第194話 首都戦の猟兵
ロシアに占領されたデンマルクを奪還するため、エンリ王子たちの連合軍は、オランダ海軍を指揮するロイテルの裏をかき、手薄になった首都コペンに上陸すべく、奇策を使った。
海峡のノルマン側から凍結した海面を渡って一斉に突撃を開始した連合軍。
城壁の上では大砲が火を噴き、鉄砲隊が一列に並んで突撃して来る連合兵に向けて一斉射撃。
その城壁上のロシア兵に向けてノルマン側の大砲が一斉に火を噴いた。
その大砲からは小さな砲弾が散らばりながら飛翔し、城壁の上あたりで一斉に破裂。
その衝撃を避けようと思わず身をかがめるロシア兵たちは、小砲弾の破裂が残した煙を一息吸うと、思わず目と口を押えた。
「何だこれは、涙が止まらん」
「目が、目がぁ」
「ハ・‥ハクション、ハクション」
目の痛みと止まらぬクシャミに、戦闘どころではないロシア兵。
そんな様子を若狭は望遠鏡で見て「何なんですか? あれは」
ニケが「催涙弾よ。あれで城壁の奴らは、まともに戦えないわ」
「ああいうのがニケさんの得意技だよ」とタルタが笑う
「この隙に城壁を乗っ取って、市街に突入するぞ」とエンリは気勢を上げた。
多数の攻城梯子で城壁に取り付き、それを登って城壁の上を占拠する連合兵たち。
そこを伝って港を占拠し、市街に突入する。
コペン城のピュートル帝の元に、彼の部下が慌て顔で報告に駆け込む。
「皇帝陛下、城壁が陥落しました。街に敵がなだれ込んで来ます。ただちに退避を」
だが、ピュートルは「慌てるな。ここからが俺のターンだ」と、不敵な笑みを浮かべた。
そして通信の魔道具の回線を開いた。
彼の隣に居る魔導士に目配せする。周囲に近衛猟兵の幹部たち。
通りに突入したノルマン騎兵の一団。
「敵が居ませんね」
そう部下に言われて、指揮官らしき騎士は「我等無敵のノルマン騎士に恐れをなしたのだ」とドヤ顔。
「そうだといいんですが。けどピュートル親衛隊の得意技って・・・」と部下は不安そうに・・・。
その時、どこからか数発の銃声が響き、数人の騎士が被弾。
「狙撃兵だ。遮蔽物の陰に隠れろ」と指揮官は慌てて指令。
立ち並ぶ五階建ての住宅群。
その上階のあちこちの窓から、侵入して来た連合兵を鉄砲で狙い撃つロシア兵。ピュートル直属の近衛猟兵だ。
「鉄砲隊を呼んで反撃しろ」と指揮官は叫ぶ。
イギリス軍やフランス軍の小銃部隊も、至る所で狙撃を受けていた。
弾の飛んで来る方向に狙いを定めて反撃する頃には、敵兵は別の狙撃地点に移動して、再び狙撃して来る。
姿の見えない銃兵に削られていく連合兵たち。
ポルタ小銃歩兵を率いて戦闘に参加しているタルタ海賊団も、この状況のただ中に居た。
焦り顔でエンリ王子が言った。
「敵がどこに居るか解らないんじゃ、話にならん」
「けど、奴らはこっちの動きを把握してるんですよね?」とアーサー。
「高い所から見てるんですかね?」とカルロ。
「味方もそう思ってるようだけど」とジロキチ。
連合側の大砲で、時計塔や教会の尖塔を次々に破壊するが、状況は好転しない。
「鳥の使い魔かな?」と若狭。
ニケが「空には無数の烏や鳩が居るからね。けど、あれを全部撃ち落とすのは無理よ」
エンリは思考を巡らす。
あちこちから来る情報を整理して部隊を向かわせるのは、ピュートルが子供の頃から遊び場用の街を作って貰って戦争ごっこを繰り返す中で、身に着けたスキルだろう。なら、情報には情報だ。
「アーサー、看破の魔法は使えるよな?」
そうエンリに言われて、アーサーは「狙った所は見えますけど、街全部を一度には無理ですよ」
エンリは思考を巡らす。
敵を見るのは視覚であり、その媒体となるのは光だ。だが、物影になっている所は見えない。それは光は普通なら直進だけだから。けど、その光を自在に操れるとしたら・・・。
エンリは「街を把握できる、一望に見渡せる高い所は無いか?」
「全部砲撃で壊しちゃったでござるが」とムラマサ。
「あ・・・」
その時、リラが言った。
「私がウォータードラゴンを呼び出して展望台にします」
リラによって召喚された巨大な水の龍が高く鎌首をもたげ、人魚になったリラとともにエンリはその頭上へ。
そしてエンリは光の魔剣を抜いた。
(俺は光。全てを照らす世界の標)
魔剣が発する光が街のあちこちを照らし、敵と味方の兵の姿を捉える。心を研ぎ澄まし、剣の光に集中するエンリ。
そしてエンリは頭に浮かんだ呪句を唱えた。
「我、我が光の剣とひとつながりの宇宙なり。汝が照らすは我が知の基。この地に在りし全てを示せ。看破あれ」
三階の窓から銃を構えている敵兵が見える。
路地裏を走る敵兵が見える。
窓から民家に侵入して階段を駆け上がる敵兵が見える。
あそことここと、あんな所にも。
大量の情報がエンリの頭に流れ込む。そしてエンリは脳内で呟く。
(こいつ等は、ここで抗っている敵兵の一部だ。けど、敵兵を照らしている太陽光なら、街に居る兵の全てを見ている)
「リラ、読心の魔法で俺の心を読め」とエンリは隣に居る人魚姫に・・・。
リラは「王子様の私への愛は、何時だって届いています」
「じゃなくて、俺が見ている敵の位置を味方に伝えるんだ」
「そ・・・そうなんですね」
そう言って、リラはエンリの心を読む。
「俺の心が見えるか?」とエンリ王子。
リラは「見えます。ロシア兵があんなに」
エンリは言った。
「人は視覚を以て世界を見る。それを伝える光は情報であり知恵だ。光を自在に操る事で、きっと全てを把握できる。俺が把握した情報をアーサーに伝えろ。そしてアーサーは指揮官たちに」
リラは念話の魔道具でアーサーに伝える。
「解りました。光の魔剣との融合ですね」とアーサーは答えた。
エンリは呪句を唱えた。
「汝光の精霊。数多の実在を照らす真実の道標。マクロなる汝、ミクロなる我が知恵の剣とひとつながりの宇宙たれ。街に息づき武器を携え己と友を守り敵と戦う全ての人の子の姿を明かせ。情報掌握」
街に散らばる全ての敵味方の位置情報が光の剣と一体化したエンリの脳内でまとまり、秩序立った概念を形成する。
それを読心魔法の通信でリラからアーサー、そして砲撃隊へ。
狙撃兵の潜む部屋に次々に砲弾が炸裂。
タルタは鋼鉄砲弾で敵兵の潜む部屋へ飛び込む。
タマはドラゴンに乗って敵の居るポイントに次々にウインドボルトを叩き込み、ジロキチとカルロ、そしてムラマサを抜いた若狭は、それぞれ敵の潜む建物の屋根に降りて狙撃の窓に飛び込んで制圧。
近衛猟兵の遠隔指揮官が、焦燥を浮かべた声で報告する。
「ピュートル陛下。猟兵各隊からの通信が次々に途絶しています」
「いったい何が起こってるんだ」とピュートルも焦る。
制圧の進む街区に騎兵隊が突入して残敵を掃討し、歩兵隊が乗り込んで占拠。次々に占領区画を広げていく連合側。
ピュートルは指令を下した。
「残った味方を集結させろ。奴ら、ここまで来るぞ」
街から伏兵は一掃され、集結したロシア兵との集団戦へと移行。
間もなく戦線はコペン城に届いた。
攻城戦の様子を見ながら、アーサーは言った。
「陥落は時間の問題ですね」
「城はな。だが問題はデンマルク公の確保だ。ピュートルは傀儡として彼を連れて脱出しようとするだろう。何としてもそれは阻止しろ」とエンリ王子。
「けど彼はどこに居るとか・・・さっきの光の魔剣のアレで解らなかったんですか?」と若狭。
エンリは「あれは大勢居る兵隊を見るものだからなぁ」
するとカルロが「こういう時は俺の出番ですね」
「アーサー、ついて行って隠身の魔法でサポートしてやってくれ」
そうエンリに命じられて、アーサーは「俺、走り回るのは得意じゃないんだけど」
するとタマが「こういうのは身軽な猫の出番よ」
その時、隣に居たカール王子が、記憶の魔道具を出してカルロに渡した。
「奴に会ったらこれを渡して下さい」




