第155話 窮鼠の蜂起
タルタの助けでケットシーの女王になったタマは、彼女が想いを寄せていたペロ子爵家の当主がその地位を降りた事で、その目的を失う。
そしてカラバ侯爵領に発生したペストに対応するため、前の女王が復帰し、ペストの蔓延を防ぐべく、ネズミの掃討を開始。
一方のカラバ侯爵領ではペロ子爵が、ペスト騒ぎの原因がオーガラットの復活にあると見て、仲間とともにその拠点を探った。
そして彼等がオーガラットの拠点を発見した時、そこには、生き残った国中のネズミたちを集めて蜂起するオーガラットの姿があった。
エンリ王子の元にカラバ侯爵から報告が届いた。
曰く。
「ネズミ魔獣の軍団がカラバ領内の修道院跡を拠点として蜂起しました。多数の魔物を従えた強大な勢力で、ペストの発生も彼等の仕業と考えられます。速やかなる国軍の出動を要請します」
エンリは命令を下した。
「直ぐに陸軍を動員しろ。将軍たちを集めて作戦会議だ」
その時、家来の一人が取次に来る。
「エンリ王子に会いたいと言う御婦人が来ているのですが」
「どんな人だ?」
そう問うエンリに家来は「人じゃなくて猫なんですが」
ケットシーの女王が執務室に案内された。
「ペロ子爵一族から応援の要請がありました。ネズミ魔獣の軍勢が様々な魔物を従えて蜂起したとの事で、恐らく我々では手に余るかと。ポルタ国軍の出動を求めます。ペストの発生も彼等の仕業との事で、見過ごせば人間も無事では済みませんよ」
「いや、そういう脅しは要らないから。カラバ侯爵からも要請がありましたんで」とエンリは女王猫に。
すると、女王猫を取り次いだ先ほどの家来が「王子、スパニアに援軍を求めてはいかがかと」
「イザベラかよ」とエンリは、いささか気の進まない様子だが、家来は言った。
「ペスト騒ぎと関連するのであれば、下手をすればイベリア全土に被害が広がります」
通話の魔道具でイザベラに連絡する。
魔道具の向こうの彼女は言った。
「悪いけど今、スパニア軍を動かすのは無理ね。ドイツ皇帝とジュネーブ派が裏で組んでドイツ諸侯派教会に圧力を画策して、隙を見せる訳にはいかないのよ」
「こっちに丸投げかよ」
そう言って溜息をつくエンリに、イザベラは「代りに強力な助っ人を送るわ」
間もなく二人の助っ人が到着した。
ロンギヌスの聖槍を携えたピカピカの鎧姿の彼を見て、エンリは「ボエモン侯爵、よく来てくれた。で、そっちの爺さんは?・・・」
くたびれた鎧を纏った老人は「私はスパニア内戦で共に戦ったキホーテ男爵です」
「あの爺さんかよ」とエンリ、溜息。
隣に居るアーサーもエンリに「この人、役に立つの?」
「ってか、あの時敵方だったと思うが」
そうエンリに言われたキホーテは、ドヤ顔で「第二皇子配下の背教魔導士操るドラゴンを一撃で倒した、我が風の縛めの技をお忘れか」
「いや、ドラゴンってファフの事だよね?」とエンリ、あきれ顔。
するとボエモンはエンリの耳元で「この人、妄想癖が酷くて、女帝陛下に厄介払いを任かされたんですよ」
「あの女は・・・」とエンリ唖然。
そして、カラバ領では・・・。
カラバ館へ進軍するオーガ軍。その後方に巨大なネズミの姿があった。
「あれがオーガラットか」
望遠鏡でその姿を垣間見るカラバ侯爵。
その隣に二本足で立ってレイピアを腰に下げたケットシーのペロ子爵が居た。
彼等が率いるのは、カラバ侯爵の騎士団と、動員された領民兵。ペロ一族のケットシーたち。
そして女王猫が率いる猫とケットシーの軍団。
敵軍前面に居るモンスターたちが、カラバ城下の街を守る城壁の門前に布陣したカラバ軍に向けて突撃開始。
ペロ一族のケットシーたちが、その素早さで敵モンスターたちを翻弄する。
猫の女王配下のケットシーたちの魔法攻撃が敵の動きを抑える。
猫たちは敵軍に突入してネズミたちを狩る。
カラバ侯爵の騎士隊はオーク軍団に切り込み、鉄砲隊は空中のハーピーに向けて一斉射撃。
ペロ子爵は数匹の部下のケットシーとともに、オーガの巨体に取り付き、その口の中に爆炎魔法を放り込む。
ケルベロスが吐く炎を魔導士の防御魔法に防がせつつ、カラバ侯爵はその三つの首を切り落とした。
そんな中でオーガラットは呪文を唱える。
「汝、死の精霊。命ある者に取り付きこれを喰らう地獄の使者。汝の名は黒死病」
空中に描かれた球体魔法陣の中に生じた闇の中に壺の姿が浮かぶ。
「我が名はミラーデザード。地獄より召喚せし汝に数多の供物を与えん。これを喰らいて、地上に大いなる死を産み落とせ。発病あれ」
壺の形を成した闇が急速に広がり、薄い闇となってその場を満たすと、兵士も猫たちも急に苦しみ出した。
手や顔が黒ずみ、口から血を吐く兵士たち。
味方のいきなりの惨状に「何だこれは」と動揺を隠せないカラバ侯爵。
「今だ。奴等を倒せ」とオーガラットは魔獣たちに号令を下した。
その時、エンリたちが率いるポルタ軍が到着。
魔獣たちの陣にポルタ砲兵の砲弾が炸裂し、長弓の矢が降り注ぐ。
戦場に立つオーガラットの巨体を見たアーサーは言った。
「あれはゴーストですよ」
「だったら光だな」
そう言うと、エンリ王子はアーサーと、ファフのドラゴンに乗って空からオーガラットに接近。
空中を襲い来るハーピーをアーサーの風魔法で防ぎつつ、エンリは光の巨人剣でオーガラットに斬りつけた。
光の魔剣の力で消滅するオーガラット。
指揮官を失ったネズミ魔獣の軍勢は撤退した。
撤退していく敵軍を見ながら、ドラゴンはカラバ館の前に降り立つ。
「あのネズミの化物、ゴーストには見えなかったんだが」
そう言うエンリにアーサーは「依り代により実体化したのでしょうね」
カラバ館でエンリとカラバ侯爵が会見。
カラバ侯爵は長靴猫伝説の真相を語った。
話を聞いたエンリは「つまり、オーガラットはレコンキスタで追われたアラビア人領主の使い魔だと」
「そうです。初代ベロは初代侯爵と港で知り合って、戦場で大きな働きをしたと聞きます。強力な魔力を持って随分長命だったとか」とカラバ侯爵。
ボエモンとキホーテがカラバ侯爵と会見。
二人はカラバ侯爵の前で、それぞれ名乗る。
「聖騎士隊のボエモンです。スパニアのイザベラ陛下の命を受けて参上しました」
「キホーテ男爵です。スパニア女帝陛下の代理人として参上しました」
ボエモン、慌てて隣に居る老人に「いや、あんた代理人じゃ・・・」
そんなボエモンを無視してキホーテは語り出す。
「私はイザベラ陛下の密命を帯びてユーロ全土を巡り、北方ではノルマン王の反乱を鎮定し、オランダのマキシミリアン殿下に歯向かう反徒操る四枚翼のドラゴンを一撃の元に葬り、ハンガリーではオッタマの異教徒が操るジンを我が風の縛めの術で瞬殺。ウクライナではロシアの圧政に苦しむキーウの民を解放し、弱きを助け強きを挫く正義の騎士として・・・」
ドン引きするカラバ侯爵は「色々と話に矛盾があるようだが・・・」
従者のサンチョがカラバ侯爵の侍従にそっと耳打ち。
「全部ただの妄想なんで、適当にあしらって話を切り上げさせた方がいいですよ。付き合ってるときりが無いんで」
侍従から耳打ちされたカラバ侯爵は、溜息をつくとキホーテに「あなたの武勇はよく解った。今回は助太刀、御苦労だった。ゆっくり休まれると良い」
「では、貴軍に属して戦った自由の騎士として、褒賞の叙勲を」と、いきなり図々しい事を言い出すキホーテ男爵。
ボエモン、慌てて隣に居る老人に「いや、あんたは女帝陛下の命令で戦ったんだろうが」
カラバ侯爵は二人に「とにかく食事を用意させよう。ゆっくり体を休めるが良い」
謁見室を追い出されたキホーテ男爵。
別室で出された食事を食べながらキホーテはサンチョに言った。
「結局、叙勲の話はどうなったのだ?」
サンチョは「旦那様、この食事がカラバ流の叙勲なのです」
「そうなのか。だが叙勲というのは領地を与えるのだよな?」とキホーテ。
「領地として城下で館を与えられます」とサンチョ。
サンチョは城下で宿を探す。
そして一軒の宿屋を見繕うと、キホーテに「ここが領地として与えられた館です」
サンチョはキホーテを連れて宿屋に入り、宿の主人に宿代を払う。
そしてキホーテに「この男が館で旦那様に仕える侍従です」
キホーテは怪訝顔で「普通の宿屋に見えるが。さっきの金は宿代ではないのか?」
サンチョは「あれは主として与える給料ですよ」
エンリ王子は会見を終えると、城の兵営で傷ついた騎士たちを見舞った。
呪いに倒れた騎士たちを治療しているニケが居た。
治療を一通り終えたニケに話を聞くエンリ。
「戦場でこいつらが倒れたのって、ペストの症状だよね?」
ニケは言った。
「そうね。けど、これは疫病そのものじゃないの。呪いでペストの症状をコピーする、ミラーデザードの呪文よ」
それを聞いてエンリは「もしかして、ここでペストが発生したってのは」
「あのオーガラットがゴーストとして復活する時に呪いの瘴気が漏れたのね」とニケ。
「じゃ、疫病が広まる訳じゃないんだ」
そう安心声で言うエンリに、ニケは「そうもいかないの。あの呪いには、疫病の元になる虫を納めた呪いの壺を使うのよ。それを解放すると一気に感染が広まるわ」
城下の広い空地にペロ一族の軍団が群れて体を休めていた。
それを人化した姿で遠くから見るタマに、タルタが話しかける。
「いいのか?」
「いいのよ、あんな奴」と、タマは目一杯の強がりを見せる。
「どんな顔して会えば・・・って奴かよ」
そう溜息をついてタルタが言うと、タマは猫の姿になって去った。
タルタはマグロの切り身を盛った大皿を持って、その首領らしき猫の所に行った。
「あんたがペロか?」
「王太子殿下の家来の方だな?」とペロ子爵。
「これは献上品って奴だ」
そう言ってマグロの切り身を差し出すタルタ。
「これは有難い」
そう言ってペロが部下の猫たちに目配せすると、猫たちが集まってきて切り身を食べ始める。
「あんたはいいのか?」
そう言うタルタにペロは「餌を貰うという事は相手を主と認めるという事だ」
「献上品と言っただろうが」
そう言うタルタにペロは「それを受けるという事は相手を家来と認めるという事だ」
「あくまで対等という訳か?」とタルタはペロを見て言う。
ペロは「俺と上下関係にあるのは侯爵だけだ」
「あいつらは?」とタルタは皿の上の切り身を食べている猫たちを見て言う。
「仲間だ」とペロ。
「族長なんだろ?」とタルタ。
「その立場は降りた」とペロ。
タルタは言った。
「そうだったな。なあ、タマって女、知ってるか?」
「女王になったって奴だろ?」とペロ。
タルタは問うた。
「あいつの事、嫌いなのか?」
ペロは「そういう訳じゃないんだが」
「だったら何で?」
そう問うタルタにペロは「お前、権力者の婿とか政略結婚とか、どう思うよ」
エンリとイザベラのやり取りを思い出してタルタは言った。
「めんどくさい話だよな」
「だろ?」
そんなペロに、タルタは言った。
「そういう事かよ。けど、身近にそういう奴が居てな。何だかんだで夫婦やってるぞ」




