第158話 鼠と猫
オーガラット率いる魔物たちの蜂起。それを打破すべく彼等の拠点に攻め込むエンリ王子とカラバ侯爵の軍。
その戦いの最中、キホーテ男爵を騙して復活の鍵となる頭骨を盗み出させたオーガラットは、ついに復活を果たした。
だが、彼が放ったミラーデザードの呪いは、間桐の呪詛返しの秘法により破られ、オーガラットは自らの身に呪いの痛手を受けた。
「おのれ。こうなったら地上に直接呪いの虫を放ってやる。呪いの壺よ来たれ」
そうオーガラットが言うと、カルロ達の居る地下室の天井を破って壺が宙に舞い上がった。
オーガラットは呪文を唱えた。
「黒き呪いよ。世界に広がり人と猫を滅ぼせ」
呪文とともに壺はひび割れた。
「あれを破裂させる気ですよ」とアーサー。
「どうする?」と言ってエンリは仲間たちを見回す。
するとニケが「消毒酒があるわ」
エンリは言った。
「それに触れれば虫は死ぬんだな? アーサー、風魔法で虫の拡散を防げるか?」
「やってみます」
そう言うと、アーサーは風魔法で壺の周りに渦巻を起こす。そして破裂した壺の周囲の渦巻が壁となって、その拡散を阻んだ。
リラは霧化の呪文で消毒酒を霧に変え、渦巻の中に導いた。
破裂した壺の中味は消毒酒の霧と混ざり、呪いの虫たちを死滅させる。
「おのれ! だがあの虫は俺の中にも居るんだ。こいつを使って・・・」
オーガラットがそう言うと、ペロは「そうはさせるか」
ペロが呪文を唱えると、その猫の姿は四つ足の姿勢で巨大化を始めた。
同時に尻尾が二本に別れ、更に三本・四本と、巨大化とともに尻尾の数は増えていく。
それを見てジロキチが「あいつ、猫又か」
「猫又って?」
そう聞き返すリラに、ジロキチは「ジパングに居る猫の妖怪だよ」
ペロの尻尾の数が九本になった所で、オーガラットと同じ大きさになった。
戦場で巨大な猫と鼠が二本足で立って向き合う。
「決着をつけてやる。子孫なんてどうせ劣化コピーだ」
そう言ってオーガラットは二本の三日月刀を召喚した。
そして「この刃先にも呪いの虫を塗っている。虫の毒で死ぬがいい」
「そうはいくか」とペロは叫んで二本足で立ち、右手でレイピアを構える。
そしてファフのドラゴンも剣と楯を持って構えた。
ペロの剣戟をオーガラットは右手の三日月刀で、ファフの剣を左手の三日月刀で受け止める。
そしてペロは左手でファイヤーボルトの攻撃魔法を放ち、オーガラットは炎に包まれた。
ペロは「虫と一緒に焼け死ぬがいい」
だが、オーガラットが右手を一振りすると炎は消えた。
「そんな馬鹿な」
唖然とするペロをオーガラットの右手の三日月刀が襲い、そのレイピアを折る。
そして左手の三日月刀がファフを傷つけた。
「いかん、すぐに傷口を消毒しないと病の虫が・・・。ファフ、人間に戻ってこっちに来い」
ファフは少女の姿に戻ってニケの手当てを受ける。
「痛いよ、主様、カブ君」
そう辛そうに言うファフに、カブは「大丈夫だよ。ペストはおいらの地元に近い所の病気なんだ。あの病気に打ち勝った人の血から父上が作ったポーションが効く筈だよ」
カブは小瓶を取り出し、ファフにポーションを飲ませた。
「けど、どうして」
そう心配そうにファフを見て言うリラに、エンリは「奴には魔法は効かないんだ。だって奴は・・・」
「けど、呪詛返しは効いたよね?」
そう言って首を傾げるタルタに、エンリは「あれは元が自分の内側だから・・・つまり内側から炎で焼けば・・・」
武器を失ったペロににじり寄るオーガラット。
エンリは叫んだ。
「ペロ、俺を使え」
エンリは炎の巨人剣を持って一体化の呪文を唱え、巨大な剣になった。
「お前だってあの刀に触れたら虫の毒にやられるぞ」
そう言うペロに、エンリは「大丈夫だ。虫自体は炎の熱で殺せる」
ペロは巨大な炎の剣となったエンリを右手に持って構える。
二本の三日月刀を持つ巨大ネズミと激しく切り結び、炎の剣はオーガラットの胸を貫いた。
エンリは「全てを焼き尽くす俺は灼熱」と呟き、巨大な炎の剣の熱が膨れ上がる。
オーガラットは体内に叩き込まれた剣の炎に内側から焼かれ、ついに倒れた。
生き残ったネズミたちも散り散りになり、集められた魔物たちも四散した。
普通サイズのネズミの姿になる黒焦げのオーガラットは、まだ辛うじて生きている。
そこに集まるカラバとペロ、そしてエンリとその仲間たち。
それを見てオーガラットは覚悟を決めた。
「今の内に止めを刺せ。でないとすぐ回復するぞ」
そう呟くように言うオーガラットに、エンリは「お前、ジンだろ」
「ジンって?・・・」と仲間たち、唖然。
エンリは「レコンキスタでここを追われたアラビア人領主の使い魔さ」
「だから魔法が効かなかったのか」とアーサー。
「けど、アラジンの使ってる奴は魔法なんて」とタルタ。
するとアーサーが言った。
「あれは元々知能は無かった。けど、ジンの中にも知能のある奴は居たのさ。そいつらは魔法を使う」
オーガラットは「そうさ。御主人様は黒海の岸に住む民の風土病だったこの病の虫を手に入れた。それを呪いとして最後の武器に使うために、俺は変身してネズミになったんだ」
「そういう事かよ」とタルタ。
エンリは「だったらジンに戻ったらどうよ」
「そうしたい所だが、ネズミの姿で死んで復活した俺は、元の姿には戻れない。それに、ネズミの体が気に入っているんでな」とオーガラット。
するとカブが言った。
「だったらネズミの体で平和に暮らしなよ。おいらの使い魔にならないか?」
何匹もの雌ネズミがオーガラットに寄り添う。
そしてカブは「仲間と一緒に居るのは楽しいぞ」
「ネズミのハーレムか。それもいいな。ハーレムはオスのロマンだ」と、呟くように言うオーガラット。
いつの間にかその場に居たカルロも言った。
「そうだぞ。ハーレムは男のロマンだ」
「そうだよね。ハーレムは男の子のロマンだ」
そう言ってオーガラットやカルロと盛り上がるカブ公子。
エンリたちがそれを見て呟いた。
「何だかなぁ」
その時、カブの頭にサリー姫が拳骨。
そして「子供が言う事ではありません」
カブ公子、唖然顔で「お姉ちゃん、何で居るの?」
サリー姫は「あなたがいたずらしないよう見張れって父上に言われたの」
「おいら、今回はいたずらなんてしてないよ」
そう言って口を尖らすカブに、サリーは「いいからドラキュラ城に帰るわよ」
オーガラットはカブの使い魔になり。サリー姫に伴われてルーマニアへと帰還の途についた。
ワイバーンに乗って飛び立つ彼等を見送るファフ。
「さよならカブ君。また遊ぼうね」
戦場の片付けが進む。
そんな作業を兵たちに任せて、まったりと傷ついた体を休める猫たち。
そんな中で、ジロキチはペロに訊ねた。
「ペロの先祖はジパングから来たのか?」
ペロは「鍋島という領主の飼い猫だったと聞く。殿様の後継者争いに加担して国を追われて、ここに流れ着いたんだそうだ」
その傍ではカラバ軍の働きを王太子として労うエンリ王子。
「カラバ侯爵。御苦労でしたね。あなたとペロ子爵の活躍で、ポルタは黒死病の脅威から救われました」
カラバは「いえ、これは元々我々が抱えていた因縁です。それを皆さんに解決して頂いた。出来れば何かお礼がしたいのですが」とエンリに・・・。
するとタルタが「だったら、褒美って訳じゃないんだが」
「何だ? タルタ」
そう聞き返すエンリ向けた視線を、タルタはペロに転じて言った。
「ケットシーの女王は元の猫が地位に戻った訳だけど、ペロは彼女と結婚するの?」
ペロは「それ、断ったから」
「しきたりだったんだよね?」とタルタ。
「今時政略結婚なんて猫の世界じゃ流行らないよ」とペロ。
カラバも「結婚は両性の合意のみに依りますから」
するとエンリは気まずそうに「俺、イザベラと政略結婚したんだが」
そんなエンリに、アーサーが意地悪そうな声で「いや、王子、乗り気だったじゃないですか。"イザベラさんってどんな人なんだろーなぁ絶世の美女かぁ"・・・って言ってましたよね?」
「俺、そんな事言ったっけ?」とエンリ。
「人間の姿の私を受け入れて頂いたすぐ後で」とリラが証言。
ニケ、ローラ、若狭が声を揃えて「王子、最低」
冷や汗を流して弁解するエンリ王子。
そして「いや、とりあえず今はタルタの話だろ。で、タルタは何かお願いする事があるのか?」
「こいつなんですけど」
ケットシーの姿に戻ったタマの手を引くタルタ。
「あなたはタマさん」
そう声をあげるペロに、タルタは「政略結婚とかと関係無いなら、こいつ、貰ってくれるの?」
「ペロさん、私・・・」と、柄にも無くもじもじするタマ。
するとペロは「悪いけど俺、結婚とかする気無いから」
「へ?・・・」とタマ唖然。
「だって俺、そういうのに不自由してないし」
そう言うペロの所に、何匹もの雌猫が来て寄り添い、あれこれ言う。
「ペロ様、また女から言い寄られたって?」
「結婚なんてしませんよね?」
ペロは「当然だろ。俺はみんなのものさ」
エンリ王子たち唖然。そしてカラバ侯爵は笑って言った。
「こういう奴なんですよ」
そしてペロは言った。
「これだけモテてるのに、たった一匹の雌に縛られるとかバカらしいだろ。なので俺は自由に生きる。世界の雌猫は俺のものさ」
タマは涙目で「タルタぁーーーー」と言って彼に縋った。




