第170話 北辺の太陽
大陸ユーロの西端に位置する小国ポルタ。
その王太子エンリと人魚の娘リラが出会ってから、五年の月日が流れた。
エンリはリラとともに仲間を集めて小さな海賊団を結成し、全ての海を支配するという「ひとつながりの大秘宝」即ち大海賊バスコの世界航路図を探し出し、世界へと航路を広げた。
その間、政略結婚で妃となったスパニア皇女イザベラは、エンリの活躍によりスパニア女帝として即位。
ポルタ商人たちは世界各地に植民都市を築いて世界交易を主導し、ポルタ王国は空前の繁栄を遂げた。
だが、ユーロ各国は王を中心に国家の統合を進めて強国を目指し、海外に進出して交易の覇者の地位をも狙う。
そんな中でエンリ王子とその仲間たちは、世界各地で起る様々な問題を解決しながら、バスコが世界各地に残した、その地域の海を記した「秘宝の欠片」を集める。
その最後に残されたものが、ここ西方大陸北に眠っているという。
陸地を見ながら海岸線に沿って進む、彼等の乗船"タルタ号"の乗組員たち。
その船の名は、エンリの仲間で、それ以前から海賊だったため、肩書上で船長となっているタルタの名前に由来する。
「このあたりに最後の秘宝の欠片があるんだよね?」
そうタルタが言うと、ジロキチが「もっと北なんじゃないのか?」
「冗談じゃないわよ。ここよりまだ寒い所に行こうとか。この船、炬燵も無いじゃない」
そう言って口を尖らす人化ケットシーのタマは、ポルタ大学魔法学部を卒業した若狭、人化妖刀のムラマサとともに、タルタ海賊団のメンバーになっていた。
そんなタマにタルタが「お前、炬燵なんてあったら、もぐって出てこないだろ」
「雪がこんこん降る日に炬燵で丸くなるのは猫の権利よ」とタマ。
「もっと北の海は氷山だらけで、とっても危険よ」と、海図を見ながら航海士のニケが難しい顔をする。
エンリが「更に北に行くと?」
「海が凍って船自体が入れなくなるわ」とニケ。
「そんな所の海図をバスコはどうやって作ったんだろう」とエンリ王子。
アーサーが「陸路を行くとか、カモメの使い魔を飛ばすとか?」
「とりあえず情報収集だ。上陸して現地人から話を聞こう」とエンリが号令を下す。
リラが「フランス人の植民地もあるんですよね?」
「ケベックの港かぁ」とニケ。
カルロが「イザベラさんから協力を依頼されてましたよね?」
エンリは憂鬱そうに「あそこに行くのは気が進まないなぁ」
「同盟国として助けるって事なんですよね?」と若狭。
するとエンリは「そんな平和的な意図じゃないと思うよ。どーせイギリスに対する牽制役をやらせたいって話だろ」
停泊出来そうな入り江を見繕って上陸するエンリたち。
「雪、降ってませんね」とリラ。
エンリが「いくら北でも、まだそんな季節じゃないよ」
若狭が「雪景色、見たかったなぁ」
「寒さは体に悪いでござる」とムラマサ。
そんなムラマサに若狭が「心配してくれるの?」
ムラマサは「当然でござる。拙者の恋人故」
「ムラマサ」
そう、照れ顔で呟く若狭にムラマサは「気温の変化と湿度は沙織の刀身に錆の元でござる」と言って、刀をすりすりする。
若狭は不機嫌な顔になって、ムラマサの後頭部をハリセンで思い切り叩いた。
岩場の多い海岸を歩くエンリ王子たち。
しばらく歩く中、エンリは疲れ気味な表情で「住民・・・ってか村がそもそも見当たらないんだが」
ファフが、向うに散在する岩の方を見て「あそこに誰か居るよ」
女の子が海を見ていた。
女の子を見て「現地人だよね?」とカルロ。
「けど、服装がイヌイットの奴らとは違うよ」とジロキチ。
エンリが「ここは海岸だから、現地人はトナカイの遊牧っていうより、漁で食べてる奴らだぞ」
カルロが「で、情報を聞くんですか? 相手は女の子だよね?」
「だから何だよ」とエンリ。
「声かけ事案って事になりません?」とカルロ。
エンリは憮然とした表情で「俺たち不審者かよ」
「けど王子ってロリコン・・・」
そうカルロが言いかけ、エンリは「違うから!」
女の子に話しかけるエンリたち。
「ここの子かい?」
「あなた達は?」
そう聞き返す女の子にタルタが「お宝を探しに来た海賊・・・」
タルタの足をニケが思い切り踏んだ。
そして「海賊なんて言ったら怯えさせるじゃないの」
そんなやり取りを聞くと、女の子は笑って「大丈夫です。私たちの先祖も海賊でしたから」
「俺たちはバスコという人の遺産を探しに来たんだ」
そうエンリに言われて、女の子は「大人に聞けば何か解ると思いますけど」
その時、海から小さな船に乗って、数人の現地人の漁師が上陸して来た。
漁師たちは女の子に「お陰で大漁だったよ」
そして「これが今回のお礼だ」
漁師たちから籠にいっぱいの魚を貰うと、女の子は彼等にお辞儀をして帰宅の途についた。
エンリは去っていく女の子を見て、漁師たちに「あの子は?」
漁師の一人がそれに答えて「太陽の娘さ」
「太陽だって?」とエンリたちは疑問顔。
漁師たちは、土地に伝わる伝説を語った。
昔、その海岸に若い漁師の夫婦が居た。
夫が漁に出た後、妻は海岸で海を眺めて、独り言を言った。
「私も子供が欲しい」
それを聞いたカモメは彼女に言った。
「だったら後ろにある貝殻の中を見るといいよ」
妻が貝殻を見ると、その中に赤ん坊が居た。夫婦の元で赤ん坊は元気に育った。
ある時、嵐が続いて、夫が漁に出られない日が続いた。
夫婦は困って「これでは食べ物が尽きてしまう」と言う。
子供はそれを聞くと、両親に「私が居ればきっと嵐は止みます」
夫は子供をつれて海に出ようと海岸に行くと、空は嘘のように晴れ、夫は漁に出てたくさんの魚を獲った。
それ以降、子供は毎日海岸に出た。すると海は穏やかになり、夫は多くの魚を獲って、家族は豊かに暮らした。
次第に成長した子供は鳥を捕まえ、その皮で二つの衣を作った。
完成すると夫婦に言った。
「実は私は太陽の子です。成長したので天に帰らなくてはいけません。今までお世話になりました」
そして、作った衣の一つを夫婦に与えた。
「これを着て漁に出ればきっと晴れて、これからもたくさん魚を獲れるでしょう」
そう言うと、もう一つの衣を着て天に飛び立った。
「伝説だよね?」と怪訝顔のエンリたち。
漁師は「けど、あの子が居ると、不思議と海が凪ぐんです。このへんの漁村は時々彼女に頼んで天気を晴らして貰っています」
「つまり、天気の子って訳か」とタルタ。
エンリが「ってか、そもそも彼女は何者だ?」
「この近くのビンランド村という所の女の子ですよ。あの村では彼女の事を太陽の巫女と呼んでるそうです」と漁師たち。
「ビンランド村・・・かぁ」
エンリたちは道を聞き、ビンランド村に行く。
村に着くと、何やら盛り上がっている。
エンリは村人の一人をつかまえて「お祭りですか?」
村人は「客人ですよ。飛び切り高貴な・・・って、あんた達誰?」
「まさかフランス人じゃないよな?」と、隣に居る別の村人。
「フランスって?・・・」
そう心配顔で言うリラにエンリは「このあたりに住み着いたケベック植民地の事だろ」
「俺たちはポルタの・・・」
そう言いかけたエンリを見つけて、見憶えのある顔の男性が「エンリ王子じやないですか」
彼を見てエンリは「カール王子・・・って、客人ってあんたか?」
そんな二人のやり取りを見た村人は、安心したといった表情で「私たちは昔、ここに移住したノルマンの子孫なんです。本国の王太子様が来て下さるとは、何と勿体ない」
エンリはカールに「もしかしてノルマンも海外進出?」
カールは「いや、探し物があってね」
「海賊のお宝ですか?」とアーサー。
エンリは「まさか一つながりの秘宝? あれは渡しませんからね」
「じゃなくてグングニルの聖槍ですよ」
そう言うカールに、エンリは疑問顔で「いや、その手に持っているのが、そうなのでは?・・・」
カールは言った。
「実にお恥ずかしい話ですが、これはコンスタンティで作られた贋作だと判明しました」
「やっと解ったのかよ」とあきれ顔のタルタ。
カールは残念そうに「こんなものを先祖代々知らずに伝えて来たとは・・・」
「それで、その本物がここにあると?」
そう問うエンリに、カールは「トルフィンという若者が持つ槍の魔道具が、それらしいのです。自在に空を飛んで敵を貫く槍があると」
エンリは「そんな情報をどこから?」
「フランス人ですよ。ケベック植民都市の市民兵が見たと言うのです。ここの人たちはあそこと対立していて、出来れば彼等を追い出すため、エンリ殿下にも協力を願いたいのですが」とカール王子。
エンリは「そりゃ困った。実は彼等を助けるようにってイザベラに頼まれていまして」
「って事はお前達は敵か?」
そう言って敵意を剥いて身構える村人たちに、エンリは言った。
「じゃなくて共存できないのか、って話ですよ。今、この西方大陸北部ではイギリスが急速に勢力を伸ばしている。メイフラワー植民地の一件以来、次々に農業植民が増えて、オランダ人植民地が勢力を伸ばせず落ち目な今、対抗勢力が居ないとイギリスが強くなり過ぎる。スパニアやポルタは南部に手一杯ですからね。下手をするとあなた達がイギリスの圧迫を受ける事にもなりかねない。奴等に対抗するため協力できる相手が居た方がいいのではないのですか?」




