第216話 陰謀のユーロ
ヴェスヴィオ公の軍勢を破ったエンリ王子たちとポルコ海賊団の戦いが終わり、ポルコとカルロが再び決闘する中で、明かされた事実。
ジーナの好意を受け入れようとしないポルコが、実は人化したオークで、そして実は彼には雌オークの妻と子が居た。
その場に漂う残念な空気をどうにかしようと、エンリは話題を変えた。
「これからどうする?」
「それなのですが」
そうエンリの背後から声をかけたのは、何時の間にかその場に来ていたポコペン公爵だった。
「イタリア都市諸侯同盟の代表として来ました。今回の事件の顛末についてお知らせしようと思いまして」
「どうなったのですか?」とエンリは彼に尋ねる。
「教皇庁の残念な計画とその失敗で、彼等は責任の所在を問われまして」
そう語る公爵に、エンリは「そうでしょうね」
「結局教皇庁は、全ての責任をドイツ皇帝に擦り付けて幕引きにしようと・・・」
そう語る公爵に、エンリは「そうでしょうね。あの人達なら」
そしてポコペン公爵はポルコに言った。
「これまで、イタリアの君主はドイツ皇帝が兼務するという建前がありました。それが今回の件で、ドイツ皇帝がその立場でイタリアに介入する事はほぼ不可能になりました。アルプスの向うからの介入が無くなったのは良しとして、今後、イタリアを誰がまとめるか。外国の草刈り場にしないために、この国をまとめる強い存在が現れるまでは、イタリア都市諸侯同盟が舵取りを担って行こうという事になったのですが、それを助けてこの国を守る武力が必要です。その役目をあなた達に担って欲しいのです」
ポルコは「そうは言っても俺たちは海賊だぞ」
「国家が公認する海賊は私掠船ですが、これは放し飼いの海軍です。それに、我々からの財政的な援助も可能になる」とポコペン公爵。
するとマーモが「って事はもう、交易船を襲って食い扶持を稼ぐ必要も無いって・・・」
それを聞くと、ポルコは手下の海賊たちに言った。
「お前等、その気はあるか?」
「そりゃ・・・・・・」と海賊たちは互いに顔を見合わせる。
そしてポルコは「元剣闘奴隷のお前等はどうよ」
スパルティカが言った。
「一方的に外国に攻め込む十字軍は嫌だけど、攻めて来た敵と戦うなら」
すると、海賊たちも口々に言った。
「俺たちには飛行機械も潜水艦ももあるし・・・」
「ただの海賊だと女の子が怖がるけど、自衛の軍隊なら」
「支援部隊に女の子が入隊して指揮官抱いて下さいとか」
「それ、変なゲームのやり過ぎ」
ポルコはポコペン公爵に言った。
「解った。俺たちポルコ海賊団、その役目を引き受けよう。けど、俺は抜けさせて貰う」
海賊たちは声を揃えて「何でだよ」
ポルコは「俺は戦争に関わりたくない。それにもう、お前達だけでやれるよな?」
「ここを出てどこに行くんだよ」とヤンがポルコに・・・。
「賞金稼ぎでもやって気楽に暮らすさ」と言って、ポルコは笑った。
問題が片付いた事を確認すると、エンリはポコペン公爵に問うた。
「ところで公爵。もしかして、これって誰かの筋書き?」
公爵は「何の事かなぁ」
「まあ想像はつくけどね」とエンリ王子。
そんなエンリにタルタは「誰かって、イザベラさんの事?」
「それは違うと思う。これからの敵は教皇庁だけじゃないからね」とエンリ王子。
そしてエンリはカルロに尋ねた。
「なあカルロ、マキャベリ学部長って、どんな人だ?」
カルロは意味ありげに「王子の想像通りの人だと思いますよ」
その頃、ボローニャ大学陰謀学部のマキャベリ学部長は、ドイツのテレジア女帝と通話の魔道具で・・・。
「まるで逆効果じゃ無いですか」と抗議声のテレジア女帝。
マキャベリは言った。
「今回は不確定要素が多過ぎましたから。けど、オランダと実際に共闘して、彼等を巻き込む事に成功した。前回の件ではロシアを味方に付けた。国教会同盟を包囲する体制は整いつつあります。教皇庁復権の日は近い。その時、それを支える政治の頂点に立つのは、神聖皇帝であるあなたですよ」
テレジア女帝は「そうですわよね。期待していますわよ」
通話を切ると、マキャベリはニヤリと笑って呟いた。
「愚かな女だ。過去の遺物である教皇庁がユーロの権威として頂点に立つ日など、二度と来ない。奴らの支配を排除する事で、イタリアはイタリア自身のための王を迎える事が、初めて可能となる。そのための独自の武力が手に入ったのだ」
イタリアを去るエンリ王子たち。
ニケがスパルティカに別れを告げる。
「また会える?」
そう寂しそうに言うニケに、スパルティカは「お前は世界を股にかけた海賊だろ」
「そうだよね」とニケ。
そしてスパルティカは「それに、お前の恋人はお金なんだよな?」
「・・・」
「屋敷の金を持ち逃げして、エンリ王子に弁償させたって聞いたぞ」とスパルティカ。
「・・・」
「キンカ帝国の神殿から黄金像をくすねようとして呪われて烏に金貨を取られたんだよな?」とスパルティカ。
仲間たちは口笛を吹いて斜め上に視線を逸らしている。
そしてスパルティカは「鉄化したタルタの体が実は高価なオリハルコンだと知って、削り取って売ろうと追いかけ回したって」
ニケは思いっきりの憤懣顔で「あれはみんなも同じよ・・・ってか何でバラすのよ」と仲間たちに・・・。
するとファフが「他人の恋愛に茶々入れるほど面白い事は無いって主様言ってたよ」
「エンリ王子!」とエンリを睨むニケ。
エンリは他の仲間たちに「お前等も言ってただろーが」
「あんたらねぇ!」とニケの怒号が響く。
スパルティカはそんなニケを見て、爆笑して言った。
「お前、昔からそうだったもんな。けど、俺はそんなお前が好きだ」
「何か釈然としないんだけど」とニケは口を尖らす。
スパルティカはひとしきり笑うと、少しだけ真顔で、エンリに言った。
「それとエンリ王子。奴隷取引はいろんな国の商人がやっている。イギリス商人もオランダ商人も、そしてポルタ商人も」
「あいつらが・・・」と、エンリは真剣な表情を見せた。
港を離れるタルタ号の上で、ニケが膨れっ面。
「何で、ばらしたのよ」
「彼氏だって恋人について知る権利があるだろーがよ」とエンリ王子。
するとニケは言った。
「じゃなくて教皇庁の悪事よ。秘密にして教皇庁を脅せばお金ガッポガッポなのに」
「結局それかよ」
帰国するとエンリは航海局長官を呼び出した。
そして問い質すエンリ王子。
「ポルタ商人が奴隷取引に関わっているという話を聞いた。ポルタでは奴隷取引を禁止している筈だ。違法商人の取り締まりを命じる」
「無理だと思います」
そう、あっさり駄目出しする航海局長に、エンリは「何でだよ」
「禁止しているのは国内法で、植民市はあくまで海外ですから、自治により独自の法律が適用されます」と、航海局長。
エンリは「だったら、国民として国外でも禁止とするよう法改正を」
航海局長は言った。
「それも無理だと思いますよ。商人の利益を害する法律は、議会を通らないですから。ここを商人の持ちたる国にすると言ったのは王子ですよ」
「とにかくどうにかしろ」とエンリ王子。
航海局長は溜息をつくと「やって見ますけど、奴隷取引は儲かりますから。特に最近、需要か増えてるんで。解りますよね?」
エンリは「アレだろ? 若い女の奴隷を買って、あんな事やこんな事を」
「いや、違いますよ。西方大陸の開発の労働力としてです」と突っ込む航海局長。
「そっちかよ」とエンリ。
残念な空気の中、航海局長は「いや、自分の基準で物事を解釈するのはどうかと」と、容赦無く追い打ちをかける。
エンリは膨れっ面で「悪かったな、発想がエロくて」
そして航海局長は言った。
「まあ、あそこの開発で現地人を奴隷的に使うのは禁止されましたから、代りに南方大陸や東方の奴隷が送り込まれるんです。特にポトシ銀山とか」
「そういう事かよ」
そうエンリは言うと、脳内で呟いた。
(つまり、そういう需要をどうにかしなきゃ駄目・・・と)
翌日・・・。
未決済の書類のハンコ突きをしながらエンリの頭を雑念が行き交う。
(奴隷問題、どーしよーかな)
そんなエンリの様子を見て、リラが言った。
「王子様、煮詰まった時は気分転換に出かけませんか?」
エンリとリラが二人で城下を散歩する。
途中で練兵場に立ち寄ると、アーサーがスケルトン兵の訓練をしていた。
密集して長槍を構える骸骨たち。
訓練の合間を見て、アーサーに話しかけるエンリ。
「こいつら、こんな事をやってるのかよ」
アーサーは「俺たち、一隻海軍ですから、軍を相手にする時は重宝しますよね」
「そーいや兵隊ってのも3K仕事だよな」とエンリ。
「きつい汚い危険・・・って奴ですか」とアーサー。
エンリは言った。
「なあアーサー、ポトシ銀山とかで使う鉱山奴隷の代わりに、召喚したアンデッドを使うってのは、どうかな」
その頃、ポルコ海賊団の拠点だった港の街では・・・・・。
飛行機械でオークの子どもを膝に乗せて空を飛ぶポルコが居た。
「空は気持ちいいだろ」
そう、ポルコが膝の上のオークの子に話しかけると、オークの子は「ブヒ」
「楽しいか?」とポルコ。
「ブヒ」とオークの子。
そして、ジーナの工房の庭に着陸するポルコ。
ジーナは機械をいじりながら、溜息をついて「ポルコ、団を抜けたのよね?」
「なので俺、一般人」と、ポルコは能天気な声で・・・。
ヤンとマーモがそれぞれ女の子を連れて来る。
そしてジーナとポルコに「俺たち、結婚することになりまして」
能天気な声でそれぞれの婚約者を紹介するヤンとマーモ。
そんな二人にジーナは「私のためにポルコと決闘までしたくらい、私が好きだったわよね?」
するとヤンが「だって、ポルコさんがここに居たらジーナさん、諦めないじゃないですか」
ジーナは溜息をついて「私はどうなるのよ。ってかポルコ、ここを出て賞金稼ぎになるんじゃ無かった?」
ポルコは言った。
「いや、飛行機械の調整はここでしか出来ないし、そもそもここ、オークの生息地だし」
エンリ王子の所にモウカリマッカが報告に来た。
「王子、ポルタ東インド会社としての最初の航海に成功しました。タカサゴ島の産物を持ち帰ってかなりの利益が上がりまして、交易会社の事業として始めての試みです。小規模ですが記念すべき第一歩かと」
エンリは言った。
「そりゃ良かった。ところで会社としての交易事業って、今までお前がやってた個人商人としての交易と何か違いがあるの?」
「会社は他からの出資金で大勢の社員が動かしますが、とりあえずの自己費用で社員も個人的な部下がやってますけど」と、モウカリマッカは答える。
エンリは「つまりやる事は同じって事だよな? 意味あるのかな?」
「・・・・・・・・・・・」




