第190話 皇帝と王太子
タリンの街を奪還されたロシア軍は、プロイセン囚人騎兵のゲリラ戦に悩まされ、砦を作って立てこもった。
連合軍は、囚人騎兵による周辺での略奪に関する苦情に悩まされる。
そんな中で、連合軍はロシアの砦に向けて進軍した。
砦といっても急ごしらえの代物だ。
砦の様子を望遠鏡で見て、エンリは「あんな防柵、ファフの尻尾で一撃だ」
砦内に向けて一斉に砲撃。魔導士たちがファイヤーレインをお見舞いする。
だが・・・。
「反撃して来ませんね」とルイ王。
「撤退したって事かな?」とカール王子。
「そう思って安心して乗り込んだ所を伏兵で・・・って話かも」とヘンリー王。
エンリは少し考え、短いメモを書いて王たちに渡した。
そして「各隊に伝えて徹底して欲しい」
小銃隊の銃撃で援護しつつ突入開始。
ファフが低空で突入しつつ尻尾で防柵を薙ぎ払う。
突入隊の先頭が防柵跡を越えて砦内に突入した時、その防柵跡の手前の至る所で、地面に掘られた穴からロシア兵が出現。
ロシア兵たちは、地上を走る連合兵を銃撃すると、抜刀して地上に飛び出し、斬り付ける。
至る所で始まる白兵戦。完全な乱戦となる。
慌てて後続の兵たちが銃を構えるのを、指揮官たちが制した。
「下手に銃撃すると味方に当たるぞ」
戦場の様子を見て、焦り顔でルイ王は言う。
「これじゃ攻撃魔法も使えない。端から切り崩すしか無いぞ」
エンリは「多分、敵の本体は後方だ。きっと何か仕掛けて来る」
「王子様」とリラが彼に呼び掛ける。
そしてエンリは意を決して「あれを使うぞ」と・・・。
エンリ王子は叫んだ。
「ずいずいずっころばしごまみそずい」
意味不明な発音の羅列に唖然とするロシア兵。だが連合兵は一斉に耳栓を装着。
そしてリラの人魚の歌が響き、ロシア兵たちはバタバタと倒れて眠る。
指揮官たちは兵に指令を出した。
「すぐに敵兵を捕縛して武器を奪え。砦の内部の伏兵を探せ。砦の後方から敵の別動隊が来るぞ」
間もなく偵察兵からの報告が入る。
「ロシア軍の本隊が我が方を包囲しようと展開しています」
王たちの作戦会議でルイ王が「すぐに騎兵隊で敵の両翼を抑えろ。とりあえず左翼にはプロイセンに、右翼はスパニアが担当してくれ」
「本体の位置は?」
偵察兵が伝えた本隊の上空に、アーサーがファイヤーレインで牽制をかける。
そしてエンリが作戦を確認。
「陣形を整え次第、全軍で右翼側から潰していく、という事でいいですね?」
ヘンリー王が「本隊の足止めを誰か、やって貰えますか?」
「そっちは我々が行きます」とエンリが答えた。
ほぼ全軍でロシア軍右翼を潰しにかかる中、タルタ海賊団がロシア軍本隊に突入。
リラがウォータードラゴンを召喚し、エンリとともにその頭上に乗る。
そして水のドラゴンのもたげた頭の上からリラの水魔法とエンリの巨人剣攻撃。
敵の銃弾はドラゴンの体を造る高密度の水が阻んだ。
ファフにはアーサーとニケが乗る。
アーサーは上空から、スケルトンのファランクス隊を指揮し、空中からドラゴンが吐く炎とニケの銃撃がこれを支援。
タマは猫型ゴーレムを召喚。
四つ足で走るその背にジロキチ、タルタ、カルロと妖刀化したムラマサを持つ若狭。
敵陣に突入し、飛び込んで切りまくる四人。
ロシア側が数体のゴーレムを召喚した。それをタルタの鋼鉄砲弾で次々に破壊する。
更に召喚されたオーガは、ファフのドラゴンに蹴散らされた。
ピュートルが「あんな少人数に何をやっている。戦っている部隊を残して右翼に向え」
「移動陣形の先頭に回り込まれて身動きがとれません」と焦り声で参謀が答える。
「もういい。俺が行く」とピュートル帝。
巨大な水龍の頭上に人魚とともに居る長大な魔剣を振るうエンリの前に、鎧に身を固め大剣を肩にかけた長身のマッチョが進み出る。
「エンリ王子、久しぶりだな」とエンリに呼び掛ける鎧姿のピュートル。
エンリは「皇帝自ら一騎打ちを御所望かよ」
「お前だって皇帝の婿だろ」とピュートル。
「そうだな」
エンリは魔剣を収めて地上に降り立つ。
そして向き合う皇帝と王太子。
「俺は東ローマの後継たるユーロの統率者ツアーのピュートル」
「俺は西の小国ポルタの王太子、エンリだ」
「差は歴然だな」
そう言って胸を張るピュートルにエンリは言った。
「そうだな。だがレベルアップってのは中身でやるものだ。何なら互いに成長の成果とやらの見せっこと行くか?」
「いいぞ」
エンリは大地の魔剣を抜き、魔剣と一体化する呪句を唱えた。
大剣を振り下ろすピュートルと切り結ぶエンリ。
技量の差は歴然で、ピュートルの剣は何度もエンリの身に重い一撃を加えた。
だが、大地の魔剣と一体化したエンリの身には、傷ひとつつかない。
「防御力MAXって訳かよ」と、戦いながらピュートルは言った。
エンリは「それが大地の力さ」
「けど攻撃向きじゃないな。それじゃ、俺は倒せないぞ」とピュートル。
「まあな。けどこいつは、ある使い方としては最強だ」とエンリ。
「それって・・・」
その時、彼等の背後からピュートルの部下が呼びかけた。
「皇帝陛下。すぐお戻りください。右翼隊が潰走を始め、敵の本体がこちらに」
ピュートル唖然。そして叫んだ。
「な・・・。時間稼ぎって訳かよ」
包囲されつつあったロシア軍は急いで陣形をまとめ、ロシア領へと撤退した。
同時に、フィンランドで逼塞していたロシア軍も撤退。
作戦会議の中、撤退していくロシア軍に関する報告を聞きながら、カール王子は言った。
「終わったのかな?」
「そうだといいけど」とエンリ王子。
その時、急報が届いた。
「ポーランドのヤン国王が王座を追われました。ロシア派の貴族が実権を握ってロシアと同盟を」
「どうする?」とカール王子。
「ヤン王、きっと頼って来るよね?」とヘンリー王。
「受け入れれば戦争継続だよね?」とルイ王。
「ここはやっぱり」と言いながら、全員が顔を見合わせる。
その時、会議室にポーランドから亡命したヤン王が入って来る。
そして「まさか放り出すとか言いませんよね?」
カール王子が「ヤン王、何でここに?」
ヤン王は言った。
「今、我が国を放置すれば、ポーランドはロシアに併合されて独立を失います。ロシア派貴族にだって王になれるような奴は居ないですし、反ロシア派が私を支持して抵抗を続けています」
「それって内乱状態だよね?」とエンリ王子。
「ってか反ロシア派に王位を継げる人って居ないだろ。あなたにその力量が無いって言われて追い出された訳だし」とカール王子。
ヤン王は「ですからカール王子に王位を継いで欲しい」
「それってノルマンに併合されるって事だよね?」とルイ王。
カール王子は「勘弁してくれ」
「けど、ポーランドがロシアの勢力下に入ったら、内陸からバルト地域に圧力をかけてロシアの支配下に組み入れようとしますよ」とヤン王。
「それは困る」と、全員が顔を見合わせる。
また急報が届いた。
「バルト領主たちが同盟を結んで中立宣言を」
「な・・・」
カール王子唖然。
放心状態となったカールは、虚ろな目でうわ言のように「我がノルマンとの血の友誼が・・・。ちょうちょが一匹、ちようちょが二匹」
エンリが彼の肩を揺すって「カール王子、しっかり」
「ってか中立って、ロシアがそれ認るかな?」とルイ王は疑問顔。
すると、報告に来た士官は「ピュートル皇帝は中立を尊重してバルト地域には立ち入らないと宣言しました」
「中立ならロシアも通れない。海上はイギリスが抑えてるし」とヘンリー王。
ルイ王が「けどポーランドは通れる」
「あ・・・・」
全員の視線がフリードリヒ王に集中する。
そして「プロイセンが戦場になるけどフリードリヒさん頑張って」
フリードリヒ王、涙目で「そんなぁ」




