第249話 怪盗の宝物庫
長年のフランスとドイツ皇帝との敵対関係を終わらせるための、ルイ王子とアントワネット姫の結婚式の日が来る。
五歳の幼児どうしの結婚だが、ユーロの外交地図を塗り替える政略結婚だけに、母親として出席するテレジア女帝をはじめとして、世界各地の王族や大貴族が式典に参加するため、パリに集まった。
賓客としてエンリ王子とイザベラ女帝、その子フェリペ皇子は式典三日前にパリを訪問。
外交官役のミゲル皇子の屋敷で一息つくと、王宮を訪れた。エンリの仲間たちも一緒だ。
エンリ王子夫妻とルイ国王夫妻の大人の会話が弾むのを他所に、双方の子供も旧交を温める。
「こんにちは、ルイ」
そう言ってフェリペ皇子が差し出す握手の手を握るルイ王子。
「よく来たね、フェリペ。紹介するよ。僕の嫁になるアントワネット姫だ」
ルイの隣に居る同年代の幼女がドレスの裾を摘んでフェリペに挨拶。
「アントワネットと申します」
「可愛い子だな」
そうフェリペが口にする定番のお世辞にアントワネットは笑顔で答える。
「そんな、世界一可愛いだなんて」
「いや、そこまでは言ってないが」とフェリペは少しだけ残念そうに頭を掻く。
ルイは彼女自慢モードに突入。
「けど、彼女の居る居ないでは、ステータスの違いは大きいぞ」
「僕は決まった女に縛られない。世界の女の子は僕のものだ」とフェリペも負けてはいない。
傍で聞いていたニケは、カルロの後頭部をハリセンで思い切り叩いた。
「何で俺を叩くんですか?」
そう口を尖らすカルロに、ニケは「皇子に変な事教えたのはあんたでしょ」
「ってか皇子、ちゃんと妃を迎えて世継ぎを作って貰わないと」
そう困り顔で釘を刺すアーサーに、フェリペは「けど、僕の父上は海賊王エンリにして、その実態は・・・」
脇でルイ王と話していたエンリは、慌ててフェリペに「ロキ仮面とか持ち出すのは頼むから止めてくれ」
「けど、船乗りは港港に女あり・・・なんですよね?」とフェリペ皇子。
リラがエンリの上着の裾を掴んで「そうなんですか? エンリ様」
ニケ・若狭・タマが声を揃えて「王子サイテー」
「そういうステレオタイプは要らないから」と困り顔のエンリ王子。
そんな大人たちの残念な会話を聞き流しつつ、ルイ王子はフェリペの耳元で、そっと言った。
「それとフェリペ、全部終わったら二人で街に探検に行こう」
「姫やフェルゼン抜きで?」と怪訝顔で聞き返すフェリペ皇子。
するとルイ王子は自慢顔で言った。
「凄い奴と友達になったんだ。紹介するよ」
その夜、各国からの賓客を歓迎する夜会が開かれた。
ルイ王が歓迎の言葉を述べ、歓談となる。
ルイ王とテレジア女帝が、作り笑顔をヒクヒクさせながら、外交トークの応酬。
女帝の後ろに控える冷や汗顔MAXのメッテルニヒ宰相。
(そろそろ限界かな?)
そう彼が脳内で呟いた時、イザベラが来て、ドヤ顔でテレジアに「あら、テレジア女帝陛下。君主自ら降伏宣言にドイツからお出ましですか?」
「この名誉男性がぁ!」
ぶち切れるテレジアを見て、慌てて止めに入るメッテルニヒ。
「母様、怖い」と言って泣き出すアントワネット姫。
残念な空気の中、必死に場を誤魔化すメッテルニヒ。
何とか場を取り繕うと、メッテルニヒは泣きそうな声でテレジアに言った。
「困りますよ女帝陛下」
「そうは言っても」
そう言い訳モードに入る女帝に、メッテルニヒは「こういう場で外交スマイルを死守するのは君主たる者の責務ですぞ。相手は痩せても枯れても他国の君主なのですから。"同じ未来を見よう"くらいの事は言って頂かないと」
「あのフリードリッヒが相手でも、ですか?」とテレジア女帝。
「当然です。かの悪名高い収容所国家三代目の黒電話頭の人化豚総統を相手に、首脳会談でピッグディールをやったのが、世界の警察と呼ばれた覇権国家トランプ帝国のキングですよ」とメッテルニヒ。
「悪かったわよ」
そう言って口を尖らすテレジアに、メッテルニヒは「とにかく冷静にお願いしますよ」
「おや、テレジア女帝陛下」
プロイセンのフリードリヒ王が薄ら笑いで話しかける。
「この外道がぁ!」
ぶち切れるテレジアを見て、慌てて止めに入るメッテルニヒ。
「母様、怖い」と言って泣き出すアントワネット姫。
残念な空気の中、メッテルニヒは呟いた。
「勘弁してくれ。・・・ってか、何であんなの呼んだんだよ」
ルイ王子とアントワネット姫の婚礼は順調に日程を消化した。
式典が終わると、ルイ王子はフェリペ皇子を誘って、宮殿裏の林へ。
そこに五歳ほどの男児が居た。
ルイ王子は彼の肩に手を置いて「紹介するよ。街で知り合ったジェームズだ」
「フェリペだ。君は魔法とかは使えるの?」
そうフェリペが名乗ると、ジェームズは「大抵の事は出来るぞ。剣術とか潜入術とかもね」
「彼に張り合うのは止めた方がいい」とルイはフェリペに・・・。
「秘蔵の従者って訳か?」とフェリペ。
ルイは「庶民だけど、親が凄腕で、いろんな事を教わって訓練みたいなのをして貰ってて、今じゃパリ最強の幼児だ」
ジェームズは言った。
「親父は俺が生まれる前に死んだけどね、おじさんから教わってるんだ」
「諜報貴族の愛人の子って訳か?」
そうフェリペが言うと、ルイは「そこらのスパイなんて目じゃないぞ」
「どんな人なんだ?」とフェリペは興味津々顔で・・・。
「泥棒だよ。怪盗ルパンって、知ってるよね?」とジェームズ。
フェリペ唖然。
そして「かっこいい」と言って目を輝かせる。
フェリペは思った。(僕の父上とどっちが強いかな?)
三人でジェームズの家に遊びに行く。
一見、ごく普通の住宅の玄関に招き入れられるルイ王子とフェリペ皇子。
居間に三十代の男性。
一見して只者では無いと感じさせるオーラと、穏やかな日常の表情に隠れた不敵な何か。
「こんにちは」
ルパンはそう挨拶する二人を見て、一緒に居る養い子に「ジェームズ、友達かい?」
「そうだよ」
そうジェームズが答えると、二人も「おじゃまします」
ルパンはすぐに目の前の幼児の正体に気付く。
「そっちはルイ王子だよな? で、そっちの子は・・・」
「フェリペって言います」
そう答えた彼に、ルパンは「ルイ王子と一緒に居るって事は、もしかしてスパニア皇子か?」
「はい。ポルタの王太子エンリは僕の父です」
そうフェリペが答えると、ルパンは懐かしそうに、遠い目で「あいつの息子かぁ」
そんなルパンの反応に目を輝かせるフェリペ。
「もしかして父を御存じなんですか?」
「二度会ってるぞ。一度目はロンドンの魔導戦艦騒ぎの時だな」とルパン。
フェリペは「あの時、父は魔剣でロンドン市民の命を救ったと聞きました」
ルパンは語った。
「そうなんだよな。俺はあの船の心臓部を破壊したが、船は止まらなかった。あいつは最後に出て来て、美味しい所を浚って行ったのさ。それで二度目は鉄仮面騒ぎでロキの仮面を頂いた時」
その言葉を聞くと、フェリペはテンションMAXでルパンに駆け寄る。
「ロキの仮面って・・・あの」
一瞬タジタジとなりながら、ルパンは「鉄仮面がかぶってたのが、ロキの仮面さ」
「父もそれをかぶったって聞きました」
フェリペがそう言うと、ルパンは爆笑した。
そして「昔、ノルマンでな」
「話を聞かせて貰えますか?」とフェリペ。
「俺はその場に居なかったんだが、聞いた話でいいなら」
そう言うと、怪盗ルパンはエンリのノルマンでの活躍を語り始める。
「そんな事が・・・」
目を輝かせて話に聞き入るフェリペに、ルパンは笑いながら「結局、奴はそれがとんでもない厄介物だと知らずにかぶって、あやうく体を乗っ取られる所だったのさ」
「けど、それであそこの人たちを救ったんですよね?」
そうフェリペは言いながら、脳内で呟く。
(やっぱり父上はかっこいいなぁ)
そして彼は「見せて貰えますか」とルパンにねだる。
ルパンはしばらく考え、そして言った。
「絶対に触らないと約束出来るなら、な」
三人の幼児を連れて、地下の宝物蔵への階段を降りるルパン。
階段を歩きながらジェームズは、心配そうにルパンに小声で言った。
「おじさん、部外者に見せて大丈夫なの?」
「俺のお宝を狙う奴は大勢居るけど、絶対こいつには手を出せないようになってる」とルパンは自信ありげに答える。
地下室の扉を開ける。棚に多くの財宝が並ぶ。
その部屋の中を指してルパンは言った。
「超一級の宝具や美術品だ。絵画に武器に金銀宝石細工。俺が今まで盗んだ獲物のコレクションさ」
「ロキの仮面は?」とフェリペ。
ルパンはその部屋の片隅の棚の前に彼らを連れて行き、一枚の鉄製の仮面を指す。
「これだよ」
「かっこいいなぁ」とうっとりと見る幼いフェリペ皇子。
ルパンは言った。
「かぶろうなんて絶対思うんじゃないぞ。かぶったら最後、体を乗っ取られて自分が自分じゃなくなる」
「宝具精霊なんですよね?」とフェリペ。
「そうさ。最悪にたちの悪い邪神だ。こいつに体を乗っ取られたオルレアン公から引きはがすために、俺は坊主に化けて五日間寝ずに説教したんだ。おかげで体重が八キロ減ったよ」とルパンは答える。
フェリペは思った。
(父上の魔剣も宝具なんだよな。父上はそれに自分を主だと認めさせたんだ。僕だって・・・)
「まあ、他にも豪華なお宝は山ほどあるぞ。これなんか・・・」
そう言ってルパンが他の宝具に手を伸ばした時、フェリペの手が伸びてロキの仮面へ。
ルパンは慌てて「おい、ちょっと待て」と叫び、彼を止めようとしたが・・・。




