第183話 悪戯の師匠
フェリペ皇子が五歳の誕生日を迎える。
その日、スパニアで盛大な式典を開く事になり、父親であるエンリも出席すべく、仲間たちと一緒にスパニアの首都へ向かった。
馬車の中で皇子の話題で盛り上がるエンリたち。
タルタが「あの赤ん坊がもう五歳かぁ」
「可愛いやつなんだ。父上父上って、やたら俺に懐いて」と言って相好を崩すエンリ。
カルロが「男の子なんですよね?」
「だから何だよ」
そう聞き返すエンリに、カルロは「気合の入ったロリコンは男の子でもオッケーだそうで」
「だから俺はロリコンじゃないから」と言ってエンリは口を尖らす。
スパニアの王宮では、エンリたちの到着が待ちきれない・・・といった体のフェリペ皇子。
世話係の女官たちに「父上はまだ着かないの?」
「本当に殿下はエンリ様が大好きなんですね」と、一人の女官。
フェリペは「僕の父上は世界一かっこいいんだ」
その時、ちょうどそこに知らせに来た女官が「代りと言っては何ですが・・・」
「父上の代わりになる奴なんて居るもんか」
そう言うフェリペに、彼女は「マゼラン様が戻られました」
「本当?」
大はしゃぎで飛んでいくフェリペ皇子。
王宮の階段を入口ホールへ駈け下りるフェリペは、そこに一人の少年騎士を見つけて、はしゃいで駆け寄る。
「マゼラン」
「ただいま戻りました」
そう応える彼は、フェリペ皇子のお気に入りの従者マゼラン。
彼はイザベラの腹心である航海長官の子としてフェリペ皇子に仕え、まだ15才の少年ながら、剣術と魔法の才能は多くの期待を集めている。
最近は修行と称してスパニア人私掠船団の一員として地中海で活動していた。
「どうだった?」
そう問いかけるフェリペに、マゼランは「面白かったですよ。オッタマの海賊は曲者揃いで・・・」
するとフェリペは「その話はまた後だ。それより、例のものは?」
「出来ていますよ。フィレンツェの亡命職人でコンスタンティの偽聖遺物工場に居たという男に作らせまして、実物と寸分違わぬ出来かと」
そう言って、マゼランが出したのは、鉄製の仮面。
それを手に取って、テンションMAXのフェリペ皇子。
「かっこいいなぁ。夜会のお披露目で、父上に見て貰うんだ」
エンリたちが王宮に到着する。
「父上」と叫んで大はしゃぎでエンリに飛びつくフェリペ皇子。
エンリはフェリペを抱き上げて「また大きくなったな」
一緒に迎えに出て来たイザベラ女帝は「最近は悪戯ばかり憶えて」
「男の子は元気が何よりだ」とエンリ王子。
「習い事をすぐ放り出してしまうのだけれど」と困り顔のイザベラ。
エンリの仲間たちがフェリペを囲んで、あれこれ言う。
リラが「こんにちは、フェリペ皇子」
「リラ姉さんにニケおばさん」とフェリペ。
「ニケ姉さん・・・ですよ」と、五歳の子供に訂正を要求するニケ。
タルタが「ニケさんもそういう事、気にするんだ」
「当然でしょ。小さい子に興味の無い女は居ないわ。母性本能は女の本質よ」
そう主張するニケにアーサーが「ニケさんの本質は金銭欲だろ」
「私を何だと思ってるのよ。五歳の男の子で皇子様よ。可愛いは正義って知らないの?」
そんなニケを見て、タルタがジロキチに「この人にショタ属性なんてあったっけ?」
ニケはドヤ顔で「幼い御曹司は歩く宝箱よ。誘拐でもすりゃ身代金ガッポガッポ」
そんな怖い事を言うニケを見て、若狭が「宮廷警備員を呼んだ方がいいと思うんですけど」
「けど、本当に可愛らしい」
リラがそう言うと、フェリペは「リラ姉さんも、いつもお美しくて」
「王子、その年で一丁前に女にお世辞ですか?」とタルタ。
カルロが「女性を褒めて誘うのは紳士の嗜みです。キリッ」
そんなカルロにニケが「キリッ・・・じゃ無いわよ、子供に変な事教えてどうするのよ」
ジロキチが「皇子、また剣術の稽古、つけますか?」
「ジロキチは荒っぽいから嫌だ」とフェリペ皇子。
エンリはジロキチに「お前はすぐ相手に怪我させるだろ」
するとフェリペは強がって「僕、木剣が当たっても、もう泣かないもん」
「エンリ王子も俺が稽古をつけたんですよ」とジロキチ。
「本当?!」
そう言って目をキラキラさせるフェリペに、エンリの仲間たちは「左足で剣を持って寝そべって本を読みながら・・・ね」
エンリは口を尖らせて「お前らなぁ」
ファフが「こんにちはフェリペ君。大きくなったね」
フェリペは「ファフ姉さん、ちょっと縮んでない?」
「ドラゴンは長命だから年をとらないの」とファフ。
タルタとマゼランが海賊の話題で盛り上がる。
「地中海の海賊はどうだ? イギリス海賊もオランダ海賊も居ない内海はつまらんだろ」とタルタ。
「アラビア海賊が居ますからね。この間、アラジンとやり合いました」とマゼラン。
「どうだった?」
そう問うタルタにマゼランは「もう一歩の所まで追い詰めたんですけど」
するとタルタは「どうせ人化ジンが間抜けな魔法で自爆して救われたんじゃないのか?」
「何で知ってるんですか?」とマゼランは言った。
エンリたちがホールでわいわいやっている中、ブラド伯一家が到着した。
15才になったサリー姫と13才のカブ公子も一緒だ。
ブラド伯と握手を交わすエンリ王子。
「ようこそ、ブラド伯」
「御子息も大きくなられた。二人の子が小さかった頃を思い出します。ところで、ここは良い所ですな。ラテン系の女性の血の匂いはまた格別」とブラド伯。
「はぁ・・・」
そう困り顔で言うエンリ王子。ドン引きする女性陣。頭を抱えるサリー姫。
「御機嫌よう、サリー姫」と握手の手を差し伸べるイザベラ女帝。
サリー姫は調子を取り戻して「お合い出来て光栄です。イザベラ陛下。ケベックの件ではエリザベス殿下と対決されたと聞きました」
「あの子はとても有望な姫ですわね。けど、私と張り合うには、あと十年は必要かしら。ほーっほっほっほ」と高笑いするイザベラ。
エンリは思った。
(あの会議にエリザベス王女は出席してなかったと思うが)
「わーいカブ君だぁ」とファフもテンションが上がる。
カブ公子は「ファフちゃん、ちょっと縮んでない?」
「ドラゴンは長命だから年をとらないの」とファフ。
フェリペ皇子も嬉しそうに「こんにちは、カブ師匠」
カブは「久しぶりに、遊びに行くかい?」
ファフはエンリに許可をねだる。
「主様、三人で遊びに行っていい?」
「時間までには戻って来いよ」とエンリ。
カブはファフとフェリペを連れて首都の街に繰り出す。
王宮を後にする3人の後ろ姿を眺めて、エンリは「あいつ等、何の遊びをする気かな? それに、カブ公子の事を師匠って言ってたけど、何の師匠だ?」
王宮には、皇子の誕生日式典に出席する各国の要人が次々に挨拶に訪れ、エンリ夫妻はその対応に大わらわとなる。
外国から来た賓客はその後、繋がりのある大貴族の屋敷へ。
首都には大貴族の大きな屋敷が多数。その庭には大抵、初代の銅像が建っている。
その屋敷の主もまた、訪れた客人をもてなし、庭に案内する。
そして庭の真ん中に立つ銅像を指して「イタリアから呼んだ亡命彫刻家に作らせたものです」
客人はそれを見て「これは見事な。それに、初代公爵様は実にエレガントな趣味をお持ちのようだ」
銅像に何時の間にか、女性の下着が着せてある。
「何じゃこりゃー」
植込みの影からそれを見て大笑いするカブとフェリペ。楽しそうなファフ。
そしてカブは「次はワッフル侯爵邸だ」と気勢を上げる。
ハシゴで大貴族邸に悪戯を仕掛けるカブ公子。首都のあちこちで上がる「何じゃこりゃー」の叫び。
そんな様子を見て、上空で箒の飛行魔道具に跨るサリー姫は溜息をつく。
「カブったら、ちょっと目を離した隙に。五歳の子供に何を教えてるのかしら」
あちこちの大貴族邸の庭に見える銅像の仮装。
ピエロ服を着た像、ボンテージスーツ姿の像、股間にペニスケース付きの褌を付けた像・・・。
点々と続く悪戯の成果が全部で12基。やがてそれが途切れる。
「あのあたりで次の獲物を・・・って訳ね」
そのあたりの小さな広場でマーリンが恋占いをやっている所にサリー姫が空から降りる。
5歳ほどの女の子を占っているマーリンに声をかけるサリー姫。
「あら、サリー姫」
そう応えたマーリンに、サリー姫は「うちのカブ、来なかったかしら?」
マーリンと女の子は顔を見合わせる。
そしてマーリンは「右に行ったわよ」
「そう。ありがとう。左ね」とサリー姫。
サリー姫が箒に乗って左方向に飛び去ると、女の子は占いの机の下に声をかけた。
「行きましたわよ」
「助かったよロゼッタ嬢」
そう言って机の下から出て来たフェリペ。そしてカブとファフ。
女の子はフェリペに「さっきのお姉さんは?」
するとカブが「バンパイアハンターさ」と答える。
「箒に乗ってるという事は魔女なのですわよね?」と女の子。
カブ公子は語った。
「三代続く魔女の家系なんだけど、母親が教皇庁の魔女狩りに捕まって、魔女裁判で火あぶりを宣告されたんだ。その執行命令書を握った警察局の役人に脅されて、彼女は母親を助けるために僕らバンパイアを狩っているんだ。武器は重金属を仕込んだヨーヨーで・・・」
「そういう作り話は大概にしてくれるかしら。私、バンパイアハンターでもスケバン刑事でも無いんだけど」
そう言ったのは、いつの間にかカブたちの背後に怖い顔で立っていたサリー姫。
カブはサリー姫に引っ張っていかれた。
引っ張られていくカブを見て、女の子はフェリペに訊ねた。
「あの方ってバンパイアなんですのよね?」
「ルーマニアのブラド伯領のカブ公子。僕の師匠さ」とフェリペ。
「素敵な方ですわね。ところでフェリペ様、3日後の夜会、ぜひダンスに誘って下さらないかしら」
そう女の子に言われて、フェリペは「考えておくよ」




