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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第224話 神都の暴君

エンリ王子たちによる賢者セルベート救出作戦がついに始まった。襲撃を察知したジュネーブ当局は予定を早めて処刑を断行しようとしたが、エンリ王子たちの活躍により阻止され、臨時の処刑場となった監獄前広場は制圧された。

監獄前広場でなお弾圧を諦めない大賢者カルビンとジュネーブ教会の幹部たち。

その周囲にはファフのドラゴンとカステリオンが召喚したハヌマン、そしてリラのウォータードラゴン。


三体の巨大魔獣が睨みを利かせる中、セルベートはカルビンに問いかける。

「あなたがやっている事はただの暴君です。それが神の意に沿う事だというのですか?」

だが、カルビンは言った。

「そうだ。何故なら神は暴君だからだ。神は世界を創り、全ての個を創った。その個が救われるか否かは神の恣意であり、それは個が善人か悪人かも無関係だ」


「だからって、この街の人々に強いている過酷な規律による生活の束縛と刑罰による脅しに、何の意味があるのですか? それが監獄のような生活をどう正当化すると言うのか」

セルベートのその問いに対して、カルビンは傲然と言い放った。

「神に対する絶対的服従」

セルベートは「人々にそれを求めるのは神ではなく、あなた自身だ!」

「違う。神がそれを望むからこそ、私はそれを望むよう運命付けられている。何故なら神は人々を愛している。そして人々にとって、人間性を放棄して神の奴隷としての分を受け入れる事こそ幸福。その幸福を知る人にこそ天国は相応しい」とカルビンは言い放つ。



そんなカルビンにエンリは言った。

「そんなのは愛じゃない。ただの支配欲だ」

「知らないのですか? 愛するとは支配する事ですよ」とカルビン。

エンリは言った。

「では、天国とはどういう所か。それは人がそこに居る事で幸せになれる場所だろう。けれども、あなたが考える幸せが奴隷として踏み躙られる事だと言うなら、あなたの言う天国とは人間性を放棄して踏み躙られる事を喜びとする認識を強制される場所という事になる。それは普通の人にとってはむしろ地獄ではないのか」

「悔い改めざる人にとっては苦しいでしょう。彼等は自らが自由な人間である事を忘れていない」とカルビン。

「自らが自由な人間である事を忘れろと言うのは、人間を止めろという事だ」とエンリ。


カルビンは言った。

「それの何が悪い。自我が破壊されて、ただ神権政治を牛耳る我々教会の目的に沿ってのみ動く存在になる事で、人はどんな過酷な戦場にも耐えられる兵となり、この兵団を率いて我々はユーロを統一し、世界を征服して神の国を創る」

「それを市民たちが聞いたらどう思うでしょうね」とエンリ。

カルビンは「彼等はもはや思考力を持たない木偶人形だ。私は神学に革命を起こした"唯一神信仰綱要"の著者たる大賢者カルビン。その名によって人は真実を感じる。多くの情報をネットで検索してつき合わせた"論理で判断する事DE真実"を見つけた、などと言うのは愚民のたわ言だ」

そんな対話を聞いて、タルタが「ネットって何だ?」

「多分、異世界の話だと思うよ」とジロキチ。


エンリは「あなたが言ってるのは、ただの思考停止だ。真実とは権威を以て感じるものではない。それはただの錯覚だ。事実を知るとは、論理を以て客観的にあるものを見つけるという事だ。人には本来、自ら論理を以て考え行動する能力がある」

「そんな事が出来る奴などごく一部だ」とカルビン。

「違う。それが出来ない人など居ない。それは考えないのではなく、考えようとしないだけだ」とエンリ。



その時、井戸脇でスライムを操るために街に残っていたアーサーから、通信の魔道具で連絡。

「王子、大賢者の演説を聞いて市民たちが騒ぎを起こし始めました」

「映像を送ってくれ」とエンリはアーサーに。


記憶の魔道具の映像情報が、通信の魔道具で監獄前広場のエンリの元へ。

エンリはそれを自らが持つ記憶の魔道具に繋いで、映像を映し出す。

映像の中で市民たちがカルビンに問いかける。


「賢者様、俺たちの幸せなんかどうでも良かったんでしょうか?」

「俺たち、ロボットじゃないですよね?」

「俺、ハイヒールで踏まれて喜ぶ変態じゃないです」


そんな信者たちの映像を見て唖然とする大賢者。

「何だこれは。何故、ここの会話を彼等が」

エンリは、自らが立つ教会跡の井戸に差し込んだ水の巨人剣を抜いて、言った。

「この井戸は街中の家の井戸と地下水脈で繋がってましてね、水というのは音を通すんですよ。それで、この水の魔剣を地下水脈の水と融合させて、ここでの問答が各家の井戸から聞こえるようにしたんです」



「彼等がそんな事で動揺するとは。だが、人を動かすのは理性ではなく本能。そして、最も強く動かすのは恐怖だ」

そう言うと、カルビンは傀儡の呪文を唱えた。


「汝、我等の信徒。神より与えられし無私の僕たち。その理性を閉ざし心臓を捧げよ。傀儡あれ」


街の人たちの目から光が消え、手に手に武器を持って、亡霊のように広場を目指した。やがて大通りの向うから人々の大群が迫って来る。

そんな映像を見て、エンリの仲間たちは焦り出す。

タルタが「街の奴らと戦うのかよ」

リラが「あの人達は操られているだけです」


エンリは「だったら操っている奴を倒すぞ」と言ってカルビンに魔剣を向けた。

「そうはいくか」

そう言うと、カルビンはベヘモスを召喚する呪文を唱えた。


カルビンの足元に魔法陣が現れ、そこから出現する巨大な四つ足の魔獣ベヘモス。

カルビンの下半身はそのままベヘモスの頭上と融合した。



カルビンの上半身を頭上に乗せたベヘモスは、炎を吐いてウォータードラゴンを蒸発させる。

ドラゴンとハヌマンがベヘモスと戦う。

ドラゴンは炎を吐き、ハヌマンは雷魔法を放つが、効かない。

ドラゴンが噛み付き、ハヌマンは棒を突き立てるが、すぐに回復する。

エンリは水の巨人剣で切り付けるが、斬った先から回復する。


通りから亡霊のようになった街の人たちが迫って来る。

ジロキチが「あいつら、斬っていいよね?」

「けど・・・」

そう言って躊躇うエンリを見て、リラが「私の歌で眠らせます」


エンリたちは耳を塞ぎ、リラはセイレーンボイスの歌を歌う。

だが、街の人たちは歩くのを止めない。

「何故だ」と焦り顔でエンリは言う。

カルビンは勝ち誇ったように「私と私の支配下にある者は他者の声に耳を傾けない」



「耳を傾けないなら」

そう言って、エンリは思考を巡らす。

水は音を通す。そして人の体の大部分は水だ。

エンリはファフを呼び、ドラゴンの手に乗って、ベヘモスの背中に取り付いた。

エンリはベヘモスの体に水の魔剣を突き立て、魔剣と一体化する呪句を唱える。


「我、我が水の剣とひとつながりの宇宙にて、天使の歌声を満たす癒しの器なり。聴声あれ」

魔剣に響く波動を音として感じる。自分の聴覚が感じた音の波動が水の剣身に響いているのが解る。


そして水の剣身がその内外と一体化する呪句を唱える。

「汝、神獣の内に息づく水の精霊。その命担いし流動たる実在。マクロなる汝、ミクロなる我が水の剣とひとつながりの宇宙たりて、癒しの波動にてその器満たさん。伝声あれ」


そして彼はリラに向けて叫んだ。

「リラ、お前の歌は俺が聴いてやる。歌ってみろ」

「けどそれでは王子様が」

そう言って躊躇うリラに、エンリは「俺に秘策がある。俺を信じろ」

「解りました」



リラは再び人魚の歌を歌った。

「たんたんタヌキのキンタマは風も無いのにブーラブラ」


(こいつ、こんな歌を歌ってたのかよ)

唖然とした気分を感じつつ、睡魔に襲われてエンリは気を失う。

それとともに、ベヘモスの巨大な体は地響きを立てて倒れ、眠りについた。

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