第205話 産業の革命
織物産業の機械化を図るポルタ大学職工学部のプロジェクト。
イギリスで織物機械の開発を任されていたジョンケイをスカウトしてチームに加え、ついに織物機械の試作品が完成した。
エンリと、その仲間たちも見守る中で動作実験。
そのアイディアを産み出したジョンケイが、他の教授たちと共に機械の動作を実演する。
回転動力を回すと、織物機械は動き出す。
経糸の棒が並ぶ左右に、互い違いの経糸の間に刺し込むようになっている棒。その先に何かをつまむ二本の指。
右側の棒の先端が横糸を巻いた杼をつまむ。
杼をつまんだ右側の棒が動き、互い違いの経糸の棒の間を通って、左側の棒へ杼を運ぶ。
左側の棒の先端が杼をつまみ、右側の棒が杼をはなして、そのまま引っ込む。
経糸の互い違いの棒を逆に。それで杼から延びた横糸を絡める。
杼をつまんだ左側の棒は経糸の棒の間を通って右側へ。杼を右側の棒に受け渡して、引っ込む。
経糸の互い違いの棒を逆に。杼から延びた横糸を絡める。
これを繰り返して、次々に横糸を絡めていく。見る見るうちに布が出来ていく。
「これが機械を使った自動機織かぁ」とアーサーは呟く。
リラが「まるで杼が右に左に飛び交っているみたい」
「すげー」とタルタが慨嘆。
「これを改良して、素早く質の良い織物を織る機械に仕上げます」
そう言って自信の笑顔を見せたジョンケイに、エンリは「頼みましたよ」と言って握手の右手を差し出した。
そして、遂に織物機械は完成した。
商人たちから工場経営者を募集し、完成した工場に、機械職人たちが造った織物機械が運び込まれる。
動力には河川の水車。
水車のゆっくりとした回転が、歯車を使って高速化されて、工場の織物機械を動かす。
川沿いに工場が並んで、高速で動く織物機械は高い効率で布を量産した。
それは安く輸出されて、ユーロの市場を席捲し、海外にも輸出。
だが・・・。
エンリ王子が執務室で、アーサーとリラを相手に、まったりとお茶を飲んでいると、血相を変えて家来が駆け込んだ。
「王子、大変です。ジョンケイがこれを」
そう言って家来がエンリに示したジョンケイの書置きに曰く。
「探さないで下さい」
エンリは唖然顔で「家出の高校生かよ」
「どうやらイギリスに帰ったらしくて」と家来はおろおろ顔で・・・
「何でまた」とエンリは呟いて溜息をつく。
その時、ニケが執務室に来て、エンリに言った。
「エンリ王子、ジョンケイがこっちに来てないかしら。折角マネージャーとして、彼が自分の発明で大儲けするよう手を打ってあげてるのに、大金持ちになれる手伝いをしてあげるこの恩人に・・・」
エンリは頭痛顔で「ニケさん、彼に何をしたの?」
ニケは言った。
「彼、いろんな発明品を手掛けてるのよ。見てよ、この宝の山。これは疫病から身を守りながらお茶を飲めるストロー付きマスク。こっちは隣に居る女性のスカートの中を覗ける魔法の杖。こっちは高位のお坊さんの悟りの境地を体験するヘッドギア」
エンリは目一杯のあきれ顔でニケに言う。
「それ、役に立つとかニケさん本気で思ってる? 教皇の悟りの境地って、あんな坊主、中身はただの事なかれ主義の俗物だろ。スカートの中を覗くって、普通の女性はドン引きするぞ」
「発明の中身なんてどうだっていいのよ。織物産業の革命を成し遂げた英雄の発明品よ。飛びつかない人なんて居ないわ」とニケはドヤ顔。
エンリは「そんなのニケさんだけだから」
「私は天才発明家ジョンケイのマネージャーよ。彼の名前で投資家を集めてお金ガッポガッポ」
そう言ってなおテンション上昇中のニケに、エンリは言って溜息をついた。
「その天才発明家から伝言だ。探さないで下さい・・・だそーだ。彼はイギリスに帰った」
ニケ唖然。
そして憤懣顔で「何でよ。私は彼のマネージャーよ。私の取り分どうしてくれるのよ。私の金蔓がー」
「勘弁してくれ」とエンリは呟いた。
「けどジョンケイさん、イギリスに帰ってどうするのかな?」
そうリラが言うと、アーサーが「決まってるじゃん。向うで織物機械作ってイギリスの産業を発展させるってんだろ?」
エンリは溜息をついて「ポルタのライバルって訳かよ。折角の織物市場の独占がパーだな」
するとニケが言った。
「そうでも無いと思うわよ。確かに、イギリスの産業は強敵よ。けど織物機械の動力って水車よね? イギリスは寒くて冬には川が凍るわよ。つまり年に数か月は工場が稼働しない。その間、高価な機械を遊ばせる事になる。私たちは断然有利だわ」
エンリは「そうだといいんだが」
そしてイギリスで・・・。
王宮のヘンリー王の元に、アダムスミスが報告に来た。
ヘンリー王の隣にはエリザベス王女。
「ジョンケイ、イギリスに帰還しました」
そう報告するアダムスミスの背後には、恐縮しきったジョンケイ。
エリザベスは彼に言った。
「ポルタでは随分と活躍したようね。お陰で我が国の織物産業は大損害だわ」
ジョンケイは「織物機械をイギリスで普及させて挽回します」
「そう。けどその動力って水車よね? つまり冬の間は機械が動かない。温暖で一年中稼働できるポルタに比べて致命的に不利なんだけど」とエリザベス王女。
するとアダムスミスが「つまり、冬でも動く、新しい動力があればいいんですよね? それについては心当たりがあります」
「というと?」
そうヘンリー王に問われて、アダムスミスは言った。
「炎とはエネルギーです。それは様々な形に姿を変える。慣性運動、高度差による落下、そして熱。その熱を動力に変える機械を開発するのです」
「けど、それには燃料が必要よね? その薪や木炭のために山の木を切り倒していたら、すぐ山は禿山になってしまうわ」とエリザベス王女。
アダムスミスは「それが、燃料になる炭が山に大量に埋まっている場所があるのです」
「何だと?」と、ヘンリー王の顔色が変わる。
「実は、地方にそうした炭を暖房に使っている所があります。そして、その炭を燃やす炎を使った動力機械の発明を目指している者が居るとか」と、アダムスミス。
「彼の名は?」
そうヘンリー王に問われて、アダムスミスは「ワットと言うそうです」
「すぐに彼を援助なさい」とエリザベス王女。
ヘンリー王は言った。
「それが完成すれば、工場の動力だけではない。船の動力に使う事で、挫折した魔導戦艦に代わる風を必要としない軍艦を建造して、世界の海を我が物に出来る。掘り出した大量の炭を使って、大々的に製鉄して大量の武器を作れるぞ」
そしてエリザベス王女は言った。
「新しい技術は産業に革命を起こすわ。それで世界の経済を握る事が出来る。そのために、人に先んじて新しいものを手に入れるのよ。ファッションでも芸能でも、それが新しいというだけで、人は有難がる。それを知っているという事は、お友達を従えるステータスなのよ。先んじて制せ。これは女子会戦略の鉄則よ」




