第151話 猫の恩返し
ポルタの街の一画にその店はあった。
猫カフェ「ミケ子」という、その店の常連客が、今日も癒しを求めて訪れる。
「いらっしゃい、タルタさん」
店員の声に迎えられて店内に入った、ラフ過ぎる服装の男性客。
それがエンリ王子たちの船の船長、鉄化の異能を持つ海賊タルタだ。
「こんにちは、レジーナさん。シロちゃん居る?」
そう言いながら座席に座ったタルタの足元に、白い雌猫がすり寄る。
「シロちゃん会いたかったよー」
相好を崩して抱き上げた猫をすりすりするタルタ。
「何かあったんですか?」
メニューを持ってテーブルの脇に立つ店員のレジーナが笑顔で言うと、タルタは溜息をついて言った。
「いや、ジロキチの奴がさ、やたらリア充ぶりやがって」
「あの人も彼女、できちゃいましたからね」と、興味津々顔のレジーナ。
「そうなんだよな。風吹の刃先の色つやがどうの、真白の切れ味がどうのと」
そんなタルタの愚痴にレジーナは(若狭さんの事じゃないんだ)と、残念そうな顔で脳内で呟く。
注文したコーヒーを飲み、猫に煮干しをあげて一息つく。
そんなタルタにレジーナは言った。
「午後、仕事が空くんですけど、買い物に付き合って貰えません? 猫の餌の材料を買いたいんで」
「俺、飼えないからなぁ」とタルタ。
レジーナは「気分だけでも。飼ってる所を想像するのも楽しいと思いますよ」
「そうだな」
昼食を食べ、レジーナの仕事時間が終わると、彼女はタルタと二人で店を出て、魚屋を何軒か巡る。
そして大道芸を見て、コーヒー店に・・・。
夕方になる。
「今日は楽しかったです」とレジーナ。
「そうだな」
そう頷くタルタに、レジーナは「また会って貰えますか?」
「店に行くから」とタルタ。
レジーナはちょっと寂しそうに「やっぱり猫が好きなんですね?」
タルタは「そりゃな。しばらくシロちゃんの顔見ないと、鳴き声が聞こえたり」
「そうなんですね」とレジーナは相槌を打つ。
「こんなふうに」
二人の耳に猫の鳴き声が・・・。
二人は顔を見合わせ、そしてレジーナは「シロには午前中に会ってますよね?」
タルタは「いや、だって猫の鳴き声が・・・」
二人、耳を澄ませると、街路の植込みから鳴き声が聞こえる。
繁みを覗くと、傷ついた猫が居た。
「可哀そう。手当してあげなきゃ」
そう言って傷口を調べるレジーナ。
その様子を眺めていたタルタは、それに気付いて、柄にも無い真剣な声を上げた。
「ちょっと待て。これ、レイピアで刺された傷だぞ」
レジーナは驚き、そして哀しそうに「誰がこんな事を・・・」
二人でアーサーの所に猫を連れて行き、治癒魔法をかけて貰う。
「傷口は塞がったけど、化膿するかも知れませんよ」
そう言うアーサーに、レジーナは「しばらくうちで面倒を見ます」
翌日、タルタがミケ子に顔を出した。
「あの猫は?」
「すっかり懐かれて、ついて来ちゃいまして」
そう言うレジーナの足元にあの猫がまとわりつく。
そしてレジーナが抱き上げるとゴロニャン状態に・・・。
シロがレジーナの足元に寄ると、レジーナが抱いている猫が、シロにいきなり唸り声をあげて威嚇した。
「独占欲の強い奴だな」
タルタはそう言って、シロを抱き上げてすりすりする。
そして座席に座って煮干しをあげる。
その時タルタは、何やら冷たい視線を感じた。
周囲を見回すが、店内に他の客は居ない。
「気のせいかな?」
注文したコーヒーを飲んで、まったりしているタルタは、いきなり自分に話しかける声を耳にした。
「あんた、ああいうスキンシップ、猫は迷惑がるわよ」
周囲を見回しても誰も居ない。
首を傾げつつ、気を取り直して、コーヒーを一口。
すると「それと、煮干しなんて、猫にあげても喜ばないわ。どうせなら新鮮な切り身とかにしたらどうよ」
「誰だよ」
周囲を見回すタルタに、謎の声が「こっちよ」
タルタが声のした方向を見ると、あの猫がじっとこちらを見ている。
「お前、ケットシーかよ」
「そうよ。名前はタマ。猫の貴族よ」
そう言うとタマは二本足で立ち上がった。
「なるほどな。それじゃ、あの傷は・・・」
そう言うタルタに、タマは「人が猫の世界に首を突っ込むものじゃないわよ」
タルタは店を出ると、城に向かった。そして魔導局のアーサーの所へ。
エンリ王子とニケも来ていた。
ニケがエンリとアーサーに、怪しげな投資話を持ち掛けている。
「絶対儲かるのよ。累積債務なんてすぐ返せちゃうんだから」
「儲かるのは資金持ち逃げするニケさんだろ」とエンリ。
ニケは「私を何だと思ってるのよ」
思いっきり迷惑そうなエンリが、タルタを見つけてわざとらしく言った。
「どうしたタルタ、何か相談事か? 何でも力になってやるぞ。俺たち仲間だものな。ってな訳でニケさん、その話はまた今度」
「逃がさないわよ。貴重な金蔓なんだから」
そう言ってエンリに迫るニケに、タルタは「何の話だよ・・・ってまあ想像つくけどね」
「それでタルタ、何か相談事か?」とエンリ。
「そうだった。昨日怪我してたあの猫なんだが、アーサー、ケットシーってどんな奴なんだ?」とタルタ。
タルタは、レジーナが拾った猫の事を話す。
「なるほどな。そいつは多分、王位争いだな」とアーサー。
「猫の王様かよ」
そう言うタルタにアーサーは「あれはレイピアの傷だったよな。ケットシーの武器はレイピアなんだ」
すると、脇で聞いていたニケが言った。
「だったらタルタ、いいものをあげるわ」
そう言って、一本の酒瓶をタルタに渡した。
「これは有難い」
そう言ってタルタは瓶の蓋を開けて酒を飲もうと・・・。
ニケはハリセンでタルタの後頭部を思い切り叩いて言った。
「あんたが飲むんじゃない。それと一本金貨八枚よ」
「金とるのかよ」と、タルタはあきれ顔。
ニケは「私がただで物をあげるとでも?」
「ですよねー」
その日の夜、レジーナは店を閉めて後片付けを終えると、タマを抱いて帰宅の途に就く。
その夜道を、一匹の猫がレジーナの後を歩く。
レジーナは振り返ると、その猫に向って「おいで」と言って猫じゃらしをパタパタやる。
猫は唸り声を上げてレジーナを威嚇した。
"何だろう"と思いつつレジーナは、なおついて来る猫を無視して家路を歩く。
そのうち、ついて来る猫の数は二匹になり、三匹になり、更にどんどん増えていく。
レジーナは不安に駆られ、早足になる。猫も早足でついて来る。
ついて来る猫の数が20匹を超えた時、タマはレジーナの腕から飛び降りて彼女に言った。
「走るわよ」
「あなたは?・・・」と驚き顔のレジーナ。
「あれは刺客よ」とタマは緊迫した声で・・・。
「何ですって?」
「こっちよ」
猫に追われて夜道を走るタマとレジーナ。
タマの後ろを走るレジーナが「こっちはタルタさんのアパートが・・・」
タマは走りながら「あんたの男なんでしょ?」
「まだ恋人って訳じゃ・・・」
レジーナとタマはタルタのアパートに駆け込んだ。
「タルタさん」
「レジーナさんと・・・お前」と、タルタは唖然顔で一人と一匹を迎え入れる。
アパートの玄関の外は猫でいっぱいになり、呪うような鳴き声の大合唱だ。
そんな様子を見て、タルタは「あいつ等、猫の女王の軍隊か?」
タマは「あんた海賊なんでしょ? 何とかしてよ」
タルタは困り顔で「猫とは戦いたくないんだが」
その時、一匹の猫が窓を破って飛び込んで来た。他の窓からも次々に猫が飛び込む。
部屋の奥で身構える二人と一匹に、部屋の入口側を埋め尽くす猫の大群がじりじりと迫る。
タマが二本足で立ち上がり、レイピアを構える。
猫たちの中から何匹ものケットシーが二本足で立ってレイピアを構える。
「タルタさん」とレジーナは怯え顔でタルタに縋る。
「大丈夫だ」
そう言うと、タルタはニケから金貨八枚で買った酒瓶の蓋を開け、板の間にぶちまけた。
たちまち猫たちは狂乱状態となり、ケットシーも含めた猫たちは争って床に零れた酒を甞め、まもなく酔っぱらって眠った。
「タルタさん、これって」
唖然顔でそう言うレジーナにタルタは言った。
「マタタビ酒さ。猫はこいつで大抵こうなる」
刺客猫たちと一緒に床のマタタビ酒で眠っているタマを抱えて、タルタとレジーナは部屋を出た。
「これからどうしますか?」
心配そうにそう言うレジーナに、タルタは言った。
「城に行こう。エンリ王子たちが守ってくれる」
 




