第239話 女の闘い
美人コンテストは順調に進み、残す審査はあと一つとなった。
そして司会のアナウンス。
「では、最終審査はバトルロイヤル。戦うヒロインとしての強さを存分に見せて頂きましょう」
申請者たち唖然。
「聞いてないぞ」とエンリ王子。
アーサーは心配そうに「リリスの奴、大丈夫かよ」
舞台背後の仕切りが外され、その背後に大きな武闘場が現れる。
準備が整い、参加者が配置に着く。
申請者席で見守る八人の男性。流れ弾を防ぐため、観客席との間に防御シールドが張られる。
司会兼審判がマイクを持って立つ。
「ルールを説明します。魔法などの使用制限はありませんが、相手を殺さぬようお願いします。申請者の介入はルール違反ですが、傷ついて降参した後の回復処置はご自由に。武器は携行可能な範囲で。では皆さん。戦いの用意をお願いします」
タマが他の参加者に目配せ。参加者たちは互いに目で合図を送る。
それを受けてラフタは剣を、バニーは大型のハンマーを、ディードは弓矢を構える。
秋姫は呪文を唱え、周囲に無数の狐火が浮かぶ。
「では試合開始!」
審判のゴングとともに、タマはドヤ顔でアンリエッタに「機械人形、あなたは終わり・・・って、え?」
ラフタ、バニー、ディード、秋姫の四人がタマに襲いかかり、殴る蹴るでボコボコに・・・。
「な・・・何でよ。全員でアンリエッタを狙おうって誘ったのに」
そう悔しそうに呻くタマに、ディードは「そういう人って一番信用できないのよね」
「タマさん、戦闘不能によりリタイア」と司会がタマの脱落を宣言。
タルタにポーションを飲まされて手当てを受けながら、タマは泣き声で「タルタぁ」
タルタはあきれ顔で「どうせ女王選抜戦の時も、こうだったんだろ? 少しは懲りろ」
タマを倒した四人が、互いに目を見合わせて牽制し合う。
「その後は、次に強い私が狙われる」
そうディードが言うと、バニーが「いや、次は私よ」
「私でしょ」と、ラフタと秋姫。
その時、アンリエッタが動いた。
彼女の左右の二の腕の細長い格納蓋が開く。
そして右手からは剣が、左手からは魔法の杖が出現。
剣を構えるラフタに、一瞬で間を詰めたアンリエッタは右手の剣でラフタを倒した。
そして次の瞬間、ハンマーを構えるバニーへ一瞬で間を詰め、バニーが振り下ろすハンマーを素手で受け止めて拳で殴り倒す。
司会兼審判、テンションMAXで実況を叫ぶ。
「アンリエッタさん強い。ラフタさんバニーさんを一瞬で倒し、相次いで二人ともリタイア」
そのリタイア宣言で、ナオフミとヘフナーが倒れた二人の元に駆け付けて、回復魔法を施す。
秋姫の周囲の狐火がアンリエッタを襲う。
アンリエッタはそれを全てかわすと、至近距離からのファイヤーボールで秋姫を仕留めた。
ディードが弓を連射。アンリエッタはそれを右手の剣で弾く。
ディードが撃ったウィンドアローをアンリエッタは防御魔法で防ぎ、ウィンドボンバーでディードを倒す。
司会兼審判、実況で「アンリエッタさん魔法戦も強い。秋姫さんとディードさんを倒して、またも二人がリタイア」とリタイア宣言。
ベルとモウカリマッカが倒れた二人に駆け寄って回復を施す。
アンリエッタの視線がリリスに向くと、リリスが恐怖にかられながらファイヤーアローを連射。
だが全て、あさっての方に飛んだ。
「ファイヤーボール」
そう叫んでアンリエッタが攻撃魔法を放った時、目を閉じて蹲ったリリスの前にアーサーが立ち塞がり、防御魔法でアンリエッタの攻撃を防いだ。
「アーサーさん、申請者の介入は反則ですよ」
そんな司会の声を他所に、アーサーはリリスを向いてしゃがんで言った。
「降参するよね?」
「はい」
「いい子だ」
アーサーはそう言ってリリスの頭を撫でると、彼女に代わって降参を宣言。
「リリスさん、降参によりリタイア。残るはリラさんただ一人」
そう司会兼審判が宣言する中、アンリエッタはリラに言った。
「リラさん、後はあなただけよ。まだ戦いますか?」
するとリラは人魚の姿になり、召喚の呪文の結びの呪句を唱え、足元からウォータードラゴンが出現。
巨大な水の龍の中に人魚の姿のリラ。
「あなた、開始のゴングが鳴る前に詠唱を初めていましたね」
そうアンリエッタに問われて、リラは「戦いの用意と言われたので、それに従ったまでです」
アンリエッタはウォータードラゴンに向けてファイヤーボールを放った。
水の龍の表面が蒸発して水蒸気が立ち上る。
だがリラは平然とした表情で言った。
「水は蒸発する事で熱を奪います。ドラゴンの中の熱した水の流れを操る事で、熱はここまで届きません」
アンリエッタは剣で斬りつけるが、高密度の水が剣を阻む。
攻撃魔法を連打するアンリエッタ。
だが、光魔法は水の中で屈折してリラの脇を逸れ、雷魔法は水面を伝って地面へと逃げた。
そしてリラは「あなたの攻撃は私には効きません。降参して下さい」
ウォータードラゴンのもたげた鎌首が、咆哮を挙げてアンリエッタに襲いかかった。
アンリエッタはアイスストームの魔法で水の龍の頭部を凍らせて、ファイヤーボールでそれを破壊。
ウォータードラゴンの欠損した頭部はすぐに再生された。
アンリエッタは氷魔法と炎魔法を繰り返す。再生する度に破壊される水のドラゴンの頭部。
「あのままだと水の魔力量に限界が来るぞ」
エンリはそう呟くと、手元の紙にペンを走らせた。
やがて攻撃に耐えきれなくなったかのように、水のドラゴンの体は崩れ、水は四散して床に散って水たまりを作った。
アンリエッタは勝ち誇ったように「頼みのドラゴンは倒れました。降参して下さい」
だがリラは「そうはいきません。ウォータードラゴンワイヤー!」
そうリラが呪句を唱えると、床に飛び散った水が多数の細長い強靭な蛇の姿となってアンリエッタの体に絡みつき、彼女の動きは完全に封じられた。
それを見ていた全員唖然。
「ウォータードラゴン、死んでなかったのですか?」
そう悔しそうに言うアンリエッタに、リラは「床に飛び散った水の姿に変えて操ったのです」
「よくそんな事を」とアンリエッタ。
リラは「王子様が作戦を授けてくれました」
アンリエッタが推薦者席を見ると、エンリが大きな紙を掲げ持っていた。
その紙に曰く。
「ドラゴンに死んだフリをさせて床に撒いて隙を伺え」
リラは言った。
「私、人の姿を貰った代償として声を差し出したので、その後王子様と、こんなふうに筆談で会話していたんです」
アンリエッタはカサノバを見る。
カサノバはエンリを見る。そして彼はあきれ顔でエンリに言った。
「よくそんなやり方で指示を・・・。相手が見て作戦がバレるとは思わなかったんですか?」
「美女が八人も派手にバトルやってる中で、脇に居る男を見る奴なんて居ないよ」とエンリは笑って言う。
カサノバは溜息をついてアンリエッタに言った。
「もういい。お前が誰に何で勝てなくても、俺にとってはお前が最高だ」
「解りました 降参します」とアンリエッタ。
司会兼審判は試合終了を宣言
「では勝者リラさん!」
リラが水の蛇の拘束を解こうとした瞬間、カサノバは殺気を感じ、観客席の背後から銃でアンリエッタを狙う者の姿に気付いた。
「危ない!」
カサノバは飛び出してアンリエッタを庇い、胸に銃弾を受けて倒れる。
「カサノバ様」
倒れた彼の体に取り縋るアンリエッタ。
係員が医療具を持って彼の所に駆け付ける。
警備兵に取り抑えられられた狙撃者は、マーリンの所に相談に来た三人の元恋人の一人だった。
彼女は取り抑えられながら、自分が撃った銃弾で倒れたカサノバを見て、涙を滲ませて呟く。
「カサノバさん、そんな・・・」
医療班たちが傷ついたカサノバを囲む中に割って入るニケ。
「大丈夫だ」と強気な様子のカサノバ。
ニケは「ちょっと、見せてみなさい」と・・・。
心臓が完全に破壊されていた。
だがカサノバは強気な笑みを浮かべて「霊体で作った仮の心臓が動いている」
「そんなの長くはもたないわよ」
そう指摘するニケにカサノバは「この体は元々長くない」
「どういう事だ?」と言いながら背後から覗き込むエンリ。
ニケはその問いに答えるように「魔眼ね」
カサノバは頷いて「彼女を完成させるために、私はこの魔眼を得た」
「アンリエッタはモリアーティの自律機械人形を改造したものですね?」
そうアーサーが指摘すると、カサノバは言った。
「フランスを去った後でイギリスに渡った時、私はテームズ河口沖の海底で彼女を見つけた。究極の理想の恋人を自らの手で作る事が可能となった」
沈痛な空気の中、彼を抱きかかえるアンリエッタの手を執って、カサノバは言った。
「アンリエッタ。私が息絶えるまでの間、一緒に踊ってくれるか」
「はい、主様」
カサノバは血止めの処置を施した体を起こし、立ち上がった。
互いに相手に背に手を回し、踊るカサノバとアンリエッタ。
ニケは唖然とした表情を浮かべて「何なの? あれ」
「死の舞踏だよ。死の病に侵された人が、迎えに来た死神と踊りながら息を引き取るんだ」とエンリ。
瀕死の重傷を負った事を忘れたかのように、アンリエッタの腕に抱かれて軽やかに舞うカサノバ。
やがて二人の動きは止まる。
「ありがとう、アンリエッタ」
そう呟いてカサノバは目を閉じ、呼吸を止めた。
次の瞬間、その場に居る人々が見たものは、アンリエッタの背に現れた光の翼が羽を広げる様子。
その翼はアンリエッタのゴーストの翼となって、抱き合った二人のゴーストを上方へと導く。
翼を広げたアンリエッタのゴーストはカサノバのゴーストを抱いて、地上の残された二人の肉体を離れて空へ向かう。
そんな様子を見て、エンリは呟いた。
「あの機械人形にゴーストだって? まさか人形に魂が・・・」
「魔眼というのは魂を削るんです。彼は削り取った自分の魂の欠片で彼女の魂を作ったんですよ」とアーサー。
「そんな事が・・・・・・」
その後、カサノバの屋敷は取り壊され、その跡地の傍らに彼の墓が建てられ、彼が愛した自律機械人形と一緒に葬られた。
ニケは墓の脇に食堂と土産物屋を建てた。
ユーロ中から彼の恋人だった女性が墓参りに来る。その女性たちを相手にニケの店は大繁盛。
様子を見に来たエンリたちを前に、笑いの止まらない体のニケ。
「千人以上居る彼の元カノだけじゃないのよ。彼にあやかってモテパワーの恩恵に預かろうって男性も大勢居て、観光客が殺到してお金ガッポガッポ」
まもなくブームは去り、客足は遠のいた。
「何でよ。縁結びは最強の集客ネタよ」
そう言って、様子を見に来たエンリたちを前に、納得できないといった体のニケ。
エンリはあきれ顔で「流行なんてこんなものさ。傷が深くならないうちに撤退した方がいいと思うよ」
その時、一人の女性がニケの店を訪れた。
そして「カサノバさんのお墓はこちらですよね?」
見覚えのある顔のその女性を見て、エンリたちは顔を見合わせる。
「あの、どこかでお会いしませんでしたっけ?」
「初対面だと思います。私はこの国の人間ではありませんので」と答えるその女性。
「どちらから?」
そうエンリに問われて、女性は「イタリアから来ました。アンリエッタといいます」
仲間たちは顔を見合わせ、声を揃えて言った。
「そうか。どこかで見たと思ったら、あの自律機械人形にそっくりなんだ」
そして若狭が「それに、名前も同じ。って事は・・・」
「カサノバさんとは、どんな?」
そうリラに訊ねられて、女性は語った。
「今の夫との婚約時代に知り合ったんです。とても素敵な人で、大好きになりました。彼も熱心に求めてくれて。けど結婚の直前で、婚約者を裏切れなくて、私は彼の前から姿を消しました」
彼女は案内されたカサノバの墓の前で目を閉じて祈る。
そんな彼女を見ながら、あれこれ言うエンリとその仲間たち。
「結局あの人形って、彼が落とし損ねた女性への未練の産物だったんだね」とアーサー。
「自分自身の手で造った理想の女性の姿・・・ねぇ」とジロキチ。
エンリは言った。
「なまじイケメンで、欲しい女は誰でも手に入ると思ってるから、手に入らない女が居ると、それを受け入れられずに執着しちゃうんだろーなぁ」
タルタが「それで自分の魂まで削ってかよ。ああは成りたくないよね」
「けど、それだけ恋愛に本気になれるから、女は惹かれるのよね」とニケが言い出す。
「ニケさんも、そんな風に自分のために誰かに身を滅ぼして欲しい?」
そうアーサーに問われて、ニケは「当然でしょ。何人もの男が自分のために命を捧げるなんて最高じゃない。そして彼等は私に財産を残して、私はお金ガッポガッポ」
「こ・・・・怖ぇーーーーーーーーーー」と肩を竦めて男性たちは声を揃えた。




