第222話 水脈のスライム
火刑を宣告された賢者セルベートを救出するためにジュネーブに乗り込んだエンリ王子たちは、同じくセルベート救出のため潜入していたカステリオンのアジトに匿われた。
タマを使って味方につけた猫たちの情報収集が進む中、監視網で身動きのとれない他の仲間たちは、カステリオンのアジトで食っちゃ寝状態。
食事を終えたものの、ぐったり状態で「食べ足りない」と不平を言うタルタとファフ。
「俺たちは居候だ。我慢しろ」とエンリ。
「すみません。ここの食料も残り少ないもので」と済まなそうに言うカステリオン。
ジロキチが「つまり最初に担ぎ込んだ食料で籠城してたのかよ」
タルタが「それじゃ、いずれじり貧状態だな。俺たちが来なかったら・・・」
「皆さんが来て人数が十倍に増えたもので、食料消費も十倍に」とカステリオン。
「・・・」
残念な空気が漂う。
「買い出しくらいは出来ないの?」とニケ。
カステリオンは言った。
「外に出たところで、規定の量しか買えないし、そもそも買うには、教会に登録して家族数に応じて食料切符を貰う必用があります」
ニケは「闇市とか無いの?」
「どこの戦後だよ」とエンリが突っ込む。
戸口の外を歩くジュネーブ市民たちを想い、エンリは言った。
「ってか、みんな、よくあんなのについて来るよな」
カステリオンは「実はカルビンは何度か追放されているんです。けど、彼が書いた本が有名になって支持を集めまして」
「唯一神信仰綱要だよね」とアーサー。
カステリオンは言った。
「人が救われるか否かは神によって決められ、人の自由意志とは関係無い。それを推し量る唯一の方法が、働いて得た蓄えの量なのだと。それを確認するために勤勉に働いても、愛されない者は貧しいまま」
するとエンリは「それって運命論だよね?」
「まさにそうです。神が定めた運命に人は従うしか無い」とカステリオン。
エンリは思った。(どこかで聞いたような話だな)と・・・。
そしてエンリは訊ねた。
「カステリオンさんはフリーメーソンをどう思いますか?」
「世界を裏から支配する秘密結社の会員の意思で歴史が動いてきた・・・という妄想ですよね?」とカステリオン。
「そう、いわゆる陰謀論」
そうエンリが言うと、カステリオンは「あなたの奥方みたいな?」
頭痛顔でエンリは言った。
「いや、イザベラは確かに腹黒キャラですけどね。けど、ああいう陰謀なんて、いろんな人が画策しますよ。それぞれ自分が有利になるように。そういう様々な人達の意図が絡み合って、あらぬ方向に向かった結果としての偶然の産物が、歴史ですよね? けして特定の誰かの意図がそのまま世界や個人の運命を動かす訳じゃない。それを特定の誰かの意図だ・・・ってのが陰謀論で、それって運命論も同じだと思いません?」
カステリオンは思わず気色ばって「そんな事は無い! 神ならぬ人が世界を動かすのが陰謀論です」
「では人は何故、陰謀論に嵌るのでしょうか? それは解りやすいからですよね? 神であろうが謎の秘密結社であろうが、そういう仮定の存在の意思だと言う事で、簡単に説明できてしまう」とエンリ王子。
「それは・・・」
「確かに個の人生は理不尽です。けどそれは、神の意思が理不尽だからではなく、偶然の産物だからではないのですか?」とエンリ王子。
「排除すべきは、陰謀論で歴史を書き換えてしまう"歴史修正主義"です」とカステリオン。
エンリは言った。
「修正って言うが、歴史の何を書き変えるのですか? 排除すべき修正って何ですか? 本当に排除すべきなのは、事実を嘘で書き変えようとする事ですが、巷で言う"歴史修正主義"って、必ずしも事実を守るかどうか・・・って話じゃ無いですよ。そういうのが守りたいのは解釈でしょう。自らが善玉で相手国が悪玉だという設定を守るため、旗がどうの海洋地名がどうのと、新たな問題を次々に作って持ち込むというのは、それこそ歴史修正でしょう」
「それは・・・」
更にエンリは言った。
「確かに、とある民族を消滅させる虐殺収容所が実在しなかった・・・なんて主張する人達も居る。で、そういうのを引用して、その問題と無関係な国の歴史に対する、その収容所云々って話と無関係な指摘を、ろくな根拠も無しに、"全部あれと同じだ"などと括ってイメージ化して、レッテルにして振りかざして、事実や論理を無視しようとする。けど歴史って本来、善玉だの悪玉だのを決めるためのものじゃない。それを政治利用する事がそもそも間違いですよ。その"歴史修正主義"という用語自体が歴史を政治的に利用しようという意思の産物ですよね?」
「それは・・・」
そして更にエンリは言った。
「そういう政治宣伝用の歴史解釈の中での、歴史記述における捏造性を指摘すると、それを"歴史修正主義"と呼ぶ。けど、捏造かどうかは具体的な事実の問題です。そこから目を逸らすために、"どこかの国の愛国主義にとって好都合か不都合か"という観点にすり替えて、その指摘を否定する。例えば、女衒の斡旋による売春を、軍に拉致された人たちだと言い張る、そういう明白な嘘から目を逸らすために、ああいうイメージの話にすり替える。戦時においては、いろんな国が捏造宣伝で自国の戦争を正当化しようとする。例えば偽造した敵国の旗を戦場に残して敵国に罪を着せるような。勝てば官軍で、見え透いた嘘でも押し通せたからと、戦後も惰性で嘘をつき続けて来たとしたら、それを指摘するのは陰謀論じゃ無い。むしろ歴史に対する誠実さでしょう」
「それは・・・」
「そんなレッテル貼りは、事実に対する誠実とは言えないでしょう。その不誠実を正当化するのが"歴史修正主義"というレッテルですよ」とエンリ王子。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
カステリオンは反論出来ないまま、その話題は終わった。
何も出来ずに空腹だけ募らせる状況は、時間とともにエンリたちの気力を削いだ。
「腹減った」と、ぐったりするタルタ。
「これじゃ戦が出来ない」と、ぐったりするジロキチ。
そんな仲間たちに、エンリは「水でも飲んでろ」
「そんなぁ」
するとニケが「人は水が無いと三日で限界が来るけど、水を飲めば一週間は生きていけるわよ」
アジトの台所に井戸がある。底を覗くと、水の溜まった井戸の底が見える。
エンリは思った。
(この井戸水って地下水脈だよね。それは街中の地下に広がって各家の井戸につながっている)
「なあ、アーサー。この井戸が繋がっている地下水脈を、使い魔の通り道に出来ないかな?」
そうエンリに言われて、アーサーは「確かに、このルートで使い魔を操れば敵に察知されずに済みますね」
「つまり水の魔物だな」とエンリ。
「ですが地下水脈って砂の層ですから、魚系が通り抜けるのは無理ですよ」とリラ。
「けど、スライムとかなら」
アーサーはそう言うと、スライムを召喚した。そしてスライムは井戸の底から地下の水脈層へ潜り込む。
スライムを操りながら、アーサーは言った。
「どこがどの井戸に繋がっているかの情報が必要ですね」
「情報・・・ねぇ」
そう言うと、エンリは思案を巡らせた。そして(あの方法なら・・・)
エンリは水の巨人剣を抜き、井戸の底に突き立てた。
そして自身と水の魔剣との一体化の呪句を唱える。
「我、我が水の剣とひとつながりの宇宙なり。大地に抱かれ民の渇きを癒す汝の慈悲連なりし姿をを示せ。看破あれ」
地下を流れる水の広がりをエンリは感じる。
冷たく澄んだ水が砂粒の間をゆっくり流れる。その中をスライムたちが進む。
そして、あちこちに水が染み出る井戸の底。あそこにも、ここにも・・・。
その時、エンリは人の声を聞いた。
「何だろう」
耳を澄ますエンリ。
「お母さん、お腹空いた」
そんな事を言っている謎の声に、エンリは「何だこりゃ」
あちこちから別の声が聞こえる。
「もう水は飲みたくない」
「甘い物が食べたいなぁ」
「ステーキ食いてぇ」
「あの娘と遊びたい」
「彼氏が欲しいよ」
「ダンスパーティ、楽しかったなぁ」
声は井戸から聞こえて来る。人々が井戸の前で話しているのだ。
魔剣の島を探すために音の反射で海の深さを計るニケの機械を、エンリは思い出した。
(水は音を通す。これを使えば街の人たちに声を届ける事も出来るんじゃないだろうか。例えば"王様の耳はロバの耳"とか・・・)
エンリは水脈と魔剣との一体化の呪句を唱えた。
「汝水の精霊。地の底にありし不動の内なる流動にてつながりし隠れたる実在。マクロなる汝、ミクロなる我が水の剣とひとつながりの宇宙たりて、連なりたるその清浄の全き姿を明かせ。情報掌握」
地下水脈とそれにつながる井戸の在処の全体像がエンリの脳裏に流れ込み、秩序立った情報を構築した。
その情報をアーサーが読心魔法で読み取る。
地下水脈と一体化した水の魔剣の情報を元に、アーサーは監獄の井戸にスライムを送り込む。
それを元に、監獄の見取り図が作られる。そして彼等はセルベートが居る監禁部屋の位置を掴んだ。
エンリは仲間たちに言った。
「処刑はあさっての予定だ。だから明日の夜に救出を決行する」
カルロが「けど、ビッグブラザーで行動を把握されたら不利だよね」
「スライムたちでどうにか出来ないかな?」と若狭。
アーサーが「像の目に泥を塗って塞ぐ事なら出来ると思います」
そしてエンリは作戦を決める。
「救出は二方向から行う。一隊はビッグブラザーを潰した陸上から。そして空からファフが監獄を急襲する。アーサーはスライムを操るため、ここに残ってくれ」
「了解しました。けど、犬魔獣はどうしますか?」とアーサー。
するとカステリオンが「私に対抗策があります」




