第221話 宗教の監獄
ジュネーブ派によるルイ王暗殺計画の失敗により、フランス軍によるジュネーブ討伐計画が進む。
この戦争を回避するため、エンリ王子たちは、火刑を宣告された賢者セルベートを救出しようと、敵の本拠地であるジュネーブに乗り込む。
だが、ジュネーブの街に入ったエンリ王子たちは、酒場での食事中のおしゃべりを通報されて速攻で逮捕拘禁された。
全員バラバラで牢へと引っ張られる。
地下牢の通路を牢番に引かれて歩かされるエンリ王子。
鉄格子付きの小さな牢が並ぶ中に囚人たちが居る。憔悴しきった者、泣いて訴える者。
「確かに地獄だな」とエンリは呟く。
牢に入れられてエンリは呟いた。
「さて、どうやって脱出しようか。先ず、魔剣を取り返さないとな。他の奴等はどうして居るかな?」
間もなく、さっきの牢番が戻って来る。
「規定の三日目だ。出ろ」
「はぁ?・・・」とエンリ唖然。
警察署の外に出ると、他の仲間たちも居た。
警官が全員揃っている事を確認すると、彼はドヤ顔で言った。
「三日間飲まず食わずにしては元気なようだが、これに懲りたら二度と規則を破るんじゃ無いぞ」
エンリが慌てて「ちょっと待て。俺の刀は?」
ジロキチも涙目で「俺の小雪は? 真白は?」
「武器は没収だ」
そう言って警官は警察署の中に戻った。
「そんなぁ」
慌てるエンリとジロキチに、ニケが小声で言った。
「大丈夫よ。タマとムラマサが居ないでしょ?」
「あいつ等、自分だけ変身して逃げたのかよ」
そう言って膨れっ面するエンリに「何言ってるのよ。私が助けてあげたのよ」
そう言いながら猫の姿から人間に戻るタマ。
「幻覚魔法で拘留されたのが三日前だったって、記憶を捏造して上書きしてやったわ。私が居なかったら、あそこで三日間食事抜きよ。感謝しなさい」
「けど魔剣は?」とエンリ。
「俺の刀たちは?」とジロキチ。
その時、警察署の建物からムラマサが、没収された武器を持って出て来た。
「刀の姿に戻ったら皆さんの武器と一緒に没収されたんで、隙を見て逃げて来たでござる」
四本の刀を抱いてすりすりするジロキチ。
彼等が警察署前から立ち去ろうとした時、後ろ手に縛られた男性が警官に引っ張られて来た。
「キリキリ歩け」と男性を怒鳴りつける警官に、家族が取り縋って、涙を流して言う。
「お父さん」
「どうかお慈悲を」
エンリは通行人を捕まえて訊ねる。
「あれは何なんだ?」
「神に背いた罪人ですよ。説教中に居眠りしたんです」と通行人。
ドン引きするエンリと、その仲間たち。
「居眠りで刑罰かよ」とカルロ。
「俺たちのも、食事中のおしゃべりだもんな」とエンリ。
「小学生かよ」とタルタ。
「まあ、議会で居眠りする議員は叩かれるけどね」とアーサー。
間もなく今度は、後ろ手に縛られた女性が警官に引っ張られて来た。
「キリキリ歩け」と女性を怒鳴りつける警官に、家族が取り縋って、涙を流して言う。
「お母さん」
「どうかお慈悲を」
通行人に訊ねると「朝食にパイを食べたんです」
後ろ手に縛られた若者が警官に引っ張られて来た。
「キリキリ歩け」と若者を怒鳴りつける警官に、家族が取り縋って、涙を流して言う。
「息子よ」
「どうかお慈悲を」
通行人に訊ねると「夕食後にトランプで遊んだんです」
エンリ王子、ついにぶち切れ。
つかつかと警官たちの所に行って、彼等を怒鳴り付けた。
「お前等、いい加減にしろ。何なんだここは!」
警官たちは「神は全てを見ておられます。娯楽は罪です。神より与えられた財貨を自らの快楽に使うなど。被造物たる人間に自由など無い」
「カード遊びや居眠り如きで誰かに迷惑がかかるのかよ。ってか自由が無いって何だ! 人は自ら考えて行動する存在だぞ」とエンリ。
上役らしい警官が言った。
「それは幻想です。考えて選んだように見えても、そう考えるよう神が仕向けただけです」
エンリは「だとしたら、彼等が居眠りしたのもパイを食べたのもトランプも、全て神が仕組んだという事になるぞ」
「あ・・・」
残念な空気が漂う中、警官はなおドヤ顔で言った。
「あなたは自ら考え、論理によって判断した」
「当然だろ」とエンリ。
警官は「それは罪です」
「何で?」とエンリ唖然。
警官は「問答無用で逮捕だ!」と部下の警官たちに号令。
わらわらと警官が出て来てエンリたちを取り囲む。
「仕方ない。蹴散らすぞ」
サーベルを振るう警官を剣で薙ぎ倒すエンリたちだが、警官は際限無く湧いて出る。
更には周囲に居る市民たちも警官側に加わる。
「これじゃ、きりが無いぞ」
エンリはそう言うと、包囲を突破して路地に逃げ込む。すると彼等の前に、一人の男性が現れた。
「こっちです」
彼について行くと、男性は路地の一画の煉瓦の壁に手を翳す。
隠し扉が現れ、一同その中に逃げ込んだ。
「あなたは?」
エンリがそう訊ねると、彼は名乗った。
「カステリオンと言います。セルベートという賢者の友人で、彼が思想弾圧で処刑されると聞いて助けに来たのですが、あなた達もここの方針に反対しているのですよね?」
エンリは彼に言った。
「実は、我々はグロティウス氏の依頼で、彼を救出するために来たのですが、あれは何なのですか?」
「教会は人々に神への恐怖を求めているのです」とカステリオン。
「恐怖って・・・」
唖然顔でそう言うエンリに、カステリオンは語った。
「個の運命は理不尽です。信仰と道徳に従う生き方をしたからといって、人は幸せになるとは限らない。そんなものと無関係に、神に愛されている人と愛されていない人が居て、自分がどちらかは解らない。だから恐れ、小さくなって、自らを主張しない謙虚な生き方をするのが道徳的なのだと」
エンリは「そんなの道徳じゃない。あなた自身、彼等に賛成ではないから、隠れて抵抗しているのですよね?」
「人は寛容たるべきです。厳しい罰則で縛るべきではない」とカステリオン。
「そうだよね」と、エンリは思わずその言葉に同意する、が・・・・・・・・。
「罰は神が与えるべきものです」
そのカステリオンの言葉に、エンリは怪訝顔で「それって地獄って奴?」
エンリは思った。
(それじゃ、どっちにしろ人間性は縛られるべきって事になるんだが。地獄なんてものは無いって言ったら、ここの人たち発狂するぞ)
エンリは、かつてトガルの街でオルコットが言ったという言葉を思い出した。
「地獄など存在しません。あれは"法を侵せば公が罰する"という人間社会の約束事を元にした空想です。もし人を苦しめる意図でそんなものを作る霊的知性体があるとしたら、それは神ではなく悪霊です。そして悪霊は滅ぼされなくてはならない」
そんな疑問はとりあえず後回しにしようと、エンリは当面の問題について切り出した。
「それで、どうやってセルベートを救出しますか?」
カステリオンは言った。
「それなんですが、ビッグブラザーの目と密告網で身動きがとれない。ここを一歩出れば、たちまち我々の行動は捕捉されます」
「使い魔を放ったらどうかな?」とアーサー。
「使い魔を操るのは魔力を使った霊波通信ですよね? それが大気中で捕捉されます」とカステリオン。
「駄目じゃん」と溜息をつくエンリの仲間たち。
カステリオンは溜息をついて。言った。
「とりあえず処刑の日と場所が解れば」
「公開処刑だよね。警備が厳重になるぞ」とエンリ。
カルロが「その前の晩に襲撃して救出するのがセオリーだよ。けど、それには監禁場所の様子を知る必要がある」
すると、タマが言った。
「ここは私の出番のようね。ここにも猫たちの情報網がある筈よ」
そんなタマに、タルタが「けど、お前って嫌われ者」
「うるさいわね」と言って口を尖らすタマ。
「それに、猫に頼るのは限界があります。ここの猫は弱っているんです。飼い主から満足な餌を与えられていない。人々は食事を統制され、自分が食べるにも不足しがちですから」とカステリオン。
「だったらそれが狙い目ね」
そう言って、タマは猫の姿で外に出た。
やがて、タマは一匹の痩せた猫を連れて戻って来た。
そして「その大賢者ってのを倒すのよね?」
エンリは慌てて「いや、俺たちはセルベート氏の救出を・・・」
「可哀想な街の人たちを解放するのよね?」とタマ。
「革命をやりに来たんじゃないんだが」とエンリは困り顔。
すると、タマが連れて来た痩せ猫が言った。
「人々が自由に食にありついて猫に餌をやれるようにして欲しいのです」
そしてタマは「彼等がマグロの切り身をお腹いっぱい食べられるように約束してくれたら、協力してもらえるわ」
猫たちの情報収集が始り、多くの情報がもたらされた。
処刑は五日後、中央広場で。
敵である神権政府の指導者は大賢者カルビン、そしてその配下の長老たち。
市民への監視を行う教会警察隊と、各地に派遣する布教長老。
聖堂の脇の大学で教会工作員の育成が行われており、その建物の背後に市民軍兵営。
その隣に重違反者の監獄。セルベートはそこに収容されている。
「監獄の中はどうなっている?」
そうエンリが訊ねると、タマは「それは無理ね。たくさんの犬魔獣が居て、猫は近付けないのよ」




