第192話 海峡の戦い
ピュートル帝と密約を交わしたフリードリヒ王の姦計に嵌り、独立を餌にロシアに領地を占領されたデンマルク公。
そのデンマルク公から保障占領と称して南部二州を奪ったフリードリヒ。
デンマルクがロシアの元に降った事を知り、連合軍は対応を迫られた。
各国軍はノルマン半島を経由してフランスに移動。プロイセンは既に戦線を離脱している。
フリードリヒ王の書置きに曰く。
「連合軍参加の盟友各国の皆様。我がプロイセンは私事都合により一旦戦線を離脱しますので、探さないで下さい。けして皆さんを裏切った訳ではないので悪しからず。我々はロシアに占領されたデンマルクの奪還を図るべく、半島根本の南部二州を拠点に、独自に戦略を練る所存。皆さんが海から攻め込むのは勝手ですが、我々の占領地に立ち入るのは邪魔なのでご遠慮願いたい。もしこれを無視するなら、妨害と見なして全力で排除する事になります」
連合軍各国の首脳の作戦会議で、この見え透いた書置きについて、あれこれ言う。
「つまり、陸路から来るなって事だよね」とエンリ王子。
「どうする?」と参加者が顔を見合わせる。
カール王子は憤懣顔で「こんな味方要らない!」
「どっちみち、あの二州は取り返してやる」とルイ王。
「けどプロイセンの軍は強いよ」とカール王子。
「出来れば、ロシアを追い出してからにすべきだね」とエンリ王子。
「それに、海軍だったらイギリスは無敵だ」とヘンリー王。
「けど多分、オランダが出てきますよね」とスパニアの将軍。
「ゴイセンかよ」
そうドレイク提督が言うと、スパニアの将軍は「いや、正規艦隊だって強いよ」
「けど、首都のコペンはジェラン島にある。あそこを確保するなら、ユトランド半島からだって海を渡る必要がある」とカール王子。
「だったら艦隊で直接首都に上陸すれば手っ取り早い」とルイ王。
「あそこに行くには、ノルマン半島との間にあるスカゲラックとカデラット、この二つの海峡を通る必要がある。ここでオランダ海軍との海戦になるね」とヘンリー王。
「にしても・・・」
そう全員声を揃え、全員の視線がカール王子に集中。
ヘンリー王が「ノルマン民族は一心同体とか言ってたよね?」
ルイ王が「大オーディンの元に鉄の結束じゃ無かったの?」
カールは涙目で「デンマルク公はフリードリヒの奴に騙されたんだ」
「独立したかったんだろ?」とエンリ王子。
カールは「民族の結束抜きでは、我々は生き残れない」
エンリは言った。
「その民族の枠をどこで区切るか、じゃ無いのかな? 大きく括ればユーロ全体が一つの民族だ。今やってるのって、その民族の括りの中での主導権争いだよ。それで主導権握った奴が、自分の元で結束して言いなりになれ・・・とか言い出すとか」
エンリの背後に控えていたジロキチが言った。
「俺の祖国でも、シーノの皇帝が大アジア主義とか言って、ジパングにユーロに対抗するための奴隷になれとか言ってるそうです。その宣伝やってる一水教とかいうカルト教団を、朝日屋とかいう瓦版屋が"究極の愛国主義"だとか言って煽てまくって、みんなから馬鹿にされてますけどね」
「昔はデンマルクがノルマンの盟主だったんです。それが時代が変わって、今はうちが・・・」とカール。
「つまり盟主の座を乗っ取られた遺恨が残ってるって事だろ?」とルイ王。
「お友達が居ると思ってる奴は馬鹿だと言う事なんだろうな」とヘンリー王。
「そんな・・・」とカールは口ごもる。
残念な空気の中、エンリは話を本題に戻そうと、地図を指し示して言った。
「この地図だと、コペンって狭い海峡挟んでノルマン領だよね。ここから海渡って攻めるってのはどーよ」
「そこは無理。海沿いに、かなり高い城壁がある」とカール王子。
ヘンリー王は「ってか、何でそんな所に首都を?」
「元々その対岸のスコーネ地方は昔の戦争で没収した土地で、それ以前はデンマルク領だったんです」とカール王子。
「つまりその遺恨とか?」とルイ王。
カールは溜息をついて「昔の話ですよ」
「要するにアレだろ? 足を踏まれても踏んだ側は痛みを感じないって奴?」とヘンリー王。
カール王子は言った。
「彼がそんなふうに我々を思ってたなんて。そういえば思い当たる節があります。彼がノルマンの王立学園に交換留学に来た時、寮で彼のおやつのプリンを間違って食べてしまった」
「・・・・・・」
残念な空気が漂う中、更にカール王子は「今の彼の王妃との婚約時代に、酒に酔って彼の黒歴史をバラした」
「・・・・・・」
エンリ王子は言った。
「そういうのは後にしませんか? それよりドレイク提督。あなた達って、得意技がありましたよね?」
デンマルクからロシアを追い出すべく、連合軍の作戦が始まった。
ノルマン海の出口はロシア軍に占領され、イギリス艦隊の一部とノルマン艦隊は、ノルマンの海にあって、外洋から分断されている。
西から海上をデンマルクに向かう連合側はイギリス艦隊の本体とスパニア艦隊、そしてフランスとポルタの艦隊。
対して、デンマルクに居るロシア艦隊は、ピュートルが創設してから日が浅い。
だが、イギリスに対抗するオランダ艦隊がロシア側に参加するであろう事は、誰もが予想していた。
ドレイク海賊団はイギリス艦隊の一部として作戦に参加している。
「正規海軍のお上品な海戦はつまらん」とドレイク。
部下の一人が「さっさと終わらせてカリブ海にでも行きますか」
そんな中で操舵具を握る航海士が「そろそろスカゲラック海峡に入りますよ」
「敵、来ませんね」と、展望台に居る部下。
カデラット海峡を通過する。ここで、ポルタ艦隊を率いて参加しているタルタ号が敵の動きを捉えた。
「魚の使い魔たちが右舷側前方に艦船多数を捕捉しました」
そのリラの報告で「オランダ艦隊だな」と呟くエンリ王子。
同盟各艦隊に連絡。
やがて前方にオランダ艦隊の姿を捉える。
エンリは「突破するぞ」と号令。
壮絶な砲撃の応酬が始り、双方が大砲と遠距離魔法で攻撃しつつ、敵からの攻撃を防ぐ防御魔法を展開。
上空にファイヤーレインの魔法陣が展開し、これを防ぐイージスの防御呪文で対抗。
しばらくの攻防が続いた後、数で劣るオランダ海軍は撤退した。
ジェラン島とノルマン半島の間にあるエーレソン海峡の入口が見える。ここにヘルシンゲアの港がある。
首都コペンはこの向うだ。
連合各国の首脳と通話の魔道具を通じて作戦会議。
「セオリー通りなら、あそこを占領して上陸するか?」とルイ王。
「それとも、海峡を押しし通るか・・・だね」とエンリ―王。
エンリ王子は「どっちにしろ、沿岸の砲台を潰すのが先ですね」
アーサーが鴎の使い魔を偵察に出す。
使い魔の視覚情報を映し出す水晶玉を見るアーサー
他の同盟国の何人かの魔導士も使い魔を送り、通話の魔道具を通じて対策会議。
「砲台がかなりありますね」とイギリス艦隊の魔導士。
「けど、艦砲射撃で潰せる数ですよ」とスパニア艦隊の魔導士。
ドレイクの部下の魔導士が「何やら鉄管が敷設されてるんだが、何かの補給ラインか?」
「魔導式の砲の魔力源供給か?」とフランス艦隊の魔導士。
その正体にアーサーが気付いた。
「いや、違うぞ。あれは巨大艦が搭載していた超長距離砲だ」
「あのとんでもなく長いのが砲身かよ」とドレイクの部下の魔導士。
スパニア艦隊の魔導士が「固定砲ですね。あれじゃ、狙いを付けられない」
「いや、砲弾を使い魔で誘導します。アウトレンジで命中率は高いですよ」とアーサー。
その会話を聞いていたエンリが言った。
「あれだったらファフのドラゴンで威嚇すればいい」
海峡の入口近くまで前進し、艦隊が超長距離砲の射程に入るとともに、エンリとアーサーを乗せたファフのドラゴンが発進し、超長距離砲の正面へ。
全艦隊が射程に入ると、超長距離砲が火を噴いた。
不規則な軌跡を描くその射線に立ち塞がるドラゴン渾身の咆哮。
だが、砲弾はそれを無視して突っ込んで来る。
間一髪でかわすドラゴン。砲弾は味方の一隻に命中して一撃で大破。
エンリ唖然。
そして「どうなってる。威嚇が効かないぞ」
「滅茶苦茶根性のある霊的使い魔なのかな?」とファフ。
アーサーが言った。
「違うと思います。視覚と聴覚を持たない使い魔を思念波で操れば威嚇は効かないです」
「どーすんだ、これ」と言って、エンリは頭を抱える。
次々に発射される砲弾で削られていく味方艦。
「あの砲自体を潰すしか無いぞ。ファフ、接近だ」
空から接近すると、砲の周囲に多数の巨大なオーガ。そして何頭ものワイバーンが飛び立つ。
ファフが「主様、空中戦になるよ」
「あくまで砲は死守する気かよ」と表情を曇らせるエンリ。
エンリは思考を巡らす。何か手がある筈だ・・・と。
そして「アーサー、雀の使い魔は出せるか?」
エンリはアーサーに作戦を伝え、アーサーは数匹の雀にコインを咥えさせて空に放つ。
雀は砲を警備する敵兵の脇をすり抜け、超長距離砲の発射口にコインを放り込む。
発射された砲弾はコインに引っかかり、砲身は派手に爆発した。




