第191話 分割のデンマルク
ロシアのノルマン海進出を目論んで始まった北方戦争。とりあえずロシア軍のバルト・フィンランド方面での侵攻は頓挫し、ロシアは撤退した。
戦線の立て直しを図るための作戦会議と称して、ピュートルの元に押しかけたテレジア女帝。
「ポーランドを通って、先ずシレジアの奪還ですわよね」
そう皮算用を決め込むテレジア女帝に、ロシアのエリザベータ元女帝は「スカートの同盟再び・・・ですわよね」
お気楽な女子会を決め込む二人の熟女に、ピュートルは頭痛顔。
そして「何でお袋がここに?」
「何を言っているのピュートル。今日びの戦争物は美少女な姫と魔導士と天才軍師がキャッキャウフフしながらやるものよ」とエリザベータ。
ピュートルは迷惑そうに「いや、あんたら美少女でも天才でも無いし、そもそもここは百合もの世界じゃ無いから」
「けど私、女帝ですわよ」とテレジア。
「私は元女帝」とエリザベータ。
ピュートルは「何で元って事になってるか解ってるよね?」
「あの忌まわしいイギリスとスパニアの女狐に裏切られたからですわよね」とエリザベータ。
「あの名誉男性がぁ」とテレジア女帝。
「けど、あっちの方がよほど美女で美少女で天才なんだが」とピュートル帝。
二人の熟女は声を揃えて「何か言ったかしら?」
その時、従者が慌て顔で来てピュートルに耳打ち」
「何だと?」
そう深刻な顔で呟くと、ピュートルはそこに居る二人の女性に「ちょっと野暮用」
エリザベータは「何ですか? この非常時に」
「男の世界の話なんで」とピュートル。
エリザベータは煩そうに「あーはいはい。戻って来なくていいわよ。それでね、テレジア陛下。この間ミラノから取り寄せたドレスなんですけど・・・」
従者とともに別室に向かうピュートル帝。
「それで、プロイセンから来た使者というのは?」
そう言いながら客室に入ると、一人の男が居た。
「フリードリヒと申します」
ピュートル唖然。
そして「まさか本人?」
「もしかしたら影武者かも・・・とか思ってますよね?」とフリードリヒは涼しい顔で言う。
「この国の存亡をかけた時期に、影武者で済む取引というなら、忙しいんでお帰り願おう」とピュートル。
フリードリヒは「本人だというなら?」
「こちらにも当然、利益のある話ですよね?」とピュートル。
「そうで無ければ、私は生きて帰れない」とフリードリヒ。
ピュートルは言った。
「確かにそうだ。で、どんなディールですかな? ビッグかピッグか知りませんが」
「子豚を一匹美味しく切り分けようと」とフリードリヒ。
「ポーランドなら、あなたに分け前はありませんよ」とピュートル。
「デンマルクですよ。欲しいんですよね? ノルマン海の出入り口」とフリードリヒ。
「・・・」
唖然顔のピュートルに、フリードリヒは言った。
「あそこはノルマンの一部という事になっている。だが、御多分に漏れず独立を望んでいます」
ユーロ大陸を北に突き出たユトランド半島を中心とするデンマルク。
ノルマン半島の先端と向かい合う位置にあり、かつてノルマンの中心としてノルマン半島全土を配下に納めた事もある。
そのデンマルクに隠密行動で潜入し、デンマルク公に極秘会談を求めたプロイセンのフリードリヒ王。
「それで我々にノルマン王国を裏切れと?」
そう、疑いの目を向けて言うデンマルク公に、フリードリヒは言った。
「デンマルクが独立するという事は、そういう事ですよね? だが、平時にそれをやれば、二国間の争いとして、単独で全ノルマン半島を相手にする事になる。けれどもユーロの大半を巻き込む戦時に行えば、二大勢力に別れて戦う一方を味方に出来る。その場合、一方にノルマン王国が居れば、当然、その敵側に味方するという選択肢しか無い」
「けど、あなたもノルマン側ですよね?」とデンマルク公。
「昨日の敵は今日の友。お友達が居るなんて思ってる奴は馬鹿だというのが、この絶対王政の乱世での常識ですよ」と、ヌケヌケと言うフリードリヒ。
「って事は、あなたも何時我々を裏切ってもおかしくない、という事になりますが?」とデンマルク公。
「だから、その前にしっかり実利を確保するのです。あなたの欲しいのは独立国の地位。それを先ず我々が保障する条約を結ぶ」とフリードリヒ。
「あなた、条約は破るためにあるとか言ってませんでしたっけ?」とデンマルク公。
フリードリヒは言った。
「問題は裏切って何を得るか、裏切られて何を奪われるか・・・という事です。あなたは大国に併合される事を恐れている。ですが、我々が欲しいのはドイツ皇帝の地位であり、そのためにテレジア女帝と争って居る。つまり関心があるのはドイツ国内で、その外にあるユトランド半島に興味は無い」
「ではロシアは?」とデンマルク公。
「彼等が欲しいのはノルマン海の覇権と、その外の大洋への出口です。コペンの海峡を自由に航行する権利さえあれば、彼等は満足します」
デンマルク公は言った。
「で、あなたがロシアに加担するという事は、連合との盟約を解消して、敵側の同盟に加わるという事ですか?」
フリードリヒは「いえ、私は元々ドイツ諸侯で皇帝陛下の臣下です。ロシアと同盟したテレジア女帝陛下を手助けするのは当然」
デンマルク公唖然。
「このくらい融通が利かないと、今のご時世、生き残れませんよ」とフリードリヒ。
デンマルク公は「だからあなた、信用されないって解ってます?」
デンマルク公は、プロイセンの仲介でロシアとの同盟を結び、ロシア軍はプロイセン艦隊によって輸送されてデンマルクの首都に進駐した。
そして完全にデンマルクを占領下に収めた。
ピュートルに抗議するデンマルク公は言った。
「話が違うぞ。条約では我が国は独立国で、ロシアはただ海峡を自由に通れさえすれば良いという話になっている」
ピュートルは言った。
「海峡を自由に通行する権利とは、海峡を通れる船と通れない船を自由に選別する権利です。あなたはそれを差し出した。つまり、この海峡を支配する権利を差し出したという事ですよ。それは海峡を支配するユトランド半島と付属の島を差し出したという事です」
デンマルク公唖然。
そして「そんな無茶な解釈があるか!」
「御不満なら何時でも戦争で受けて立ちます。ですが、ノルマンはあなたに後ろ足で砂をかけられ、あなたの軍は我々が拘束した」とピュートル。
「イギリスやフランスが放っておかないと思いますよ」とデンマルク公。
するとピュートルは「プロイセンもロシアによる占領行為に対抗措置をとったとの事ですが」
デンマルク公、忌々しげに「あの男、どの面下げて・・・。それで対抗措置って?」
「南部二州を保障占領」
そのピュートルの言葉を聞いてデンマルク公唖然。
そしてピュートルは「今、正式な併合の準備を進めているとか」
「ふざけんな!」とデンマルク公は叫んだ。
南北に分割されたデンマルクの境界線近くの街で、盃を交わして乾杯するフリードリヒとピュートル。
ピュートルは愉快そうに「あそこはデンマルクの中でも肥沃な土地。痩せた土地しか無いユトランド半島に押し込められたデンマルクは、食料をロシアからの援助に頼らざるを得ない」
「まあ、肥沃といっても小さな土地ですけど、ドイツ東部をほぼ抑えたプロイセンは、西部で勢力を伸ばす拠点が欲しかった」とフリードリヒ。
ピュートルは「これで我が国は、この海の出口を抑えて我等の内海とし、ここを拠点として世界の海を支配し、海陸を掌握する世界帝国となる」
フリードリヒは「我が国はドイツ全土の諸侯を影響下に今の皇帝を追い出してユーロの最高位に」
ピュートルは「プロイセンの、そちも悪よのう」
フリードリヒは「ピュートル様には敵いません」
そして高笑いする二人。




