第171話 聖槍の少年
最後の秘宝の欠片を求めて、西方大陸北部東岸の北辺、ビンランド村を訪れたエンリ王子たち。
そこは数百年前に移住したノルマン人の村で、フランスから来たケベック植民市と対立していた。
そこでエンリは、グングニルの聖槍の本物を探しに来たノルマン王国のカール王子と出会う。
エンリたちはとりあえず村長の家に行く。
そして彼等から話を聞いていると、一人の少女が部屋に来た。先ほど海岸で海を見ていた女の子だ。
「トルフィンが戻って来ました」
彼女を見てエンリたちは「あなたはさっきの・・・」
「海岸に居た方たちですね? 私はソルといいます」と女の子は答える。
「それでトルフィン君は?」
そうカール王子が言うと、ソルは「しばらく休ませてあげて下さい。戦いの後ですから」
「戦いって?・・・」と怪訝顔のエンリ。
村人の一人が「乱獲者たちを追い払ったのですよ」
「いったい対立の原因って・・・ってか、乱獲って何を?」
そう問うエンリに女の子が「サーモンですよ」
そして村長が説明した。
「秋に大量に川を遡る。私たちにとっても他の現地人にとっても、大切な食料です。それを彼等は無駄に殺しまくって、あれではここのサーモンは全滅してしまう」
案内されて川へ行くエンリ王子たち。
腐臭が漂う中、無数のサーモンの死骸が散乱し、烏が突いている。
「これは酷い」
そうエンリたちが一様に言うと、カールも拳を握りしめた気負い声で「解りました。フランス人はこのカールがノルマン王太子の名誉にかけて、このグングニルの聖槍を以て一網打尽に」
エンリは残念そうに「けどそれ偽物・・・」
落ち込むカール王子。
そしてエンリは溜息をついて言った。
「ってか彼等は何故こんな事を? ケベックの奴等だって、殺すために漁をしている訳じゃ無いだろうに」
すると、サーモンの死骸を観察していたニケが「オクラね」
カルロが"なるほど"といった表情で「魚の卵の塩漬けかぁ。チョウザメのオクラはキャビアとか言って高級品ですけど、サーモンのそれも珍味だものな」
「けど、身だって美味しいのに」とファフ。
「もったいないお化けが出るぞ」とタルタ。
白い布を被ったタルタとファフが「お化けだぞー」
エンリはそんな二人をあきれ顔で見て「子供かよ」
村長の家に戻ると、十代半ばの少年が居た。
壁に大事そうにかけてある豪華な槍。カールのグングニルの槍とそっくり。アーサーはその槍を見て、異様な魔力を感じた。
「君がトルフィン君か? 私はノルマン王国王太子の・・・」
そう言いかけたカール王子に、トルフィンは一言「帰ってくれ」
村長が「トルフィン、失礼だぞ」
だがトルフィンは、なおカールに「本国の王様が今更何の用だ? ここの奴等の先祖は、あんたらみたいな貴族の支配が嫌で、逃げて来たんだ。それをこんな所まで追いかけて来て、税金でも差し出せってか? それとも昔みたいに海賊兵に仕立てて人殺しをやらせる気かよ」
「本国が私たちを守ってくれたら、あなたが戦わなくて済むのよ。サーモンたちだって」とソルはトルフィンに・・・。
「そのために、このグングニルの槍を差し出せってか? あんた、こいつを使えるのかよ」
そうトルフィンに問われて、カールは「これがあれば百万のノルマンの民が奮い立ち、屈強な戦士に・・・」
「あの、カール王子。もう、そういう精神主義の時代じゃないと思うんですけど」
そう残念そうに口を挟むエンリに、トルフィンは「あんたら誰だよ?」
カールは「こちらはポルタ王太子のエンリ殿下だ」
「何でこんな所に王太子が二人も居るんだよ。そんなの、このボンクラ一人で十分だ」とトルフィン。
エンリとカールは互いに顔を見合わせ、それぞれの脳内で呟いた。
(ボンクラ王太子って俺の事か?)
「とにかくケベックの奴等を追い出すなんて、俺一人で十分だ」
そう言い捨ててトルフィンは建物の奥へ。
「待ちなさい、トルフィン」
そう彼を引き留めようとするソルに、エンリは問うた。
「あなたはここの生まれですよね?」
「そうですけど」とソル。
「けど彼は違う?」とエンリ。
「どうしてそう思うんですか?」
そうセルに問い返されて、エンリは言った。
「さっき彼が"ここの奴等の先祖は"って言った。自分の先祖ではなく・・・」
ソルは語った。
「彼はアイスランドから逃れて来たそうです。彼の父親は村を守る戦士で、その支配を狙う外敵に殺されて、彼はここに逃がされて、私の両親が引き取ったと聞きます」
エンリは「その外敵って?」
「北の海に拠点を確保しようとしたイギリス海賊です」
ソルがそう答えると、エンリは「そういう事か。とりあえずトルフィンと話がしたい」
「槍については説得しても無駄だと思いますよ」とソル。
「槍ではなく、ケベックの件だ」とエンリ。
エンリは村の主な大人たちを集め、トルフィンも参加させて、話し合いを求めた。カール王子も同席した。
「要は、彼等と共存してはどうかという話なんだが」
そうエンリが切り出すと、村人の一人が「乱獲を見逃せと?」
エンリは言った。
「そうではない。彼等は卵が欲しい。あなた達は身が欲しい。互いが欲しいものを手に入れるのは可能な筈だ」
村長は「それは無理だな。奴等は自分達が食べるためではなく、売るための卵を獲る。際限無く乱獲してサーモンを絶滅させるぞ」
「あの一粒一粒が成長して魚になるんだ。漁獲を制限させるために彼等と話し合う事は意味があると思うよ」とエンリ。
「話が通じる相手じゃない」とトルフィン。
エンリは「本来、話の通じない相手なんて居ない。どこぞの半島国や大陸国みたいに憎悪や支配欲に憑りつかれた国でも無い限りは」
「それに、ポルタはフランスの同盟国です。仲介役は任せて下さい」とアーサーが言った。
トルフィンとソルを伴ってケベックの砦に向かうエンリたち。
砦の正面門で、二人の門番が彼等を呼び止める。
「何者だ?」
「ポルタ王太子エンリ。ここの市長に話がある」
そうエンリが名乗ると、門番は「ここはフランス王の命により建設された経済戦略拠点。外国の方はお帰り願おう」
「そのフランス王の友人で同盟国の王太子でも・・・ですか?」
アーサーがそう言うと、門番の一人がもう一人に「ポルタ王太子って王様の友達だっけ?」
「知らないのか? 彼はルイ王のホモの相手だ」と、もう一人の門番。
エンリは慌てて「違うから」
門番の一人がトルフィンに気付く。
「って、そっちはビンランドのテロリスト。逮捕して引き渡しに来てくれたのですね?」
トルフィンはエンリに向けて槍を構えて「まさか、俺たちを騙して売ったのか?」
エンリは慌てて「それも違うから。和解の仲裁に来たんだ」
とりあえず中に入れて貰い、市長の執務室に案内される。
そして市長は言った。
「和解と仰いましたが、我々は一方的に攻撃されている被害者ですよ」
「つまり争うつもりは無いと? ですが何故、現地の人から反発を受けているか解りますか?」
そうエンリが言うと、市長はドヤ顔で「イケメンが大勢来て現地の女性の人気を浚うのが許せないという事ですよね?」
ドン引きするトルフィンとソル。
エンリは目一杯のあきれ顔で「そういう下半身エスノセントリズムは捨てた方がいいと思いますよ」
トルフィンは苛立ち声で「お前達が乱獲しているサーモンの事だ。卵だけ抜いて身を捨ててしまうようなやり方で、川を遡ってきた魚を根こそぎ獲り尽くすような・・・」
市長は演説した。
「売れるものに集中した事業は経済的合理主義の基本です。植民市経営は、いかに多くの利益をもたらして繁栄を得るかにかかっている。我々はポルタやスパニアのように新大陸の利権を独占していない。イギリスやオランダのように海運国の利点も無い。有利な土地はあっという間に占領され、割り込もうとしても追い出されてしまう。だからこんな北の寒くて辺鄙な所しか得られない」
「いや、そんな被害者意識を突き付けられてもなぁ」と困り顔のエンリ。
ソルは抗議声で「その寒くて辺鄙な所にだって、昔から住んでいた人たちが居るんです」
そしてエンリは語った。
「要はサーモンの絶滅を回避する事でしょう。資源に手を付けるなという事ではない。資源が効率よく再生産できる仕組みを創ればいいんです。例えば卵を人工的に孵化させるとか」
それを聞いてトルフィンは「そんな事が・・・」
アーサーが「確かにそれなら」
カルロが「漁業の革命だ」
ソルが「そんな事を考えるなんて」
タルタが「王子スゲー」
リラが「素晴らしいですエンリ様」
「いや、それほどでもあるけどね」と照れまくるエンリ王子。
そして市長が「実はそれ、我々も試みたが失敗しまして」
「そうなの?」とエンリ王子唖然。
(俺だけじゃなかったんだ)とエンリは呟き、周囲は残念な空気に包まれる。
落ち込むエンリ王子の肩に、リラは手を置いて「王子様ドンマイ」
エンリは「そういう慰め方は止めてくれ」




