第223話 火刑台の戦い
ジュネーブ派により弾圧された賢者セルベートを救出するため、ジュネーブに来たエンリ王子たちは、カステリオンのアジトを拠点に猫たちの協力で情報を集め、彼が収容された監獄の情報を地下水脈を伝って潜入させたスライムにより得た。
救出作戦決行は、セルベート処刑予定日の前夜。
その夜、作戦は決行された。
街中の井戸から這い出したスライムが至る所にあるビッグブラザーの像に取り付き、その目に泥を塗る。
エンリの仲間たちは監視の途絶えた街に飛び出し、大通りでファフはドラゴンになり、エンリを乗せて空へ。
まもなく神権政府の教会警察隊は異変に気付いた。
「大変です。監視網が次々に無力化しています」
「敵対勢力の奇襲だ。すぐ大賢者に連絡を」と警察隊長が号令。
連絡を受けたカルビンは指令を下した。
「奴らの目的は解っている。セルベートの処刑を妨害する気だ。奴をすぐ移せ。処刑は予定を早めて今すぐ監獄前広場で行う。市民たちを集めろ」
「ですが市民たちが大挙して移動すれば、敵はその中に紛れて襲って来ます」と警察隊長。
カルビンは「では見せしめは映像で行う」
ジュネーブの空を監獄へと真っ直ぐに飛ぶ、エンリが乗ったドラゴンに、地上からライトランスやサンダーボルトで魔法攻撃。
それを除けながら飛ぶファフの上で、エンリは通信魔道具で号令。
「アーサー、ファフの楯を転送してくれ」
空中でファフはドラゴンの楯を受け取り、監獄の上空から急降下。
建物の真上は光の結界で守られている。それをエンリは闇の巨人剣で打ち破ろうと切り付ける。
なかなか破れない結界を見て、エンリは呟く。
(頑丈な結界だな。もっと出力が必要だ)
エンリは闇をイメージする。
(俺は闇。宇宙に穿たれ全てを沈める暗黒の深淵)
魔剣の闇が密度を増す。
その魔剣で一撃、また一撃と結界に切りつけ、ついに光の結界は破られた。
エンリはセルベートの居る独房前の廊下の天井を破り、廊下に飛び込んでドアを破壊。
だが、独房には誰も居ない。
(移されたか)
そう呟いた時、ファフが彼に呼び掛けた。
「主様、空を見て」
街の夜空に巨大な映像が写し出されている。
監獄の正門の脇に小さな礼拝堂。その脇に火刑台が立ち、その木製の柱に囚人服の男性が縛り付けられている。
それを背に、僧侶服の男性の姿。大賢者カルビンだ。
「全ての神の使徒は空を見よ。憎むべき異端セルベートを今より火刑に処す。神に背きし罪人に対する神の慈悲により、その頑迷を以てしても悔い改めるに足る大いなる苦痛を与えられん。これよりその酷き苦痛と死をその目に焼き付け、善良なる信徒よ、偉大なる神の前での己が無力と恐怖を知れ」
エンリは言った。
「あれは監獄の正門前広場だ。仲間たちはまだ通りを駆けている。ファフ、俺たちだけで阻止するぞ」
「了解」
ファフの背に乗って、再びエンリは空に上がる。
監獄の塀の中には犬魔獣の群れ。そして巨大なフェンリルと数頭のケルベロス。
正門前広場は多くの兵士たちに取り囲まれ、火刑台には柱に縛られた男性と、その足元に薪の山。その脇に一団の教会幹部たち。
「火を付けよ」
そのカルビンの号令とともに、黒いローブを着た男が松明を掲げる。
「させるか!」とエンリは叫び、突入するドラゴン。
魔導士たちが空に向けて攻撃魔法を連射。
ドラゴンの頭上でエンリは水の巨人剣を伸ばし、点火され一気に燃え上がろうとする薪の山を破壊。
そして巨人剣はそのまま、男性を縛り付けた火刑柱の根本に突き刺さり、エンリは巨人剣を持ったままドラゴンから飛び降りた。
巨人剣は一気にその長さを縮めて普通サイズへ。
着地したエンリは倒れる火刑柱を受け止め、男性を縛る縄を切って彼を救出した。
「あなたがセルベートさんですね?」
そうエンリが呼びかけると、男性は「助かりました。あなたは?」
「ポルタから来たエンリです。グロティウスさんの依頼で助けに来たんです」とエンリ王子。
カルビンは警備兵たちに号令した。
「逃がすな。奴らを殺せ」
警備兵たちが鉄砲を構えて一斉射撃。
エンリはセルベートの楯となって、手に持った水の魔剣との一体化の呪句を唱える。
身に受けた無数の銃弾の傷は、水の魔剣との一体化による治癒で一瞬で回復。
そしてドラゴンが地上に降り立って、警備兵たちを蹴散らす。
「門を開けよ。フェンリルを出せ」
そのカルビンの号令で、監獄の正門が開き、敷地の中から出てきた巨大なフェンリルと、ドラゴンとの格闘が始る。
フェンリルの足元から無数の犬魔獣が駆け出て、エンリとセルベートを取り囲む。
「神に逆らう者よ。逃げ場は無いぞ」と、カルビンは警備兵たちの前に立って、エンリに向けて叫んだ
その時、通りの向うから獣の雄叫びが響いた。
それを聞いた犬魔獣たちとケルベロスは一斉に遠吠えを上げ、そして犬魔獣たちは獣の雄叫びの方へと走った。
カルビンは慌て声で「お前達、どこに行く」
犬魔獣たちが駆けていく先から、黄金の雲に乗って長い棒を持った巨大な猿が飛んで来るのが見える。
そして猿が地響きを上げて、広場の向うに飛び降りると、飛び掛かる数頭のケルベロスを棒の一撃で叩き伏せた。
「何だ、あのデカい猿魔獣は」と、エンリは呟く。
「王子、無事ですか?」
そうエンリに呼びかけながら、雲に便乗していた仲間たちが広場に飛び降りる。
タルタの鋼鉄砲弾が敵の銃兵陣に飛び込み、部分鉄化の体で斧を振るって大暴れ。
ジロキチが、若狭が、カルロが警備兵たちの中に斬り込む。
リラが召喚したウォータードラゴンが警備兵たちをなぎ倒す。
乱戦状態で魔剣を振るって警備兵たちと戦うエンリに駆け寄るリラとカステリオン。
「あの猿魔獣はいったい・・・」
そう問うエンリに、カステリオンが笑って答えた。
「ヒンドゥーで契約したハヌマンで私の使い魔ですよ。犬は猿に敵意を剥き出しますから、猿のモンスターをぶつければ犬魔獣はみんなそっちに行くと踏んだのです」
「けどあの猿、大丈夫か?」とエンリ。
ハヌマンの巨体の全身に無数の犬魔獣が噛み付いている。
ハヌマンは左腕の体毛を毟り、それに息を吹きかけると、その一本一本の毛が猿魔獣と化して犬魔獣たちに飛び掛かり、広場は無数の犬と猿の取っ組み合いの場と化した。
そしてハヌマンはドラゴンに加勢してフェンリルを倒し、ドラゴンは炎を吐いて犬魔獣を一掃した。
カステリオンは進退窮まった状態のカルビンと部下たちに向けて、叫んだ。
「大賢者カルビン、そこまでだ」
広場を囲むドラゴンとハヌマン、それにウォータードラゴン。
セルベートは教会役員たちの一団に向けて、言った。
「もうこんな事は止めませんか? 最長老カルビン。あなたのやっている事は、ただの暴君です」




