第159話 騎士と小説家
オーガラット率いる魔獣たちの蜂起を鎮圧したエンリ王子とカラバ侯爵の軍勢。
戦場となった修道院跡を片付けている兵たちから報告があった。
「あの、王子」
「どうした?」
そう聞き返すエンリに、兵が「キホーテさんが発見されました」
崩れかけた修道院跡の床の隅で眠っているキホーテ男爵を叩き起こすエンリ。
オーガラットに睡眠薬を盛られて眠っていたキホーテが目を覚ます。
そして「私は何を・・・。そうだ、あの人は? かつて悪い魔法使いの呪いでネズミに姿を変えさせられたこの地の領主」
エンリはあきれ顔で「それ、嘘だから」
キホーテはドヤ顔で言った。
「そんな筈は無い。だって私はこの世の悪を倒し弱者を救う正義の騎士。勇気と信仰により得た無敵の技で世界を救うキホーテ男爵」
そんなキホーテにエンリは溜息をつくと「あんた無敵でもないし世界を救ってもいないだろーが。あんたは嘘をついてるつもりは無いだろうが、あの宿屋は館でもないし、宿屋の主人は侍従じゃない。あんたが倒したっていうドラゴンはただの風車で魔法だって役に立たない」
「ちょっと動きにくかったけどね」とファフ。
そしてエンリは更に言った。
「そんなのに付き合ってる奴が何故居るか解る? あんたの自己満足に終わってる限り、大した害にはならないからだよ。けど、あのオーガラットはここの領主じゃなくて、レコンキスタの時に敵だった奴の使い魔だし、ネズミには自分で変身したんだ。疫病の呪いの技を使うためにね。もう少しでこの国は亡びる所だったんだ。あんたのはただの妄想だろ」
だが、キホーテは感情的に主張を続ける。
「違う。私の祖先は騎士だった。この鎧は先祖から受け継いだものだ。騎士が騎士なのは先祖から受け継いだ地位だ。そして騎士とは正義を守り世の敬意を集めるる無敵の存在。これが真理だ。事実とはそうした真理を裏書きするものだ。けして妄想なんかじゃない」
エンリは「いや、その裏書きとやらのための妄想だろーが」
「正しい歴史認識(笑)って奴ですね」とカルロ。
「自分たちは支配された被害者だからとか言って、新しい学問を教える学校や病院を作ると、伝統的な文化を破壊して近代化を遅らせた加害であると言い張るみたいな」とジロキチ。
更にエンリは「騎士だから正義って訳でも無敵って訳でもないぞ。地位なんて、ただの紙切れだ。大学教授だって学問の"が"の字もやらない奴が、変な政治運動で受益者たちに支持されて有名人になったからって、宣伝のために任命されて教授になる奴も居る。そんな奴等は軽蔑にしか値しない。そもそも騎士なんてこのユーロにどれだけ居ると思ってる?」
それに対してキホーテは「けどエンリ王子。あなたが王太子なのも、祖先が王だったからだ。あなたも同じではないのか?」
エンリは言った。
「そうだな。俺が王子になるためにやった努力といえば、母親の腹の中から出て来るくらいなものさ。そんな事で手に入れた権力なんて惜しくない。だから俺はこの国の議会を変えて、商人の持ちたる国にするんだ」
そんなキホーテに仲間たちが困り顔を向ける中、彼の従者のサンチョに、リラが訊ねた。
「あの、サンチョさん。キホーテさんって、何でああなの?」
「親の教育とか?」とタルタ。
サンチョは言った。
「この人の親は自分を騎士とも思ってなかった土地持ちの旧家です。旦那様のアレは騎士物語の影響ですよ」
キホーテも「文学は素晴らしい。なのに故郷の奴らは、私がこんななのは本のせいだと言って、宝物だった私の蔵書を焼き捨てた」
「いや、お気持ちは解ります」とアーサー。
「解りますよね? 本を焼き捨てるなんて許せませんよね?」
そうキホーテが言うと、アーサーは「いや、焼き捨てた故郷の人たちの気持ちが」
「・・・」
リラは言った。
「あの、キホーテさん。そんなに小説が好きなら、あなたも小説家になったらどうですか?」
「私が騎士物語を?」
そう怪訝顔で言うキホーテに、エンリ王子も「そうだよ。あなたは小説を面白いと思った。だからそれに嵌った。その面白さが解るあなたなら、もっと面白い小説が書ける筈だ」
キホーテは、まるで光を取り戻したような目で、嬉しそうに言う。
「私は騎士としてではなく、小説家として世界から賞賛される存在になるのか」
少しだけ残念な空気の中、エンリは「いや、賞賛されるかどうか解かりませんけどね、とりあえずあなた自身が面白いと思える小説を書く事が出来たなら、あなたはその小説で、誰にも迷惑をかけずに人生を楽しむ事が出来る。ありもしない妄想話で他人から褒められる事を期待するより、よほど有意義だと思うよ」
キホーテは男爵の地位を返上し、故郷に籠って小説を書き始めた。
書き終えて出版された彼の小説は評判を呼び、ファンを集めた握手会が開かれる事になった。
エンリたちの元にも招待状が届く。
握手会の会場で、キホーテから渡された彼の著作。
そのページをめくって見て、仲間たちは、あれこれ言う。
「これがその一代記だね」とアーサー。
「確かに面白い」とジロキチ。
「けどこの主人公、正義を守る無敵の騎士じゃなくて、そう思い込んで妄想で暴走する駄目人間になってるよ」とカルロが指摘。
キホーテは「描いてるうちに、こっちの方が面白いと思うようになりまして」
「現実を直視するのはいい事だ」とエンリ。
「ようやく自分の事を、ありのまま見れるようになったんだね」とアーサー。
するとリラが「けどこれ、自分の事になってないのでは・・・」と指摘。
「本当だ。表題が"ボエモン侯爵一代記"って・・・」と、表題を確認したエンリ王子が・・・。
残念な空気が漂う中、会場にボエモン侯爵が乗り込んで来た。
思いっきりの抗議顔でボエモンは言った。
「キホーテさん、何ですかこの小説は。完全に捏造ですよね?」
キホーテは「いいじゃないですか。この作品はフィクションであり、いかなる人物団体とも関係ありませんと・・・」
「けど、読んだ人には私がこんな奴だと思われちゃいますよ」とボエモン。
「まあ、確かにイメージ的に名誉が・・・」とアーサー。
するとボエモンは「女性にモテなくなるじゃありませんか」
「そっちかよ」とあきれ声のエンリたち。
その時、何人もの女性が会場に来て、ボエモンを見つける。
彼女達はテンションMAXのはしゃぎ声でボエモンに・・・。
「あ、ボエモン様だ」
「ボエモン様、小説読みました」
ボエモンは慌てて、キホーテを指して「あれはこの作者が書いた捏造・・・」
だが、相変わらずのはしゃぎ声で女性たちは言った。
「新しいイメージが新鮮」
「面白いボエモン様も好き」
「ボエモン様可愛い」
ボエモン、嬉しそうに「そ、そーかなぁ。じゃ、みんなで遊びに行こうか」
「賛成」
そう言って盛り上がる女性たちをあきれ顔で見ながら、タルタは言った。
「こいつらイケメンなら何でもいいのかよ」
その時、彼女たちの背後から、きつい声が響いた。
ジェルミとノミデスだ。
「ちょっと待ちなさいダーリン。あなたは私の夫よね?」とジェルミはボエモンに・・・。
するとノミデスがジェルミに「ダーリンは私の愛人よ」
「私は彼の妻よ」とジェルミ。
「私はイベリアの大地を守る精霊よ」とノミデス。
二人が言い争っている隙に、ボエモンは女性たちを促してその場を抜け出そうと・・・。
ノミデスが「待ちなさいダーリン」
ジェルミが「ダーリンのばかぁ」
逃げるボエモン、追うノミデスとジェルミ。
そんな彼女たちを見て、エンリたちは「何だかなぁ」
溜息をつくと、エンリはアーサーに言った。
「そういえばアーサー、ジンって知能を持つと魔法を使えるようになるんだよね? アラジンのジンは知能が無かったけど、人化して知能を持つようになったんだが・・・」
「魔法を使えるようになってると思いますよ」とアーサー。
エンリは「相当間抜けな奴だったんだが、あいつ、大丈夫か?」




