第148話 母と息子
シンガポール島に閉じ籠ったマラッカ王国の人々を武闘会で誘い出し、マラッカ王と和解したエンリ王子は、噴火しつつあるサンクバン火山を鎮めるべく、火山の精霊サンクリアンと対峙した。
「とにかく火山の精霊と話をつけよう」
そう言って噴火口の縁に立つエンリたち。
噴火口の中には、真っ赤に沸き立つ溶岩。
その中にエンリが果物ナイフを投げ、アーサーが精霊召喚の呪文を唱えた。
そして溶岩から出て来た精霊は、若いイケメンの姿。エンリは彼に言った。
「噴火を止めてくれませんか」
そんなエンリに、イケメン精霊サンクリアンは言った。
「お前、俺よりスペック落ちるよね」
エンリ唖然。そして残念な空気が漂う。
エンリは困り顔で「いや、そういう話をしてるんじゃないんだが」
だが、仲間たちは「確かに、イケメンとフツメンの差は歴然」
「お前等なぁ」とエンリは仲間たちに言って口を尖らせる。
そしてエンリは溜息をつくと、「ってか、そういうルックス自慢って空しくないですか?」とサンクリアンに・・・。
「ブサメンの僻みかよ」とサンクリアン。
エンリは「どさくさ紛れに格下げしないでくれません? ってかあんた、相当歪んでますよ」
サンクリアンは、いじけ顔MAXで「お前はいいよな。嫁が居て恋人が居て、おまけに懐いてくれるロリっ子が居て」
「僻みですか?」
そう、あきれ顔で言うエンリに、サンクリアンは「なのに俺はずっと火山の中で・・・こんなにイケメンなのに・・・どーせ俺なんか」
エンリは慌てて「いや、だから落ち着けって・・・」
「リア充爆発しろーーーーーーーーーーー!」
彼のその叫びとともに大地が揺れ、溶岩の本格的な活動が始まった。
「いかん 噴火するぞ」
そう言って、急いで噴火口から離れるエンリ達。
噴火口からサンクリアンが溶岩を纏った巨人の姿となって現れた。
エンリは「ファフ、やれるか・・・ってか、あれは下手に格闘すると火傷するぞ」
アーサーも「ドラゴンの炎も、あれには役に立たないですよ」
「どうする?」
そう言ってエンリたちが手をこまねいている中、サンクリアンは地の底から響くような声で、召喚の呪文を唱えた。
「我が祖国パラーヤガンの仇敵ガルガ王国を滅ぼした際に臣従させし悪魔よ」
巨大な羽根の生えた悪魔が出現した。
「ファフはあいつをやっつける」
そう言うファフを見て、アーサーは「あの悪魔、魔法を使いますよ」
「魔法なら楯で防げる」
そう言ってファフはドラゴンに変身し、アーサーはドラゴンの剣と楯を召喚した。
ファフのドラゴンは、悪魔の攻撃魔法を楯で防いで、剣で切りつけ、炎を吐いて悪魔を圧倒する。
悪魔をファフに任せたエンリは「溶岩野郎はどうする?」
「水と氷の魔法が有効ですね」とアーサー。
するとリラが「私がアイスゴーレムを召喚します」
「その間、アーサーは水魔法で奴の相手だ」とエンリは号令。
アーサーは水の波濤の攻撃魔法を使い、エンリは氷の巨人剣を振るった。
サンクリアンは手を伸ばしてエンリを捕まえようとするが、届かない。
炎の波濤の呪文を唱えるサンクリアンの前にアーサーが立ちはだかると、抗魔の短剣を翳す。
サンクリアンの巨体が放つ攻撃魔法は、アーサーの目の前で消滅。そのままアーサーはアイスブレッドの呪文で反撃。
エンリはアーサーの背後から氷の巨人剣で攻撃。
サンクリアンは召喚呪文を唱え、多数の炎魔が噴火口から這い出た。
「俺たちに任せろ」
そう言ってジロキチが氷の刀を抜いて切りつけ、ニケが氷の魔弾で炎魔を倒す。
タルタは部分鉄化でオリハルコン化した右腕で炎魔を殴る。
カルロは炎魔たちの間を瞬足で駆け回り、炎魔の背後に回って、耐熱ナイフでその首を切り落とす。
四人が炎魔を食い止めるのを見ると、サンクリアンは噴火口から這い出して腕を伸ばす。
エンリとアーサーは後ろに下がって攻撃を続ける。
サンクリアンは更に噴火口から右足を出してエンリたちに迫る。
じりじりと迫るサンクリアンを見て、エンリは「奴の左足、伸びてないか?」
「火山の噴火と繋がるために、溶岩の中に体の一部を残しているのだと思います」
そう説明するアーサーに、エンリは「だったら、あの左足を断ち切れば」
エンリは氷の魔剣を鞘に納め、風の魔剣に切り替えると、それと一体化して得た素早さスキルで炎魔たちの間を駆け抜けた。
そしてサンクリアンの背後に回って、氷の巨人剣を抜いた。
「俺は氷。全てを凍らす絶対零度」
そう呟くとともに、自分を中心に空間ごと氷結する宇宙が果てしなく広がる世界をイメージ。そして膨れ上がる凍気を纏った氷の巨人剣。
それを、伸びきったサンクリアンの左足に振り下ろして、一刀両断。
サンクリアンは噴火口から切り離された。
その時、リラが「王子様、アイスゴーレム召喚しました」
噴火口から切り離されつつも、今だ溶岩を纏った巨大なサンクリアンに、巨大なアイスゴーレムが組み付く。
激しい水蒸気爆発とともに、熱を奪われて冷えた溶岩は崩れ去り、その跡に人間の姿のサンクリアンが横たわる。
エンリは未だ噴煙を上げる火山に大地の魔剣を突き立てた。
「我が大地の剣よ。ミクロなる汝、マクロなる大地に聳えし灼熱の山と繋がりて、ひとつながりの我が剣たれ。怒りの炎たる溶岩の責め苦を受けたる汝の名はサンクバン。汝を癒し、怯えたる数多の命との和解を成すべき我は仲裁者なり。穏やかなる日常を取り戻し、その怒りを鎮めよ。鎮火あれ」
山を振るわせた振動は収まり、火口から溢れかけていた溶岩は冷え、噴煙は止まった。
冷え崩れた溶岩の欠片の中に横たわるサンクリアンの傍らに座り、エンリは言った。
「あなたは伝説の英雄サンクリアンですね?」
サンクリアンは「私は横暴を極めて人々を苦しめたガルガ王国を倒した。だが、私が恋したダヤンスンビは、私を受け入れる振りをしながら、私を裏切った」
「彼女は実はあなたの母親だったのですよ」
そう言うエンリに、サンクリアンは「知ってた」
エンリ唖然。そして「あんた、ガチなマザコンか?」
「母親は全ての男性にとって初めての女性であり、女性への憧れそのものだ」とサンクリアン。
エンリは困り顔で「いや、そんなのあんただけだ。子供の時からあれこれ小煩く言う母親なんぞ、さっさと親離れするのが普通だよ」
サンクリアンは「私は幼い頃に家族を離れ、母親の顔を知らないで育った」
沈痛な雰囲気の中で「そうだったのか」と呟く仲間たち。
そしてサンクリアンは言った。
「エンリ王子はロリコンだと聞く」
一転して残念な雰囲気の中、「それは誤解だ」と言って慌てるエンリ。
「特殊性癖というのは恥ずかしい事なのか?」とサンクリアン。
エンリは「とにかく俺はロリコンじゃない」と困り顔で語気を強める。
「ホモとも聞く」とサンクリアン。
エンリは頭を抱えて「それも誤解だ」
「お魚フェチとも聞く」
そうサンクリアンに言われて落ち込むエンリ王子。そして開き直ったように、エンリは叫んだ。
「それは変態じゃなくて個性だ」
サンクリアンは「私が母親に恋をしたのも、同じではないのだろうか」
エンリは溜息をついて言った。
「そうだな。全部個性だ。人は性に対する嫌悪から逃れる事は出来ない。だから性的少数者を理解できない人は多い。だからこそ、それを意思によって理解しようとする事は尊い」
「そうだな。理解されない個性を持ったどうし、強く生きて行こう」
そうサンクリアンは言い、そして友情のハグをかわすエンリとサンクリアン。
その時、リラがサンクリアンに言った。
「あの、ダヤンスンビさんに会いたくないですか?」
「会いたい。けど彼女は、とうの昔にこの世から去った」と寂しそうに言うサンクリアン。
リラは「アーサーさん、降霊術で呼び出せませんか?」
「その手があったか」とエンリは嬉しそうに。
サンクリアンも嬉しそうに「お願いします」
アーサーは地面に魔法陣を描き、その中心に立って降霊の呪文を唱えた。
やがて魔法陣の傍らに光が現れ、それが人の形を成した。
「あなたはダヤンスンビか?」
そう問うサンクリアンに光を放つ霊は言った。
「サンクリアンなのね。私もあなたが好きだった。けれども、実の子を愛する訳にはいかなかった」
「母さん」
そう呼びかけるサンクリアンに、ダヤンスンビの霊は「けれど、死んであなたと繋がっていた肉体から解放された今なら、愛し合える」
「ダヤンスンビ。姿を見せて下さい」
そのサンクリアンの言葉とともに、光は次第に収まり、姿を見せた彼女は・・・老婆だった。
サンクリアンは残念そうな声で言った。
「もういいです。戻って貰って下さい」
その言葉を聞いて、ダヤンスンビの霊は悲痛な声で「ちょっと待ってよ。私を見捨てるの? あなたの母さんなのよ。私のサンクリアン」
残念な空気の中、アーサーは降霊術を終わらせ、ダヤンスンビの霊は消滅した。
すっかり醒めてしまったサンクリアンに、エンリは言った。
「これからどうする?」
サンクリアンは「母親を愛してしまった事で呪われ、溶岩の中に閉じ込めてられていました。そこから解放された。これからは大地の精霊として村人たちと、この火山を守って行きたいと思います」




