第187話 ポーランドの大洪水
迫り来るロシアとの戦争で味方につけようと、エンリ王子とその仲間は、カール王子とともに、ポーランドを訪れてヤン王との会見に臨む。
謁見室に向かうエンリ王子は「憂鬱だなぁ。目一杯嫌がられるだろーなぁ」
「そうはならないと思いますよ」とカール王子。
果たして、謁見室で彼等と向き合うヤン王は、手放しで彼等を歓迎した。
「よく来てくれた。エンリ殿、カール殿」
「ど・・・どうも」と、タジタジのエンリ。
ヤン王は「共に戦う仲間として同じ未来を見るために来て貰えたのですよね?」
「そ・・・そうですよね。一緒にロシアの脅威と戦いましょう」とエンリ王子。
そしてヤン王は「その前に、私に逆らう大貴族たちと」
「はぁ?」
唖然顔のエンリの耳元でカール王子は「この人、国内に反対派が多くて」
「それじゃ結束してロシアと戦うどころの話じゃないのでは?」とエンリ。
すると、後ろに控えているニケが言った。
「大丈夫よ。そういう時は外に敵を作って結束するのが上策よ。その結束に逆らえば売国奴として糾弾される立場に立つ。誰も陛下に逆らえなくなるわ」
そんなニケを見て、ヤン王は「ポルタには陰謀の女神がおられると聞いたのですが、あなたでしたか」
エンリ、困り顔で「いや、彼女は違うんですけどね」
そしてニケは「それでヤン陛下、戦費はいかほど用意出来るのでしょうか?」
エンリは溜息をつくと、衛兵にニケを指して「とりあえずこの人、つまみ出して」
ニケが追い出されて残念な空気が収まると、ヤン王は言った。
「ロシアとはウクライナの支配権をめぐって争って来ましたが、かの地の民の間でロシアの支配に抵抗が強く、多くの民が我がポーランドの保護を求めているのです」
「そうなんですね」とエンリは頷く。
そしてヤン王は「先日もこのようなビラが撒かれたとして、ロシアの秘密警察が犯人捜しに躍起とか」と言って、1枚のビラを・・・。
王は侍従にビラを渡し、侍従からエンリとカールへ。
そのビラに曰く。
「ロシア人もポーランド人も出て行け」
エンリは残念そうに溜息をついて、言った。
「これ、ポーランドの保護を求めてませんよね?」
ヤン王は「あそこは昔はポーランドの一部でした」
「民族は違うんですよね?」とエンリ。
「昔、東方から来たタタール帝国の支配が及んだ時、ロシアの奴らの先祖は侵略者に尻尾を振って代官みたいな事をやった。その時、異民族支配者への抵抗を支援したのは我々の先祖です」とヤン王。
「それで支配して嫌がられたんですよね?」とエンリ。
ヤン王は「奴らは東方教会ですから。けど、教派が違っただけの話で、同じ唯一神を信じる事に変わりはありません」
エンリは溜息をついて「それで共存できるなら、ユーロでの争いの九割は無くなると思いますよ」
ヤン王は言った。
「実はドイツのテレジア皇帝が、同じ教皇の教えに準じる者として、一緒に国教会派の奴等と戦わないかと」
カールは溜息をついて「あの人、やっぱりロシアと組むんだ」
「けど、向うは東方教会ですよね?」とエンリ。
カールは「教派が違っただけの話で、同じ唯一神を信じる事に変わりは無い、と言ってませんでしたっけ?」
そしてエンリはヤン王に言った。
「我々は国教会という独自の教会を立ち上げましたが、信仰の自由という事で、教派の異なる人達に改宗を求めたりしません。ウクライナに対しても、それで臨んだらどうですか?」
「・・・」
「ロシアに抵抗している人達の所って、解りますか?」
そうエンリに問われて、ヤン王は「諜報局が既に情報を掴んでいます」
ポーランドの諜報局員の案内で、ヤン王とともに抵抗派の拠点を訪れるカール王子。そしてエンリとその仲間たち。
抵抗派のリーダーはヤン王に「昔みたいに教皇派を強制しませんよね?」
「信教の自由という事で共存を」とヤン王は汗を拭きつつ答える。
「神の祝福とか言って法外な値段で壺を売りつけたりしませんよね?」と抵抗派の一人が・・・。
更に別の抵抗派の人が「免罪符の販売ノルマを課したりしませんよね?」
エンリ、あきれ顔でヤン王に「そんな事やってたんですか?」
王は焦り顔で「教皇庁からの指令で・・・。ととととにかく、そういうのは過去の話ですので、これからは未来志向で・・・」
「それ、どこぞの半島国が隣の島国へのヘイト政策の罪を胡麻化した時の台詞ですよね?」とアーサーもあきれ顔。
ヤン王は独立派の人たちに「皆さんはかつてはポーランドの国民だったじゃないですか」
「農奴制を続ける政策に抵抗して離れたんです」と独立派リーダー。
「それでロシアに支配されて、そのロシアは農奴制を続けていますよね?」とカール王子。
リーダーは「それは・・・、だからこうして独立を求めて・・・」
「我がポーランドみたいな大きな国の傘下に入るのは、それなりの利点があります」とヤン王。
エンリは困り顔でヤン王に「いや、今はロシアの傘下から出る話をしているんだが」
だがヤン王は「けど、我々にも皆さんに出来る事もある筈」
その時、リラが言った。
「あの・・・、ここに来る途中に畑を見たのですが、旱魃が深刻なようでしたね。水魔法で雨を降らせるというのは・・・」
抵抗派の人たち、嬉しそうに「そうして頂けるなら」
「その代償として我がポーランドの傘下に」とヤン王、調子に乗る。
エンリは困り顔で「そういうのは後にしませんか?」
するとニケが真顔で「そうよ。民が苦しんでいるのよ。先ず民の苦しみを取除く事を考えてこその王様じゃ無いんですか?」
「ニケさんがまともな事を言ってる」とタルタ唖然。
カルロが「雨でも降るんじゃ・・・」
エンリは苦笑して「いや、その雨を降らせようっていう話なんだが」
ニケは言った。
「ここはユーロの穀物庫よ。それが旱魃で不作になると予想して小麦相場が暴騰しているわ。雨で豊作になればそれを当て込んだ奴等が大損して、その逆を張れば大儲けしてお金ガッポガッポ」
「結局それかよ」と、仲間たちはあきれ顔。
リラが得意の水魔法。降雨の呪文を唱え、アーサーとタマがサポート。
ウクライナ一帯で降雨となる。喜ぶ農民たち。
「もういいぞ。リラ」
そう言ってエンリが魔法の終了を促すと、リラは深刻な表情で言った。
「それが、魔法の終了が出来ません」
「何だと?」
雨はどんどん激しくなる。
「もしかして魔力の暴走か?」
そうエンリが真剣な表情で言うと、アーサーは「どうやら何者かの妨害魔法ですね」
コントロール不能となった降雨の魔法により、あちこちの灌漑施設が過剰な降雨で被害が出始める。
仲間からの報告を受けた抵抗派のリーダーが「このままでは設備が保たない」
「大洪水になるぞ」と抵抗派の人たちが悲鳴を上げる。
リラはおろおろ状態で「王子様、私、どうしたら」
エンリは水の巨人剣を抜き、天に向けて雨雲まで水の剣身を伸ばした。
そして暴走する雨雲と剣の一体化の呪句を唱える。
降雨はコントロールを回復し、豪雨は収まった。
騒ぎが収まると、エンリはヤン王に言った。
「彼等の独立を支持しましょう」
「ですが、独立国としてロシアと組んで敵に回る事だって・・・」とヤン王は渋る。
そんなヤン王をエンリは説得した。
「ここが仮にどこかの国となるとしても、それを決めるのは彼等自身です。自分達が最も幸せになれる方法を自ら探る権利は誰もが持っている。近接する国は、互いに幸せになれる関係を提示すればいい。そういう事の出来る、対等な関係の価値を知る国になればいい。確かに多くの民族が他民族の一部になっていて、おかしな偏見宣伝や支配国による愛国教育とかいう洗脳でそれを正当化したり、そういう偏見で隣国を否定したりもあるが、そういう影響を排除すれば、お互い幸せな繋がり方は必ず見えて来る。それは、たとえ大きくてもロシアやシーノのような強権的な国ではない筈だ」
ヤン王はウクライナの独立派に独立支持の方針を伝え、そしてノルマンとの対ロシア同盟で合意した。
ポーランドの貴族議会でヤン国王が報告する。
だが、多くの大貴族が反対した。
彼等は口々に王の方針を非難する。
「本来我等の領土であるウクライナを独立とは」
「教皇様の敵である英仏と組んで皇帝様に敵対とか」
「ノルマン軍の進駐を認めるというのか。我々は植民地ではないぞ」
季節が秋から冬へと移る中、状況は悪化の一途を辿った。
あちこちで暴動が起こる。
執務室で頭を抱えるヤンと、対策に頭を悩ますエンリとカール。
「どうなっている?」
そう悲鳴声で言うヤン王に、カルロは「煽ってる奴らが居るようですね」
「ロシアのスパイか?」とカール王子。
「それも居ますけど・・・」
そう答えるカルロに、エンリが「なら、ドイツ皇帝の?・・・」
カルロは「その背後に何者かが糸を引いている形跡がありますね」
ヤン王がカールに王位を譲ると言い出す。
困り顔のカール王子に相談されたエンリは「つまりノルマンと併合? それじゃ俺たち、まるで侵略者じゃないですか」
「これは撤退した方がいいのでは」とカールは溜息をついてぽつり。
エンリは言った。
「この混乱状態だと、放置しても害にはならないんじゃないかな?」
この混乱を見たロシアが、ついに宣戦布告した。
 




