第165話 菜食の女神
南方大陸東岸のアラビア都市キルワとポルタ都市トガル。
その争いの種になっている、現地人ナベ族を煽っているというユーロ人女性魔術師。
これを止めようと、エンリたちはナベ族の住む奥地へと向かった。
ナベ族は畑作部族だ。
あちこちにサバンナと呼ばれる草原を開墾した小さな畑が点在するが、かなり雑な耕作で、肥料とかは、殆ど使っていない。
数年耕作したら土壌中の養分が消耗するため、放置して別の草原を開墾する。
耕作している現地人農民に話を聞く。
「西海岸でやってた焼き畑みたいなものか?」とエンリ。
現地人農民は言った。
「このあたりは冬は乾燥するんで、森の育ちが悪くて、こういう草原が多いから開墾が楽なんです」
部族の長の居る村に着く。
木の骨組みに草を被せて土を塗った家が並び、中央に広場。
族長を訪ね、出て来た長らしき人にエンリは言った。
「ここにユーロ人の女が居ますよね?」
「女神様ですか?」
そう言う族長にエンリは「あれは人間で、ただの魔導士ですよ」
すると族長は「神の奇跡を示しました」
「どんな?」
「扇子から噴水を」
そう言う族長にアーサーが「それは水芸という、見世物に使うただの水魔法です」
族長は「アクア様という水の女神の得意技と聞きました」
「そんなの神様の基準にしたら駄目だろ」とエンリが困り顔で・・・。
「神の加護の詰まった壺を売って頂きました」と族長。
「あからさまに怪しいカルトじゃん」とタルタがあきれ顔で・・・。
その時、族長の家の奥から「何の騒ぎかしら」と言いながら出て来た一人の女性。
彼女を見てアーサー、唖然顔で「ブラバッキーさん」
「アーサーさんにお付の皆さん、どうしてここに」
エンリも唖然顔でブラバッキーに「それはこっちの台詞、ってか俺たちアーサーのお付じゃないから」
「それで私に何か用でも?」
そう言うブラバッキーに、エンリは「フタ族とキルワの奴等にちょっかい出すのは止めてくれませんか」
ニケも「そうよ。異教徒商人を追い出して取引を独占してお金ガッポガッポしたい気持ちは解るけど」
「ニケさんの基準で物事判断するのはどうかと思うよ」とエンリは困り顔でニケに突っ込む。
「トガルの商人だって絶対考えてるわよ」とニケ。
「そうだろうけどさ、交易の自由の協定に違反するし。俺たち、あれを決めた当事者だろ」とエンリ。
するとブラバッキーは言った。
「そういう穢れた資本主義とは無関係です」
「ほら来た」とあきれ顔のエンリたち。
ブラバッキーはドヤ顔で「これは聖なる戦いなのです」
エンリは溜息をついて「そういう宗教戦争はタイムマシンで百年前に戻ってやってくれ」
「まー、相手はプータローチンとかいうロシア人じゃないけどね」とニケ。
するとブラバッキーは「唯一神とも無関係です」
「そうなの?」
そう意外そうに言うエンリたちに、ブラバッキーは言った。
「彼らは家畜と称して動物たちを奴隷化し、非道にも彼らを殺してその肉を食べ、剥ぎ取った生皮を売り捌いているのです」
エンリたちは溜息をついて「それ、前に言ってた菜食主義って奴?」
「その生皮に宝の地図が描かれている訳でもないのに」とブラバッキー。
エンリは「そういう他所のアニメのネタはいいから・・・ってか、動物が人間と同じって、宗教が言ってるだけだろ」
「これは道徳です。アニマルライトを知らないのですか? 動物にだって人権はあるんです」とブラバッキー。
アーサーは頭痛顔で「いや、人権は人間の権利と書くんだが」
ブラバッキーは「動物愛護です。牛や羊に愛は無いのですか? しかも彼らは歴史を捏造して私たちを中傷している訳でも無いのですよ」
「そのネタ、完全に逆効果だと思うよ」とジロキチ。
ブラバッキーは広場に居るナベ族の人たちに尊敬の眼差しを送る。
そして「ここの人たちは動物を殺して食べたりしません。野菜や穀物を育て、それを食して生きています。私は彼らに共感します。彼らこそ人間のあるべき姿。獣肉は健康を害する毒物です。蛋白質などという栄養素はフェイクです。そんなものを食べないからこそ、ごらんなさい。この細く美しい姿」
延々といい加減な能書きを語るブラバッキーに、エンリは言った。
「そんな事言ったら世界中の畑作稲作農家は全部同じって事になるんだが」
ジロキチが「もしかしてこの人、"野菜を食する会"とかいうカルトサークルの会長の異世界転生者なのでは?」
するとリラが言った。
「けど、植物だって命なんですよね?」
ブラバッキーは、痛い所を突かれたかのような焦り顔で「こここ古代の哲人は言いました。植物は命の在り方として動物より下のランクに位置するのだと」
「その人、動物は人間より下に位置するとも言ってたよね?」とエンリが指摘。
「それは・・・」
更にエンリは「それに作物を食い荒らす害虫は殺すよね?」
「それは・・・」
その時、部族の一人がブラバッキーを呼びに来た。
「女神様、そろそろ水曜デモの時間ですが」
「そうだったわね」
そう言って席を立つブラバッキーに、エンリは「何ですか? 水曜デモって」
「キルワの商人とフタ族との毛皮取引が水曜日に開かれるので、それに合わせて行う平和的な抗議行動です」とブラバッキー。
エンリは意外そうに「戦争じゃないの?」
「私たちはそんな事はしません」とブラバッキーはドヤ顔。
「そうなんだ」と言ってエンリは仲間たちと顔を見合わせる。
そして思った。(もしかして、この人を誤解していたのでは)
そんな彼等の気も知らずに「先週の水曜デモは主催者発表では三万人が参加しました」とドヤ顔のブラバッキー。
たちまち残念な空気に逆戻り。
そしてエンリは一層の残念顔で「それ絶対実働数は数分の一とかだよね? それにここの人たち絶対三万人も居ないだろ」
「一人でも参加者が居れば抗議行動です」とブラバッキー、更にドヤ顔。
「どこぞの事件で被害者数水増しして指摘された奴も同じ事言ってたよね?」とタルタ、あきれ顔。
ブラバッキー率いるナベ族のデモ隊が草原を移動。
エンリたちも監視のため同行。
目的地に着くと、既にキルワの商人とフタ族の人たちが集まって、商談の最中だ。
遊牧部族であるフタ族が毛皮を、キルワの商人がガラス器や鉄製品、薬品に書物など、様々な商品をやり取りしている。
そんな彼等の周りを、ブラバッキー率いるナベ族が取り囲み、過激なスローガンを掲げて罵声を浴びせる。
それにフタ族の人たちが言い返す。
言い合いは加熱し、やがて石が飛びかい、殴り合いを始め、槍を持ち出して互いにつばぜり合い。
完全に収拾のつかない大乱闘へと発展した。
エンリたち唖然。
「平和的なデモ・・・ねぇ」とアーサーあきれ顔。
「完全に戦争状態じゃん」とニケもあきれ顔。
「どーすんだ、これ」とタルタもあきれ顔。
エンリは言った。
「とにかく鎮めなきゃ。ファフ、ドラゴンでこいつらを鎮めてくれ」
ファフがドラゴンに変身し、エンリがその頭上で叫んだ。
「双方静まれ。武器を収めて暴力中止だ。それでも喧嘩したいって奴は俺たちが相手になってやる。戦争したい奴はねーがぁ」
エンリ王子は蓑を纏って鬼の仮面を被り、炎の魔剣を翳す。
ファフは天に向かって炎を吐いた。
そんなエンリに、ブラバッキーが叫んだ。
「邪魔しないで下さい」
そしてブラバッキーはナーガを召喚した。
「主様は降りて。あれはファフがやっつける」とドラゴンは頭の上のエンリに言った。
エンリを地上に降ろして、ナーガと格闘するファフ。
その優勢とは言えないドラゴンどうしの戦いを見て、タルタが「あいつ、苦戦してるな」
するとリラが「私がウォータードラゴンで加勢します」
リラが呪文を唱え、魔法陣から大量の水が噴き出した。
その水が巨大な蛇の姿を成して宙をくねる。
それを見たナベ族の人たちは、乱闘を止めて口々に言った。
「女神様だ」
「水の女神が二人も」
「どうか我々の畑に水の恵みを」
リラに向けて膝まづくナベ族の人たちを見て、エンリたち唖然。
「何だこいつら」とタルタ。
「人魚姫が女神って」とニケ。
「カルト耐性弱すぎだろ」とジロキチ。
(いや、そうなる理由が彼等にはあるんだ)
そう感じて、エンリは周囲を見回す。
枯草に覆われた草原、まばらな森、遠くに見える赤茶けた山々。
そして彼は気付き、言った。
「そうか。ここは夏には雨が降るけど、時々旱魃が起きて、水は不足しがちなんだ。それに、冬には雨が降らないから気温は高くても耕作が難しい」
「それでブラバッキーさんの水魔法に飛びついたのか」とアーサー。
エンリはナベ族の人たちに向け、ウォータードラゴンを操るリラを指して言った。
「みんな、これからはこのリラが女神としてお前等を導く。彼女は争いを好まない」
感激の表情でナベ族の人たちは・・・。
「解りました教祖様」
「天のお父様」
「尊師様に服従します」
「全財産寄進します」
エンリ、目一杯の迷惑顔で「頼むから、そういうのは止めて」
するとアーサーが横から心配そうに「ってか王子、これってずっとここに居なきゃいけないって流れなんじゃ・・・」
エンリは涼しい顔で「そういうのはこれから考える。とりあえずは二つの部族の対立解消だ」
「大丈夫かよ」とタルタは肩を竦める。
そしてエンリは、リラにお株を取られたブラバッキーに言った。
「という訳でブラバッキーさん。ここは引いてくれないかな」
「お断りします」と、あくまで争いを止めないブラバッキー。
エンリは溜息をつくと、「アーサー、この人どうにかしてくれ」
ブラバッキーに対峙するアーサー。
ブラバッキーが連打する魔法攻撃はアーサーの防魔の短剣で全て消失し、アーサーの風の縛の呪文でブラバッキーは拘束された。




