第166話 畑作と牧畜
南方大陸東岸での、アラビア人都市キルワとポルタ人都市トガルの争いの背景にあった、現地人部族ナベ族とフタ族の争い。
ここでナベ族を煽っていたのが、菜食主義を掲げてフタ族の牧畜文化を非難していたブラバッキーだった。
彼女をナベ族から引き離して拘束する事に成功したエンリ王子たちだったが・・・。
改めてナベ族とフタ族に、和解の話し合いを求めるエンリ。
広場で二つの部族の代表たちが向き合う。
「では、争いの元凶は居なくなった所で、改めて話し合いを・・・」
するとフタ族の代表が言った。
「なら、私たちの遊牧地を開墾と称して囲い込むのは止めて貰えますか?」
ナベ族の代表が「いや、うちの畑を荒らしているのは、あなた方の家畜ですよ」
「ここはお前等の土地じゃない」とフタ族側。
「こっちの台詞だ」とナベ族側。
言い争いを初めて収拾つかなくなる、ナベ族とフタ族。
エンリは溜息をついて「アーサー、これって・・・」
「生業や文化の違いって奴ですね」とアーサー。
「対立は昔からあったのかよ」とジロキチ。
エンリ王子は双方に言った。
「あのさ、双方の言い分を、とりあえずまとめてみませんか? 基本、ここの土地はどちらの部族のものでも無い。けど、世界のどこでも、苦労して開墾した耕地は、開墾した人のものですよ」
フタ族側は「それはナベ族側の言い分でしょう。畑なんか作ってる人たちの一方的な都合だ」と全力でエンリに抗議。
ナベ族側も「いや、それ以外は全部フタ族の放牧地って事でしょう。そんな事を言われても、我々だって納得しない」と全力でエンリに抗議。
「だからって、やたらと新しい土地を勝手に畑にしてるじゃないですか」とフタ族側はナベ族に。
ナベ族側はそれに反論して「何年も耕してると作物が採れなくなるから仕方ないんですよ。そもそも、遊牧なんて広い土地で少ない人数しか住めないやり方は土地の無駄です」
「肉美味しいだろ」とフタ族。
「食事の基本は穀物だ」とナベ族。
エンリはその言い争いに割って入る。
「ちょっと待て。世界にはいろんな民族が居ます。砂漠で水が無くて耕作できない地域は遊牧だけで食べてますが、大抵は肉も穀物も食べますよ」
ナベ族の族長はエンリに「あなたの所では、どんなやり方なんですか?」
エンリは言った。
「耕地をいくつかに分けて、ある所では数年畑として耕作して穀物を育て、その後数年、土地を休ませて牧草地にして家畜を育てるんです。その
間、それまで牧草地にしていた所で穀物を育てます。家畜の糞が肥料になって土は再び肥えるので、畑を放置する必要は無いです」
二つの部族の代表たち、唖然。
そして「畑作と家畜を同時に・・・。そんなやり方があるなんて」
だが・・・。
「けど我々は畑作しか知らない」とナベ族側。
「我々は家畜の育て方しか知らない」とフタ族側。
そんな彼等にエンリは言った。
「だったら、互いに教え合ったらどうかな?」
互いのやり方を取り入れようという事で話がまとまる。
互いに教え合う関係を結ぶため、交流が始まる。
宴を開いてわいわいやる二つの現地人部族。
そんな彼等の様子を見て、エンリは「問題解決だな」と言って顔を綻ばせた。
リラも「良かったですね、王子様」
そんなこんなで一安心なエンリたちに、ナベ族の人たちが声を揃えて言った。
「では水の女神様、私たちにお導きを」
「水の恵みを」
フタ族の人たちも「私たちにも家畜の飲み水を」
仲間たち全員、エンリに残念な視線を向ける。
エンリは困り顔で「そーいや忘れてた」
「どうしますか?」と、アーサーも困り顔。
するとリラが言った。
「王子様と一緒なら、ここに残ります」
フタ族の人たち、エンリを崇めて「天のお父様」
「だからそーいうのは止めてくれ。俺はムンセンベイとかいう、リベラル派が流したヘイト教義に便乗した極悪詐欺師じゃないぞ」と、エンリは悲鳴を上げる。
そんなエンリにリラは言った。
「けど、この人たち、放っておけませんよね」
「リラは優しいな」と言ってエンリはリラの肩を抱く。
「王子様」
「姫」
「王子様」
アーサーは困り顔で「だから、そういうのは後にして」
エンリは思考を巡らした。そして、かつてアーサーが言った事を思い出す。
(物質創成は大変なんだよ。水魔法ってのは大抵、近くにある水の転移だ)
先ほどの戦いでリラが見せた活躍を思い出し、エンリは彼女に訊ねた。
「なあリラ、ウォータードラゴンを召喚した時の水って、近くにある水の転移なんだよね?」
「そうだと思います」とリラ。
「どこから転移したのかな? 今は乾季で水は不足しているんだが」とエンリ。
タルタが「近くに海があるだろ」
「いや、海の水は塩水だが、あの水は真水だったぞ」とカルロ。
「そういえば・・・」と仲間たち、首を傾げる。
するとリラが「下の方からだったと思います」
「いや、下って地面だぞ」とジロキチ。
エンリが言った。
「地下水脈か。だったら井戸を掘ればいいじゃないか」
「かなり深いと思います。手掘りで掘るのは無理かと」とリラは心配そうに・・・。
エンリは自信顔でリラの頭を撫でて、言った。
「俺を誰だと思ってる。魔剣使いのエンリ王子だぞ」
エンリはリラを連れて、地下水を探すために、付近を歩いた。
水の魔素の気配を探るリラ。
やがて草原が広がる中にある窪地に立って、リラは言った。
「ここらへんの地下に水の存在を感じます」
エンリはそこに大地の魔剣を突き刺す。そして呪句を唱えた。
「我が大地の剣よ。ミクロなる汝、母にしてマクロなる大地と繋がりて、ひとつながりの我が剣たれ。汝と共に在りし水のイデアを光満ちたる地上へ導かん。穿孔あれ」
剣が貫いた地面の穴が、みるみるうちに広がり、深い垂直の穴となった。
そしてエンリは魔剣を持ったまま・・・・・・・・・・・・・・その穴に落ちた。
「あ・・・」と全員唖然。
「あの人、こうなる事を考えて無かったよね」とカルロはあきれ顔で。
リラは心配そうに「王子様・・・」
同行したナベ族の人たちは感謝の涙を浮かべて言った。
「あの人は身を挺して私たちのために井戸を掘ってくれたんだね」
「有難や」
仲間たち、溜息をついて「いや、違うと思うけど」と声を揃える。
そしてアーサーは「王子、どうやって引き上げよう」
「いや、多分その必要は無いと思うわよ」とニケ。
間もなく地響きとともに、エンリが開けた穴から大量の水が噴水となって吹き出した。
その噴水の上で胴上げ状態のエンリ王子。
「助けてくれー」
そして、吹き出した水はその窪地に大きな池を成した。
こうして、現地人の争いは片付いた。
「これで問題解決だな」
池の水を仲良く使う二つの部族の人たちを眺めて、肩の荷を下ろしたように呟くエンリに、アーサーが言った。
「だといいんですけどね」
そのアーサーの予感はやがて的中した。
トガルの街に戻ると、まもなくキルワの人たちが抗議に来た。
大勢で押しかけて口々に言うアラビア商人たち。
「交易の自由が破られた」
「取引の妨害行為が頻発している」
「どうにかして欲しい」
商館で彼等に話を聞くエンリ王子。
「具体的に聞きたい。何があった?」
「安売りで取引先を奪われた」とアラビア商人。
エンリは溜息をついて「それは普通の商売の競争だろ」
「酒場で喧嘩して殴られた」とアラビア商人。
エンリは残念顔で「ただのトラブルだ」
「船を砲撃された」とアラビア商人。
「・・・」
エンリは同席している商館長に視線を向けて「誰がやった?」
街の商人組合で調査が始まり、数人の実行者が特定された。
呼び出して理由を問うと、実行者たちは言った。
「あいつら目ざわりだ」
「だからっていきなり砲撃する奴があるか」とエンリ王子。
すると彼等は「向うからも砲撃してきたんだが」
キルワ側の責任者たちに伝え、対処を要求する。
責任者たちは顔を見合わせて「誰がやった?」
彼等はキルワに戻って調査を開始し、数人の実行者が特定された。
すると、実行者たちは「だって、あいつら目ざわりだ」
双方の実行者を突き合わせ、互いの言い分を聞く。
双方声を揃えて不満を訴えた。
「あいつ等、取引のルールが通用しない」
トガルとキルワ、双方の代表で、問題への対処についての話し合いの場を設ける事になった。
双方、自分達の主張を述べる。
それを聞くエンリ王子。
そして、テーブルの向こう側のキルワ代表に、エンリは言った。
「つまり文化の違いって訳ですよね?」
だが、キルワ代表は反論した。
「そうではない。私たちのルールは戒律として世界を創造した唯一神が定めた神との契約だ。同胞信者である限り絶対に破らない。故に相手を信頼出来るんだ。世界を創造した神による普遍的なルールだ」
「特定の宗教に依る限り普遍的とは言えません」とエンリは反論する。
キルワ側は「いいえ、普遍的です。だからインドでもジャカルタでも、改宗する商人は多い」
「けど、新たな航路を開拓すれば、そこに住むのは異教徒ですよね? けれども彼等とも取引せざるを得ない。それを苦労して乗り越えてこその開拓でしょう。あなた方だって、そうして来た筈ですよ」とエンリ。
するとキルワ代表は頷いて「確かに、行く先で随分変なのに出くわしました」
エンリは「解ります。例えばミンとかシーノとか」
キルワ代表は「私たちも行って随分手を焼きました。自分たちが世界の中心とか、あれは無いよね」
中華思想という共有の悩みの種をネタに、次第に共感し合うエンリとキルワ代表。
「天に住む神が自分たちの皇帝に世界を任せたとか」とエンリ。
「我々の唯一神を何だと思ってるんだか」とキルワ側。
「世界が四角いのが普遍的真理とか。あんなのただの宗教なのにね」とエンリ。
「そうですよ。自分たちが空想しただけの宗教を世界が平伏すべき普遍だと」とキルワ側。
「まるであなた達と同じですよね」
エンリのその一言で、一瞬で空気が凍った。




