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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第150話 交易の伝道者

ジャカルタでのポルタ人植民市反乱騒ぎを収め、火山の噴火を阻止したエンリ王子たち。

だが、平穏が戻ったかに見えたマラッカ王国から、アラビア商人たちは、海峡通過に必要な水先案内人たちを連れ去った。

彼等を追うエンリたちとマラッカ艦隊が海峡を出るために、水先案内人の代わりを務めたのは、人魚に変身したリラだった。



無事に海峡の岩礁海域を抜けると、リラは船に戻って、エンリに「これで一安心ですね」

「けど奴等、ずっと先を行ってますよ。この船、追い付けますかね?」とアーサー。

「ファフが空を飛んで足止めするってのはどうだ?」とエンリ。

「魔法で抵抗すると思います」とアーサー。


ファフがドラゴンに変身し、その背中にアーサー・エンリ・リラが乗って、西に向かうアラビア商人の船団を目指す。

そして間もなくアーサーが望遠鏡で水平線に船団の船影を発見。

「あれが奴等の船団ですね」


船団からファイヤーボールやサンダーアローの攻撃魔法を盛んに撃ってくるのを、アーサーの防御魔法が防ぐ。

リラが魔法通信で停船を呼び掛けるが、無視される。

「警告代わりに一隻沈めてやりますか?」

そう言うアーサーにエンリは「いや、もっといい方法がある」


ドラゴンで先頭を走る船の前に回り込み、エンリは氷の巨人剣を伸ばして船の周囲の海面に突き立てた。

海面が見る見る凍り、船は氷に閉じ込められて停船。


やがてエンリたちの船とマラッカ王国の艦隊が追いつく。



アラビア商人の船にエンリたちと一緒に乗り込んだマラッカ王は言った。

「何故こんな事をする」

アラビア商人は「ここの交易は我々のものです。水先案内人たちは既に、我々と同じアラビアの教えを奉じる同胞。我々が海峡を通るためだけに働いて貰います」

王は哀しそうな声で言った。

「彼等だってマラッカの民だ。それに、こんな事をして交易を独占しても、我々があなた達と取引すると思うか?」

「なら、東の大国シーナとの交易を独占するまでだ」とアラビア商人。


するとエンリ王子はその商人に「それは無理ですね。何故なら我々はここを通らずとも、西方大陸からオケアノスを渡って東洋に至る航路を開拓する事だって出来る」

アーサーは困り顔でエンリの耳元に「あの、王子・・・。それってハッタリですよね?」

エンリは「大丈夫、奴等はあの事を知らない」


だが、アラビア商人は「いや、ポルタ商人は西風によってオケアノスを西から東へ向かう航路を確立したが、その逆の航路はこれからですよね?」

「こいつら、知ってるじゃん」とタルタはあきれ顔。

残念な空気が漂う。



するとリラが「私たちだってマラッカの海峡は通れます。現に私たちは、あの海峡を無事に出る事が出来ました」

「そんな・・・。一体どうやって」とアラビア商人と水先案内人たち。

「彼等を使います」

リラがそう言うと、彼女が召喚した魚の使い魔たちが海面に顔を出す。

水先案内人たちは青くなる。

そして「それでは私たちはお払い箱ですか?」


マラッカ王は言った。

「アラビア商人の専有物になれば、そうなるだろう。魚に案内料は不要だ。けれども私たちは、出来れば慣れ親しんだあなた達に水先案内を続けて欲しい。戻って来てくれるか?」

水先案内人たちは嬉しそうに「戻ります。国王陛下」

そんな彼等にアラビア商人は「信者同胞を裏切るのか?」


エンリは言った。

「アラビアの皆さん。仮に交易を独占したとして、その商品を誰に売るのですか? 我々ユーロにですよね? それで過去には一グラムの胡椒を一グラムの金と交換するような暴利を貪った。それであなた方が豊かになるとしても、世界は貧しいままだ。そんな世界から得られるものには限界が付きまとう」

「我々に失い続けろと言うのか?」

そう言うアラビア商人に、エンリは「新たに得るものを探すんですよ。世界にはいろんな不思議がある。だがそれには理由がある。それを俺たちは知らないだけなのさ。それを調べて解き明かして利用すれば、何だって出来る。それによって世界は限りなく豊かになれる。あなた達もその豊かになる世界の一部だ」



アラビア商人たちはマラッカと和解した。

マラッカ艦隊やアラビア船団とともにマラッカに向かうエンリたち。


その船の上でアーサーは言った。

「奴等、本気でここを撤退するつもりだったのかな?」

「どうかな? 既にジャカルタ商人で改宗した人は、彼等との商売が有利になるって理由で改宗したんだからね」とエンリ。

「だったら、何でこんな事を」

そう言って首を捻るアーサーに、エンリは「独占による利が大きいし、航行距離を短縮できる航路としての利益も。その要地という事でマラッカはジャカルタを支配できた。その航行に必要な水先案内人をカードに使えば、いくらでも有利に交渉できる」

「つまり撤退はブラフだと? そういえばエンリ王子も植民市を撤退とか言ってたけど、その気は全く無かったんですよね?」とアーサー。



エンリたちがジャカルタを離れる日が来た。

王宮に挨拶に向かうエンリたち。

謁見室にはマラッカ王と大臣、そしてあのバットゥータも居た。


別れを告げるエンリ王子に「行かれるのですか?」とマラッカ王。

「はい」

そう答えたエンリに、王は「ポルタ商人たちは、いつかこの地を追われるかも知れません」


「それはどういう・・・」

そう言って驚くエンリに、王は言った。

「実は私も家来たちに改宗を迫られているのです。民の間で改宗が進んでいるからと」

「戒律が多くて生活が不自由になりますけど」とエンリ王子。

マラッカ王は「知っています。ですが、民と王が別々の信仰という訳にはいかない」


「多様性はどうしたのですか?」

そう怪訝顔で言うエンリに、王は「あんなの建前ですよ。実は、彼はそのために来たのです」と言って、そこに居たバットゥータに視線を向けた。

エンリは彼を見て溜息をつくと、「アラビアの教えは確かに同じ信徒なら商売が円滑に進む。何しろ商売のルールを戒律として定めているから、取引相手を騙す事は神を騙す事になる。けど、それでは信仰の異なる者との取引はどうなる?」

「そうですよね」とマラッカ王。



王宮を出て首都の街を歩くエンリ王子たち。

塔の上から何やら呼びかける声が響くと、何人もの人たちが道路で同じ方向に向かって土下座を始める。


アーサーはそれを見て「アラビアの教えに改宗した商人たちの礼拝ですね」

ジロキチが「商売で便利になるから改宗って・・・俺は御免だな」

「それにさ、折角ひとつながりの航路で結ばれても、宗教が違うから取引に支障、みたいな壁って、おかしくないか?」とタルタ。


エンリは言った。

「本当の意味での正しさは万人が共有するものさ。宗教はけしてそれにはならない。教祖がそう言った・・・というだけって、ベーコン教授が言った偏見だよ。たとえ彼等が世界を征服したって、改宗しない人はきっと居なくはならない」

「けど、彼等が戒律に組み込んだ商売のルールには実態的な意味もあるんだよね?」

そう言うアーサーの言葉を聞いて、エンリは「そういうのをユーロ人はどうしたんだっけ・・・。そうだ!」



エンリは再びマラッカ王に会う。

「我々は、間もなくここを離れます」

そう言うエンリに王は「植民市を畳む訳では無いのですよね?」

「あれは単なる方便ですから」とエンリ。

王は「ですよねー」


そしてエンリ王子はマラッカ王に言った。

「それで提案なのですが、アラビア商人たちが戒律に組み込んだ商業のルールの、純粋に商売に即する部分を抜き出して、この国の万人が守るべき法律として明文化してはどうでしょうか。彼等の宗教法ではなく世俗の法として。それに基づいて裁判の制度を整える。それによって、異なる宗教の人々が同じルールで取引するんです」


「なるほど」と言って頷くマラッカ王。

そして彼は言った。

「バットゥータさん、あなたに法官として、この仕事を進めて欲しい」

バットゥータは「お任せ下さい」


謁見の間から退出するエンリとバットゥータ。

そしてバットゥータは「エンリさんに見て欲しいものがあるんですが」



王宮を出て街を歩き、一件の建物に着くと、貧しい地元民が術師から回復魔法による治療を受けていた。

「スーフィー・・・アラビアの教えの修行者ですね?」

そう珍しそうに言うエンリにバットゥータは言った。

「ここには精霊を祀る古い信仰が生きています。アラビアの教えはそうしたものを否定し、改宗した領主がそうした人達を弾圧する事もあります。ですが、スーフィーはそうした古い信仰を自分達の中に取り込み、自らが土地の民に近付く事で、受け入れられようとしています。それで改宗が進んだとして、この土地がアラビアの教えの地になったとしても、アラビアと同じにはならないでしょうね。何しろ風土が違い過ぎる。アラビアの教えは所詮、砂漠の気候に即して出来たものです」 


「風土の違いですか?」とエンリ。

「世界には様々な不思議があり、様々な風土がある。私は世界を旅して、それを知りました」とバットゥータ。

「胡椒もここの風土に即した産物なのですよね?」とエンリ。

「太陽が通る南極と北極の中間は、熱くて雨が多い。そんな場所は植物の種類がすごく多いのです。きっと有用な私たちの知らない作物はまだまだあります」とバットゥータ。


エンリは溜息をついて言った。

「胡椒その他の香辛料の産地として、ジャカルタは争奪の場です。これからも、いろんな奴等が乗り込んで来るでしょうね。オランダのゴイセンたちとか」

バットゥータは「けど、ここみたいな暑くて雨の多い密林は、他にもあります。そこにも私たちの知らない植物が・・・」

エンリは呟いた。

「西方大陸のアマゾナもそうだな。そこで胡椒とかも栽培出来る筈だ。そしてアメリカみたいにポルタ人の農業植民を・・・」


エンリは言った。

「バットゥータさんは大地が球体である事を知っていたのですか?」

「古代ローマの人たちの間では知られていた知識です。その知識がアラビアでは廃れずに生きてきました」とバットゥータ。

エンリは問う。

「では、その球体大地の反対側の人は私たちと逆という事になりますが、つまり大地が上にある。そこに居る人たちは何故真っ逆さまに落ちないのでしょうか」

バットゥータは答えた。

「決まってるじゃないですか。そうならないよう神が守っているからですよ」

エンリは溜息をついて「やっぱりそうなるよね」



エンリたちの船が植民市の港を出航した。


アラビアの海を西へ向かう中、ニケが楽しそうに、たくさんの鉢植えの花の苗に水をあげていた。

「この花、綺麗よね。ジャカルタの密林には、こんな綺麗な花の咲く、いろんな種類の植物があるのよ」

タルタが意外そうに「ニケさんってお金にしか興味無かったんじゃ・・・」

「てっきり花より団子・・・じゃなくて花より金貨の人だと思ってた」とジロキチ。

「私を何だと思ってるのよ」と言ってニケは口を尖らせる。

カルロは「何だかんだ言っても、この人も女性だったんだなぁ」


そしてニケは言った。

「今、各国で国王が国をまとめて強くなろうとしているわよね。彼等は自分の力を誇示するための豪華な宮殿を建てて、庭に豪華な庭園を造って花壇で飾っているわね。そんな彼等の庭園を飾るに相応しい大輪の豪華な珍しい花の苗をたくさん売って、お金ガッポガッポ」

一人で有頂天なニケを前に、仲間たち全員唖然。

そして残念な空気が漂う。


「結局それかよ」とタルタ。

「やっぱりニケさんって、そういう人だよな」とアーサー。

そんなニケにエンリは言った。

「けどさ、その密林に咲いてた花って、気候の違うユーロの庭でも育つの?」

「あ・・・」

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