第226話 ジャカルタのサムライ
ジャカルタはインドの東、シーノの南に位置する。
旧大陸南東から突き出た半島と多くの島から成り、古くからインド・アラビアの交易商人がこの地に進出し、ここに自生していた胡椒などのスパイスを交易品としてユーロに売り込み、高い利益を上げていた。
エンリ王子たちが南方大陸を迂回するルートを開いた事で、この地に到達したポルタ商人たちにより、交易の拠点として各地に植民都市が開かれている。
この地に栄えているマラッカ王国の城下に隣接した都市もその一つだ。
都市の一画に建てられたイギリス東インド会社の商館。
ここに、刀を腰に下げた、雇われ警備員のシチゾーが居た。
アパート住まいの彼は朝早く起床し、簡単な男料理で朝食を済ませると、近くの公園で素振りをする。
その日、彼が公園に行くと、素振りをしているジパング人が居た。
「こんにちは、隣、いいですか?」
そうシチゾーが声をかけると、そのジパング人は「どうぞ」
並んで素振りをやる二人。
そしてベンチに並んで座って休憩。
「あなたもサムライですか?」
そう彼に話しかけられ、シチゾーは「私は足軽でしたけどね」と答える。
彼の名はサコンと言った。
ジパングが統一されて乱世が終わり、多くのサムライが職を失って、仕事を求めて海外に出た。
明らかに同じ境遇の二人は自然と意気投合する。
翌日からも同じ時間に来て剣術の朝練に打ち込み、そして世間話。祖国の話題に花が咲く。
そんな日が何日も続いた。
「ジパングが平和になったのは良い事です。私みたいなのが仕事を失うのは、仕方の無い事なのですよね」
そうサコンが言うと、シチゾーは「同感です。このあたりは、まだ物騒ですからね」
サコンは「そういえば、あなたも警備員なのですよね?」
シチゾーは「そうです」と頷く。
「お勤めは?」
そう問われて、シチゾーは「イギリス商館ですよ。出来たばかりで採用されたんで、ジパング人警備員は私一人です。あなたは?」
「オランダ商館です」とサコン。
「あそこは出来てしばらく経ちますけど、警備員は何人か居るのですか?」
そうシチゾーに問われて、サコンは「やはり私一人ですよ」
そして・・・。
アラビアの海を東へ向かうエンリ王子たちのタルタ号。
マラッカの植民市から応援を要請されたのだ。
「まさか、あの時みたいにマラッカ王が反乱の嫌疑をかけてる訳じゃ無いよね?」
そうアーサーが不安顔で言うと、エンリは言った。
「あの都市自体がマラッカ王国に間借りしてるからなぁ。けど今回は、その都市に間借りしているオランダ商館とイギリス商館とのいざこざだから」
タルタが「つまり俺たち、いわば家主の立場だ。どーんと上から目線で構えてればいいんだよね?」
ジロキチが「家主は親も同然って言うし」
「店子がトラブルを起こせば家主は迷惑する。こっちは被害者よ」とニケ。
「まさか迷惑料とか?」と若狭。
ニケは「当然でしょ。こういうチャンスを逃さず借地料を値上げしてお金ガッポガッポしなきゃ。何のために商館建てる土地貸してると思ってるのよ」
「その値上げ交渉を任せろと?」とカルロ。
ニケはドヤ顔で「上前はねるのは権利よ」
エンリは溜息をついて「そんな権利無いから。そもそも植民市の土地貸してるのは、前みたいにあそこを丸ごと乗っ取ろうなんて考えなくて済むように・・・って事だ」
「オランダの奴らが乗り込んで来た時は大変でしたね。マジで都市を乗っ取ろうと攻めて来たもんなぁ」とアーサー。
かつては一グラムの胡椒が一グラムの金と交換されるという、そんな高級品として取引された香辛料の産地。
ここにオランダ東インド会社の資本力を以て、ポルタ商人に対抗する植民都市を建設しようとした計画は、現地人とのトラブルにより挫折した。
その背後にポルタ人植民都市の現地人への協力があると見た東インド会社は、ゴイセン海賊団の武力を以て植民都市を奪おうと試みた。
だが、駆け付けたタルタ海賊団が現地人と協力して抵抗し、他のポルタ都市の港にオランダ船の入港を拒否せよとの指令を出した事で、オランダ側は動きを封じられて、その都度挫折した。
その一方で交易の自由を尊重するエンリ王子は、植民市に単独の外国商船の寄港を受け入れる政策を維持し、平和的な交易に参加する方が得策と判断したオランダ東インド会社は、ポルタ人植民都市に間借りしたオランダ商館を建設した。
当初はポルタ商人とのトラブルも頻発したが、やがてオランダ側に別の競争相手が現れた。
イギリス東インド会社が設立されて東方貿易に乗り出し、ポルタ人植民都市に間借りしたイギリス商館を建設したのだ。
そしてポルタ人都市の中で、イギリス人とオランダ人とのトラブルが頻発する事になる。
タルタ号が植民市の港に入る。エンリ王子は仲間たちを連れて、先ず、マラッカ王の城に挨拶に行った。
歓迎するマラッカ王。
「お陰でマラッカ人商人も随分遠くまで交易に行けるようになりました。そちらの植民市での仕事も増えて、我々の民で、あそこで仕事にありついて生計を立てている者も多い。有難い事です」
すると、脇に控えていた大臣が「余所者が増えると治安も悪化しますけどね」
将軍が「物価も随分と値上がりした」
神官が「おまけに変な疫病を持ち込まれて」
マラッカ王は彼等に言った。
「お前達、外交辞令というものを知らんのか。外国との付き合いは本音と建て前を使い分けて、表面ヅラでズブズブを演じるのが大人だぞ。お友達が居ると思ってる奴は馬鹿だと知りながら、北の島を不法占領してる敵国に"同じ未来を見よう"とか心にも無いお世辞を言うくらいでないと、国際社会では生きて行けないぞ」
エンリ王子は困り顔で溜息をつくと「いや、迷惑だってんなら、そう言って貰っても構わないんですけどね」
植民市に戻って市庁舎で話を聞き、市の警備所で話を聞く。
「イギリス商館員の十名ほどの職員が行方不明になっているというのです。最初は警備員のシチゾーというジパング人なんですが、イギリス商館から、オランダ商館の奴らに拉致されたのではないかと、市当局に訴えて来ていまして」
「証拠はあるのか?」とエンリ王子が訊ね、職員があれこれ答える。
一通り話を聞いた後、とりあえずオランダ商館の様子を見に行く。
物々しい警備の中、二人のオランダ人社員がエンリたちを見咎めた。
「お前達はイギリス人か?」とオランダ人社員。
「ポルタ植民市当局から依頼されて本国から来た。王太子のエンリだ」と彼は名乗る。
もう一人のオランダ人社員は「我々は自衛の権利を行使している。イギリス商館の奴らがここを襲撃する計画がある」
「そんな計画が? 証拠は?」
そうエンリが質すと、社員は「証言があって調べている所だ」
エンリは言った。
「取り調べというなら植民市の警備所の仕事だが、証言って誰の証言だ? まさか拉致したイギリス人とか?」
顔を見合わせる二人の東インド会社社員。
そして「聞きたい事があるなら直接上に問い合わせろ」
その場を離れるエンリ王子たち。
街を歩きながら、エンリは「とりあえずイギリス商館で話を聞こう」
するとカルロが「それより王子、つけられてますね」
エンリたちの後ろを歩く、何者かの影。
それは刀を下げたジパング人のサムライだ。
エンリたちが角を曲がる。
そのサムライが角を曲がった時、彼の前を歩いていた11名の姿が消えていた。
慌てて彼は自分が追っていた人達の姿を探す。
その時、彼の肩をポンと叩く者が居た。
「何か用ですか?」
それはカルロだった。
そして、サムライを取り巻く10人が姿を現す。
「隠身の魔法ですか?」
警戒心全開でそう言うサムライに、カルロが「それで、あなたは?」
「・・・」
「オランダ商会の人ですね?」と10人の中に居たエンリが問う。
サムライは「あそこは辞めました。あなた達、オランダ商会を調べているのですよね?」
サムライは自分を取り巻く人達の中に、自分と同じジパング人のサムライ=ジロキチが居る事に気付く。
彼はジロキチに言った。
「もしかしてシチゾーを助けようとしている彼の友達ですか?」
ジロキチは「面識は無いが、行方不明になったイギリス商館の警備員の事ですよね?」
彼は言った。
「私はサコンと言います。シチゾーとは公園で剣術の朝練中に会って、友達になりました。けど、彼と話しているのを商館の人に見られて、何を話していたかと聞かれて・・・」
「何を話していたんですか?」
そうエンリが訊ねると、彼は言った。
「世間話ですよ。境遇が似てたもので。ジパングが平和になってサムライが失業して、ここに移住して警備員として就職して、それでそっちの警備員は何人か?・・・とか」
「警備体制を探っていると勘違いされたのかな?」とアーサー。
「けど、どう見ても普通の世間話だぞ」とジロキチ。
「意図的に曲解するって事もありますよね?」と若狭。
サコンは言った。
「その後、彼は公園に来なくなりました。彼を助けて下さい。きっとシチゾーは俺のせいで彼等に捕まったんです」
エンリは「イギリス商館の人たちも、何人も行方不明になっています。俺たちは彼等を助けるために動いています」




