第203話 衣服と織物
エンリ王子の命を受けた職工学部の教授たちによる衣服工業の工場化は、大きな成果を収め、ポルタの経済は更に発展した。
そして、ポルタ大学職工学部の教授たちは、連日のように衣服工場の成果について、エンリの元へ報告に来た。
執務室に押しかけて、エンリの前で得々と成果を述べる教授たち。
「このように衣服の工場化は製品のコストを大きく下げ・・・」
「その話は昨日聞いた」と、うんざり顔のエンリ。
「低所得者も買えるようになって需要も拡大・・・」と教授たち。
「それも聞いた」と、更にうんざり顔のエンリ。
「海外への輸出も順調で・・・」と教授たち。
「五回は聞いたぞ」と、うんざり顔MAXのエンリ。
教授の一人が言った。
「あの、王子。信賞必罰という言葉を御存じですか?」
エンリは「アレだろ? 手柄を立てたら褒美を、失敗したらペナルティと。つまり、ギルドがあるから匠の技を教えても仕事にありつけず学生なんて集まらないって事にも気付かず、職工学部なんて作って失敗したペナルティが必要と?」
「職工学部作れって言ったのはあんただろーが。じゃなくて、俺たち工場生産の仕組み作って大手柄を立てましたよね? 成果を上げた者に十分な報酬が無いと、インセンティブが働きません」と教授は不満顔で言う。
「いくら欲しい?」
そうエンリが言うと、教授たちは声を揃えて「衣服産業が輸出で得た利益と同じ額を」
エンリは溜息をつくと、あきれ顔で「それって青色の光魔法素材を発明したのにボーナスが少ないからって学会で外国人から"お前は奴隷か"って煽られてスカウトに乗って前の職場訴えたって奴の理屈だぞ」
「ノルマンで世界的な賞を貰った天才ですよ」と言って教授は口を尖らせる。
「そういう危ない話はいいから。それでお前等、そのインセンティブで次に何の工場の工程を開発するんだ?」とエンリ王子。
「何って?」と言って、教授たちは互いに顔を見合わせる。
エンリ、苛立ち声で「次に工場化する産業だよ。機械とか製鉄とか刃物とか」
「・・・」
エンリは唖然顔の教授たちに言った。
「お前等、あの後何やってた?」
教授の一人が「何って・・・苦労して成果を上げたスタッフの労をねぎらって飲み二ケーションを」
「連日どんちゃん騒ぎかよ」と、エンリはあきれ顔で溜息をつく。
「飲み二ケーションは組織労働の基本ですよ」と、別の教授の一人が言う。
エンリは教授たちに言った。
「お気楽過ぎだろ。そんなのだから公務員仕事しろとか、税金で食ってるくせにとか、倒産の心配の無い親方ポルタ旗はいいよねとか、給料泥棒とか言われるんだよ」
その時、家来の一人が報告に来た。
「あの、王子、城下の民から投書が」
家来は投書を勝手に読み上げる。
曰く・・・・・
「税金で食ってる王族は率先して経費節減汁」
「お友達と船に乗って海外旅行ってのはなるべく控えてね」
「王太子として即位も近いんだからいい加減海賊ごっこは卒業してくれ頼むから」
「決済書類溜まってるよね」
「部下の福利厚生キボンヌ」
「スパニアだけじゃなくてポルタにも世継ぎ作れよ人魚姫が泣いてるぞ」
エンリは困り顔で、投書を読み上げた家来に言った。
「これ、半分以上、城務めの役人が書いてるよね?」
すると、隣に控えていたリラが、何故か焦り顔で「そそそそそそんな事は無いと思います。みんな王子様の事を想っての忠告かと」
「何でリラが返事を?」と、エンリは不思議そうに頭を捻る。
教授たちの一人が、目一杯の不信顔で「あの、エンリ王子。公務員仕事しろって言われてるの、王子自身なのでは?」
エンリはムキになって「国に対する不満が上に立つ奴に来るってのは、ただのスケープゴートだろ。それより次に何を工場化するんだ?」
「何にしようか」と教授たち、互いに顔を見合わせると、額を寄せて相談開始。
一人の教授が「神様の言う通り?」
別の教授が「アミダで決める?」
更に別の教授が「コックリさんはどうかな?」
エンリは溜息をついた。
そして「お前等なぁ・・・って待てよ? 衣服の生産が拡大効率化したって事は、その材料になる布が不足してるんじゃ無いのか?」
教授の一人が「かなり値段が高騰して、コスト引き下げのネックになってます」
「だったら次は織物産業じゃ無いのか?」とエンリ王子。
別の教授の一人が「ですが王子、機織りって作業分担するほど工程は複雑じゃないですよ。何せ経糸を互い違いにして、横糸を通すだけの簡単なお仕事ですから」
「それを延々と膨大な回数繰り返す訳だよな?」
そう呟くと、エンリは、リラが縫製の機械化を提案した時の事を思い出した。
複雑な作業を機械化するのは難しい。という事は、逆に考えると・・・。
エンリは言った。
「その機織りって機械化出来ないかな? 複雑な作業ほど機械化は難しいんだよな。けど機織りって工程が単純で、それを膨大な回数繰り返す訳だ。それを迅速に自動で機械がこなせば、織物産業は一気に進む」
「なるほど」
大学の職工学部の研究室で、織物機械の開発が始まった。
試作中の織物機械。
先端に経糸を通す穴を開けた多数の棒に、個々の番号を付け、機械に並べて取り付ける。
各棒の根本に穴を開けて棒が通され。上下に動かすようになっている。
この経糸棒を互い違いにして、奇数番号の棒を上に、偶数番号の棒を下に。
次の工程で上下が逆になるように動かす。
横で見ている教授の一人が「横糸はどうする?」
機械の横で作業している別の教授が、機械の脇から突き出た部品を指して、言った。
「この、横糸を蒔いた杼という道具を、この棒で通すんだよ。そして経糸の上下の互い違いを逆にしたら、また杼の横糸を通す。これを繰り返して、たくさんの経糸の間に横糸を絡めていく」
「それじゃ、動かすぞ」
そう言って機械の動作を試す教授たち。
経糸を通して動かす多数の棒が互い違いになって上下に動く。その間に杼を取り付けた棒を通す。
経糸を通した、たくさんの棒の上下互い違いを、逆に・・・。
だが、杼を取り付けた棒が邪魔になって、経糸の互い違いが逆にならない。
「駄目じゃん」と彼等は溜息をついた。
その頃、イギリスでは・・・。
アダムスミスがヘンリー王に謁見。王の隣にはエリザベス王女。
アダムスミスの隣に一人の男性が控えている。
「その男は?」
そうヘンリー王が問うと、アダムスミスは「発明家ですよ」
男性は名乗った。
「ジョンケイと申します。様々な発明を手掛け、街では発明王と呼ばれております」
「どんなものを発明したのかな?」とヘンリー王。
「例えば今、巷ではコロス病という肺を病む疫病が流行しております。呼吸し声を発するだけで病を起こす微細な虫が飛散するというので、みんなマスクをしていますが、それではお茶が飲めない。飲食店は感染爆発を防ぐためにと、営業自粛を強いられている。そこでこの発明です」
そう言ってジョンケイが出したものは、マスクの真ん中から細い管が突き出ている。
「このストローで、マスクをしながらお茶でもコーヒーでも飲めます」
そうドヤ顔で言うジョンケイに、エリザベス王女は「茶菓子をどうやって頂くのかしら」
ジョンケイ、愕然とした表情で「そうか。これは飲む事が出来ても食べる事は出来ない。気が付かなんだぁ」
「大丈夫か? こいつ」と残念顔で言うヘンリー王。
ジョンケイは気を取り直すと、何やら棒のようなものを取り出す。
「次にこれ。杖の先に小さな鏡が付いています。ラッシュアワーの時、これで隣に居る女性のスカートの中を覗く」
エリザベスは頭痛顔で左手で頭を押えると「あなた、この場に女性が居る事を忘れてませんか?」
だがヘンリー王はノリノリで「いや、確かにこれは男のロマン」
「父上!」とエリザベスの怒号が飛んだ。
「次にこれです」とジョンケイが出した物を見て、ヘンリー王は言った。
「何だ? その帽子みたいなのは」
「ヘッドギアです。人の知能を司る頭部に、これを装着する。これで脳波を教皇猊下のそれと同じに調整する事で、神に近付く悟りの境地に」とジョンケイ。
ヘンリー王は残念顔で「そういうカルトは要らないから」
ヘンリー王は溜息をついて、アダムスミスに言った。
「それで、彼に何を発明させようと?」
「今、ポルタで衣服を工場で作って、ユーロの市場をリードしています。それに対して、イギリスは得意分野で対抗するのです」とアダムスミス。
「得意分野とは?」
そう問うヘンリー王に答えて、アダムスミスは言った。
「織物ですよ。衣服の生産拡大により、織物の需要も拡大し価格も高騰している。そこを狙って、自動的に機械が機織りをする、機織り機械を発明する。それが実現すれば、織物のコストは大きく下がり、世界の市場を独占出来ます」
「けど、こいつで大丈夫か?」とヘンリー王はジョンケイを見て言う。
ジョンケイは言った。
「大丈夫です。発明とは閃きであり、天才とは99%の閃きと1%の努力」
ヘンリー王は「それ、逆だったような気がするんだが」
その時、ジョンケイは叫んだ。
「閃いた!」
「何を?」とヘンリー王。
ジョンケイは言った。
「ヒラメという平たい魚がいますよね。これを俎板として使うんです。それで魚肉と野菜を一度に切る事が出来て調理の効率は二倍に」
エリザベス王女は残念顔で「座布団全部没収しなさい」




