第172話 漁業の資源
最後の秘宝の欠片を求めて、西方大陸北部東岸北辺のビンランド村を訪れたエンリ王子は、彼等とサーモンの漁業資源を巡って対立しているフランス人植民市ケベックを訪れて、サーモンの絶滅を回避するための人工孵化を提案した。
だが、それがフランス人たちによって既に試みられていたと知り、自分の独創では無かったのかと、がっかりするエンリ王子。
エンリは気を取り直すと、フランス人たちと協力してその実現を目指そうと、彼等の具体的な研究内容を問う。
「それで、サーモンの人工孵化って、どんなふうに試みたんですか?」
「水槽の中で、鮭に卵を産ませます」とケベック側の研究員。
「それから?」
そう問うエンリに研究員は「発芽を待つ」
「発芽じゃなくて孵化だけどね」とアーサー。
「で、ひたすら待つの?」とニケ。
研究員は「そんなに急には発芽しませんよ。それに、待っていれば切株だって兎が勝手に特攻して頭ぶつけて労せずして肉を得られるんです」
「それを期待して何も得られず貧乏になったって話じゃないのか?」とジロキチ。
「我々もただ待ってた訳じゃ無いですよ。サーモンの卵の入った水槽の周りで発芽の儀式を」と研究員。
エンリはあきれ顔で「夜中にみんなで水槽の周りで踊って叫んだって卵から稚魚がポンポン飛び出したりしないから」
その時、人魚姫が「それでは駄目です」
研究員は「駄目って・・・どうすればいいかご存じなんですか?」とドアップでリラに迫る。
「それは・・・」
異様にもじもじするリラ。そして彼女はエンリに耳打ち。
「つまりオスが居ないと駄目だと?」
そうエンリが言うと、研究員は「なるほど、つまり魚のエッチ」
「雄蕊と雌蕊かぁ」とカルロ。
「明るい性教育」とタルタ。
異様に場が盛り上がる中、エンリはあきれ声でフランス人たちに言った。
「ってかお前等幼稚園児かよ。魚は木の俣から生まれるとでも思ってた? コウノトリが運んで来る訳じゃ無いんだからな」
「早速オスを捕まえて来よう」とフランス人たちは気勢を上げる。
川に行き、遡上して来るサーモン十数匹を捕まえる。・・・が・・・。
「どうやって見分けるの?」
「決まってるじゃん。チンコのあるのがオスだよ」
全員で捕まえたサーモンを調べる。・・・が・・・。
「そんなサーモン、居ないね」
人魚姫、そっとエンリに耳打ち。
「魚はメスが産んだ卵の上にオスが精子をかけるんです」
「そうなの?」
唖然顔で聞き返すエンリに、アーサーが「そりゃそーだよ。繁殖の仕方は生き物によって違うんだ」
「で、誰が幼稚園児でしたっけ?」と、ここぞとばかりにエンリにやり返すフランス人研究員。
仲間たちも「確かにサーモンの稚魚を運ぶコウノトリは居ませんけどね」
余計な恥をかいたと赤くなるエンリ王子。周囲に残念な空気が漂う。
卵の入った水槽にオスを入れる。
魚の生殖行動を今か今かと見守る彼等だが・・・。
「精子、出さないね」と、がっかり顔の研究員。
アーサーが「こんなに見られてたら、そりゃサーモンだって嫌だろ」
カルロが「ってかムードってもんが必要なんじゃないの?」
ジロキチが「メスが居ないと欲情しないとか」
タルタが「お宝本が必要かな?」
サーモンのメスの絵を書いて水槽のガラスに貼る・・・が。。。。
「いや、ただ書けばいいって訳じゃ・・・」とアーサーが残念そうに言う。
「セックスアピールって奴が必要なんじゃないか?」とカルロ。
「サーモンのセックスアピールってどうするんだ?」とタルタ。
全員がエンリに視線を向ける。
エンリはタジタジ顔で「何で俺を見るんだよ」
「王子はどんな魚に欲情するの?」とアーサー。
カルロが「いや、この人は変態だから」
「変態言うな」とエンリは口を尖らす。
するとタルタが「つまりは人魚姫みたいな?・・・」
リラが潤んだ眼でエンリを見つめて「王子様」
「姫」とエンリは言ってリラの肩を抱く。
「王子様」
「姫」
アーサーは残念声で「だからそういうのは後にして」
若狭が言った。
「ってか、こういう時こそ魔法の出番なのでは?」
「サーモンを欲情させる呪文は無いですよ」とアーサー。
エンリが「リリスの時に創作したチャームの呪文があるよね? これは生き物を発情させるんだから、あれを元に創作出来ないかな?」
人魚姫が精神系の魔法でサーモンの神経系統へのルートを開く。そして生殖本能のエッセンスを探る。
それで得た情報を元に、アーサーが術式のレシピを完成させた。
人魚姫は更に、サーモンとの交信から得た情報を、ケベックの人たちに伝えた。
「孵化には澄んだ水が必要です」
「産卵する場所には細かい砂利を敷いて下さい」
湧き水を注いだ水槽に細かい砂利を敷いて、オスとメスを入れる。
そして孵化した稚魚を川に放流。
サーモンの人工孵化の仕組みが確立した。
ケベックから代表団が訪れ、ビンランド村とサーモン資源の利用で協力関係が結ばれる。
そして・・・。
ロンドンの王宮でドレイクがヘンリー王に謁見していた。
王の隣には、既に15才になったエリザベス王女が居る。
ドレイクの報告を聞いて、「西方大陸北部東岸の北にあるフランスの植民都市かぁ」とヘンリー王。
エリザベス王女が「あんな寒い所で?」
「毛皮は寒い土地のものが高級ですよ」と、経済局長官のダドリー卿。
「実際、かなりの収益を上げているとか」とドレイク提督。
「毛皮で?」
そう問い返す王にダドリー卿は言った。
「それと水産物です。例えばサーモンのオクラとか」
ヘンリー王は言う。
「世界航路をポルタとスパニアが支配している今、せめてユーロに面した海は我々イギリスが支配すべきだ」
「つまりケベックの交易船を襲えと。ですが相手は同盟国ですよね?」
そう言うドレイクにヘンリー王は「それだよなぁ・・・」
ヘンリー王は非公式でパリを訪れ、ルイ王と会見。
ヘンリー王はルイ王に得々と語る。
「どちらもユーロを主導する大国です。主導権を巡って他国に漁夫の利を浚われるのは愚の骨頂です。なのでイギリスは、ユーロの中ではフランスの主導権を支持する。代わりにユーロの外ではイギリスの主導権を支持して欲しい」
ルイ王は「具体的に何をして頂けると?」
「例えば、ドイツの皇帝としての立場はユーロ全体の皇帝でもあります。ですが、あの国は諸侯領に分裂し、プロイセンに主導権が移ろうとしている。フリードリヒのような奴が我等の皇帝としての地位に立つのかと思うと、ぞっとする。フランス王こそ皇帝の座に相応しい」とヘンリー王。
ルイ王は怪訝顔で「あなたも我が臣下になると?」
「イギリス王は元々フランス王の臣下ですよ」と言ってヘンリー王はニヤリと笑う。
ルイ王、思わずその気になって「解りました」
ヘンリー王帰国。
「どうでしたかしら」
そう首尾を問うエリザベス王女に、ヘンリー王は笑いが止まらないといった体で、言った。
「エリザベスの言った通りだったよ」
エリザベス王女は語る。
「人は名目上の肩書を有難がるわ。そして、実の無い肩書のため簡単に実利を手放すの。それに付け込み、骨の髄まで絞り取って、搾りかすになるまで利用したら捨ててしまえばいいのですわ。絞った実利をわが物として力を得た側に、誰もがついて来る。名を捨てて実を取れ。これは女子会戦略の鉄則よ」




