ルパンの家を訪れ、その宝物庫で本物のロキの仮面と対面。
そしてルパンの視線が他の宝物に向いた隙に、それを手に取り、かぶってしまう。
かぶる者の体を乗っ取る宝具精霊ロキの発動にルパンは慌てた。
フェリペを取り押えようと伸ばしたルパンの手を、仮面をかぶったフェリペは払いのけて後ろに飛びのく。
「ロキ、その子から離れろ!」
ルパンはそう叫ぶと、呪文を唱え、部屋に衝撃が走った。
「転移魔法だね?」とフェリペの姿のそれは楽しそうに・・・。
「そうさ。ここは部屋ごと転移させて、今は出口の無い地中深い場所さ。諦めてその子の体を返して貰うぞ」とルパン。
フェリペは「そうはいかない」
ルパンが金縛りの呪文を唱えると同時に、フェリペは仮面分身の呪句を叫んだ。
ルパンの金縛りに捕えられたのは一枚の仮面。同じ仮面が多数、宙に浮いている。
「これならどうだ。影縛り!」
そうルパンが叫んだ瞬間、部屋は暗闇となる。
そして「これはジパングの忍者から教わった術で、影を伝って相手の動きを止める闇魔法さ」
フェリペは体の自由を奪われ、焦り声で「こんな暗闇に影なんて」
「影はあるさ。目に見えない光がある。そして目に見えない光を当てれば目に見えない影が出来る」とルパンは解説。
明かりがともると、ルパンとフェリペの影が繋がっている。
動けないフェリペを捕まえようとルパンが迫る。
「これならどうだ」
そうフェリペは言うと、一枚の仮面が謎の光が放ち、彼は飛びのいてルパンの手を払った。
「身の自由を・・・。今のは何だ?」
そう唖然声で言うルパンに、フェリペは解説。
「仮面が反射した光で影を消したのさ。目に見えない光って、あそこの明かりの光に混じってるんだよね? だったらそれを反射して増幅した同じ光を当てる事で影を消せる」
「仕方ない。少々乱暴になるが・・・」
ルパンはそう言うと、杖を振るってフェリペに打ちかかる。
宙に浮いている仮面の一つがルパンの杖に当たると、杖は飴のようにぐにゃりと伸び、曲がって、鞭のように仮面に絡みつく。
ルパンはフェリペを捉えようと杖を振るい、フェリペは宙に舞う仮面を操ってそれに抗う。
その時、フェリペの隣に一人の男が現れた。
「主よ、これでは戦にならないぞ」
フェリペはその男に「実力に差があり過ぎるって事?」
「あなたの体を傷つけないよう、彼は実力が出せないのさ」と男はフェリペに言う。
フェリペはかぶっていた仮面をとって、ルパンに言った。
「大丈夫だよ、ルパンさん。僕は体を乗っ取られてなんかいないよ。この宝具精霊は僕を主と認めたからね」
「どうやって・・・」とルパン唖然。
フェリペは楽しそうに「けど凄いな。まるで僕の体じゃないみたい。それに、知らなかったいろんな技を使える」
時間は少しだけ遡る。
フェリペが仮面を被った瞬間、彼の視界は強い光に覆われた。
その光がおさまった時、そこはぼんやりとした光に包まれた世界。そこに一人の男が居た。
「君がロキだね?」
そう言うフェリペを見て、ロキは「今度のカモは五歳の幼児かよ」と残念そうに・・・。
フェリペは「ただの幼児じゃないぞ。僕はスパニア女帝イザベラと海賊王エンリの子、フェリペだ。君、僕の臣下にらならないか?」と言い返す。
ロキは笑った。
「冗談きついぞ。俺神様でお前人間。しかも俺は大人でお前は五歳児だろ」
「君、宝具精霊だよな? 僕の父上は古代イギリス王の聖剣に主と認めさせた英雄だぞ」とフェリペ。
ロキは「知ってるよ。あいつは俺に体を乗っ取られかけた事もあるからな」
「僕は次期皇帝だ」とフェリペ。
「だから何だよ。お前が皇太子の立場を得るために、母親の腹から出て来る以外のどんな苦労をした?」とロキはフェリペを問い詰める。
「それは・・・」
ロキは残念顔で言った。
「あのな、家来の助け抜きで、お前自身にどんな力がある? お前の家来になって、どんな見返りがある?」
「爵位も領地も貰えるぞ」とフェリペ。
ロキは鼻で笑って「要らないから。俺はお前の体を使って、やりたい事をやるんだ」
フェリペは、生まれて初めて自分の無力さを知った。
宮殿では、みんながちやほやしてくれる。従者や女官が何でも言う事を聞いてくれる。
だが・・・。
父もそうだったのだろうか。
魔剣を振るって活躍する父の姿を、フェリペは想った。
世界中の海を渡り、ムガル皇帝やマラッカ王やズールーの預言者と、父はどうやって向き合ったっけ・・・・。
フェリペは言った。
「君、この体で自由になって、悪戯がしたいんだよね?」
「そうだよ。悪戯は最高だ」とロキは答える。
「けど、それで罰を受けたんだよね?」とフェリペ。
「・・・」
「女神様を丸坊主にして神様たちから叱られて、この仮面に封じられた」とフェリペは追い打ちをかける。
「・・・」
そしてフェリペは言った。
「悪戯の特許状を欲しくない?」
「特許だと?」
そう唖然顔で言うロキに、フェリペは語った。
「王様とか皇帝とかが、自分の権限の範囲で誰かに特別な権利として認めるのが特許だよね。僕は皇太子として僕の権利の範囲で特許状を書ける。そして、僕の悪戯の師匠が言ったんだ。"悪戯は子供の特権だ"って。その特権を君に分け与える特許状をあげれば、君は堂々と悪戯が出来る立場になって、神様たちから問われた罪が消えて、この仮面から解放されるんじゃないのかな?」
「なるほど、そういう事かよ」
話を聞いて、ルパンは溜息まじりの納得顔を見せる。
そして仮面の縛りから解放され、フェリペの隣に現れたロキが言った。
「そういう訳だから、俺はこの主の元で悪戯三昧って訳さ」
ルパンは言った。
「解ったよ。意思のある宝具がお前を主と認めたなら、これはお前のものだ。けどフェリペ皇子。こいつを使って、やりたい事ってただの悪戯か?」
ロキは「悪いかよ」
「そのうち飽きると思うぞ」
そう言うルパンに、フェリペは「どういう意味?」
ルパンは言った。
「悪戯ってのは命の危険とかの無い、笑って済む話だから意味があるんだ」
「けど、悪戯は楽しいよ。おじさんの盗みも、楽しいからだよね?」とフェリペ。
ルパンは答えた。
「そうさ。警戒が厳重な中で自分の力を総動員し、頭を働かせてスリルを追い、失敗すれば監獄行き。だから楽しい。全部自分の責任だ。それが大人さ。そこまで言えば、悪戯が何で子供の特権かって理由も解るだろ?」
「・・・」
「お前が本当にやりたい事って何だ?」
そうルパンに問われ、フェリペは考えた。
自分が好きな事、わくわくする事、憧れている事。そして、遠い異国で活躍する父親の姿が浮かんだ。
「父上みたいに、いつか自分の海賊団を組織して、世界中を冒険したい」
そうフェリペが言うと、ロキは楽しそうに笑った。
そして「なるほど。そっちの方が面白いかもな。俺は何千年もこの仮面の中に居た。主よ、何年になるか何十年になるかは知らないが、俺の時間の中ではほんの一時だ。退屈しのぎに、お前の遊びに付き合ってやるよ」




