第157話 復活のオーガラット
カラバ領で蜂起したオーガラット率いる魔獣の軍勢の鎮圧に向かったエンリ王子率いるポルタ国軍とカラバ侯爵軍。
敵の拠点制圧がファフの負傷により頓挫し、一旦カラバ館に引き返した。
その戦いの中で敵に捕獲されたキホーテ男爵が、オーガラットに騙されて館に舞い戻り、カラバ侯爵に刃を向けたが、あっさり返り討ちに遭って牢の中へ。
その翌朝。
大きな烏に乗って、五人がカラバ館の前庭に降り立った。
ローラ・遠坂・間桐。そして若狭とムラマサである。彼等を迎えたエンリ王子たち。
「その烏は式神か?」
そうエンリが間桐に問うと、「おいらだよ」
そう言って烏が変身を解いて、カブ公子の姿に・・・。
「カブ君だぁ」とはしゃいで駆け寄るファフ。
カブは「珍平から連絡を受けて来たんだ。ネズミはおいらの得意分野だからね」
「それとエンリ王子、図書館長からこれを預かって来ました」
そう言って遠坂が差し出した袋をエンリが開けると、カラバ領の起源に関わる報告だった。
それに目を通すエンリ王子。
「なるほど、そういう事か」
「何か解ったんですか?」とカラバ侯爵。
エンリは言った。
「あのオーガラットは、確かに変身してネズミになった。けど、騙された訳でも、魔法で姿を変えられた訳でもない。これが事実だとすると、ペストの流行は下手をすれば現実のものになりかねん」
「どうしますか?」
そう心配そうに問うカラバに、エンリは「早急に決着をつける必要があるだろうな」
その時、カラバの家来が真っ青になって館から出て来た。
そしてカラバ侯爵に「大変です。キホーテが牢から脱走しました」
「どうやって?」とカラバ唖然。
タルタが「実は盗賊スキルを持ったピッキングの使い手だったとか」
「それは無い」とボエモン侯爵。
「ですよね。あんな間抜けな爺さんにスパイの真似事なんて無理ですよ」とカルロ。
そんなカルロにエンリは「お前も大概間抜けだけどね」
「それと、鍵が一束消えてます」とカラバの家来。
「ネズミが手引きしたんだな」とアーサー。
「それと侯爵様」とカラバの家来は更に深刻そうに・・・。
「どうした?」
そう問うカラバに家来は「オーガの頭骨が盗まれました」
カラバ侯爵唖然。そして「何ですとー」
「オーガの頭骨って?」と怪訝そうに尋ねるエンリに、カラバ侯爵は言った。
「先祖がオーガを倒した時に刎ねたオーガの首の遺骨です。あれが敵の手に渡ったら、オーガはゴーストではなく本当に復活します」
「大変じゃないですか」とエンリと仲間たちも真っ青になる。
カラバは家来たちに言った。
「今すぐ進軍を。手遅れになる前に奴等の本拠地を攻め落とすぞ」
国軍とカラバ軍が急いで準備を整えて進軍を始めた頃、魔獣たちの拠点の修道院跡では・・・。
キホーテ男爵が頭骨の箱を差し出していた。
オーガラットのゴーストは、それを受け取ると「よく持って来てくれた。これで我々は過去の恨みを晴らす事が出来る」
「被害者中心主義ですな」と言ってキホーテ男爵は、ネズミ魔獣から受け取った祝杯を傾けた。
「そうだ。私が満足して初めて問題は解決したと言える」とオーガラット。
キホーテは「奴等を破って、あなたが人間に戻り、領地を回復するのですね?」
するとオーガラットは「いや、ここの奴等が死に絶えたら」
「何ですと?」
そう言ってキホーテが驚き顔を見せた次の瞬間、彼は盃を落とし、意識を失った。
その場に倒れたキホーテを見下ろして、オーガラットは「全部終わるまで眠っていてもらおう」
「いよいよ復活ですね」と一匹のネズミ魔獣。
もう一匹のネズミ魔獣が「すぐ儀式を始めましょう」
その時、一匹のゴブリンが建物に飛び込んで報告。
「オーガ様、敵軍です」
オーガラットは部下たちに号令した。
「俺が復活するまで、お前たちでしばらく戦って時間を稼げ」
再び軍勢を率いて修道院跡を前にする、カラバ侯爵とエンリ王子たち。
修道院跡の前には、無数の魔物たち。
魔物軍団の上に巨大なアジダカーハが三つの鎌首をもたげた。
そんな敵軍を前に、戦闘を準備しながら、エンリ王子は言った。
「とにかく復活の儀式を止めなきゃ」
カラバ侯爵は「それと、ぺストを封じた壺があります。それをどうにかしないと」
するとカルロが「壺は俺がダウジングで探すさ」
エンリは頷くと、味方に加わったばかりの忍者に言った。
「遠坂、一緒に行ってくれるか」
「解った」
「こいつらを案内役にするといいよ」
そう言って、カブが数匹の使い魔ネズミを出した。
カラバ侯爵は敵軍に居るアジダカーハを見る。
そして「あと、あのドラゴンをどうしますか」
「ファフ、やれるか?」とエンリ。
頷くファフを見てアーサーは「あれは強敵ですよ」
するとカブが「その前にファフちゃんに頼みがあるんだが」
「なぁに?」
カブは「少しだけファフちゃんの血、貰えるかな?」
「いいよ。必要なんだよね」
ファフはそう言って首筋を差し出して目を閉じる。カブはバンパイアの牙で、それを噛んだ。
カブの口元から一筋の血。
「それじゃ、一緒にあいつをやっつけようか」
そう言ってカブはドラゴンに変身した。
「バンパイアって、あんな事も出来るのか」
そう驚き顔で言うエンリの仲間たち。
ファフもドラゴンに変身し、二匹のドラゴンは翼を広げて宙を舞い、巨大なアジダカーハに立ち向かった。
魔物たちの群れを前に、エンリ王子はカラバ侯爵に言った。
「とにかくこいつらを一刻も早く片付けよう」
「時間勝負ですね」とカラバ侯爵。
エンリは号令を下した。
「一気に殲滅するぞ。ボルタ鉄砲隊、前へ」
鉄砲の一斉射撃とともに、大砲で修道院の廃墟を砲撃する。
魔物たちが追い立てられて突撃して来る。
「ファランクス隊、前へ」
そのエンリの号令で、突撃して来る魔物たちを槍襖が迎え撃つ。槍兵たちの足元に殺到するネズミたちを、猫たちが迎え撃つ。
槍兵たちの槍に削られていく魔物の背後から、ハーピーたちが飛び立った。
これを間桐の式神烏たちが攪乱し、その間にアーサーが竜巻魔法の呪文を唱えた。
竜巻に巻き込まれたハーピーにケットシーたちが炎の波濤の攻撃魔法を浴びせる。
修道院の廃墟から多数の巨大なオーガとサイクロプス。
「ファフはドラゴンに手一杯ですよ」
「大丈夫だ。こういうのを倒すための巨人剣だ」
エンリが炎の巨人剣でサイクロプスに斬りつける。
何体ものサイクロプスがエンリに迫った時、リラが召喚したウォータードラゴンがサイクロプスに巻き付いて締め上げた。
刀の姿になったムラマサを抜いた若狭がオーガの足元を駈け、その足首を一刀両断。倒れたオーガの首を刎ねる。
ペロはオーガたちの群れに飛び込み、一体のオーガの膝に飛びつく。そこを足場に別のオーガの腰へ、そこを足場に別のオーガの背中へ。
そこから更に別のオーガの頭上に飛び乗り、眉間に右手でレイピアを叩き込む。
隣に居たオーガがペロに手を伸ばす。ペロが左手で放ったヒートランスが、そのオーガの眉間を貫いた。
その時、背後の砲兵隊から急報。
「ゴブリンに襲われています。トンネルを掘って奇襲して来た模様。至急救援を」
「任せろ」
そう言うとタルタが鋼鉄の砲弾で砲兵陣へと飛び込んだ。
「味方に被害が出なきゃいいが」
一門の大砲がタルタの直撃を受けて大破。
タルタは鉄化を解いてゴブリンたちの前に立ちはだかる。
部分鉄化でゴブリンの攻撃から身を守りつつ斧を振るってゴブリンたちを相手に大暴れ。
まもなく間桐の式神烏に乗ったジロキチ・間桐・タマ・ニケ・ローラが急行し、四本の刀を持つジロキチとレイピアを振るうタマがゴブリンの群れに飛び込んで斬りまくる。
式神烏の上からはニケが銃撃し、ローラが魔法攻撃、間桐が放った狼の式神たちがゴブリンを襲う。
間もなくゴブリン隊は崩れて四散した。
アジダカーハと戦う二匹のドラゴンは苦戦していた。
三つの頭で三つの口から炎を吐くアジダカーハ。噛み付き、爪で引き裂くがすぐ回復する。
「こいつ、首をきりおとさなきゃ駄目だ」と叫んでカブは距離をとる。
ファフのドラゴンは剣と楯を召喚して首の一つを切り落としたが、すぐ首は生えてくる。
カブのドラゴンがウォーターカッターの魔法で切り落とした首も、すぐまた生えてきた。
その時、ボエモンがドラゴンたちに向けて叫んだ。
「三つの首を同時に潰すんだ。私を奴の首の所に運んでくれ。このロンギヌスの槍なら奴を倒せる」
ファフが正面で炎を吐いて注意を引き、背後からカブが近づいて頭を掴み、ボエモンがそれに取り付く。
もう一つの頭がカブに炎を吐き、カブは距離をとった。
「一斉に行くぞ」と言って、ボエモンは二匹のドラゴンに掛け声。
ファフは剣を振るって一つの首を切り落とし、カブはウォーターカッターの呪文で一つの首を切り落とした。
ボエモンは残った首にロンギヌスの槍を突き立て、炎の波濤の呪文を唱えて、そこに炎を流し込んだ。
三つの首を同時に失い、アジダカーハは倒れた。
「手強かったね」とファフ。
ボエモンは「こいつはアラビアの龍なのさ。俺の先祖が戦った事があると聞いた。レコンキスタで追われた奴等が残したんだろうな」
まもなくカブは血の効力が切れて、元の姿に戻った。
まもなくケットシー隊が正門前のオーク隊を突破して廃墟の前庭に突入。
カラバ重騎士隊もミノタウロス隊を突破して敵陣に突入した。
石塀の外に居る魔物たちを掃討するボルタの鉄砲隊とファランクス隊。
その頃、遠坂の隠身の術で身を隠しつつダウジングで呪いの壺を探すカルロ。それを先導する人化ネズミたち。
廃墟の地下を、ネズミ魔獣たちが慌ただしく行き来する中を進む。
やがて、ひとつの地下室に辿り着く。
魔法陣の中心に壺がある。
カルロはそれを見て「この中にペストを引き起こす虫が詰まってるって訳か」
「蟲毒の甕と同じ原理だろうと間桐が言ってました」と遠坂。
「虫どうし殺し合わせて強力な呪蟲に進化させるって奴か」とカルロ。
人化ネズミの一匹が「どうやって無力化しますか?」
遠坂は「炎で焼けば虫は死ぬって言ってたぞ」
その時、廃墟に激しい揺れが起こった。そして壺の周囲の魔法陣が闇で覆われる。
軋む地下室の天井を見て、カルロが「始まったんだ。早く壺の虫を始末しなきゃ」
遠坂が火遁の術で壺に炎を浴びせるが、魔法陣の周囲の闇が壁となって炎を阻んだ。
「駄目か」
そう呟くカルロに、遠坂は「どうしますか?」
「あの闇の壁をどうにか・・・。そう言えばアーサーが言ってた。闇には光だって」
そう呟くと、カルロは光属性を付与したナイフを闇の壁に突き刺し、必死に闇を削る。
だが、魔法陣を囲む闇の壁は厚かった。
地上では修道院跡地に突入したエンリ王子たちが魔物たちと戦う中、激しい揺れとともに、巨大なネズミのスケルトンが立ち上がった。
それを見上げてエンリは「復活、始めやがった」
巨大ネズミのスケルトンは呪文を唱える。
「五百年の時を渡りて約束の時は来たり。復活の荒野に降り立つ、我が名はオーガラット。受肉あれ」
巨大ネズミの骨に湧き出た肉が絡み付き、巨大ネズミの肉体が復元されていく。
敷地内のサイクロプスを掃討してエンリたちと合流したカラバとペロも、これを見上げて「遅かったか」と呟く。
オーガラットがミラーデザートの呪文を唱え始めた。
「まずいぞ。またあのペストの呪いが来る」
そうエンリが言うと、間桐は「大丈夫です。任せて下さい」
間桐は一体の呪文の書かれた紙人形を取り出す。
オーガラットの呪文に対抗するように、間桐は右手で印を結び、左手で左右三つの突起のついた剣を振る。
そして右手の印の形を次々に変えながら呪文を唱えた。
「清く明けたる天地を守護せし八百万の神明。浄らなる御霊ふるふると振るう。邪なる呪詛の鬼よ、居るべき所へ返れ。一・二・三・四・五・六・七・八・九・十。急々如律令」
間桐の目の前にいくつもの古代文字が浮かび、それは宙を舞って魔法陣を描く。魔法陣の中央に闇が出現し、紙人形は振動とともに宙に浮かぶと、その闇に吸い込まれた。
そしてオーガラットが呪文の詠唱を終えると、その巨体が黒ずみ、口から目から血を流して苦しみ出した。
エンリは唖然顔で「どうなってる?」
間桐は言った。
「呪詛返しですよ。呪いの効果を呪った者自身に返すジパングの秘儀です」
「そんな事が・・・」とカラバ侯爵も唖然。




