第210話 十字架の残照
ニケの幼馴染スパルティカを追ってポルコ海賊団の拠点の一つに辿り着いたエンリ王子は、事件の背後にあるものの一端に触れ、その正体を確かめる必要を知った。
ポルコの飛行機械による襲撃をしのいだタルタ号は、海路をポコペン公爵領へと帰還した。
ポコペン公爵邸に戻って、公爵と向き合うエンリ王子。
帰還したエンリを迎えて公爵は「どうでしたか?」
エンリは「ポルコ海賊団と一戦交えて来ました」
「よくご無事で」
そう労ってみせる公爵に、エンリは「ところで、教えて欲しい事があるのですが。ヴェスヴィオ公が倒された経緯について」
「・・・」
エンリは言った。
「十字軍復興計画、諦めて無かったんですね?」
「私は反対したのですが」とポコペン公爵。
エンリは「反対が居たから計画は頓挫した。けど、計画は復活したと・・・」
公爵は「イタリア都市諸侯同盟の約束事で、伏せておく事になっているのです」
そして「奴隷軍団を使おうとした」とエンリ王子。
「・・・」
「その奴隷が反乱を起こした」
そうエンリが指摘すると、公爵は「ヴェスヴィオの晩祷事件と、我々は呼んでいます」
「奴らがこちらに攻めて来るというのは?」
そう問うエンリに、公爵は「自分たちに殺し合いをさせた者に報復するという・・・」
「たとえばあなたに?・・・。それは嘘ですよね? あなたはスパルティカを転売しただけだ」とエンリ王子。
「けど・・・」
そう口ごもる公爵に、エンリは「もしかしてヴェスヴィオ公、生きている?」
公爵は驚き顔で問うた。
「何故そう思うのですか?」
エンリは言った。
「ニケの奴が聞いたんです。戦争じゃ無いからと、殺さなかった。彼等はこちらに攻めてなんか来ない。むしろヴェスヴィオ公が領地を取り返そうとしている。そしてそれに手を貸す勢力がある。それは教皇庁ですね?」
ポコペン公爵は溜息をつき、そして言った。
「この一連の動きの原因の一端は、あなたが作ったものです」
「俺に責任が?」とエンリ唖然。
「責任ではありません。ただ、あなたは世界への航路を開いた。その交易路によって、多くの財貨がユーロに流入した。その財貨の一つが奴隷です」と公爵。
エンリは「だからそれをアラビアとの戦争に?」
「そうは言いますが、オッタマの軍を構成するのは、マムルークという奴隷戦士ですよ」と公爵。
「・・・」
更に公爵は言った。
「そして、あなたはバスコの地図を入手し公開した。そこにエジプトに建設する運河の構想があった」
エンリは溜息をついて「あのスエズを描いた秘宝の欠片」と呟く。
公爵は「南方大陸を迂回する航路を主導するポルタ商人は国教会派です。ですが、スエズを通る航路を手に入れる事で、教皇派が交易を握る事が出来ると彼等は目論んだのです」
エンリは呟いた。
(そういえばニケが言ってた。公開すると後悔するって)
ポコペン公爵との対話を終えたエンリは、仲間たちを集めて、今後の方針を告げた。
「ポルコの居る港に戻るぞ」
「鎮圧ですか?」
そうアーサーが問いかけると、エンリは「じゃ無くて、助けに行くんだ」
頷く仲間たち。
そしてアーサーが「拠点になる港はいくつもあって、どこに居るか解りません」
エンリは「配下の海賊を捕まえて案内させるさ。そして、抵抗するなら抑え込んで、話し合いに持ち込んで・・・」
出港し、先日の港に向かうタルタ号。
船の上でタルタが言う。
「どこかで待ち伏せているだろうね」
「飛行機械が来る前に奴らの母船を抑えるぞ」とエンリは答える。
アーサーが鴎の、リラが魚の使い魔を放って、広範囲に警戒網を敷く。
そして・・・。
鴎の使い魔が情報を捉えたと、アーサーから報告。
「海賊の母船を発見・・・したのですが」
何やらはっきりしない口ぶりに、エンリは「何だ?」
アーサーは、使い魔からの視覚映像を写す水晶玉を示して「船というより、デカい筏みたいな・・・」
その船は、長い棒を縦横に組んで、升目状に多数の小舟を固定している。
中軸線上の小舟に帆柱を立て、前方と左右の小舟からの支え棒で垂直を維持している。
小舟は波を被っても沈まないよう甲板を備え、いくつもの小舟に大砲。
ニケは「戦闘力は普通の帆船並みにあるようだけど・・・」
「つまり砲撃が命中しても当たった小舟が沈むだけ・・・って訳か」とジロキチ。
「かなり厄介な代物だな」と難しい表情を見せるエンリ。
そして「ファフが海中から・・・ってのはどうかな?」
ジロキチとタルタを抱えて海中を進むドラゴン。
筏もどきの海賊船の前に、いきなり水面から顔を出す。
そして「悪いけど武器を捨てて降参してね」
どうやら下っ端ばかりらしい海賊たちは、全員手を上げた。
ジロキチはファフの頭の上から、乗っている海賊たちに「お前等ポルコ海賊団だよな?」
「ポルコは・・・居ないみたいだな」と、タルタは海賊たちを見回して・・・。
やがてタルタは二人の海賊を見て、驚いたような声を上げた。
「お前等、ヤンとマーモじゃないか」
そんなタルタを見てジロキチは「知り合いか?」
筏もどきの海賊船に乗り込みながら、タルタはジロキチに言った。
「前にイタリア人の海賊団に居た時の仲間なんだが、軍に掴って縛り首になった筈だが」
船に乗り込んで来るタルタに、ヤンは「あの縄、隙を見て不殺の呪いをかけた奴にすり替えておいたのさ。それで生き返った所を他の海賊に助けられて・・・」
タルタは「それでここに?・・・って事は、掴ったのは俺だけか?」
「間抜けな話だな」とジロキチ。
「ほっとけ」と言って、タルタは口を尖らす。
ファフも人間の姿になって、タルタの所へ・・・。
マーモはタルタに言った。
「お前がポルタの王子の所で雇われ船長だもんなぁ」
「大出世だろ。えっへん!」とタルタはドヤ顔。
するとヤンが「貴族の奴らの傭兵かよ」
マーモが「俺たちを鎮圧しに来たって訳かよ」
タルタは「じゃ無くて、助けに来たんだぞ。俺たちは正義の味方だ」
「嘘臭ぇー」とマーモ。
「悪者ほど正義を名乗るよな」とヤン。
タルタは「いいだろ。男のロマンだ」
そんなタルタにジロキチが「それ中二病の症状」
「ジロキチまで」と口を尖らすタルタ。
ファフが「子供の思考パターンだよね」
「お前に言われたく無いわ」と更にタルタは口を尖らす。
ジロキチは苦笑いしてヤンとマーモに言った。
「まあさ、お前等の敵って教皇庁だろ? ポルタは国教会同盟で奴等の敵側だ」
するとヤンは「けど儀式で祝辞言って仲直りしたんだよね?」
マーモは「ズブズブだズブズブ」
「政治的駆け引きってのがあるんだよ」とタルタ。
ヤンが「タルタの頭でそういうの理解出来るのかよ」
「ほっとけ」と言ってタルタは膨れっ面になる。
そんな中で、タルタ号が接近して来る。
エンリはボートを降ろして海賊側の筏もどきの船に付けると、海賊たちに言った。
「俺がエンリ王子だ。タルタから話は聞いたと思うが、このままポルコの所まで案内して貰う」
海賊たちは意地を張る。
「腐っても海賊団の仲間だ。ボスを売るような真似はしない」
するとエンリは「なら仕方ない。お前等、特許状持った私掠船じゃ無いよね? 無許可の海賊は縛り首に・・・」
「本拠地に案内します」と海賊たちは声を揃えた。
エンリの船を先導する筏もどきの海賊船。
船の上でタルタはエンリに「なあ王子、あいつら逆らったら本気で縛り首にするつもりだった?」
エンリは笑って言った。
「まさか。ああいう敵方のモブが安い脅しで簡単に折れるってのは、こういう世界のお約束だ」
タルタは怪訝顔で「こういう世界ってどういう世界だよ」




