第217話 預言者の詩編
その日も、エンリ王子の執務室には、いつものように決裁書類の山が積まれていた。
せっせとハンコを突きながら愚痴を言うエンリ。
「ハンコ突きなんて単純労働が王の仕事っておかしいだろ。ホワイトカラーの仕事って本来もっと知的作業だぞ」
「口より手を動かして下さい」
横に控えて、そう言って仕事をせかす宰相に、エンリは「お前は自分の仕事をしろよ」
宰相は「王子の決済が滞って政務が進まないんです」
「これ本来父上の仕事だろ」と言って、エンリは口を尖らせる。
すると宰相は「また別荘に閉じ籠ってスローライフとか言ってまして」
エンリは言った。
「あの国王は・・・、ってか大体お前、その気持ち悪い恰好は何だ」
黒ラバーの謎の衣服を纏った宰相は「ごく普通のボンテージスーツですが何か」
「いや、普通じゃないから。それにその手に持ってるのは?」とエンリ王子。
宰相は「ごく普通の鞭ですが何か」
「あのなぁ」
そう言って溜息をつくエンリに、宰相は「お気に召しませんでしたか?」
「お気に召さんわ」とエンリ。
宰相は「ローソクの方が良かったでしょうか」
「なお悪いわ」とエンリ。
「ですがローソクは、とある半島国では下々が権力者を動かす時に効力を発揮すると聞きましたが」と宰相。
「あんな国を基準にしちゃ駄目だろ。ってか俺は変態じゃ無いぞ」とエンリは突っ込む。
「けどお魚フェチですよね?」と宰相。
「あれは変態じゃなくて個性だ」とエンリ。
宰相は言った。
「いえね、以前イザベラ妃が実権を掌握した時、私たちのハンコ突きのためにスパニアから来た女性監視員の事を思い出しまして」
エンリは溜息をついて「よーするにお前の趣味かよ。大体なぁ、こういうギャグは、どこぞの常春とかいう有り得ない気候の島国の王子が出て来る漫画でやり尽くして、とっくの昔にマンネリ化してるんだ」
「そういうのは只野って人に言って下さいよ」と宰相は突っ込む。
エンリは「誰だよそれは」
その時、エンリの家来の一人が通話の魔道具を持って「あの王子、外国の王室から、王子に相談したい事があると」
「誰からだよ」
そう問うエンリに、家来は「もしかしたら不倫のお誘いかも」
「だからどこの王室だよ」とエンリ。
「フランスです」
そう家来が答えると、エンリはうんざり顔で「ルイ王かよ。居ないと言ってくれ。そもそも俺、ホモじゃないから」
「いえ、アンヌ王妃です」
そう家来が答えると、いきなり態度が変わるエンリ王子。
「いや、いくら美人でも人妻だろ。国際問題になるぞ。大体俺はイザベラもリラも居て、そういうのは間に合ってる」
そんなエンリに家来は「とか何だとか言いながら、何で嬉しそうなんですか?」
「いや、解るけどね。あんな美人なのに旦那はホモで、ほったらかしにさたら、そりゃ昼ドラのヒロインみたいになるだろ。けどさぁ」
そう言いながら、嬉しそうに通話の魔道具をとるエンリ王子。
「エンリです」
すると、魔道具の向うから、アンヌ王妃の切羽詰まった声で「エンリ殿下、助けて欲しいんです。夫の命が」
「解りました。今行きます。すぐ行きます」
エンリは条件反射的にそう答えると、「直ちにタルタに連絡して出港を」と家来に・・・。
家来は「恋人のピンチですものね」
エンリは照れながら「いや、アンヌさんはイザベラの義理の姉で、恋人じゃないから」
「向うは恋人だと思ってると思いますよ。ルイ王が・・・」
エンリは家来の言葉を遮るように「だから俺はホモじゃ無い」
「それより状況を確認したらどうですか?」
家来にそう言われて、エンリは「そうだった」
そしてアンヌに「王に何があったのですか?」
アンヌは深刻そうに「一週間後に事故死するとの予言が出たのです」
エンリは溜息をつくと、気の抜けた声で言った。
「それって、占い師とかナントカ教の教祖ですよね? そんなのただのインチキですよ」
だが、アンヌは「それが、予言したのはあの預言者ノストラでして」
通話の魔道具を切ると、エンリは家来に言った。
「今すぐフランスに行くぞ。タルタに連絡して船の用意だ」
すると宰相は「その前に、この書類の山の処理をお願いします」
エンリと仲間たちはパリへ。
そして王宮へ行って、応接室で王と王妃に会うエンリ王子。
エンリは応接室に入ると「ルイ陛下の容態は?」
「見ての通りピンピンしてるが」と、普通に椅子に掛けているルイ王。
アーサーはエンリに「いや、病気で亡くなるって話じゃ無いですから」
ルイ王は「王子の顔を見てアソコもピンピン」
「そういう下ネタは止めて下さい。ってか俺はホモじゃ無いんで」と、エンリは溜息をつく。
ファフはエンリの上着の裾を引っ張って「ねえねえ主様、アソコってどこ?」
「子供は関係無い」とエンリは頭痛顔で・・・。
気を取り直すと、エンリは「それで予言って、具体的にどんなものなんですか?」
「預言者ノストラですよね?」とリラ。
横に控えていたリシュリューは「元々彼は、医師としてペストの治療で功績を上げて知られるようになったのだが、いろんな所で予言を語って、諸世紀という予言の本を書いた」
「1999年に世界を滅ぼす魔王が現れるって、あれですよね?」とアーサー。
エンリは、その預言者が書いたという本を、パラパラとめくってみる。
そして「この本・・・。これ本当に予言なの? どうとでも解釈できる詩みたいなのが書かれてるだけなんですが」
「あの"世界を滅ぼす"って話だって、単に"恐怖の大王"としか書いてないよね?」とニケ。
「世界を滅ぼすのは恐怖だけどね」とジロキチ。
「浮気が嫁にバレるのだって恐怖だぞ」とタルタ。
カルロが言った。
「東洋に将棋というボードゲームがありまして、相手の大王という最上位の駒を取ると勝ちなんですけど」
「チェスの東洋版だな」とルイ王。
「その他、いろんな駒がある中に、歩という底辺兵役の駒があるんですけど、これが敵陣に乗り込むと、金という強い騎士クラスに昇格するんです」とカルロ。
エンリは残念顔で「まさか、今日の対戦で、もっと昇格して大王になるから"今日歩の大王"とかって駄洒落じゃないよね?」
カルロは焦り顔で「まさか、俺、プロの道化師ですよ。そんなつまらんオヤジギャグな訳無いじゃないですか。となりの家の塀じゃあるまいし。あは、あははははは」
残念な空気が漂う。
「けどノストラは、いろんな所で王族や大貴族の死を予言しているんです。対応策をとってもその死を避ける事は出来なかった」
そう言って話を戻すアンヌ王妃に、エンリは訊ねた。
「で、ルイ陛下に関しては、どんな事を予言したのですか」
「これだよ」
そう言ってリシュリューは、その預言とされるものを読み上げる。
「若き獅子が王に打ち勝つ。一騎討ちによる戦いの野で。黄金の籠の中の目が引き裂かれる。二隊の一方、そして酷き死」
「説明とかは?」
そうエンリが訊ねると、ルイ王は「彼の預言はこうした詩の形で啓示されるんだ。それを解釈する事で未来を知るという」
「要するに解釈の仕方次第って訳か」とエンリ。
ムラマサが「予言した本人に聞いたらどうでござるか?」
「いや、彼は各地の賢者の元を渡り歩く人だから、聞こうにも、ここにはもう本人が居ないかと」とアーサー。
するとアンヌ王妃が「本人、居ますよ」
「居るなら最初に言ってよ」とエンリ王子。
女官に案内されて入室する一人の男性。
「私がノストラです」
エンリはその預言とされたものを出して「これ、どんな意味なの?」
ノストラは言った。
「それが、私にも解らないのですよ。啓示が象徴的な文章として心に浮かび、それが事件を暗示するんです」
「まあ、王という言葉と、死って言葉が出てるからなぁ」とアーサー。
ノストラが退出すると、エンリは隣に居る部下に問うた。
「アーサー、彼をどう思う?」
「確かに強い魔力を感じます。ですが・・・」
アーザーはそう言って言葉を濁した。
それはノストラに感じた魔力の質に、何か正体不明の違和感を覚えたからだった。




