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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第186話 北方の戦略

ロシアでピュートルが皇帝として即位し、ノルマン海の出口に都市の建設を始めた。

そしてこの都市を新たな首都として遷都すると発表した。

新首都の名はペテルブルグ。

その目的がノルマン海を支配して外洋への進出の足掛かりとする事にあるのは、既に周知の事実となっていた。

ノルマン海沿岸で緊張が走る。


ノルマン海の南側では、かつてドイツ騎士団による異教徒狩りが行われ、これに対抗するノルマンの保護を受けた諸侯たちが居た。

北側はノルマン半島。そのロシアに接した東側にフィンランド公の領地がある。その西にノルマン本国。山脈を隔てた西にノルウェー公領。

そして海を隔ててドイツ西部から突き出た半島にデンマルク公領。

ノルマン海の南岸にはドイツの諸侯が居て、その東側の多くは既に、プロイセン領となっていた。

それ以外の沿岸の多くはノルマン王国の勢力下にあるが、各地では独立を望む声が高まっている。

その東側の奥に領地を持つロシアがこの海の支配を狙う事に、イギリスとフランスが警戒していた。 



「その対立がいよいよ火を噴きつつあるって訳ですね?」

そう言うのは、非公式でロンドンを訪れてヘンリー王と向き合うエンリ王子。

「広大な国土と多くの人口を持つロシアの政治は、皇帝の強権による専制だ」とヘンリー王。

「イギリスもフランスも、国をまとめるため、王権を強めていますけどね」とエンリ。


ヘンリー王は言った。

「あんなのと一緒にされては困る。民が外国に対抗できる強い国を創る事を望み、我々はその声によって支持されているんだ」

「ロシアだって民の愛国心は強いですけど」とエンリ。

ヘンリー王は不満顔で「・・・結局我々はあの国と同じなのか?」


エンリは言った。

「いや、ロシアの民のあれは、単なる権威への盲従ですよ。寒くて厳しい風土の中で、強い者の保護を求める気風が、向うでは強い。我々の居るユーロ西部では、農民や商人が自由を得て、こうなっている」

「だよな、奴らはユーロの田舎者だ」とヘンリー王。

エンリは「彼等は自分達の方が都会だと思ってますけどね。コンスタンティに残っていた古代ローマの片割れの伝統を直接継いだ文明の後継者と」



ヘンリー王は、更に不満顔で「君はどっちの味方なんだよ」

エンリは「そういうセクト思考が問題なんですよ。古代ローマの片割れとか言っても、それ自体が権威化して千年間発展しなかった。だからアラビア人に圧されオッタマに滅ぼされたのが、コンスタンティですよ。それに対して、我々は新たな文明を切り開いた」

「それを真似て、正面から張り合おうというのがピュートルって訳だ。それがいよいよ即位した」とヘンリー王。


エンリは言った。

「今まで彼は皇太子として実権を得て、改革の体裁を整えてきた。その一環としてノルマン海に出る港の本格的な整備を始めた訳だが、港を造るってだけなら、交易に参加するのは自由さ。けど、そこを新たな首都にするって事は、単なる商業港で済ますつもりは無い。軍制を刷新して覇権国家として西に乗り出して来る」


エンリは、あのピュートルの人となりを思った。

オランダで出会った陽気なマッチョを思い出す。彼は粗暴なだけの専制君主ではない。

だが、彼が目指す近代化が、時代遅れな恐怖政治とかを変えるという話でもないのだ。


「有能だと言うなら、狡猾に手足の生えたような奴は他にも居るさ」

そう言うヘンリー王に、エンリは「プロイセンのフリードリヒとか?」

「彼も、この機会に利益を得ようとして、出て来るだろーなぁ。相手にしたくないなぁ。いっそ敵方に回ってくれたら簡単なのになぁ」

そう言って溜息をつくヘンリー王に、エンリは「勘弁して下さいよ」



戦争を意識した本格的な外交が、各国間で展開される。

エンリは非公式にフランスを訪れ、王宮の客間でルイ王と会見した。


「その当事者がカール王子なんだが、あいつに外交工作とか出来るのかなぁ」と心配顔のエンリ。

ルイ王は「彼には我々国教会同盟が背後についている」

「ついこの間、ケベックを巡って内輪もめがありましたけどね」とエンリは突っ込む。

ルイ王は「全くだ。ヘンリーの奴、味方を背中から撃つような真似しやがって。二度と歯向かえないよう徹底的に叩いてやる」


エンリは困り顔で「いや、これから同盟組んでロシアに対抗しようという相手ですよ。それに開戦となればイギリス海軍の力が必要になります」

「あんなの不要だ」とルイ王。

「フランス海軍、弱いよね」とエンリは突っ込む。

落ち込むルイ王。


そして「海軍ならオランダが居る。あそこは我が家臣ブルゴーニュ公の領地だ」

「いや、あそこが一番心配なんですけど。実権握ってるオレンジ公はイギリスへの対抗心が先立ってますからね」とエンリ王子。

ルイ王は「そこはブルゴーニュ公が説得してくれている」


その時、ルイ王の家来から報告。

「ルイ陛下、マキシミリアン様がおいでになりました」

客間に案内されるブルゴーニュ公マキシミリアン皇子。

「どうだった?」

そう問うルイ王に、マキシミリアンは「オレンジ公が戦費不足で海軍は出せないと」


「って事は、少なくともロシアの味方はしないって事ですよね?」とエンリが口を挟む。

「多分しないと思うと言ってました」とマキシミリアン。

「多分って・・・」と疑問顔のルイ王。

「しないんじゃないかな・・・とも」とマキシミリアン。

エンリが「その後、まあちょっと覚悟は・・・とか言ってませんでしたか?」

マキシミリアンは「何で解ったんですか?」 



ノルマンを訪れ、カール王子と会見するエンリ王子。

「ロシアの新帝は本当に戦争を始めるのでしょうか」と心配顔のカール。

エンリは「回避は期待しない方がいいと思います。開戦は孤立を招いて損だから絶対踏み切らないと大見得を切った擁護派の人達が派手に裏切られて大恥をかいたって例もありますからね」

「誰の話ですか? ってか、そういう危ない話はいいから」と、困り顔のカール。


エンリは言った。

「そもそも単に交易がしたいなら、普通に商船の港を用意すればいい。けど交易路の支配という話になると別です。エストニアとフィンランドの間を抜けるまでは狭いフィンランド湾の回廊を通る必要がある。問題はそういう沿岸領主がどう出るか・・・ですよね」

「我々と彼等は教皇庁の異教徒狩りと戦った血の友誼で結ばれているんだ」と、カールはドヤ顔。

エンリは心配顔で「それ期待していいの? 彼等は国家としての独立を望んでいると聞きます。それにロシアは教皇庁じゃなくて東方教会ですよね?」

「けど教皇庁派は巻き返しに必死だ。彼等がどう出るかというのも・・・」とカール王子は言う。



スパニアに行ってイザベラと対話するエンリ王子。

「陰謀の女神としてはどう思う?」

そう問われて、イザベラは「大丈夫と言いたい所だけど、味方が多いという事は、その味方が抱える第三国との敵対関係も、漏れなくついて来るという事よ。教皇派の勢力は私たちの敵として動くでしょうね」

エンリは「って事はドイツ皇帝? けど、あそこは弱いよね?」


イザベラは言った。

「問題はプロイセンがどちらに付くかよね。イギリスはロシアの台頭は防ぎつつ、ドイツの海運は出来れば抑えたい。逆にプロイセンはイギリスが海を支配する事も望まない。だから対抗勢力としてのロシアを歓迎する可能性はあるわ。けど、バルト地域がロシアに支配されたら、その脅威にプロイセンは直接曝される事になる。プロイセンがこちらにつけば、ドイツ皇帝はロシアと利害を共にする。オッタマという共通の敵もあるし・・・。そうなると、もう一つ鍵を握る国があるわよね? バルトに内陸から睨みを利かせる位置にあって、しかもバリバリの教皇派」


「ポーランドかよ」とエンリ。

「あそこはかつてウクライナをロシアと奪い合っていたわ。それが付け目ね」とイザベラ。

エンリは「それよりスパニア自身としては、どうなんだ?」

イザベラは「私たちは北の海に関しては利害を持たないわね。ただ、スパニアは地中海の出口だから、ロシアが北の出口を諦めて南に活路を求めて、黒海から出るためにオッタマを制して地中海に進出したら、今度は私たち自身が標的になるわよ」


「それは困る・・・ってまさか、そうならないために北での進出を助けたりとか?」とエンリ。

「駄目?」

そうイザベラに言われて、エンリは肩を竦めて「おいおい」

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