第176話 トロルの楽園
アイスランドでトルフィンの故郷を奪ったガイル海賊団を倒したエンリ王子たち。
彼等を傘下に従えていたドレイク海賊団の報復からこの島を守る事を、島の火山を統べる精霊グリーラに依頼すべく、彼等はカトラ火山を訪れた。
精霊の女王との情熱的な一夜を期待したカルロだったが、彼女の実体はメスのトロルだった。
グリーラの右手に掴まれ、火山の溶岩に引きずり込まれたタルタが目を開けると、そこは家の中。
何故かクリスマスツリー。その鉢の脇に黒猫が居る。
そして小柄な中年男性が居た。
「うちの旦那だよ」
グリーラはカルロにそう紹介すると、男性にカルロを指して言った。
「今日から一週間、うちでこき使う事になった。面倒見てやっとくれ」
男性とカルロ、互いに自己紹介。
「夫のレッパルージです」
「カルロです」
グリーラは「とにかく飯にしとくれ」
台所に立つカルロとレッパルージ。
「料理はあなたが?」
そうカルロが言うと、レッパルージは「うちのかみさん、家事は全然なんで」
カルロは「俺、料理は得意なんです」
レッパルージにあれこれ料理のコツを教えるカルロ。
「肉は繊維に沿って切るんです」
「加熱は固くならないよう、ゆっくりと」
「スープは具の風味が飛ばないように、とろ火で煮込んで」
そのうち、玄関でわいわいと子供が騒ぐ声が聞こえた。
入って来たのは、赤い毛皮のコートを着た13人の男の子。
「どうだったい?」とグリーラが声をかけると、男の子たちは口々に言った。
「面白かったよ。窓の外から覗いてたら、赤ん坊がおいらを見つけてピーピー泣いてやんの」
「鍋のスープをつまみ食いしてやった」
「おいらが隠してやったフライパンを探して大騒ぎ」
子供たちは、完成したご馳走を囲んで「メリークリスマス」
シャンパンを開け、ジングルベルを歌い、御馳走に舌鼓を打って騒ぐ大家族。
「今日のは美味しいねぇ。あんたが作ったのかい?」
そうグリーラに言われて、カルロは「料理は得意なんで」
夜中にみんなが寝静まった所を、宛がわれた寝床から這い起きるカルロ。
そして「こんな所に居たら、いつ喰われるか解ったもんじゃない。きっと玄関は外の世界に通じているんだ」
ドアを開けたら外は・・・月明りに照らされたお花畑だった。
牛や羊や鶏が居る。畑がある。向うに白樺の森がある。
「何じゃこりゃー」
翌日、カルロはレッパルージに連れ出され、子供たちと一緒に畑仕事。
夕方になると13人の子供は、赤いコートを着て、揃ってお出かけ。
夕食を作っていると子供たちは帰宅して、悪戯の成果の報告会。そしてご馳走を囲んでジングルベルを歌ってわいわい騒ぐ。
そんな日が翌日も、その翌日も・・・。
カルロは脳内で呟いた。
(毎日がクリスマスかよ。お気楽な奴等だなぁ)
次の夜、夕食を作りながら、カルロはレッパルージに言った。
「何だかクリスマスみたいですね?」
「クリスマスですよ」とレッパルージ。
「はぁ?」
レッパルージは言った。
「クリスマスは地上では太陽が一番弱って、死んで復活する日ですけど、地下ではその逆ですから」
「復活って・・・救世主の誕生日じゃなかったっけ?」とカルロ。
「人間の世界ではそう言ってますけどね」とレッパルージ。
カルロは、ずっと気になっていた事を彼に尋ねる。
「そういえば、あなたは人間ですよね?」
「そうですよ。彼女は昔は怖い人食い鬼で、村の男性が何人も食われたんです。私も夜道を襲われて、あちこち逃げ回って火口まで来ちゃいましてね、噴火口に落ちそうになった所を彼女が"私のご飯がー"とか言って助けようとして、そのまま一緒に落ちたんです。そして気付いたらここに居て」とレッパルージ。
「このお花畑に?」
レッパルージは「家は無かったけど牛とか羊とか居て、彼女は牛を一頭殺して生肉を食べるんです。それでね、それじゃ美味しく無いだろ・・・って言って、そこら辺に生えてるハーブで香草焼きにしてやったら、気に入られちゃいましてね。それで家を建てて畑を作って・・・」
カルロは「あの、クリスマスだったら、明日はケーキを作りません?」
翌日、畑仕事が終わると、カルロはレッパルージとケーキ作りに。
子供たちにも手伝わせて、小麦を粉に引いて卵の黄身と一緒にこねてオーブンで焼き、牛の乳を搾ってクリームを作り、苺を乗せて・・・。
ケーキにローソクを立てて、はしゃぐ子供たち。上機嫌のグリーラ。
後片付けが終わると、彼女はカルロに言った。
「今日はあたしの寝室に来な」
「へ?・・・」
カルロは真っ青になって、レッパルージに「あんたの奥さんだろ。どーにかしてくれ」
「俺は見ての通り尻に敷かれてる身なんでね。まー頑張れ」
そんな風に、あくまで能天気なレッパルージを見て、カルロは「勘弁してくれ」
カルロはげっそりした表情で噴火口から出て来た。
あちこちにキスマークをつけている。
そして「どーにか生きて帰れたが、あんなのは二度と御免だ」
エンリはあきれ顔で言った。
「けど、随分と早かったな。一週間とか言ってたのに」
カルロは「早かった・・・って、あれからどのくらい経った?」
「五分くらいだが」
「な・・・」
唖然顔のカルロを見て、アーサーは「多分、異界ではこの世界と時間の流れ方が違うのだと思います」
ヘルダ村に戻る。
留守番役だった海賊たちは、付近の村から拉致された人質が居た地下の監禁場所に収容されている。
地下室から出て来たトルフィンを見て、タルタは言った。
「仇討ちは済んだのか?」
トルフィンは言った。
「あんなの親父の仇じゃない。親父があんな奴等に殺される筈が無い」
「まあ、奴らは下っ端だからな」とタルタ。
「ガイルって奴は強かったか?」
そう問われて、タルタは「さあな。けどドレイク提督はずっと強い。俺はもっと強くなって彼を倒す」
トルフィンは「そうはさせない。奴は俺が殺す。命令に従っただけの下っ端を殺しても意味は無い。そのドレイクって奴が親父の仇だ」
そして、その日の真夜中。
ドレイク艦隊がついにヘルダ村沖に現れた。
寝床で知らせを聞いて跳ね起きたエンリは「来たか。みんなを起こせ」と号令を下す。
隣で寝ていたリラが「トルフィンはどうしますか?」
「眠らせておけ。先走って足を引っ張られたら敵わん」とエンリ。
沖合のドレイク号から望遠鏡で港を見る、ドレイク提督。
そして港に居る一隻の船を見つけて「あれはタルタの奴の船じゃないか」
通話の魔道具が鳴り、カルロが対応に出ると、ドレイクの声で「エンリ王子は居るよな?」
「はい、こちらポルタ国王太子エンリ」と、エンリはわざと落ち着き払った声で答える。
「ここにガイルの奴の拠点があった筈だが?」
ドスの聞いた大海賊の声に対して、エンリは静かな怒りを浮かべた声で「そんなものはありません」
「間違いだと言うのかよ」とドレイク。
エンリは言った。
「ここにあったのは平和な村です。ガイルとかいう奴らは、そこに居た、何の咎も無い人達の生活を踏み躙った」
ドレイクは「けど、海賊というのはそういうものだよな? それで、お前達がそこに居るという事は、ガイルの奴はしてやられた訳だ」
「部下の報復でもしますか?」とエンリ。
ドレイクは言った。
「他にも多くの配下が居るのでな。何もしないでは、しめしがつかない」
七年前のその日、ヘルダ村に海賊がやって来た。
刃物を持って立ち向かう幼いトルフィンは、海賊の棍棒で殴られて気を失った。
村人たちの虐殺が始る中、槍を振るって立ち向かう男が居た。
海賊を次々に倒して広場に向かう彼が広場で見たものは、集められた女と子供に銃や刀を突き付ける海賊隊。
そして縛られた幼い彼の息子が地面に転がされている。
ボスらしき海賊が言った
「こいつはお前の息子だろ。こいつ等が殺されたく無かったら、武器を捨てて手を上げろ」
男は槍を捨てる。そして海賊たちの銃撃を受けて倒れた。
「父さん」と、縛られて転がされている幼いトルフィンが叫ぶ。
男は気力を振り絞って、言った。
「グングニルよ。俺の子を守ってくれ」
地面に落ちていた槍は宙に浮いて、男の子を縛る縄を穂先に引っ掛けて港へと飛び、男の子を小舟に。そして小舟の後ろに突き刺さると、その推力で小舟を港の外へと押し出した
虐殺の銃声が響く村を見つめて男の子は呟く。
「俺はきっと強くなって戻って来る。そしてみんなの仇をとるんだ」
トルフィンは目を覚ました。
窓の外を見ると、外に広がる海の沖合から一斉に迫る百隻の大艦隊が見えた。
「とうとう来たんだ。あんなに来たら、エンリ王子たちだって勝てない。俺も戦わなきゃ。そしてみんなの仇をとるんだ」




