第220話 賢者の都
預言を装った催眠魔法によるルイ王暗殺は阻止された。
そして、それを企てた大預言者ノストラが、実はジュネーブ派の刺客だった事が判明した。
フランス陸軍の動きが慌ただしくなった。ジュネーブ討伐の計画が急速に進む。
そんな状況を危惧するエンリは、リラを伴ってティータイムに同席したルイ王に言った。
「本気で攻め込む気ですか?」
「王暗殺未遂が表面化しましたからね」とルイ王。
「ですが成功するのですか?」とエンリ王子。
ルイ王は「我が国はユーロ最強の陸軍国。向うはただの都市国家ですよ」
エンリは言った。
「けど、スイス同盟の加盟国が向うに味方するよね? 彼等は山岳戦のプロで、傭兵で稼いでいるベテランです。それに商業で栄えて軍資金も豊富。何よりアルプスの険しい地形で守られ、ドイツ皇帝家の鎮圧軍を何度も撃退した」
「・・・」
「それともドイツ皇帝と同盟でも組みますか?」とエンリ。
「それもいいな」
そうルイ王が言うと、エンリは「本気にしないで下さいよ。対国教会同盟で向うは裏で手を組んでますよ。それにドイツ皇帝の軍は弱い」
ルイ王は「けど、今がチャンスなんだ。普通ならジュネーブ派の信者が反対する。けど、国王暗殺が発覚した今、奴等は公然と反対出来ない」
「殺されそうになった陛下にみんな同情するから?」とリラ。
エンリは「いや、利用されたアンヌ王妃に同情しているんだ・・・って、どうしました? ルイ陛下」
「いいんだ、どうせ俺なんて」とルイ王涙目。
エンリは仲間たちを連れて、オランダから亡命中の賢者グロティウスに相談しようと、彼の元を訪れた。
パリ市内の邸宅街の、こじんまりと落ち着いた家の前に、一人の警備兵。
家の中に招かれて客間へ。
エンリはその家の主と握手を交わすと「ここがグロティウスさんの家ですか?」
「フランス王家から宛がわれたんですけどね」とグロティウス。
「兵が居るけど、軟禁されてる訳じゃないですよね?」とエンリ。
グロティウスは「護衛ですよ。私もジュネーブ派から逃げてる身なんで」
「それで、討伐の件はどう思いますか?」
そう言ってエンリが本題に入ると、グロティウスは言った。
「正直、賛成は出来ないが、反対も出来ない」
「けど戦争ですよ」とエンリ。
「人間理性の回復を目指す人文主義者たちも、ジュネーブをどうにかしろと言っている」とグロティウス。
「賢者セルベートの弾圧の件ですか?」
そうエンリが言うと、グロティウスは表情を曇らせた。
そして「ジュネーブは彼を火刑に処すと決めました」
「まさか。彼が何をしたというのですか」と、エンリの声が怒りを帯びる。
「自分達の考えに反するからと」とグロティウス。
エンリは「それじゃ教皇庁の異端審問と同じじゃないか!」
グロティウスは言った。
「ルイ王の討伐も、最大の理由はそれなんです。エンリ王子。彼を救出して貰えないだろうか。これは最悪の思想弾圧だ。それを止める事が出来れば、この戦争もきっと回避できる」
スイスはドイツとイタリアを結ぶ交易路の要として発展した。
氷河に削られた断面U字型の谷の底の平坦面が、豊かな牧場となり、その両側の険しい崖は、さながら天然の城壁だ。
かつてドイツ皇帝領だったこの地は、多くの小さな州や自由都市が同盟を組んで、実質的な独立国となっている。
ジュネーブもそうした自由都市のひとつだ。
独立戦争で戦う中で得た山岳戦の戦闘スキルを備えた多くの傭兵を輩出しているが、そんな傭兵たちの中には、食い詰めて山賊に身を落とす者も居る。
エンリ王子たちタルタ海賊団は、思想弾圧により極刑に処されようとしている賢者セルベートを救出するため、陸路をジュネーブを目指した。
彼等の乗る馬車が山道を進み、いくつもの峠を越える。
その中の一つの峠を越えようとした時、道の両側から山賊が現れ、馬車を取り囲んだ。
「おい、お前等、通行料として身ぐるみ全部置いて行け」
「えーっ、そんなぁ。お気に入りなのに」
そう言ってファフが出したものを見て、山賊は「それは身ぐるみじゃ無くて着ぐるみだ」
ニケがお約束な目つきを山賊に向けて「つまり着ているものも脱げって事? 私たちを裸にしてどうするつもり?」
「ケダモノ」と若狭が・・・。
「変態」とタマが・・・。
「違うだろ。俺たちは山賊だぞ。ってかお前等半分以上男だろ」と山賊、顔真っ赤。
カルロが「つまりホモですね?」
「違ーーーう! つべこべ言わずに金目の物を出せ。でないと」
そう叫んだ山賊を、タルタはいきなり殴り飛ばす。
そして「でないと、何だって?」
「こいつら強いぞ」
そう叫んで山賊は、ファフを人質にとった。
「こいつの命が惜しくば金目の物を・・・」
ニケは溜息をついて短銃を抜いた。
そして「相手の力量を計れないと長生き出来ないわよ」と言って、ファフを押さえつけている山賊に短銃を向けた。
ファフは能天気な声で「ねえねえ、これってウィリアムテルごっこだよね?」
そう言って自分の頭に林檎を乗せるファフ。
そして「これをニケさんが撃ち抜くんだよね。それで成功するか失敗するか賭けるの」
「あのなぁ」
そう頭痛顔で叫ぶ山賊を他所に、彼の部下の山賊の一人が「俺、成功するに金貨五枚」
もう一人の部下の山賊が「俺は成功するに金貨十枚」
「お前等なぁ」と自分の部下たちに怒鳴る山賊。
するとニケが「じゃ、私は失敗するに金貨十五枚」
ニケの銃弾はファフの額に命中し、大きな瘤が・・・。
そしてニケは「賭けは私の勝ちね」
ファフは膨れっ面で「酷いよニケさん」
タルタが「普通の人間だったら死んでるぞ」
青くなる山賊たち。
「有り金全部置いて行きます。命だけはお助けを」
そんな山賊にエンリが「それと、ジュネーブについて聞きたいんだが」
「何なりと」
ジュネーブに向かう馬車の中で、ニケが愚痴を言っていた。
「私の金貨十五枚がぁ」
エンリは困り顔で「賭け事の出来ない呪い、まだ有効なんだが・・・」
「それより、ジュネーブって・・・・・」と、アーサーが呟く。
エンリは山賊たちのレクチャーを思い出す。
「あそこは大賢者カルビンの神権政治の独裁下にあって、今はジュネーブ派の信者しか入れません」と山賊は言った。
「他所から来た信者は入れるんだよね?」とエンリ。
「門で細かい規則事項を渡されます。破れば速攻で逮捕されて処罰を受けます」と山賊。
タルタが「バレなきゃいいんだろ?」
「密告網とビッグブラザーの監視があります」と山賊。
「何だそりゃ」とジロキチ。
「大賢者の像ですよ。大きいのが街角の至る所に、小さいのが各家の中にまで、どこも見張られてます」と山賊。
「盗聴の魔道具の一種だな」とアーサー。
山賊は「奴等は神の国とか地上の楽園とか言ってますけど」
「天国みたいな所だと?」とエンリ。
「逆ですよ。あそこは地獄だ。みんなは収容所都市国家って呼んでます」
そう答える山賊に、ムラマサは「カルビンの髪型って、もしかして黒電話みたいな刈上げでござるか?」
ジュネーブに着くと、周囲を囲む城壁と城門がある。
守備兵にフランス諜報局が用意した信者カードを見せる。
守備兵はエンリ達に一枚の書類を渡して言った。
「これが住民が守るべき規則項目、市民会の掟だ。しっかり守って神への忠誠を示すように。これを破る罪人には厳しい罰が待っている。神は全てを見ているぞ」
馬車を降りて、歩きながら書類の中身を見ると、百項目以上の規則が並んでいる。
ジロキチが、うんざりした口調で「女子会の掟より多いじゃん」
アーサーも「こんなの憶えるだけで一苦労だぞ」
「とにかく腹減った」とタルタ。
「飯にしよう」とエンリ。
酒場に入ってテーブルに座ると、食事が運ばれて来た。
各自、一切れのパンと、僅かに肉の入ったスープ。
エンリが怪訝顔で店の人に「まだ頼んでないけど」
すると店の人が「食事に来られたのですよね? 食事の内容は市の規定により決められていますから」
「規定って、三食これ?」とタルタが口を尖らせる。
店の人は「白パンと肉の入ったスープを全ての人民が毎日食する事が出来るのが地上の楽園です」
「何だそりゃ」と仲間たちはがっかり顔。
食べながら、粗末な食事に愚痴を言うエンリの仲間たち。
「ここってどうなってるんだ?」とジロキチが口を尖らす。
「食べ足りない」とファフ。
「出たらまた何か食べようよ。屋台とかあるよね?」とタルタ。
エンリは「けど、食事の内容が規定されてるって事は、屋台なんて無いと思うぞ」
「そんなぁ」と仲間たち。
「ってかここ酒場だよね? 酒は出ないのかよ」とタルタ。
エンリは「出る訳無いじゃん。規定以外のものは出すなって言うんだから」
「そんなぁ」と仲間たち。
食事が終わると店の人が来た。
そして「こちらにどうぞ」
連れられて店を出るエンリたち。
歩きながら、あれこれ言う。
ファフが「どこに行くのかな?」
「さっきの話を聞いて、ちゃんと食べられる所に連れて行ってくれるんじゃ・・・」と若狭。
「じゃ、今度はお腹いっぱい食べられるんだよね?」とタルタ。
「気が利いてるでござる」とムラマサ。
「いや、普通ならちゃんと店で出すぞ」とジロキチ。
「規則の網を潜るって奴かな?」とカルロ。
「彼等なりのおもてなしって事だろ?」とエンリ。
リラが「けどここ、警察みたいなんですけど」
店の人は、建物の入口に居る警官に、エンリたちを指して言った。
「この人たち、食事中におしゃべりしてました。規則違反なんで通報します」
警官は唖然顔のエンリ達に言い渡す。
「お前達、密告により三日間の拘留に処す」
エンリ達、声を揃えて「そんなぁ」
建物の中に連行される仲間たちを、離れた所から眺める、猫の姿のタマ。
あきれ声で「何やってんだか」




