第177話 仇敵は大海賊
ドレイクの部下、ガイル海賊団によって奪われたトルフィンの故郷ヘルダ村を奪還したエンリ王子たち。
殺された家族と村人の仇として、ドレイク提督への報復を誓うトルフィン。
そしてついに、彼等の前に現れたドレイク艦隊。
「どうしますか王子。あんな大艦隊を・・・」
不安そうにそう言う若狭に、エンリは一言「大丈夫だ」
突然、敵艦隊の真ん中の海面から巨大な火柱が上がった。そして溶岩を纏った巨人が立ち上がる。
周囲の海水が湧きたって膨大な蒸気が立ち上る。
そして巨人は地響きのような声を上げた。
「僕は火山の女王グリーラの息子、正義の味方ケニタスニーキルだ。僕らの島を荒らす大人は許さないからな。修正してやる!」
巨人は手を伸ばして海賊船を次々に薙ぎ払う。
溶岩に覆われた全身から撃ち出される火山弾が艦隊を襲い、瞬く間に百隻の艦隊はドレイク号を残して全滅した。
通話の魔道具からドレイク提督の慌て声で「何だよあれは」
エンリは魔道具の向うのドレイクに言った。
「海底火山の精霊ですよ。この島の火山の精霊はグリーラという女王の下に統率されている。その下に居るユールラッズという13人の精霊たちの一人です。あんなのがこの島のあちこちに居て、島の人たちを外敵から守ります。だから、もうイギリス海賊もオランダ海賊も、この島には手出しできない。諦めて撤退して下さい」
ドレイクは「そうはいくか。俺たちは一隻でも世界最強だ」
エンリは号令を下した。
「ニケさん、出撃だ。全力でドレイク号を沈めるぞ。アーサー、魔法攻撃だ。タルタは鋼鉄砲弾をお見舞いしてやれ」
「了解」
出航していくタルタ号。
建物から槍を持って飛び出したトルフィンは、出港する船を追いかけて岸壁を走り、離れつつある船に飛び乗る。
「ドレイク、家族と村の人たちの敵」
そう叫ぶと、トルフィンはグングニルの槍を投げる構えをとる。
槍は彼が右手で握ったまま宙に浮いた。そして槍を握ったトルフィンとともにドレイク号へ向けて飛翔。
そんな様子を見て、エンリは慌て顔で「あいつ、先走りやがって」
タルタは鋼鉄の砲弾でドレイク号に飛び、ドレイクの部下たちの中に飛び込む。
エンリは甲板に風の巨人剣を立てて棒高跳びの要領でドレイク号へ。
アーサー、カルロ、妖刀を持つ若狭、ジロキチ、タマとリラはファフのドラゴンに乗る。
各自、港に向けて突進して来るドレイク号に乗り込んでの総力戦が始った。
槍とともにドレイクに向けて突撃するトルフィン。ドレイクは左手で槍の穂先を掴む。
槍を止められたトルフィンは両手で短剣を持って着地し、ドレイクの右手が振るう大斧を右手の剣で受け流し、左手の短剣でドレイクの腹を突いた。
だがその刃先は腹筋の硬い壁に阻まれ、ドレイクはトルフィンの顎を蹴り上げる。
船側の手すりに叩きつけられたトルフィンは、ペッと血の混じった唾を吐き、両手の短剣を握って立ち上がる。
エンリは炎の魔剣と一体化し、海賊たちを次々に切り伏せる。
やがて彼は周囲を囲まれると、これに対応するため風の魔剣に切り替え、それと一体化して得た素早さスキルで周囲の敵と切り結ぶ。
だが、攻撃力が足りずに敵はなかなか致命傷に至らない。
「お前等、強くなってないか?」
戦いの中でそう言うエンリに、彼の目の前の海賊は「ゴイセンの奴らと戦う中で生半可な奴は脱落したからな」
ジロキチは両足の刀を収めて二刀流で戦う。
「このレベルの奴とはこっちの方が戦える」
そう呟くジロキチに、若狭の手の中にあるムラマサが「足りない分は拙者たちがカバーするでござる」
妖刀を持つ若狭と背中を預け合うジロキチ。
タルタは部分鉄化で身を守り斧を振るう。カルロは二本の闇属性のナイフを振るう。
アーサーはスケルトンのファランクスを召喚し、その背後からタマとリラが魔法攻撃。
ドレイクの大斧の乱打を左手の短剣で必死に受け流すトルフィン。
彼はドレイクの周囲を右へ左へと駆け、隙を突いては右手の短剣で切りつける。
(急所はどこだ)と脳内で呟くトルフィン。
敵の背後に回ってうなじに狙いをつけた瞬間、ドレイクの姿は消えた。
(背後に回られた)
そう感じて彼が振り向いた途端、大斧の柄の突きを喰らって船首まで吹っ飛ばされる。
脇腹を抑えて立ち上がるトルフィンに、ドレイクは「俺を倒したいか」
「お前は俺が倒す」とトルフィン。
ドレイクは不敵な笑みを浮かべて「そんな事を言う奴はいくらでも居る。早く強くなれ。時間は無いぞ」
その時、衝撃とともにドレイク号に接触したタルタ号。その船首で松明を掲げたニケが大声で言った。
「そこまでよ。こいつ等の命が惜しくば武器を捨てなさい」
タルタ号の甲板には、両手を縛られて立つ多数の海賊たちの姿があった。
トルフィン、唖然顔で「そいつら、ガイル海賊団、生かしてたのかよ」
ドレイクも唖然顔でエンリたちに「お前等、いいのかよ。人質作戦って悪役のやる事だぞ」
「ニケさんらしいけどね」と、エンリは言って頭を掻く。
とてつもなく残念な空気の中、ドレイクは目一杯のあきれ声で言った。
「で、俺たち命知らずが、失敗して足引っ張る無能な部下のために武器を捨てるとでも?」
そんなドレイクに、ニケは、太々しい笑みを浮かべて「あなた、たくさんの海賊団を率いてるわよね? 彼等は仲間として守って欲しくて傘下に入った。そんな彼等の目の前で部下を見殺しにしたら、どうなるかしら?」
いつの間にか、船を沈められた海賊たちが乗った救命ボートが背後の海上でひしめいていた。
そして彼等はドレイクに「提督、俺たちって捨て駒じゃないですよね?」
ドレイク提督は溜息をついて言った。
「解ったよ。要求は何だ? おとなしく撤退しろってか?」
ニケは「捕虜を返還するんだから、身代金は常識よね」
エンリの仲間たち、前のめりでコケる。
タルタは「こんな時にそれかよ」
ジロキチは「この女は・・・」
ドレイクは部下に目配せすると「これだけあれば足りるだろ」と言って、金貨の詰まった大きな袋を投げた。
タルタ号から両手を縛られた状態の捕虜たちがドレイク号に移乗開始。
その先頭を歩くガイルの前に、トルフィンが立ち塞がる。
「俺の家族を殺したのはお前だな。親父の仇だ」
そう叫んで切り付けるトルフィンの短剣をかわすガイル。一撃、二撃・・・。そして彼は次の一撃を、両手首を縛られた左掌で受け止めた。
短剣の刺さった掌から血を流しながら彼は言った。
「勝負なら後でいくらでも受けてやる」
そして彼はトルフィンの腹を蹴り上げ、トルフィンは吹っ飛ばされてタルタ号の甲板へ。
部下たちを率いてドレイクの前に立つガイル。
「けじめはきっちり、つけさせるからな」
そうドレイクに言われ、ガイルは「もちろんですよ」
いつの間にかガイルの両手を縛っていた筈の縄はほどけ、その右手の短剣がドレイクの腹に突き刺さった。
不意を突かれたドレイクは、驚きと怒りの目で目の前の男を睨んで「お前は誰だ。ガイルじゃ無いな?」
男は「家族の仇だ」と一言。
ドレイクは左手で腹の傷を抑え、右手で男のみぞおちを殴り、彼はトルフィンの居るタルタ号の甲板へと吹っ飛ばされた。
ガイル配下の海賊たちの両手の縄も、いつの間にかほどけ、彼等は一斉にドレイク直属の部下たちに襲いかかった。
そんな光景を唖然とした表情で見ながら「どうなってる?」と呟くトルフィン。
トルフィンの目には彼等が海賊ではなく、子供の時に暮らした村の人たちに見えた。
近くに飛ばされて血を吐いて倒れている、ガイル海賊団の長だった男の襟首を掴むトルフィン。
「あんたは誰だ?」
「トルフィン、大きくなったな」
そう呟く、憎い海賊の顔と、幼い日に見た父親の面影が重なり、トルフィンは悟った。
「親父か?」
男は言った。
「あのアーサーという魔導士に村人たちと一緒にゴーストとして召喚されて、こいつ等に憑依して、機会を貰ったのさ」
そして男は、乱闘が続くドレイク号の甲板を見て、呟く。
「ありがとう、エンリ王子。これで俺たちは心置きなくヴゥアルハラに旅立てる」
「それは復讐したからって事かよ」とトルフィン。
「そんなくだらない事はもういい。お前を守れた」と男は呟く。
「・・・」
「お前、こいつを殺して俺の仇をとるんだよな? 今なら殺せるぞ」と男は呟く。
「出来るかよ」
「やらないなら勝手に死ぬぞ」
そう呟く男にトルフィンは「好きにしろ」
トルフィンの父が憑依した彼は言った。
「そうだな。どうせなら、死んだ奴の復讐じゃなくて、生きてる奴を守る事にその命を使え」
「けど、村の人たちは」
そう言って唇を噛締める息子に、トルフィンの父の霊は「お前は生きてる。お前が住む村の人たちも生きてる。守りたい人が一人でも生き残れば、俺たちの勝ちだ」
「そんなルールが・・・」
「お前のルールを決めるのはお前自身だ」と、父は息子に言った。
乱闘が続くドレイク号には、やがて火が放たれた。そしてタルタ号の甲板でゴーストに憑依されたガイルの肉体は力尽きた。
「親父」
そう言って自分を見上げるトルフィンに、ガイルの遺体の上に立つ彼の父のゴーストは「じゃあな。みんな待ってる」
海の上には村人たちのゴースト。彼等はトルフィンの父親のゴーストとともに姿を消した。
「ドレイク号、燃えちゃったね」とリラ。
「ドレイク提督、どうなったかな?」とアーサー。
「あの人がそう簡単に死ぬもんか」とタルタ。
気が付くとクラーケンが海面に居て、その頭の上や触手に何人もの海賊の姿。
海上の無数の救命ボートとともにクラーケンは沖合に去った。
「ところでファフはどうした?」
そうエンリが言うと、ドラゴンから人間の姿になったファフが戻って来て「主様、頭が痛い」
「クラーケンの毒にやられたな?」
そう言ってファフの頭に手を当てるエンリに、ファフは「炎を吐いたらね、イカさん、墨を吐くの。その煙を吸っちゃって」
ニケはファフを診察して言った。
「酒酔いみたいなものね。一晩寝れば治ると思うわよ」




