第244話 近衛の隊長
幼いルイ王太子の妃としてドイツ皇帝家からパリに乗り込んだ幼いアントワネット姫。
そしてその護衛として赴任した、男装の女性軍人オスカル。
オスカルは近衛隊の王太子妃付部隊の警備隊長としての任に付く。
「副官のジェローデルです」
オスカルが指揮するフランス人近衛兵の代表として、そう挨拶に来た彼に、二人は名乗った。
「隊長としてドイツから赴任したオスカルだ」
「補佐官のアンドレです」
するとジェローデルはオスカルに「ところで隊長は・・・、女性ですよね?」
「何か問題でも?」と、何やら釈然としない気分で問い返すオスカル。
「いえ、何でもありません」
ジェローデルに案内され、近衛の兵営へ。
居並ぶ隊員たちの前でオスカル、就任の挨拶を述べた。
そして彼等に「とりあえず、お前達の腕前を見せて貰いたい」
木剣を持って隊員たちの前に進み出て、剣を構える。
「時間が惜しいから、まとめて相手をしてやる。全員でかかって来い。言っておくが私は強いので、手加減は無用だ」
隊員たちは困り顔で「あの、隊長。せめて防具をつけて、ちゃんとした練習としてやりません?」
オスカルは脳内で呟いた。
(やはりそう来たか。女とは本気でやりあえないという訳だな)
オスカル、いざという時の台詞を書いたメモを出す。それをちらっと読んで真っ赤になる。
そして、後ろに控えているアンドレに見せて、耳元で問う。
「女を馬鹿にする軍隊男に拳で解らせる時の挑発用の台詞として渡されたのだが、これ、本当に言うのか?」
メモ書きに曰く。
「お前等のチンコは飾り物か?」
アンドレは盛大に噴くと、残念な表情で「忘れた方がいいと思います。実力を見せたいなら、防具をつけての練習で十分かと」
防具をつけた剣術の練習となる。
彼女は練習用の剣を構えると、隊員たちに「宮中に潜入する賊は腕に自信のある奴が目立たぬよう少人数で来るだろう。それを全員で囲んで仕留めるのは卑怯でも何でもない。私を賊だと思って全員でかかって来い。一本とった奴には酒を奢ってやる」
全員を相手にボコボコにするオスカル。
そして夕方になると、彼女は部下たちを連れて酒場に行き、酒を酌み交わしてわいわいやる。
部下たちはオスカルに完全に心服した。
そんなオスカルを見てジェローデルは呟く。
「最強の男装姫騎士かぁ。かっこいいなぁ」
当番の部下とともにアントワネット姫の護衛の任に付くオスカル。
アンヌ王妃とルイ王子と一緒にティータイムを過ごすアントワネット姫は、アンヌ母子と完全に打ち解けていた。
「お義母様って、とっても綺麗」
そんな五歳児のお世辞に、アンヌ王妃は嬉しそうに「こんな娘が欲しかったの」
ルイ王子は「これからアントワネットに街を案内するんだ」
「では私が警護を」
そう申し出るオスカルに、ルイ王子は「供は従者にやって貰う事になっているんだが、君も一緒に来てくれるかい?」
ルイ王子の従者を紹介される。15才ほどの少年だ。
「フェルゼンです」
「オスカルだ。よろしく」
そう互いに名乗り、握手を交わす二人。
そして四人で街を歩く。
フェルゼンにすっかり懐いているアントワネット。
仕事を終えるとアンドレが迎えに来た。
「これから、裏の事情に関わる方々と会って貰う事になります」
オスカルが連れて行かれた部屋には、四人の男性と一人の女性。
「彼等は?」
そう問うオスカルに、アンドレは「三銃士。御存じですよね?」
オスカルは怪訝顔で「四人居るようだが」
すると一番若そうな一人が「僕は見習いですので。ダルタニアンといいます」
残りの三人もそれぞれ名乗る。
「アトスです」
「ポルタスです」
「アラミスです。あなたがアントワネット姫の護衛のオスカルさんですね?」
「よろしくお願いします」と言ってオスカルは彼らに握手の手を差し出した。
オスカルはアラミスに不思議な親近感を感じた。
それを知ってか知らずか、アラミスはオスカルに「ところで、あなたは男装してる女性ですよね?」
「そうですが」
怪訝そうに答えるオスカルに、アラミスは目を丸くして「本当に居たんだ」
「そんなに珍しいですか?」
そう言ってオスカルが溜息をつくと、アラミスは「いや、実は何かの創作物の影響で、たまに、私を女性だと思い込んでいる人が居まして」
残念な空気が漂う。
そして、三銃士を相手に本題の話を切り出す、アンドレとオスカル。
「皆さんは国王一家を守るのが任務なのですよね?」
そう問うオスカルにアトスは「というよりアンヌ王妃をお守りするのが使命」
「そうだっけ?」と、今一解ってない・・・といった表情のダルタニアン。
アラミスは言った。
「護衛としては別に近衛が居ますが、私たちはリシュリュー派の陰謀を阻止して王妃様をお守りする事が使命なのです」
オスカルは「リシュリュー宰相とは、どういう人なのですか?」
アトスは「油断のならない奴です。彼は衛士隊を手足として使います」
オスカルはもう一人部屋に居る人物に視線を向けて「ところでそちらの女性は?」
「コンスタンツです。そこのダルタニアンの恋人です」と彼女は答える。
オスカルは「男装はしていないようだが、君も銃士隊の一員なのか?」
アンドレは困り顔でオスカルに「いや、軍だからって女性は男装を・・・ってのは君だけだから」
「それに彼女は王妃付きの女官で隊士じゃないので」とダルタニアン。
オスカルはあきれ顔で「見習いが恋人同伴で勤務とは、いい身分だな」
「すみません」
そう言ってしゅんとなるダルタニアンに、アトスは「こいつ、すぐ調子に乗るんですよ」
ダルタニアンは更にしゅんとなって「気を付けます・・・って、違いますよね? 彼女は秘密工作員で我々の協力者でしょうが」
抗議顔になるダルタニアンを横目に、コンスタンツは言った。
「王妃様の衣装係としてお傍に仕えながら、その命を受けて情報収集を・・・。ここの皆さんとの連絡役です」
三銃士たちの居る部屋を出て、次の場所に向かいながら、オスカルは尋ねた。
「なあ、リシュリューとはどういう奴なのだ? 陰謀家なのだよな?」
「会えば解ります」
そうアンドレに言われて、オスカルは唖然顔で「会うって・・・」
目的地は宰相の執務室。そして、そこに居た中年男性を示して「彼がリシュリュー宰相です」
そしてリシュリューも握手の手を差し出し、名乗った。
「私が国内派をまとめて王妃に対抗する陰謀家のリシュリューです」
思わず握手を交わしつつ、オスカルは「はぁ?・・・。あの、そういう事は普通自分では言わないのでは?・・・」
リシュリューは「色々と事情があるんですよ」
「もしかして閣下と王妃様が対立しているというのはデマ?」とオスカル。
「みんなそれを信じていますけどね。そして、その方が都合がいい事もありまして」とリシュリュー。
「どういう事ですか?」
そう不思議そうに言うオスカルに、リシュリューは「王と王妃の夫婦仲がうまくいっていないのです」
「つまり、王が他国派の王妃を嫌って排除しようとして、それにあなたが加担していると?」
そうオスカルが言うと、リシュリューは「じゃなくて、王は元々女性に興味が無いのですよ」
「つまり、ルイ陛下は・・・、コレ系?」
そう言って右手の甲を左の頬に当てるポーズをとるオスカル。
残念な空気が漂う中、オスカルは思った。
(男性でないのが残念とは、そういう事だったのか)
そしてオスカルは言った。
「つまり、あなたがその相手と? その割には・・・・ルックスが少々。ですが蓼食う虫も好き好きと・・・」
リシュリューは慌てて「違うから。私はノーマルです。だが、アンヌ王妃は国民に人気がある。そして王は国をまとめる立場にあって、夫婦仲の問題で王妃に同情が集まると、彼のせいと思われて、その矛先が向くのは色々と都合が悪いのです」
「だから、代りにあなたが反発を引き受けていると・・・」
オスカルは感動顔でリシュリューの手を執り、そして言った。
「リシュリュー宰相。これまで私は、君主に尽くす忠義の臣下を多く見てきました。だが、あなたのような方は初めて見ました」
リシュリューは困り顔で頭を掻きらがら「いや、正直な話、私には王個人はどうでもいいのです。ただ、彼はフランスが偉大な存在になるために必要な求心力だ」
「偉大とは、ドイツ帝国にとって代わるという事ですか?」
そう言うオスカルの曇った表情を見て、リシュリューは言った。
「ドイツ皇帝とフランス王国が覇を競って潰し合う関係ならば・・・ですけどね。けど、そうならないために、あなたが来たのですよね?」




