第134話 二組の祖父母
ヴェロナの街に二つの貴族の家があり、街を二分して争っていた。
その一方のモンタギュー家の一人息子ロミオと、もう一方のキャピュレット家の一人娘ジュリエットが恋に落ちた。
両家の対立に恋を阻まれた二人は、賢者シェークスピアが呪式構築した不殺の呪文を使って心中を偽装し、駆け落ちしてジェルミという娘を産んだ。そして二人が生きて孫を残していた事を知った両家の親たちは、ジェルミを迎えて跡取りにと、乗り込んで彼女の取り合いを始めた。
罵り合う彼等にエンリ王子は言った。
「両家、合体されたらどうですか?」
四人の老人は声を揃えて「冗談じゃない。誰がこんな奴等と」
エンリは溜息をつくと、彼らに問う。
「そもそもの対立の原因は何ですか?」
母方の祖父が「領地を奪われた」
父方の祖父が「捏造だろ。我が家の領地をお前等が奪ったんだ」
母方の祖父が「それこそ捏造だ」
「家宝を奪われた」と父方の祖父。
「家名を変更させられた」と母方の祖父。
「近代化を妨害された」と父方の祖父
「娘を誘拐して慰安婦に」と母方の祖父。
「徴用工として強制労働を」と父方の祖父。
「憲兵隊を使って虐殺を」と母方の祖父。
デタラメな思い付き丸出しで言い張り合う両家の老夫婦を見て溜息をつくと、エンリは指摘した。
「じゃなくて、一方が皇帝党で他方が教皇党だったんじゃないんですか?」
「それは・・・」
言葉に詰まる四人の老夫婦にエンリは言った。
「昔はイタリアでは、どこの貴族もどちらかに属して争ってました。ですが、今は教皇も皇帝も落ち目になって、協力して生き残るのに必死なんじゃないんですか? あなた達が争う理由なんてもう無いんですよ」
「確かに」と四人の老夫婦。
「また仲直りして一緒に彼女と暮らしたらどうですか?」とエンリ。
そして父方の祖父は「それが出来るんなら・・・。ところであんた誰?」
「ポルタ王太子、エンリです」と彼は名乗った。
四人の老夫婦は、いきなり声を荒げて「って事は教皇様皇帝様の敵。我々が落ち目なのはあんたのせいじゃないか!」
「いや、それは・・・」
いきなり矛先が自分に向いた事に慌てるエンリ王子を庇って、リラは言った。
「王子は教皇庁とスパニア国教会との仲直りのため来たんです」
四人の老夫婦は不服顔で「今一納得できないんだが」
そんな二組の老夫婦とエンリ王子の前に、生き返ったボエモン登場。
そして「この度はご迷惑をおかけしました」
そんなボエモンに、ジェルミの母方の祖父が「あんた誰?」
「ジェルミさんが無理心中した相手ですよ」とアーサー。
父方の祖父が目を吊り上げてボエモンに「あんたが孫を刺したのか!」
エンリは慌てて「いや、逆だから」
ボエモンは目の前の残念な老人たちを見て、エンリに訊ねた。
「この人たちは?」
「彼女の父方と母方の祖父母だ」と残念そうに言うエンリ。
ボエモンは交際相手の家族に礼を尽くそうと、頭を下げて言った。
「それはこの度はとんだご迷惑を」
すると、四人の老人が声を揃えて「自分が悪いと認めた訳だ。やっぱりあんたが・・・」
エンリはあきれて「いや、違うから。あんたらヤクザかどこぞの半島の人かよ」
「まあ、イタリアも半島だけどね」とカルロは苦笑して言った。
ジェルミの母方の祖母がボエモンに言う。
「で、あんたがうちのジェルミの彼氏って訳かい? 悪いけどうちは格式ある貴族なんで、どこの馬の骨とも知れない男に孫はやらないよ」
「格式でも財産でもうちに劣るけどね」と父方の祖母。
「何だと! 教皇様の憶えはうちが上なんだよ」と母方の祖母。
「うち、皇帝党だし」と父方の祖母。
「そういうの止めて下さい!」
そう叫んで、ドアを開けてジェルミ本人が出て来る。そして彼女は言った。
「さっき目が覚めてドアの向こうで聞いてました。私の御祖父様と御祖母様ですよね? つまりあなた達が父様母様を心中に追いやったのよね?」
肝心の孫娘に詰問されて、四人の老夫婦は「それは・・・」
「私、帰りませんから、ボエモン様じゃなきゃ嫌です」と言ってジェルミはボエモンに左手に縋る。
困り顔のボエモンを見て、エンリはジェルミに言った。
「けどこの人競争率高いよ」
ニケも「イケメンだしモテるし地位だって」
ジェルミはドヤ顔で「大丈夫です。彼は聖騎士です。他の女を寄せ付けません」
「それはあんたも一緒だろ」とエンリの仲間たち。
その時、父方の祖母が言った。
「ちょっと待って、今、ボエモン様って・・・」
「シチリア騎士団団長のボエモン侯爵です」とボエモン、自己紹介。
「な・・・」
両家の老夫婦唖然。
父方の祖父母がボエモンの右手を執って「是非、我がモンタギュー家の婿に」
母方の祖父母がボエモンの左手を執って「いや、我がキャピュレット家の婿に」
「お祖母さんと呼んでくれていいのよ」と父方の祖母。
「こんな孫が欲しかった」と母方の祖父。
エンリの仲間たちはうんざりした顔で一様に思った。
(調子良すぎだろ、こいつ等)
そんな四人の老夫婦に、ボエモンは困り顔で言った。
「いや、私は聖騎士なので純潔を守らなければならない。だから結婚出来ないんです」
カルロが「けどもう童貞じゃないよね?」
「それは言わない約束かと」と困り顔のボエモン。
するとジェルミの父方の祖父が「ちょっと待て、お前、もう孫に手を出したのか!」
ボエモン、慌てて「いや、あれは不可抗力で」
「言い訳するのか。男らしくないぞ」と母方の祖父。
慌ててエンリが「眠らされて逆レイプだったんですよ」とボエモンを庇う。
四人の祖父母はドン引き状態で「ジェルミ、お前」
「私は悪くない。媚薬のせいよ」と慌てて弁解するジェルミ。
二人の祖父は目を吊り上げて「ボエモン貴様、そんな卑劣な手を」
エンリは慌てて「違うから」
経緯を説明するエンリ。
「つまりそのマーリンという人が元凶だと」と母方の祖父。
ジェルミは物欲しそうな目で「けどそれで既成事実が出来たのよね? ボエモンさん、私と結婚してくれるのよね?」と言ってボエモンに縋る。
「それは・・・」
そう言って困り顔になるボエモンに、エンリは言った。
「お前、俺が妻帯者だって羨んでたよね?」
「自慢ですか?」と憮然顔で言うボエモン。
エンリは「じゃなくて、本当は恋愛とか結婚に憧れてたんじゃないの?」
「けど・・・」
そう言って困り顔になるボエモンに、リラは言った。
「あの・・・、ボエモンさんの一族って、代々聖騎士なんですよね? それがずっと童貞守ってたら、どうやって子孫残したの?」
「何でだろ」と首を傾げるボエモン。
「両親、居るのよね?」とニケ。
「何でだろ」と首を傾げるボエモン。
「純潔って、ただの建前なんじゃないの?」とカルロ。
「そんな筈は無い。この仕事はずっと俺の憧れだった」
そう語気を強めて言うボエモンに、エンリは言った。
「ならスパニア国教会に来なよ。うちは恋愛自由で僧侶でも結婚出来るから」
「けど・・・」
躊躇するボエモンにエンリは「ちょうど聖騎士を募集してるんだ イザベラも喜ぶと思う」
ジェルミの表情が一気に明るくなり、彼女はテンションMAXで言った。
「それじゃ、ボエモンさんと結婚できるんだ。御祖父様たちも来て下さるのよね?」
「喜んで」と四人の老夫婦。
だが、彼女の父方の祖父はぽつりと言う。
「けど、イタリアにある財産はどうしよう。領地とかあるんだけど」
するとニケがノリノリで身を乗り出して「それは管財人を使えばいい話よ。何なら私がやってあげるわよ。このお金の申し子ニケさんが神業的運用で何倍にも増やして」
「そんな事言って、横領する気だろ」とエンリは疑いの目で・・・。
「私を何だと思ってるのよ」と言ってニケは口を尖らす。
エンリは四人の老夫婦に言った。
「この人は信用しない方がいいですよ。けど、ここはイタリアです。他の国は国王が貴族からどんどん領地を没収して、まとまった国にしていますけど、イタリアは王様自体が居ないから、当分貴族は領地を維持できる筈ですよ」
「それってイタリア人にとっては、ある意味不幸な事なんだよな?」と疑問顔のタルタ。
ジロキチも「外国の草刈り場になるって事だからね」
「まあ、いざという時は強力な武力がある訳だし」とエンリ。
するとボエモンが「エンリ王子が守ってくれると?」
そんなボエモンにエンリはあきれ顔で「いや、あんただろ。合体した両家の婿になるんだから」
ボエモンは困り顔で言った。
「それなんだが、俺にも家があって領地もある。ここを止めてスパニアに行くって言っても、一族の奴等が納得しない。何せ、家宝のロンギヌスの槍を亡くした駄目当主だからなぁ」
その時、アーサーが言った。
「回収する方法はあると思いますよ」
「本当か?」とボエモンの表情が変わった。
「王子のその魔剣を初代王はどうやって入手したんでしたっけ?」
そうアーサーに問われてエンリは「落とし物だとか言って湖の精から貰った」
アーサーは解説する。
「精霊というのは万物に宿り、全にして個、一つにして群。精霊界に居る本体の分身とも言えるものが至る所に居ます。湖に居た精は水の精霊の分身ですが、大地の精霊の分身が槍を落とした所にも居る筈です。王子は大地と融合した魔剣で地割れを起こしました。同じ所にまた地割れを起こして大地の精を召喚すれば・・・」




