第168話 無敵の巨大艦
トガルとキルワ、南方大陸東岸のアラビア人とポルタ人の植民都市の対立が、エンリ王子の仲介で収められたのも束の間、二つの都市の商人の船がゴイセンの超大型艦に襲われた。
そして迎撃したオッタマ帝国の艦隊も壊滅。
エンリは二つの都市の商人たちをまとめて、これに対処する事を迫られた。
救命ボートで脱出したオッタマ艦隊の生存者たちから話を聞くエンリ王子。
「オッタマの艦隊はどんなふうにやられたのですか?」
「やたら射程の長い大砲を撃ちまくります」と艦隊の司令官。
「砲の数は?」
そう問うエンリに、観測兵が「一門だけですが、連射して来ました」
「それで連射って事は、私の短銃と同じ元込め式ね」とニケ。
「普通は船側に多数の砲門を開けますよね」とアーサー。
「それが、船首をこちらに向けて撃って来るんです」と観測兵。
「それって・・・」
アーサーが言った。
「前方に砲口を向けて船の軸線に固定しすれば長大な砲身が可能かと。射程は砲身の長さに比例しますから」
「けど、それじゃ細かい狙いがつけられないわよ」とニケ。
「牽制用なんじゃないかな?」とタルタ。
オッタマの技術士官が「それが、やたら命中率が高くて」
「どうなってるんだ?」
そう言って首を傾げるエンリに、アーサーが「シーノの最後の破滅火矢が霊的な使い魔を憑依させて操ってましたよね。あれと同じではないかと」
「遠距離の魔法攻撃をかけたのですが、やたら防御が厚くて」とオッタマの魔導士官。
「防御魔法の魔道具ですね」とアーサー。
エンリは溜息をついて言った。
「東インド会社の資金力で金に糸目をつけずに建造したって訳かよ」
タルタ海賊団が港を出撃する。二つの街に居る武装商船が船団を組んで、その指揮下に就いた。
甲板上でエンリはアーサーに言った。
「先ず敵の位置を探り出そう。相手に位置を知られる前に敵を見つけて、有利な位置を確保するんだ」
「いや、既に見つかってると思います」
アーサーは上空に敵のものらしきカモメの使い魔が飛んでいるのを見つけて、そう言った。
エンリは慌てる。
「すぐに敵が来る。とにかく距離をとれ」
「けど、どっちに行けばいいのよ」とニケが困り顔。
その時、リラが「王子様、北から来ます」
「どうして解った?」
そう問うエンリにリラは「魚の使い魔を索敵に出していましたから」
「よくやったぞリラ」
味方の船と連絡を取り、布陣を整えるエンリの艦隊。
甲板上で作戦会議。
ニケが提案した。
「超長距離砲は正面にしか撃てないわ。だから私たちの船が正面から牽制して、味方の船で両脇と後ろから攻撃するというのはどうかしら」
「確かにセオリーですけど、方向転換して味方艦を攻撃されたら」とアーサー。
ニケは「あれだけ大きい船だと小回りは効かないわよ」
「けど、これだけ射程差があると、近接する間に味方に相当犠牲が出るぞ」とエンリ。
「味方を犠牲にしてこその数の差よ」
そうドヤ顔で言うニケに、エンリは肩を竦めて「おいおい、発想が怖いぞ」
するとニケは「だったら敵の射線から逃げながら、ってのはどうかしら。先ず左側から突出して回頭を誘う。敵が回頭したら進路を左方向に向けて、各艦斜め方向から接近するの」
「つまり全周囲から螺旋を描くように・・・って訳か」とエンリ王子。
エンリたちの船で敵の射程ギリギリで敵を挑発する。
アーサーは望遠鏡で敵を観測しながら「撃ってきませんね」
タルタが拡声の魔道具を使って、敵にメッセージを送った。
「こちらはタルタ海賊団。アムステルダムでも西方大陸東岸でも連戦連敗の間抜けなお前等をからかいに来てやったぞ。悔しかったらかかって来い。お尻ペンペンお前の母ちゃんデーベーソー」
エンリ王子、あきれ顔で「子供の悪口かよ」
「レベル低すぎだな」と、アーサーもあきれ顔。
カルロもあきれ声で「あんなので挑発に乗るのは小学生までだぞ」
すると敵艦が長距離砲を撃ってきた。船の手前に水柱を立てる。
アーサー、唖然顔で「奴等、挑発に乗ってきましたけど」
「やーいやーい届かないんでやんの」と、タルタが更に挑発。
こちらに向けて突進して来る巨大艦。
ニケは相手の速度に合わせて後退する。
そしてタルタが「やーいやーいここまでおいで」
左右の海域に味方の船が展開する中に突入し、巨大艦は包囲網の中に誘い込まれる。
そしてエンリは指令を下した。
「今だ。全周囲から突入」
艦首をこちらに向けている敵艦の周囲から一斉に突入する味方艦。
その様子を見てアーサーは「完璧な包囲戦ですね」
「袋叩きの見本だな」とエンリ。
タルタが「圧倒的ではないか、我が軍は」
ジロキチが「こうなっては手も足も出まい」
カルロが「けど敵艦、反撃する気みたいですよ」
左側面に向けて回頭する巨大艦。味方艦は進路を左前方に向けて螺旋状コースを描いて突入を続ける。
「今から回頭しても間に合わないわよ。何せあの図体だもの」とニケ。
「けど左側の味方艦、射線に入りますよ」とリラが・・・
敵の長距離砲が火を噴き、左方向への移動が間に合わない味方艦を一撃で撃破。
エンリ唖然。仲間たちも唖然。
「と・・・とにかく味方は全周囲に居るんだ。俺たちも突入するぞ」と、精一杯の強がりを見せるエンリ王子。
左側に居る味方艦を次々に撃破しながら回頭を続ける巨大艦。
「射線回避が間に合って無いじゃん」と慌て声のタルタ。
ニケも「あの図体なのに、何であんなに方向転換が早いのよ」
敵艦を観察していたアーサーが言った。
「あれは海流ですよ。周囲の海水の動きを水魔法で操って渦巻状にした流れに乗ってるんです」
背後の味方艦への砲撃が始り、通常砲しか無い味方艦は射程に入る事も出来ず一方的に砲撃される。
霊的使い魔が憑依した砲弾は一撃必中だ。
右側の味方艦は反転して退却を始めるが、敵の射程を出るまでも無く次々に撃破された。
タルタは頭を抱えて「圧倒的ではないか敵軍は」
「俺たちも逃げますか?」とアーサー。
ニケが「多分、間に合わないと思うわよ」
エンリは意を決する。そして言った。
「こうなったらドラゴンで一撃かけてやる。ファフ、俺を乗せて飛べ。巨人剣で奴を叩く!」
「防御魔法のシールドがありますよ」とアーサー。
エンリは「光魔法だろ。光には闇だ」
「間に合いますかね」とカルロ。
「アーサーとリラは全力で防御魔法だ」
そう二人に号令すると、エンリはドラゴンに変身したファフに乗って真っ直ぐ敵艦へ向かう。
味方の艦を一掃した敵艦はこちらに向けて超長距離砲を発射し、砲弾は不自然な軌道を描いてドラゴンに向かった。
「主様、弾がこっちに来る」とファフ。
エンリは「先ずドラゴンからって訳かよ。こうなったら巨人剣で叩き落としてやる」
風の巨人剣を抜いて、剣との一体化の呪句を唱えるエンリ。
ファフは迫り来る砲弾への恐怖に抗うべく、気力を振り絞って砲弾に向って咆哮した。
すると砲弾は、不自然な軌道を描いて射線を逸れ、海面に落ちて水柱を立てた。
エンリ唖然。
ファフが気の抜けた声で「主様、砲弾、逃げちゃったよ」
エンリは思考を巡らせ、そして言った。
「そうか、弾に憑依した使い魔がドラゴンの威嚇に恐れをなしたんだ」
通話の魔道具で船に居る仲間と連絡をとるエンリ王子。
「とにかく俺とファフはあの長距離砲弾を威嚇する。お前等はその間に接近して奴を叩け。アウトレンジからの攻撃を想定した艦なら、懐に飛び込めば必ず隙はある」
ドラゴンは敵艦の正面に滞空し、発射する度に砲弾を威嚇した。
そして船は通常砲の射程に突入し、ニケの大砲の一撃。だがその砲弾は光の防護魔法障壁に弾かれた。
アーサーの魔法攻撃も全て弾かれる。エンリが闇の巨人剣も歯が立たない。
「こうなったら俺が鋼鉄砲弾で」
そう気勢を上げるタルタにジロキチが言った。
「止めておけ。弾かれて海に落ちたら、お前、泳げないだろ」
敵艦が多数搭載している通常砲が一斉に火を噴き、アーサーは防御魔法で手一杯になる。
船の上で敵艦と戦いながら仲間たちは作戦についてあれこれ言う。
ドラゴンの上に居るエンリは通信の魔道具でこれに参加。
ニケが「引き返す?」
タルタが「こうなったら乗り込んで切りまくってやる。本来の海賊の流儀だ」
「けどボートで接近しても魔法シールドの中には入れないぞ」とジロキチ。
するとエンリが「海中ならどうかな」
「確かにあの防御魔法は海中は守ってないようですね」とアーサー。
カルロが「水中に展開する事も可能なんだよね? クラーケンを茹でた時みたいに」
「イカさん美味しかったよ」とファフ。
「それだと球体の船を浮かべるのと同じで、水の抵抗が大きくて前に進めないんです」とアーサー。
リラが「だったら私が爆雷で」
するとジロキチが「それより俺たちを水中で運んでくれ」
呼吸の魔道具を咥えたタルタ・ジロキチ・カルロの三人がリラの人魚の手に掴まって水中を移動。
シールドの下を潜って船に取り付き、側面を登って甲板に斬り込んだ。
先ず防御の魔道具を沈黙させると、ドラゴンが甲板に舞い降り、エンリ王子が魔剣を振るった。
そして他の仲間に「船は出来れば無傷で捕獲したい」
甲板ではドラゴンが敵の海賊たちを蹴散らし、エンリたちは大砲を次々に沈黙させる。
ニケは船を操って、救命ボートに乗っている味方艦の乗組員を救助。彼等が敵艦乗っ取りに加わる。
間もなくエンリたちはゴイセンの巨大艦を占拠した。




