第247話 秘宝の回収
バリの王宮で頻繁に開かれる夜会では、近衛の各隊も警護に駆り出される。
そんな中で王太子妃付近衛として警護の任に付くオスカルは、夜会に参加する様々な貴族と面識ができる。
イギリスから外交官として派遣されたバッキンガム公も、そうしてオスカルと親しくなった貴族の一人だ。
その日、警備室に居るオスカルの元を訪れたバッキンガム公は、アン先王妃と、そしてリチャードと名乗る女性を伴っていた。
オスカルとアンドレ、そして三人の来客。
五人がまったりとお茶を飲んでいると、ルイ王子とアントワネット姫が駆け込んできた。
「済まない、オスカル。しばらく匿ってくれ」
「また家庭教師の授業を抜け出してきたのですか?」と、あきれ声のアンドレ。
アントワネット姫は「あの歴史の先生って、教え方が下手ですの。憶える事ばかり多くて、もう頭が破裂しそう」
二人の五歳児はテーブルの下に隠れ、家庭教師が探しに来ると、オスカルがシラを切った。
家庭教師がその場を去ると、オスカルはテーブルの下の二人に「もう出て来ていいですよ」
「助かったよ。オスカル」と言いながら出て来るルイ王子とアントワネット姫。
アン先王妃がアントワネット姫に言った。
「あなたがドイツから来られたアントワネット姫ですね。何て可愛らしい」
姫はオスカルに「そちらの方は?」
「イギリスから外交官として来られたバッキンガム公とアンさんとリチャードさんですよ」とオスカルは彼らを紹介し、三人はそれぞれ名乗る。
「バッキンガム公です」
「アンです」
「リチャードです」
アントワネット姫は、不思議そうな顔で尋ねた。
「あの、リチャードって、普通は男性に付ける名前ですよね?」
「実は私は父に男性として育てられたんです」とリチャード。
「軍人の家を継ぐためにですか?」
そう言うアントワネットに、オスカルが「いや、そんなの私の父だけですから」
「父は私を愛し過ぎたのです。それで私が他所に嫁ぐ事の無いようにと」
そう言って、自分の生い立ちを話し始めるリチャード。
自分が女性であると知らなかった事。そして嫉妬した母から悪魔の宿る体だと言われ、それを信じて育った事。
「なんてお可哀想な」
そう言って目に涙をためるアントワネット姫に、リチャードは言った。
「けど、バッキンガム公は、そんな私でも構わない。私が女性でなくてもいいと、私を求めてくれました。今は自分が女性である事が解って、それまでの分まで愛し合っています」
アントワネット姫、目をうるうるさせて「何て素敵な・・・」
そんな彼女を他所に、バッキンガム公は「ところでオスカルさん。あなたが男装しているのは、さっき言ったように、軍人の家を継ぐためにですか?」
「そうですけど。いや、もしかして父上は・・・。そういえば思い当たるふしが・・・。あんな事とかこんな事とか」
そう言って妄想を巡らせ始めたオスカルに、アンドレは残念そうに言った。
「いや、ちょっと待て。あんた姉が七人も居たよね。自分の娘に愛着を持つような父親なら、とっくにお腹いっぱいになってると思うぞ」
「そりゃそーか」
やがて三人の来客は、その場を辞して帰路に付こうと、オスカルに別れを告げて部屋を出た。
するとアントワネット姫が部屋を出て三人を追った。
「あの、リチャード様。愛する人とずっと幸せで居られるよう、これを差し上げます」
そう言って、首飾りの入った箱を差し出すアントワネット姫。
「これは、ルイ殿下から頂いたものですが、殿下の愛が籠っていて、きっとお二人を守ってくれますわ」
数日後・・・。
ルイ王太子婚約者のお披露目が直前に迫る中での、アントワネット姫の衣装合わせ。
何しろ、高価な装飾品を蔵出しする場である。
オスカル隊長の指揮の元、数人の隊士が警護に当たる。
アンヌ王妃の指図の元、ドレスやら装飾品やらで、五歳の姫は着せ替え人形状態だが、もちろん遊びではない。
ピリピリとした空気の中で、トラブルは発生した。
「次に王太子妃の首飾りを」
そう指図を出した女官長の声に、女官の一人が「あれ、どこでしたっけ?」
「確か、贈呈の儀は済んでおられましたわよね?」と、もう一人の女官が・・・。
女官長が怖い顔で姫に問う。
「アントワネット様、ルイ殿下から頂いた首飾りは、どうされましたか?」
するとアントワネット姫は「殿下から頂いた首飾りですか? 人にあげてしまいましたけど」
「何ですって?!」
女官たち唖然。
そしてアンヌ王妃が深刻な表情で言った。
「あれはフランス王室に代々伝わるもので、王妃からその子である王太子へ、そしてその結婚相手となる次の王妃へ譲られる宝具なのですよ。それを他人に譲ってしまうなんて」
「そんな・・・」とアントワネット姫、涙目になる。
そんな騒ぎを見て、オスカルが言った。
「私が返して貰って来ます。アンドレ、一緒に来てくれ」
「オスカル隊長、頼みましたよ」とアンヌ王妃。
部屋を出た所でアンドレが「ところでオスカル。誰から返して貰うんだ?」
「誰からだろう」と首を傾げるオスカル。
二人で衣装合わせの部屋に戻る。
「姫。首飾りを誰に譲ったのですか?」
そうオスカルに問われて、アントワネット姫は「バッキンガム様の恋人のリチャード様です」
オスカルはアンドレと二人でバッキンガム公の屋敷に駆け付ける。
そして玄関の前で立ち尽くす二人。
アンドレが「留守みたいですね」
「仕方がない、窓を破って乗り込むぞ」
そう言って、そのあたりにあった大きな石を振り上げるオスカルを見て、アンドレが慌てた。
「いや、それは乱暴過ぎだろ」
そんな二人に声をかける一人の女性が居た。アン先王妃だ。
「あら、オスカル様とアンドレ様」
「アン先王妃。助かりました。リチャードさんは?」
オスカルにそう問われてアンは「バッキンガム公と一緒に、急用があってロンドンへ戻りましたけど」
「大変だ」
そう焦り顔で口を揃える二人に、アンは「いったいどうされたんですか?」
オスカルは周囲に響く大きな声で解説した。
「フランス王室に伝わる秘宝の首飾りを、アントワネット姫がリチャードさんにあげてしまったんです。ルイ殿下の婚約者のお披露目までに取り戻さないと大変な事になる」
「まあ大変」
そう心配顔を見せるアン王妃に、アンドレは「とにかく我々はすぐロンドンに向かいます」
近衛兵営に戻る道すがら、アンドレはオスカルに言った。
「あのさ、オスカル。ああいう話は下手をすると王室の不祥事として問題にされかねないから、下手に外でしゃべらない方がいいぞ」
「そうなのか?」
そんな二人が去るのを物陰で一人の男が見て、そして呟いた。
「秘宝の首飾りがロンドンに。それを先に頂いて売れば・・・」
オスカルとアンドレは兵営に戻って二頭の馬を調達し、手近な港からロンドンへ向かおうと、馬を走らせた。
だが二人はパリを出た所で、武器を持った数人に取り囲まれた。
「お前達にはここで消えて貰う」
彼等はそう言って剣を抜いて斬りかかるが、オスカルとアンドレにあっさり返り討ちに遭った。
オスカルは「何なんだ、こいつらは。この一刻を争うって時に」
その時、二発の銃声とともに、銃弾が二人が乗っていた馬を撃った。虚しく倒れる二頭の馬。
物陰から銃を構えた男が現れる。
「これでロンドンには行けまい」
「おのれ」
だが、今度はパリの入口から銃声が響き、銃を構えていた賊は倒れた。
「間に合ったか」
そう言いながら駆け付けた騎馬の数名。
彼らを見てオスカルは「三銃士の皆さん。何故」
アトスは馬上からオスカルに「とりあえずアンヌ王妃から連絡を受けたのです」
一緒に居た騎馬の人たちの中の、10才ほどの女の子を鞍の前に乗せた男性がオスカルに言った。
「ロンドンに行くなら、もっといい方法がありますよ」
「あなたは?」
そう問われて男性は名乗る。
「ポルタ王太子のエンリです。ルイ王太子の婚約者のお披露目に招待されたのですが、予感がしたもので早目にバリに来ていまして」
エンリの隣に居た騎馬のアーサーが「ハンコ突きが嫌で日取りを誤魔化して逃げて来たんですよね?」
エンリは残念顔で「そういう事は言わんでいい」
「それで、もっといい方法って?」
そうオスカルに問われて、エンリは馬に乗せていた女の子に「ファフ、乗せてやれ」
「了解」
ファフはエンリの馬から降りてドラゴンに変身した。
そしてエンリは「こいつに乗って空から行けば、ロンドンまでならひとっ飛びですよ」
二人を背に乗せたファフのドラゴンは翼を広げて空へ。




