第246話 二人の求愛者
幼いルイ王太子妃の護衛としてパリに着任した男装の女性軍人オスカル。
王太子妃の近衛隊長としての新たな職場に馴染む中、彼女は王太子の従者フェルゼンと副官ジェローデル、二人の男性から異性としての好意を寄せられた。
翌朝、オスカルとアンドレが連れ立って出勤すると、血相を変えた部下が駆け付けてきた。
「オスカル隊長。大変です。すぐ来て下さい」
何事かと兵舎の訓練所に駆け込むと、フェルゼンとジェローデルが剣を構えて向き合っている。
「負けた方が身を引くって事でいいですね?」とフェルゼン。
ジェローデルが「男に二言は無い」
「お前等、何をやっているんだ!」
そう言って間に割って入るオスカルに、ジェローデルは言った。
「何って隊長、あなたを賭けて決闘ですよ」
話を聞くと、ジェローデルがオスカルに告白したと知ったフェルゼンが、ジェローデルにその真意を問い質し、互いに自分の方が真剣だと言い合って、引っ込みがつかなくなったという。
オスカルは頭を抱え、二人に言った。
「そんな事で決闘とか、馬鹿な真似は止めろ」
「だったら、俺たちのどちらを選ぶか決めて下さい」と声を揃えるフェルゼンとジェローデル。
オスカルは思った。
(どうしよう。どちらを選んでも、きっともう一方がお邪魔虫扱いされて周囲から馬鹿にされる。だったらいっそ・・・)
そして二人に「実は私には既に恋人が居るんだ」
「誰ですか?」と声を揃えるフェルゼンとジェローデル。
オスカル、アンドレの左腕を掴んで「こいつだ」
「いや、ちょっと待って」
そう言って慌てるアンドレの耳元で、オスカルは「頼む。とりあえずこの場を収めるために、調子を合わせてくれ」
アンドレ、困り顔で「そんな安易にフラグを折ると、後で後悔しますよ。折角のモテ期じゃないですか」
「その時は、お前と別れたと言えばいいだけの話だ」と、お気楽な事を言うオスカル。
「まあ、いいですけどね」と溜息をつくアンドレ。
そしてオスカルは二人に言った。
「そういう訳だ。私たちはフランスに来る前から付き合っていたんだ。お前達の気持ちは嬉しいが、私の事は諦めてくれ」
「仕方ありませんね」と肩を落とす二人。
フェルゼンとジェローデルは、痛み分けに終わったと、オスカルを諦めて普段の生活に戻った。
だが・・・。
「ジェローデルが近衛隊を辞めて転属願いを?」
知らせを聞いて唖然顔のオスカルに、隊員たちは言った。
「何だか居辛くなったとか言って・・・」
「振られ男とか言って、いじり回したりしていないだろうな?」
そう問い質すオスカルに隊員の一人が「いえ、むしろみんなで慰めて、残念会を開いてやろうと」
別の隊員が「女の子の居る店に誘ってあげたんですけど」
更に別の隊員が「代わりにこれを使えと、隊長のキャラを描いた抱き枕を」
抱き枕カバーに描かれた、子供の落書きみたいな全身似顔絵もどき。
思わずムカっと来て、それを壁際に投げつけると、オスカルは「変なものを作るんじゃない。ってか、そういうのをいじり回すって言うんだ」
ジェローデルは衛士隊へ転属になった。
事情を知らない衛士隊員は、アンヌ王妃の保護下にあるアントワネット姫の近衛を辞めたジェローデルを歓迎した。
彼を囲んで好き勝手言う衛士隊員たち。
「よほど嫌な事があったんだよな?」
ジェローデルは困り顔で「そんなのじゃないですよ」
「いや、外国の手先の王妃の護衛なんて、我慢してやるものじゃない」と隊員の一人が・・・。
「あの隊長だってドイツから来た手先じゃないか」と別の隊員が・・・。
調子に乗ってオスカルの悪口を言い出す衛士隊長。
ついにジェローデル、キレて隊長を殴り、彼は速攻で首になった。
「宮務めの兵なんて辞めて気楽に生きるさ」
そう呟いてジェローデルが家に戻ると、病床の母親と妹が迎えた。
「人間、生きていれば失業する時だってあるさ」
そう慰め口調で言う母親にジェローデルは「それより母さん、体は大丈夫なのか?」
「薬を飲めばよくなるんだが、薬代が高くてねぇ」
そんな母親に妹が「母さん、薬の時間だよ」
「いつも済まないねぇ」と母親は妹に・・・。
「それは言わない約束だよ」と妹は母親に・・・。
ジェローデルは心配顔で「薬はちゃんと買えるのかい」
妹は目薬を片手に涙目の笑顔で言った。
「大丈夫。私の晴れ着を質に入れて、お金を工面したから」
母親はそんな妹に「そのうち、お前の兄さんが新しい仕事について給料を入れてくれるよ」
物欲しそうな目でジェローデルをチラ見する、彼の母と妹。
ジェローデルは溜息をついて「解ったよ。就職先を探して来る」
「頑張ってね」と、職探しに行く彼を戸口で見送る母と妹。
歩きながらジェローデルは呟いた。
「そうは言っても、ずっと兵士やってたからなぁ。他の仕事と言っても・・・」
兵営の前に、兵士募集のチラシが貼ってある。
それを前にジェローデルは呟く。
「隊長を殴ってクビになったのに、また雇ってくれとか、どの面下げて・・・」
ジェローデルが兵営の前をウロウロしていると、部下を連れたオスカルに出くわした。
オスカルはいつもの心配顔でジェローデルに「話を聞いたぞ。衛士隊を首になったんだって?」
隊員の一人も「苛められて居辛くなったか?」
「そういう訳では」と困り顔のジェローデル。
別の隊員が「ロッカーにネズミとか、椅子に画鋲とか・・・」
「いや、中学生のイジメじゃ無いんだから」と更に困り顔のジェローデル。
オスカルはジェローデルの両肩に手を置いて言った。
「辛かっただろ。うちに戻って来い」
「隊長」と涙目で自分を見るジェローデルをオスカルは抱きしめ、そして言った。
「涙は全部、私の胸で流せ。そして明日から一緒に姫殿下を守ろう」
「オスカル隊長・・・」
そう言って号泣するジェローデル。
そんなオスカルを見て、隊員たちは溜息をついて、言った。
「あの人、全然解ってない」
アントワネット姫お付の女官たちが、三人がかりで幼い姫の世話をする。
ドレスを整え、髪を整えながら、あれこれ言う女官たち。
「姫様はフェルゼン様がお好きなのですか?」
「かっこよくて優しくて、私、フェンゼルが大好き」
そう嬉しそうに言うアントワネットに、一人の女官が「ですが、姫様は殿下の妃になられるお方です。あまり殿下を蔑ろにされるのはどうかと」
「私がフェルゼンの事が好きだと、ルイ殿下を蔑ろにした事になるの?」
そう言うとアントワネットは、オスカルと楽しそうにしているフェルゼンを見て、もやもやした気持ちになった事を思い出す。
そして彼女は思った。
(私がフェルゼンに甘えると、ルイ殿下もあんな気持ちになるのかしら)
歴史の勉強の後、ルイ王子はフェルゼンを伴って、アントワネットと宮殿の裏の林で遊ぶ。
「あの木に登ってみよう」
そう言って大きな木の枝に乗ると、ルイ王子は「姫もおいでよ。フェルゼン、姫をここまで抱き上げてくれないか」
フェルゼンがアントワネットを抱えて木の枝の上に。
彼の腕の中で幸せそうなアントワネット。
ルイ王子と並んで、木の枝の上でアントワネットは、下から見上げるフェルゼンを見る。
その目が少しだけ寂しそうに見えたルイは「フェルゼンも登っておいでよ」
フェルゼンは「そこに三人は狭いと思いますが」
「なら姫はお前の膝の上に乗るといいよ」とルイ王子。
フェルゼンは木に登り、アントワネットを膝の上に乗せる。
フェルゼンの膝の上で幸せそうなアントワネット。
バイオリンの家庭教師の授業。並んで教わる王子と姫。
休憩の時、アントワネット姫は王子に尋ねた。
「女宮たちが言ってたのだけれど、私がフェルゼンに甘えると、ルイ様を蔑ろにしているの?」
「姫はフェルゼンに会えないと寂しいよね? アントワネットが寂しいと、僕も寂しい」とルイ王子。
「もしかして、ルイ様は我慢しているの?」
そうアントワネットが言うと、ルイ王子は「そんな事は無いよ。僕はみんなと居ると楽しい。それに、姫は僕から離れたりしないよね?」
「もちろんですわ」とアントワネット。
「これが終わったら街に出よう。フェルゼンも一緒に」とルイ王子。
アントワネット姫も「なら、護衛にオスカルも」




