第143話 植民市の反乱
ジャカルタはインドの東にあり、大陸南岸のアユタヤから細長く突き出たマレー半島とスマトラ・ジャワ・ボルネオなどの島々から成る。
その密林で育つ産物は、アラビア商人たちによってユーロにもたらされ、高額な値で取引される貴重品だった。
その代表的な商品が、胡椒その他の香辛料であるが、他にもサトウキビやオレンジなど、この地を原産とする産物は多い。
そしてここはインドとミンやジパングを結ぶ航路の要衝である。
マレーとスマトラの間にあるマラッカ海峡は岩礁が多い危険な航路で、水先案内人によって通行が可能になる。
ここを掌握する事によってジャカルタ地方の大半を版図に納めた国がマラッカ王国だ。
「で、そのマラッカ王国が、ポルタ商人の植民都市を攻撃して包囲中って訳だ。何でまた・・・」
ポルタ航海局からの依頼でジャカルタに向かうエンリ王子が、船の上で仲間たちとあれこれ言う。
タルタが「現地人にとっちゃ俺たちは侵略者だってんだろ?」
「けど交易の拠点として、王都の隣に土地を貰って造った植民都市で、普通に共存していたんだよね?」とアーサー。
「ポルタ商人が反乱を企てたって言うんだが」とエンリ。
「きっとお金のトラブルね。賄賂とか使い込みとか」
そう言うニケにカルロが「ニケさんじゃ無いんだから」
そんな仲間たちを見ながらエンリは溜息をつくと、「とにかく、奴等から話を聞くのが先だ」
水先案内人を雇って海峡に入る。
途中まで来ると、水先案内人が先に進む事を拒んで、言った。
「ここからは戦争海域になってるんで」
エンリは「仕方ない。このあたりで上陸して陸路を移動しよう。どこかに船を隠せる所は無いか?」
植民都市の近くの崖に囲まれた入り江に船を停泊させ、陸路で植民都市へ向かう。
植民都市は防壁で廻りを囲んだ砦で、それを現地軍が取り囲んでいる。
そんな様子を遠くから眺めるエンリ王子たち。
「あれじゃ入れないですよ」とアーサー。
「どうする?」
そうエンリが仲間たちに問うと、タルタが「また凧を使うか?」
「あれは懲りた」とジロキチ。
「お前は曲芸師だろ?」
そう言うタルタにジロキチは「俺は剣士だ」と言って口を尖らす。
するとカルロが「ってか、空を飛ぶならファフが居るじゃん」
みんなでドラゴン化したファフの背中に乗って空へ。
すると向うから巨大な鳥が飛来する。
ニケが「あれ、現地軍の召喚魔獣じゃ・・・」
「ガルーダだ。空中戦になるぞ」と慌て声のアーサー。
カルロが「七人も乗って空中戦なんてやったら、みんな振り落とされる」
リラが「ガルーダ、こっちに来るよ」
アーサーがファイヤーボールを放つが、かわされた。
エンリが風の巨人剣で斬りつけるが、これもかわされた。
「だったら、みんな、俺に掴まれ」
そう言ってエンリはドラゴンから飛び降り、風の巨人剣を真下に伸ばして、砦を包囲する敵陣のど真ん中の地面に突き立てた。
そのまま棒高跳びの要領で防壁を飛び越え、砦内へ。
防壁間近の通路に投げ出された仲間たち。
上空ではファフがガルーダと空中戦の最中だ。
付近の市民兵が集まって来ると、エンリは彼等に言った。
「応援に来た王太子のエンリだ。市長の所に案内しろ」
防戦を指揮している市長の所に案内される。
「お待ちしていました。エンリ王子」
そう言って冷や汗交じりに揉み手する市長に、エンリは「それで戦争の原因は何だ?」
「それは・・・」と市長は言葉を濁す。
エンリは「反乱計画がどうのとかいう話を聞いた」
市長は「濡れ衣ですよ」
「火の無い所に煙が立ったと?」とエンリ。
「それは・・・」
そう言葉を濁す市長に、エンリは「きっかけとか無かったのか?」
すると隣に居た市長の補佐役が言った。
「冗談で井戸に毒を入れて国を乗っ取ると言った子供が居て、それを聞かれたんです」
「何だそりゃ」とあきれ顔のエンリたち。
アーサーが「まあ、大地震の時にそんな噂が立って暴動が起きたって話もあるけどね」
そしてエンリは言った。
「とにかく誤解だってんなら停戦交渉だ」
正門の櫓から敵軍に向かって大声で呼びかけた。
「俺はポルタ本国から来た王族のエンリ。ポルタの民を代表してマラッカ王国と交渉したい。権限のある者の対応を求める」
数人の兵を連れて指揮官らしい者が出て来て、エンリに向けて叫んだ。
「交渉の余地など無い。命が惜しくばこの国から出て行け」
「取り付く島も無いな」と困り顔でエンリは仲間たちに・・・。
すると、アーサーが「けど、さっきのあいつ、マラッカ軍人じゃないですよ。インド人商人です」
ジロキチも、包囲している兵たちを見ながら「そういや敵兵の装備もバラバラで、風体も正規兵っていうより・・・」
カルロが「ここらへんの海賊とか外国人商人の私兵とかですね」
「外国人商人?」
そう怪訝声で聞き返すエンリに、市民兵の指揮官が「インド商人とかアラビア商人とか、あとミン人の奴等も」
「ミン人?」
そう聞き返すエンリに、指揮官は言った。
「シーノの支配から大勢逃げて来てるんです」
エンリは溜息をついて言った。
「戦争を下請けに出してるって訳かよ。これじゃ上に伝わらないぞ。砦抜け出して直談判にでもするしか無いな」
日が落ちる頃、アーサーの隠身魔法で身を隠したエンリ以下八名は、案内役のポルタ商人一人を連れて砦を抜け出す。
首都の外れにある大型のテント。周りには兵たちのテントと警備の兵たち。
そんな様子を物陰から見て、エンリは「あれが司令部か」
交渉を申し込むべく、全員で乗り込む。
そしてその先頭に立ったジロキチが、大声で「頼もう」
「道場破りかよ」とエンリ、あきれ顔でジロキチに・・・。
兵がわらわらと出て来る。
そして指揮官らしき人物が「何だお前等は」
「ポルタ人を代表して停戦交渉に本国から出向いたエンリ王子だ」
そう名乗り出るエンリに、指揮官は「交渉の余地など無い。命が惜しくば武器を捨てておとなしく捕虜になれ」
そんな彼にエンリは言った。
「お前、ミン人だろ。何でここの国の代弁者みたいな顔してる?」
ミン人兵の指揮官は言った。
「信頼されてるんだよ。お前等よりこの国との付き合いは長い」
エンリは「ミンがシーノに滅ぼされて逃げて来たんだろーが。それ、最近の話だぞ」と指摘。
ミン人指揮官、開き直る。
「うるさいうるさいうるさい。とにかくお前等は捕虜だ」
大勢の兵に囲まれる。
剣を抜いて迫る敵兵をジロキチが四本の刀を抜いて切り伏せる。
タルタが部分鉄化で敵の刃を防ぎつつ斧を振るい、カルロは敵兵の中を駆け抜けてナイフを振るう。
エンリは炎の巨人剣を振るって敵を蹴散らす。
そしてアーサーの広域魔法。
包囲を脱したエンリたち。
「こうなりゃ王宮に行くしか無い」
王宮の正門前に行くと、何人もの門番が入口を固め、周囲に大勢の兵。
「乗り込むぞ」
アーサーの隠身魔法で全員かたまって門を通ろうとすると・・・。
「お待ちなさい。そんな魔法は私には通用しません」
そう言って出て来たアラビア人風の、顎鬚を生やした男が立ちはだかる。
「アラビアの魔導士か」とアーサー。
男は「私は賢者バットゥータ。あなた達はユーロの魔導士ですね?」
バットゥータの合図で敵兵がわらわらと集まって来る。
「突破するか?」
そう言うジロキチにエンリは「これから交渉する相手をあまり殺したくない」
すねとリラが「なら、私がセイレーンボイスで眠らせます」
「頼む」
リラが人魚の歌を歌い、周囲の兵たちはバタバタと倒れて眠った。
一緒になって眠っているバットゥータを見て、リラは言った。
「賢者さん、眠ってますね」
「隠身は効かなくても、これは効く訳ね?」とニケ。
「どうする? こいつ」
そう問うタルタにエンリは「放っておこう」
そして、王宮に乗り込むエンリ王子たち。