第154話 黒の疫病
タルタとレジーナが助けたケットシーのタマは、タルタの助けで女王の座を手に入れたが、女王の家来たちはタマを嫌ってケットシーの城下はもぬけの殻に・・・。
そして彼女が女王の座を求めた目的であった女王の婿、ケットシーの騎士団長ペロ一族の当主も、その座を放棄していた。
その頃、カラバ侯爵領の外れの村で・・・。
教会の救護室のベットで病気に苦しむ中年男性が居た。
「お父さん、しっかり」と必死に父親を励ます子供たち。
「私はもう駄目だ」
そう苦しそうに呻く患者を見て、彼の妻が「司祭様、どうにかなりませんか?」
司祭は辛い表情で言った。
「この病気は治癒魔法ではどうにもなりません」
「そんな・・・」
その様子を窓の外から覗き見る三匹の猫が居た。
「これってやっぱり、オーガの残党の仕業ですよね?」と一匹の猫がボスらしき猫に・・・。
「あの呪いの壺はまだ奴等の所にある」とボスらしき猫。
もう一匹の猫が、そのボスらしき猫に「ペロさん、どうしますか?」
ペロと呼ばれた猫は「とにかく、奴等の居場所を探そう」
そしてカラバ城下では・・・。
居酒屋のテーブルの上で、出されたミルクの皿に口もつけず、ふて腐れているタマが居た。
ビールを片手に、タルタは「タマ、しっかりしろよ」
「せっかく頑張って決闘に勝って女王になったのに」とヤケ気味なタマ。
タルタは溜息をついて言った。
「頑張ったのは俺なんだが。ってか、嫌われたんだから仕方ないだろ。相手にだって選ぶ権利はあるんだ。ポルタの城に帰るぞ」
「嫌よ。女の子の恋は成就しなきゃいけないの。これは恋愛創作物の鉄則よ」とタマは駄々を捏ねる。
「何だかなぁ。・・・ポルタの奴等、どうしてるかな」と呟くタルタ。
そのポルタの城では・・・。
執務室で放置状態の書類の山を他所に、仲間たちとダラダラと過ごすエンリ王子。
リラが「タルタさん、どうしてますかね」
「あの性悪猫の相手だもんなぁ」とエンリ。
「タマさん、ペロって人と結ばれるといいですね」とリラ。
ジロキチが「人じゃなくて猫だけどね」
その時、血相を変えて部屋に飛び込む家来が居た。
「エンリ王子、大変です」
「どうした?」
そう怪訝顔で聞くエンリに、家来は「疫病が発生しました」
「医療局で対処できるだろ」と呑気に構えるエンリ。
家来は「それが、ただの疫病じゃないんで」
「何だよ?」
「ペストですよ」
その家来の言葉で一気に緊迫する空気の中、エンリはその場に居た医療のスペシャリストに視線を向けた。
「ニケさん!」
そう呼びかけられた彼女は真剣な声で指示を下す。
「すぐ患者の発生した所を消毒よ。限界まで蒸留した消毒酒は用意出来てるわよね?」
「それが発生したのは城下じゃないんで。発生したのは辺境の村です」とその家来。
「すぐ物資とスタッフをを送って。放置すると国中に広がるわよ。村は隔離して人の出入りを禁止よ。それで発生したのはどこ?」
そうニケに問われた家来は「カラバ侯爵領の外れです」
エンリは「タルタが行ってる所じゃないか。そぐ呼び戻せ」
通話の魔道具でタルタに連絡する。
そして「ファフ、空路で迎えに行ってくれるか」
頷くファフにニケは「だったら当面の物資とスタッフを乗せてちょうだい。私も行くわ。それともう一つ」
「何だ?」
そう聞き返すエンリに、ニケは「ネズミを徹底的に駆除するの」
「ネズミ魔獣の呪いか?」とジロキチ。
ニケは言った。
「そんなの迷信よ。あれは浄化や治癒の魔法じゃ治せないわ。原因は目に見えないほど小さい虫なの。その虫をネズミが運ぶのよ」
アーサーが「ネズミなら猫だな。ケットシーの女王に頼めば・・・」
「ちょうどいいじゃん。ケットシーの女王はタマだ」
そう言うカルロにエンリは「いや、猫はあいつに従わないよ。忘れたのかよ」
「駄目じゃん」と仲間たち。
エンリは言った。
「とにかく本人・・・じゃなくて本猫がここに居ないんじゃ、話にならん」
エンリはポルタ全土にペストを警戒せよとのお触れを出した。
ファフのドラゴンにニケと数人の医療局スタッフを乗せて、カラバ侯爵領へ。
そして帰りの便で、タルタとタマがポルタ城へ帰還した。
城の前庭でドラゴンの背中から降りたばかりのタマに、エンリは言った。
「ニケさんから話は聞いたと思うが、ネズミ退治に猫の協力が必要だ。女王の地位を前の女王に返してくれ」
「彼女の所に行けっていうの? 嫌よ」とタマは駄々を捏ねる。
タルタはあきれ顔で「まだ諦めてないのかよ」
「諦めるって?」と仲間たち。
タルタはタマに視線を向けて「こいつ振られたんだよ。意中の彼は当主の地位を降りた」
「だったら・・・」
タマは言った。
「どの面下げてあの女に会うのよ。会いたきゃ自分たちで探したら?」
その時、城門から数匹の猫を連れて入ってきた女性が居た。
「あの、タルタさん、戻ってますよね?」
「レジーナさん」とエンリたちが彼女を迎える。
レジーナは「うちの猫たちに相談したら、連れて来てくれたんです。前の女王様」
彼女について来た猫の一匹・・・前の女王猫が、二本足で立ってタマに言った。
「ペロ子爵には会えたの?」
「知ってたんですか?」と驚き顔のエンリ。
前の女王猫は「先代の女王の結婚式の時に出会ったのよ。まだ子猫だったけどね」
「猫の幼馴染かよ」とタルタ。
そして女王猫はタマに「どうせ振られたのよね? あの頃からそうだったもの」
膨れっ面のタマは「うるさいわね」
「それで、女王の地位は放棄する気になったの?」
そう問う女王猫にタマは「勝手にすればいいわ」
「けど騒ぎが収まれば、また私の地位を狙うのよね?」と女王猫。
タマは溜息をつくと「ねえタルタ。私のものになってよ」
「はぁ?」とタルタ唖然。
「あなたの子を産んであげる」
猫にそう言われてタルタ、思わず壁際まで後ずさり。
「いや、俺は猫は好きだけどさ、猫に欲情する訳じゃないから。王子のお魚フェチじゃあるまいし」
「そこで俺を引き合いに出すかよ」とエンリは口を尖らす。
するとタマは「じゃなくて、私に人化の呪文をかけて欲しいの。あなたの御主人様になってあげる」
タルタは困り顔で「いや、人化は魔物が人を主と仰ぐんだが」と突っ込む。
すると女王猫は「そういう事ね?」
「どういう事だよ」とタルタ。
女王猫は「ケットシーは人化すると女王の資格を失うの」
タマは精一杯の虚勢顔で「言っとくけど、タルタが主なんて形だけだからね。主は私なんだから。勘違いしないでよね」
「ああいうのをツンデレって言うんだよね?」とカルロ。
タルタは「もう、どっちでもいいよ」
アーサーは儀式を行い、タマはタルタを主として、人化した。
女の子の姿になったタマ。
猫の名残で頭に耳、そしてお尻に尻尾を残している。
ジロキチが「猫耳って奴だね」
「臣従が不完全だからかな?」とエンリ。
アーサーは「デーモンが人化して角が残るって事もありますよ」
タマは相変わらずの調子で「タルタ、お腹空いた。何か作ってよ。主様の命令よ」
「だから主は俺」とあきれ顔のタルタ。
「まあまあ。家来を養うのは主の義務だ」とアーサーが彼を宥める。
仲間たちはあきれ顔で「何だかなぁ」
「けど、タルタの子供を産むって言ってたよね?」とカルロ。
タルタは慌てて「そういうのは要らないから」
「それに今は発情期じゃないわよ」とタマ。
タルタはあきれ顔で「そういう所は猫のままなのな」
復帰したケットシーの女王は、ポルタ全土の猫にネズミ掃討の命を下した。
そして数日かけて殆どのネズミは駆除された。
だが・・・・・・・。
エンリの執務室で一息つく仲間たち。
状況の報告を受けたエンリは「ネズミは九割は退治したそうだ」と、ほっとした表情で彼等に言った。
「もう大丈夫ですね」とリラも笑顔を見せる。
だが・・・。
「それが、そうでもないみたいなの」
そう言うファフの手に一匹のネズミ。
エンリが「駄目じゃないか、ファフ。駆除しなきゃいけないネズミを隠してるなんて」
「この子は大丈夫だよ」
そうファフが言うと、ネズミは男の子に変身した。
「お前、ブラド伯爵の所の人化ネズミ」
そう言って驚くエンリにファフは「珍平君だよ。カブ君が連絡役に残してくれたの」
人化ネズミの珍平は言った。
「街の生き残ったネズミたちが噂してたんです。猫の弾圧に抗うネズミの指導者が復活するって。それで国中のネズミが彼の元に結集するんだって言って」
「どこに向かった?」
そう問うエンリに珍平は「カラバ侯爵領のオーガ様の元へ・・・って」
「オーガだって?」と仲間たち唖然。
アーサーが「それって長靴を履いた猫が倒したっていう」
「あの伝説は事実だったんだ」とジロキチ。
タルタが「その主の、三男が婿になったって王様はポルタ王だよね。何代目?」
エンリは言った。
「いや、婿で来た王なんて居ないぞ。もし居たら、そこで王朝の名前が変わる筈だ。それにカラバ侯爵の初代は根っからの騎士で、レコンキスタでアラビア人異教徒を倒してあそこの領主になったんだ。ポルタやスパニアの地方領主はみんなそうだ」
エンリは図書館長を呼んで命じた。カラバ初代侯爵の戦いの記録を調べるように・・・と。
その頃、カラバ侯爵領の外れでは・・・
「あそこか」
修道院の廃墟を望遠鏡で見る数匹の猫。ペロとその仲間たちだ。
「国中のネズミが集まってますね」と、ペロの仲間の一匹が・・・。
ペロは望遠鏡を覗きながら「ネズミ魔獣たちだけじゃないぞ。どこから、あんな魔獣を集めたんだ」
崩れかけた石造の建物の前庭。
無数のネズミとネズミ魔獣の中に、オークやゴブリンが多数。そしてミノタウロスにタランチュラにハーピーと何匹ものケルベロスに・・・。
オーガやサイクロプスの巨体も。
建物から巨大なネズミが現れ、ネズミたちは口々に言う。
「オーガ様だ」
「オーガ様万歳」
巨大ネズミは魔獣たちを前に演説を始めた。
「この地をわが物顔で歩くケットシーとその主、カラバ一族は我等の仇敵である。我はあの卑劣な猫に騙され、領地を奪われた。増長した彼らは国中のネズミたちを迫害した。我が同胞よ。今こそ決起の時である! 猫どもとその主たる人間たちを一掃し、この国を我等ネズミの手に取り戻す。征服された我等の土地を再び取り戻す正義なる征服。我等のレコンキスタの始まりである」
歓声を上げる魔獣の群れ。
「あれはオーガラットだ」
そう望遠鏡を手に呟くと、ペロは仲間たちに向って号令した。
「一族の奴等を集めろ。すぐに侯爵様に報告だ。それとボルタの都に居る女王と連絡を」
すると仲間の一匹が「けど女王って、あのタマですよ」
「あ・・・」
 




